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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
オゼ迷宮編

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オゼ迷宮#65

 アカラが静かに海面に浮かび上がってきた。

 そのことに気がついたのは、おそらくサクだけだろう。それほど彼女は音もなく浮上し、静かに連絡艇へと近づいてきていた。

 正直、サクでも彼女の紋様が光っているのが見えなければ、アカラが浮かび上がってきているどころか、近づいてきていることすら分からなかっただろう。

 それほどまでに気配を消しているとなると、サクがいる程度では、彼女の警戒を完全に解くことはできないことの証左でもあった。

 しかし、今は不用意に驚かせたり、怖がらせたりしてこちらの警戒心を引き上げるのも得策ではないだろう。それに、あの近づき方では、まるでサクたちを狩る獲物のように認識しているのではないか、と言う寒気すらあった。

「あの、彼女、警戒しながらですけどこっちに近づいてきていますね」

「本当か? 何処だ」

 サクの言葉から、士官も海面に目を移した。頭上には満天の星空が広がり、海面もサクたちが知っている以上によく見渡せる。だが、それでも闇に紛れている『海の民』を見つけることは至難の業の様だった。サクがアカラのいる方を指さして示しても、なかなか見つからない様子だった。

「本当に近づいてきているのか?」

「見間違いじゃねえのか」

 挙げ句の果てには、水兵たちでさえその様なことを言い始める始末だった。もう距離としては櫂の内側にまで近づいているにも関わらず、だ。士官も水兵たちのようにあからさまな態度こそなかったものの、何処にいるのかさっぱりわかっていない様子だった。

【それで、どこから乗り込めばいいの?】

 その声が響いた瞬間、サクを除く全員が目に見えて驚いていた。それも当然のことだったのかもしれない。何せ、彼らにしてみれば、突然近くの闇の中から異国の言葉が聞こえてきた様なものだ。特に最も近くにいた水兵などは驚きのあまりひっくり返っていた。

 そんな中、士官は最初こそ動揺を表していたが、すぐにその表情を収めるとサクに尋ねてきた。

「彼女は、何と?」

「どこからこの船に乗ればいいか悩んでいる感じですね」

「そうか。……手を貸してやれ」

「「はっ」」

 サクの答えをあらかじめいくつか予測していたのだろう。実際、サクの返答を聞いた直後には水兵たちに指示を出していた。また、水兵たちも動揺が収まった様子はなかったが、それでも指示を出された瞬間には速やかに従い始めていた。

 その様子を、アカラは静かに眺めていた。存外、統制は取れているらしい。はたまた、彼の人徳によるものか。いずれにせよ、1000にも上る人数が、命令一つで一糸乱れぬ動きを見せるならば、万が一の時には厄介だなぁ。そう思いながら。

 海の中を泳ぎながら待っているアカラの元へ、船縁から次々と手が差し伸べられた。その中でも、こちらの位置を把握できているサクの腕が、最も掴みやすい位置へ差し伸べられていた。

 この手に掴まれと言うことだろう。アカラはそう思って手を掴んだ時だった。

【ああ、その掴み方はダメだ。アカラ、こっち側からこう言う感じで手を掴んでくれ】

 アカラの掴み方は、海面から人を引っ張り上げるにはあまり向いてない掴み方だった。そのことに少し驚きながら、サクは身振り手振りを交えてアカラに伝えた。

 サクたち漁民にとっては、あまりにも常識的な内容だった。だからこそ、今更ながらにその『常識』が通じないことに驚いた。だが、アカラがそれを知らないことも、ある意味では当然のことだ。

 彼女らは舟で外洋に出ない。それに、サクたちからしてみれば信じられない様な距離を泳ぐ。ならば、彼女らが舟にまつわる常識を知らないのも、当然の話だった。

 幸い、サクはアカラの夜目が効くことは知っている。サクたちにしてみれば見えづらいこのような暗闇の中でも、アカラにとっては問題なく見えることだろう。

【わかった。……わかってるのに分からないふりをしなきゃいけないって面倒だね】

 その手を掴みながら、アカラはぼやく様に呟いた。彼女の言うことは尤もかもしれない。彼女らにしてみれば、サクたち『外の世界』の人間は、招かれざる客に違いない。ここに住まう彼ら彼女らからしてみれば、平穏を乱してきたのは彼らの方だ。

 さらに、現状サクでさえどの様な勢力がどのような勢力図を思い浮かべているのかさえ分かっていない。その中でうまく立ち回るためにはブラフだろうがハッタリだろうが、もしくは知らないふりでさえ活用できる手段は全て使わねばならない。アカラにそう思われても仕方なかった。

【それに関しては本当に申し訳ない。だけど……】

【わかってる。そっちの方がサクたちにとっては都合がいいんでしょう?】

【ああ。その通りだ】

 その点に関してはアカラも承知しているようで、サクの手をしかりと握り返してきた。

 サクが掴んだことはなんとなく周囲からでも分かったのだろう。船のバランスを崩さない様にしながら、水兵たちが近づいてアカラへ手を差し伸べていた。

「こっちだ。掴まれ」

「揚げるぞ。せえ、のっ」

 口々にアカラにそう呼びかけながら、手を差し伸べていた。また、サクの腕をたどる様にしながら、アカラの腕を探ってもいた。

 そして、彼らの手を借りながらアカラを船の上へと引っ張り上げた。

 船の上に上げられたアカラの身体は、わずかな水滴が星々の灯りを反射し、彼女の肌と相待ってまるで夜空を纏っているかの様であった。その姿を見ても、サクは特に何も感じなかった。別段、数ヶ月前に見慣れた光景でしかない。

 だからこそ、彼らにとってはそうではないことを失念していた。

「マジかよ」

「痴女なのか? それとも服を着るという発想がない蛮族なのか?」

 背後からのざわめきが気になり、振り返ると、水兵たちがそう囁きあっているのが聞こえた。その声量は、聞かれないように抑えようとはしているのだろう。だが、静かな闇夜のなかで、元から声の大きい野郎どもがヒソヒソ話をしたところで抑えられる声量は高が知れている。彼らの話している内容は丸聞こえだった。

 もちろん、サクに聞こえていると言うことは、言うまでもなくサクよりも感覚に優れているアカラに聞かれないわけがなかった。アカラも水から上がった直後は特に気にしている様子はなかったが、そう噂され始めるときまりが悪そうに身体を隠していた。流石にまじまじと見られることには抵抗があるのだろう。

 また、サクの近くに立っている士官にもその声は聞こえているはずだ。実際、彼もサクたちーーと言うよりも、アカラの方を見ない様にしながらもどこかサクに尋ねたそうな雰囲気を醸し出していた。

「……海に入る時は、海流を感じたり、危険を察知しやすくしたりするために服を着ないのが彼らの風習です」

 弁解するようにサクがそう答えると、士官もすぐに話を合わせるように話した。

「そうか。何か着せてやれ。いかに子どもといえど、裸のままでは居心地が悪かろう」

 そう士官が言うと、最も大柄な水平が自身の制服の上を脱いだ。そしてそれをサクに手渡すと、そそくさと離れるように元の場所へ戻った。

 サク自身もあまり追求することなく、それを受け取るとアカラへ手渡した。アカラもサクたちの風習は把握している。故に、特に戸惑うこともなく服を見に纏いはじめた。だが、その表情は何処か浮かない様子だった。

【……貴方たちは『服を着る人たち』だったね。それにしても、子どもって……】

【俺たちの感覚からしたら、アカラぐらいの体格だと10歳くらいの子どもにしか見えないんだよ。どうする? 誤解を解くか?】

【詳しい年齢は教えなくていいから、ぼかして伝えて】

【わかった】

 そう言いながら、彼女はモゾモゾと水兵服の上を着た元からの体格の違いもあるためだろう。彼女が着ると、単なる上着ではなく、まるでワンピースのように収まっていた。

 もっとも、ワンピースと表現するには丈が些か短いし、肩もチラチラと見えている。何より、全体的にブカブカだった。腰のあたりでベルトを上から巻いて固定しているものの、袖は余っているし、少し動けば胸元まで見えてしまいそうだった。

 それでも、サクたちの『常識』に照らし合わせれば、先ほどよりもまともな格好には違いない。流石に全裸ともなると、目のやり場に困る。

 サクもざっと確認して、問題がなさそうなことを確かめると、士官に告げた。

「着せました。それと……」

「どうした?」

「ここにいる人の中で、特に彼女のように肌の色が黒い人々は、我々と比べると小柄な人物が多いです。我々とは年齢の数え方が異なるため、正確なところはわかりませんが、こう見えても15は超えているそうです」

 そう伝えると、彼らは目に見えて驚いていた。

 確かに、初見ではそう言う反応にもなるか。

 何処か懐かしい気持ちでサクはそれを眺めていた。

「……なんと」

「うそだろ」

「どう見たって子どもだぜ」

「だが、逆に10歳だとしても15だったとしても、あたりに陸が全く見えないここまで泳いできているってことだから、体力は化け物だぜ」

「通訳がうまく言いくるめて乗せられてよかったな」

 口々にそう呟く声がさざめく中、連絡艇はゆっくりと回頭して船へと戻りはじめた。

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