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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
オゼ迷宮編
254/257

オゼ迷宮#43

 洞窟の奥から漂ってくる風。それは確かにサク達のいる方向へ向けてうっすらと流れてきていた。洞窟内の気流に関しては、サク達は専門外だ。だが、その中に混ざる香りを間違うはずもない。

 なにせ、生まれた時からずっと嗅ぎ続けてきた香りなのだ。生活に根ざした香りの一部なのだ。ならば、多少数カ月くらい離れたところで間違えるはずもない。

(これは、潮の香りだ)

 さらに付け加えるならば、ここに来てから嗅ぎ慣れた潮の香りのものではない。それよりもずっと前、故郷に通じる潮の香りだった。

「……こりゃ、当たりを引いたか?」

「……かも、しれません」

 皆も間違えるはずもない。特に、嗅ぎ慣れた潮の香りに関しては。

 海は、同じ様に見えても見せる顔は異なる。それこそ、同じ海を渡って隣村の漁港に行った時でさえ、言いようのない何か微妙な違いを感じる。

 強いて似たような感覚を挙げるならば、全く同じ様に見える道具でも、自分のものと他人のものでは、持った瞬間にどちらが『自分の物』か一瞬で判断がつく。、そんな感覚だろうか。

 どこか自分の物ではない感覚。

 どこか、他人行儀にならざるを得ないような、居心地の悪さ。

 そう言った感覚があるからこそ、なおさら故郷の香りを間違えるはずがなかった。

「……ってことは、ここが目的地か?」

「その可能性は大いにありうる。だが、通る際に何かしらの条件があるかもしれん」

 故郷の潮の香りを感じるものの、それすなわち故郷に通じているとは限らない。

 ここにくる時でさえ、霧の中で言い表しようのない何か『異質な感じ』があったのだ。前回は通り抜ける際に特に何もなかったが、今回も同じとは限らない。また、故郷からこちらにくる際は、特に何も失ったり差し出したりすることはなかったが、通り抜けた瞬間に大嵐に遭遇している。

 御伽話にもある話だ。人の世とあの世、もしくは人の世ではないどこかに人が赴く時、何かを通行料として差し出したり、通行の対価として『試練』などの何かを行ったりと言うのは。

 今回の場合でいえば、サク達の『世界』と、アカラ達の『世界』を繋ぐにあたって、『通行料』はなかったのだろう。代わりに、『試練』として嵐が存在したのではないだろうか。

 ならば、ここから故郷に抜けるときには、一体どの様な代償が求められるかはわからない。少なくとも、出発する前までは、サク達の故郷の海域は霧が深いのみであった。もしかしたら、『霧』自体が『試練』の可能性もあるだろう。だが、その可能性は低い。

(仮にそうだとしたら、釣り合いが取れていない)

 故郷からこちらに渡る際の試練が『嵐』だったならば、神話などになぞらえると同等の『何か』がなければおかしい。確かに、深い霧の中での航行は危険ではあるが、サク達が遭遇した『嵐』と比べると、児戯に等しいものだ。

 ならば、ここから故郷へ戻る際に、『何か』を差し出す、と考えた方がよっぽど道理に合う。

 仮にそれが考えすぎだとしても、そう心構えをしておけば、いざという時でもすぐに覚悟が決まる。

 そう考えて、覚悟を固めた。後ろをチラリと見れば、誰も彼も似た様な表情を浮かべていた。

 あれだけの『理不尽』を乗り越えて、故郷に帰るためにここまで来た面々だ。考えることは皆同じだろう。

【皆さん、なにかありましたか?】

 サク達の気に当てられたのか、カロナがおずおずと話しかけてきた。

 本来ならば、朗らかに返すべきだろう。何せ、故郷への手がかりに最も近づいているのだから。

 だが、いまのサクたちにとっては、無事に帰るためにはどうすべきか、何を求められるのか。そのことで皆頭が一杯だった。サクでさえ、短く返すので精一杯だった。

【故郷の、海の香りがする】

【それは本当ですか?】

【ああ、間違えようがない】

 そう返すサクの言葉は、カロナたちのとっては半信半疑だった。潮の香りなど、それだけでわかる物だろうか、と。そう疑問の感じたのも宜なるかな、であろう。だからこそ、彼らは信頼のおける人物に尋ねた。海に生き、海を知る存在ーー『海の民』の巫である、アカラに。

〔アカラ、彼らの言うことはどう思いますか?〕

〔あながち間違ってるとは言えないと思う。確かに潮の香りを洞窟の奥から感じるけど、わたしはこんな潮の香りを嗅いだことはない〕

 洞窟の奥から漂ってくる潮の香りについては、アカラももちろん気がついていた。そして、その香りがアカラのよく知るものと異なることも。

 だからこそ、アカラは初め、こう思った。

 ーーこの先は、どこかアカラたちの全く知らない別の海へ通じているのだ、と。

 だからこそ、彼らの様子を伺ううちに気がついた。この潮の香りは、サクたちの故郷に近しいか、そのものの海の香りなのだ、と。

 『山の民』にはすぐにわかるはずもない。彼らは海のことについては詳しくない。だが、一度それに気がついてしまえば、アカラにはーーそして、サクたちには間違えるはずもない。

〔一度もですか?〕

〔強いて言えば、北の方に向かって泳いだ時の感覚に近いかな。けど、それ以上にサクたちと初めてあった時、彼らの舟から身体に至るまで染み込んでいた匂いの方が、遥かに近い〕

 そう言って、アカラは洞窟の奥を眺めた。

 アカラがそう言ったからだろう。カロナたちも、表情を引き締めた。

【わかりました。……改めて言っておきます。この先の通路に存在する霧は、すでに我々の仲間を5人、飲み込んでいます。それが貴方方『マレビト』の世界に通じているのか、はたまた別のどこかに通じているのかは、正直正確にはわかりません。それ故、『森の民』の神域で行ったことと、同じものをして頂くことになります】

【わかった】

 そう頷くと、【では、気をつけてついてきてください】という案内とともに、カロナが歩き始めた。

 そして、通路にはいってすぐに、カロナは足を止めた。彼の肩越しに通路を覗き込むと、すぐ先には濃い霧が通路を塞ぐように立ち込めていた。

 そして、その先からは先ほどよりも遥かに強く、潮の香りを感じた。

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