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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編
26/234

アムスタス迷宮#25 ギムトハ-2

 幸い、行きの道中は何事もなく湖までたどり着いた。途中ですれ違った第1班は、途中で近くの草むらに何かいる気配を感じたとの事だったため、湖が見えた時は正直ホッとした。探索班曰く、沸かさなくても飲めるとの事だったーー少なくとも沸かさず飲んだ学者は出発前まではピンピンしていたーーが、念の為沸かしてから、との事だったため喉が渇いているにも関わらず、目の前の水を飲めないというのは辛いものがあった。

「よし、浄水するか」

 そう呟くと、ギムトハはまず大きな鍋を錬成した。金属がないため土器にせざるを得なかったが、5.5オトゥ(約100L)は入る。その土器に水を5オトゥ(90L)汲み入れ、錬成を開始した。とりあえず安全に飲める水を、との考えで陣を構築したため、鍋から離れたところに書いたもう一つの陣の中にミネラルなどを含んだ水以外の物が出るはずだ。しかし、そう大した量ではあるまい。そう考えていたため、陣はさほど大きくなかった。

 突如、不純物を析出させる陣がバチバチと音を立て始めた。

「えっ」

 そう驚いたのも束の間、陣の中が突然光った。そう思った瞬間激しい光と共に何かが弾けた。

「うおっ」

 咄嗟に腕で顔を守ったものの、凄まじいナニカがあたりに拡散した。その衝撃でよろけたものの、特に何事もなかったためギムトハは恐る恐る目を開いた。

 あたりではほとんどのものが目を押さえていたが、特に大きな怪我はなさそうだった。そのことに胸を撫で下ろしていると、「おい」と復活した兵士の1人に声をかけられた。

「テメェ何しやがんだ!」

「すみません。水を浄水しようと思って……」

「浄水しようとしてなんであんな爆発が起きるんだ!」

「この水の中に何か圧縮したら爆発するものが混ざってたようで」

「……チッ。魔術師だか錬金術師だか知らねえが勝手なことするんじゃねぇ」

「はい、以後気をつけます」

 下手に出続けたのが功を奏したのか、すぐにギムトハは解放された。不純物を析出させるための陣を見てみると、爆風によるものか陣は壊れていた。そして陣の中に転がる不純物を見つけると、一応研究のため持ち帰ることにした。

 鍋の方を見ると、幸いなことに壊れておらず、多少砂が入った程度だった。そのため新しく陣を作るのも面倒に感じ、コップに布を被せて水を汲んだ。

(普通の蒸留水だな……)

 そう思いながらグイグイと飲んでいると、当初予想した通り水を欲しそうにしている人が多かったため水を好きにさせることにした。

 歓声を上げながら水を飲む集団を尻目に、自身の水筒に水を入れると持ち帰るための水を汲み、ついでに水草を探した。


 水を汲み、水分補給をしたところでまた麓の拠点に戻るために出発した。皆持てる限界まで水を汲んでいるため、足取りは重く、さらに足元が滑るため歩みは遅々として進まなかった。そして、兵士たちも周囲から感じられる動物の気配に精神を削られているようだった。

(何より、視界が効かないというのが1番精神を削ってくるな)

 ギムトハは冷静に周囲の様子を伺いながらそう結論づけた。道らしき道はなく、太陽と岡を頼りに進まざるをえない状況。昨日探索隊が切り開いたとはいえ、人がギリギリ2人並んで歩ける程度の道幅しかなく、左右どちらをみても自身より背の高い草に囲まれているこの環境。そして時折聞こえる野生動物の息遣いや歩く時の草が擦れる音。それらは否応なく心を蝕みに来ていた。

(恐らく、ここの動物たちにとって二足歩行する動物は珍しい存在だ。そして、ここでどの程度の強さに位置するか知らないが肉食獣である狼を撃退している。だからこそ本格的に襲ってきていないわけだがーー)

 隙を見せたら狩られる対象になる。そう結論づけた。しかし悲しいかな。現状ギムトハ含め、この集団はほとんどが非戦闘員であり、昨日狼を追い払うのに貢献した騎士もいなければ銃を扱えるものもいない。襲われたらまずい。そう考えていた時だった。

「止まれ」

 先頭を進んでいた兵士が静止の声を発した。その直後、ギムトハも何故兵士が止めたのかを理解した。ーー風に血の匂いが混ざっていた。

「これ、近くに捕食している生き物がいるかもしれんな」

「ああ、方角を変えて迂回するか」

 そう兵士たちが話しているのが聴こえた。

「血の匂いは丘の方から来ている」

「第1班や第3班の連中が無事だといいが」

「それよりも、ただでさえ遅れ気味だ。ここで迂回路を切り開くなら移動中に日暮れを迎えるぞ」

「だが安全にーー」

 そこまで兵士たちが話した時、ギムトハはこちらに高速で接近してくる足音を捉えた。

 何かが複数近づいてきている。そう警告を発しようとした瞬間だった。

「ガッ」

 少し離れた場所で奴隷の1人が大人1人の背丈を超えるほどの大きな狼に襲われた。そして、それを皮切りに合計6頭の狼が隊列を襲った。

(最悪だ)

 襲われた場所は丁度隊列の中間付近で、ギムトハのいる前方集団と後方集団とで分けられてしまった。慌てて兵士たちも剣を構えたが、この時分断されたタイミングが悪く前方集団の方には兵士が2人しかいなかった。そして狼が現れた際、1人の兵士が犠牲になっていた。また、前方集団に追い詰められた側は兵士含めて15人であり、圧倒的に後方集団より危険と言えた。狼もそれを分かっているのか、前方集団に狙いを定めジリジリと近づいてきた。

 その時、ギムトハは1頭の狼のこめかみ辺りに傷があることに気がついた。

(昨日の残党か……?)

「おい、アンタら」

 気にはなったが、その時兵士がギムトハたちに声をかけた。

「俺たちが時間を稼ぐ。地図は預けるから、水を届けてくれ」

「ああ、誰かがたどりつかないことには皆死んでしまうからな」

「それに、戦闘員の数だったらまだ勝ってる。逆包囲すらできる状況だ」

「だから、行ってくれ。何、すぐ追いつく」

 明らかに痩せ我慢をしていたが、ギムトハは何も言わず地図を受け取った。

 そして、「こっちだ」と指示しながらギムトハは走るように促した。背後からは「行かせっかよワンコロオオォォォ‼︎」「死ね犬畜生があぁぁ‼︎」という雄叫びが聞こえた。

 

 走り始めてから少しののち、ギムトハたちは血の匂いの大元に辿り着いた。

「これは……」

「第1班、だな。水を担いで更新速度が落ちたところを狙われたか」

 地面は血と水でぬかるんでいた。目に見える範囲に犠牲者が3人しか見えないのは幸いなのか判らなかった。

「通りで第3班が来ないわけだ。おそらくあいつら、確実性を重視して1・3で合班して運搬してるな」

 ギムトハはそう推測した。そしてそれは間違っておらず、第1班が襲われた時、すぐ駆けつけられる距離に第3班がいたため狼は数の不利を悟って撤退し、第1班は第3班と荷物を分担する事で行進速度を上げ、逃げていた。

(不味いな。今1番襲われやすいのは俺たちだ)

 そう考えた時、後ろで羽ばたく音がした。

「なんだありゃあ」

「模様はウズラに似てるが、ばかデケェな」

 近くでは口々にそう感想が出されていた。しかし、ギムトハは嫌な予感を覚えた。確か、昨日ウズラを捕まえたと言っていた班は、遠距離から仕留めたという。そして、解剖した際に見慣れない臓器があった、と。すなわち、遠距離攻撃手段をうずらが持っている可能性は否定しきれない。そう考えた時、うずらが地面に降り立ち、口を開いた。

「ーーーーーーーー」

 不思議な旋律だとギムトハは感じた。そして聞いているうちに徐々に倦怠感や眠気を感じ始めた。

(ああ、これはいけない。不味い。まずい。何がまずいのかわからないけど、みみをかたむけていてはいけない)

 鈍る思考の中、辛うじて手を動かし、汲んできた水を頭から被った。

「んっ」

 一瞬頭が覚めたが、うずらの旋律はまだ続いており、またすぐに思考が鈍化してきた。

(あの、とりを、だま、ら、せ……)

 ポケットに入れていた何かが指に引っかかった。それを特に深く考えずにギムトハはうずらに投げつけた。うずらは口を閉じ、飛び立った。

 そして音が止むと同時に頭も徐々にはっきりしてきた。

「なんだったんだ、今の……」

 そう思いながら辺りを見た時だった。ギムトハよりうずらから遠い位置にいた人々はまだ眠そうにしながらも顔を叩いたり首を振ったりして正気を戻そうとしていた。しかし、ギムトハより前にいた人はぴくりとも動かなくなっていた。

「おい、しっかりしろ」

 慌てて近くで倒れていた人を介抱しようとしたが、腕を掴んで驚いた。

(脈がだいぶ弱い)

 呼吸も辛うじて、といったような有様で、明らかに衰弱していた。

(毒ガスか何かか?)

 そう疑問に感じた瞬間だった。

「おい、アンタ! 上!」

 そう言われ上を向くと、こちらに狙いを定めているうずらの姿があった。またあの旋律を響かせる気か。そう考えた時、うずらの口が開き、今度は別の旋律が響いた。

(今度は何だ?)

 眠くはならない。そう感じたのも束の間、徐々に手足の感覚がなくなっていることに気がついた。

「えっ」

 手足を見ようとして気がついた。ーー首が動かない。それどころか身体がどこも動かせない。

(一体、何が、どうなってーー)

 そこまで考えた時、ギムトハの思考は止まった。最後に見えた景色は、うずらがこちらに襲い掛かろうとしている景色だった。


************************


「おらっ」

 その時彼が『うずら』に攻撃できたのは単なる偶然だった。たまたま近くに手頃な石があり、たまたまぶつけられたことでうずらは逃げていった。

「おい、あんたしっかりしーー」

 そして彼はギムトハの手を掴んだ。しかし、彼の身体はぴくりとも動かず、まるで石になったかのようだった。外見上は何も変わらず、ただ空を見据えている。しかし、置物の如く微動だにしない存在。それが今のギムトハだった。

「とりあえず、全員連れて行くか?」

「だけど水はどうするよ」

「かと言って生きてたら手当してもらわにゃ」

 彼らは少し話し合ったのち、1人が2人分の荷物を運び、1人が動かなくなった人を担いで移動することで、動かなくなった4人を拠点へ連れて行くことにした。

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