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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
オゼ迷宮編
256/268

オゼ迷宮#45

「……ぷはっ」

 深い海に潜った後のように、サクは大きく息をした。

 全身はまるで海にでも落ちたかのように冷や汗でびしょ濡れで、洞窟内の低い気温も相まって凍えてしまいそうだった。座っていたはずなのに、視界は横倒しになっている。身体が倒れたのだ。そう認識するのですら、少し時間がかかった。

 洞窟内は割と乾燥しているためだろう。びしょ濡れに濡れた衣服がすぐに乾き始め、同時に体温を奪っていった。そのあまりの寒さに身を震わせていると、陣の外側から声がかけられた。

「どうした、サク!」

「何が、一体……?」

「お前、突然冷や汗かき始めたかと思ったら、全身をピクピクと痙攣させ始めて倒れたんだよ。まさか、モチさんとは別の場所でも見たか?」

 そう言いながらイマチが仕切りの紐を跨いで近づこうとした。だが、途中で縄のことに思い当たったらしい。足を止めると、カロナたちに話しかけようとしていた。

 だが、彼らもだいぶ慌てているのだろう。サクの次にうまくやり取りができるはずのイマチでさえ、咄嗟に口から出てくるのは『連邦語』だ。それではカロナたちに通じるはずもない。そして、カロナやナイラ、ムトウもサクの変わり様に慌ててまともにうまくやり取りをできていない。

 それにしても、彼らが入ってこないということは、まだ動いてはいけないのだろうか。先ほどはイマチと大声でやり取りをしたし、当初儀式が始まる前と比べると、姿勢もだいぶ崩れてしまっているが。

 そう思いながら、サクは倒れていた身体を起こした。こちらから声をかけねばなるまい。そう思うのに、思う様に力が入らなかった。

 気持ちばかり先走り、誰も彼もが適切な行動を起こせていない。そんな状況の中、静かな、しかしはっきりとした声が洞窟内を駆けた。

【ひとまず、皆々様落ち着いてください】

 全員に一番馴染むのが『海の民』の言葉だからだろう。その声が響いた瞬間、水を打ったように静まり返った。

【ムトウ様、サクはーー陣の中で倒れている『マレビト』様は助けに行っても大丈夫ですか?】

【……いや、この陣の形式上、儀式が終わるまでは誰も入れない。そして、我々『人の身』から祈り捧げ奉る儀礼は完了したが、『精霊たちの語らい』がまだ終わってない。だから、入ることは許されない】

【……では、今更ではありますが、こちらから声をかけるのは?】

【それは大丈夫だ。彼ーー『マレビト』の身体も魂も、無事に『人の世』まで戻ってきている】

【わかりました。では、『精霊たちの語らい』が済みましたらお声掛け願います】

 そう言って、アカラはムトウに一礼した。そして、そのままイマチたちに向き直ると『連邦語』で話し始めた。

「みなさん、助けに行きたいのは山々だとは思いますが、まだ儀式が完了していないとのことです。なので、今のうちに、終わったら速やかにサクさんを連れてくる人や焚き火の準備、着替えの準備などを済ませておきましょう」

「お、おう……」

 その堂々とした立ち居振る舞いは、彼女が曲がりなりにも1人の大人であり、神官であることを示していた。その後も、彼女はテキパキとイマチたちに指示を出したり、ムトウたちとやり取りをしたりしていた。

 そうしているうちに、サクも少しずつ身体の強張りがほぐれ、動ける様になってきた。体力の消耗は激しいが、この分ならなんとかなりそうだ。それに、先ほどよりも心なしか温かくなっているような気さえする。

 その様子を見ながら、アカラはムトウと何かしら話をしていた。

〔それにしても、なぜ先ほどはあれほど狼狽えてしまったのですか?〕

〔彼に生命の危機が生じていると思ったからね。儀式の手順や掟を無視して助けに向かうべきか悩んだ。だが、行かなくて良かったようだ。精霊たちも穏やかにしている〕

〔いざとなれば直接的な手段も有るでしょうに〕

〔『ある』のと『出来る』のには深い隔たりがあることくらいわかるだろう?〕

 そう何事かアカラに告げながら、ムトウがこちらを見た。

 その時、サクの近くで風が吹いた様な気がした。

 少し強めに感じたものの、それは何も揺らさず、音も立てず、それどころ吹いていった先の2人にもぶつかった様子はなく、かき消えていった。

 今のは一体なんだったんだろうか。 

 そう疑問に思っていると、ムトウがアカラに対して大きく頷いた。それを見たアカラは、後ろに控えていたコモチたちに声をかけた。

 その頃には、サクは疲れと寒気から、意識が飛びそうになっていた。先ほどよりは温かくなったと思えているものの、それも気のせいかどうかすらわからない。綱を跨いでコモチやシンが近づいてくるのが見えるものの、なんと言っているのかですら定かではない。だが、腕を掴まれ、身体を支えられた時、漠然と思った。

(一先ずは、無事に終わったのか)

 そう思いながら、サクの意識は吸い込まれるように落ちていった。


**************************


 目を覚ますと、イマチがちょうど顔を覗き込んでいるところだった。

「……よお」

「案外、すぐに目を覚ましたな」

 そう言いながら、イマチは水を椀に注いで差し出した。それに咽せないように気をつけながら飲んでいると、イマチはホッとしたように息を吐いた。

「今は?」

「安心しろ。お前が気を失ってから、まだほんの少ししか経ってねえよ」

 今はひとまず情報の整理中だ。

 そう言われて辺りを見てみれば、なるほど確かに近くには霧が見える。他の人はというと、近くでモチとカロナを中心としていろいろ話し合っている様子だった。

 だが、それもすぐに止まった。サクが目が覚めたことに気がついた様子だった。

「おう、目が覚めたか」

「モチ、さん……」

「目が覚めて早々で悪いが、何を見た? それをあいつらは気にしているようだ」

 言われて見てみると、今は寝起きに近いために遠慮しているのだろう、ムトウたちが後ろの方に控えているのが見えた。だが、その態度からは確かに、『目が覚めて無事であることを祝う』ものも含まれていたが、『いろいろ尋ねたいことがある』という雰囲気が見え隠れしていた。

「わかりました」

 そう言って立ちあがろうとすると、軽くふらついた。どうやら思った以上に身体に来ていたらしい。そう思いながらゆっくりと立ち上がると、サクは人並みをかき分けてフドウたちの元へ歩いた。

【目覚めて早々もうしわけありません。ですが……】

【ええ、『民の安全のために、小さなことでも知っておきたい』でしょう?】

 『森の民』のところでも聞きました。

 そう答えると、ムトウは一瞬驚くように目を開いたが、すぐにそれを消した。

【であるのならば、話が早い。……正直、我々が儀式を通じて見た景色は、モチさんが見た景色と異なるようだったので。早めに確かめておきたかったのです】

【……わかりました】

 そう答えたものの、どう話したものか、そう悩みながらサクは口を開いた。

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