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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
オゼ迷宮編
253/255

オゼ迷宮#42

【なるほど……。やはり、世界は未知のものに溢れているのですね】

 部屋の中に全員が入り、ムトウの問いかけに皆で知恵を絞って応えた。そうして拙いながらも行われた、サクたちの説明を聞いたのち、ムトウは穏やかにそういった。

 ムトウは様々な分野に興味を示しており、いろいろなことについて尋ねてきていた。国の形、文化や風習、伝承、生活様式、宗教や歴史など、それこそ多岐に渡る。その中には、サク達が答えられないものももちろんあった。

 仕方のないことではあった。

 サク達はそもそも一介の漁師であり、学があるわけでもない。サク達にとっての世界は自身の村を除けば、隣村か遠くにある街くらいで完結する。連邦の都など、話に聞くだけだ。

 だからこそ、ムトウの質問を完全に答え切ることはできなかった。だが、それでもムトウは楽しそうにサク達の話を聞いていた。

 そして、話を聞いているうちに、ムトウが興味を示すものが少しずつわかり始めた。ムトウはそれこそ多種多様な分野に興味を示し、サク達を質問攻めしたことは先に述べた。だが、その中でも特に生活や風習、文化といったものに特に強い興味を惹かれている様子だった。

 話を聞き終わった直後に出した発言からも、それはうかがえた。

【と言っても、おそらく我々の世界とここはそもそもの場所が違うと思うが……】

【確かにそうです。ですが、現状繋がる『道』があり、その制御の仕方もわからないとあれば、いたずらに相手を否定するよりも互いに知り合った方が良いとは思いませんか?】

 サクの問いかけにムトウは何ら躊躇することなく応えた。その姿勢は、先ほどまでの礼儀正しい姿と何も変わらない。だが、その目はキラキラと輝き、もっと話を聞きたいと訴えているように見えた。

「それにしてもさ、サク。これなら私たちも話を改めて聞くべきだったね」

「……そのことについては、そうだなとしか言いようがない」

 付き添いとして部屋の中に入ってきたアカラの、じっとりとしたどこか恨みがましい声を聞きながら、サクはそう答えるしかなかったアカラが『連邦語』を使ったのは恐らくわざとだ。どこか子供っぽいような妬みを、『山の民』の長に聞かれたくなかったのだろう。

 日を重ねるごとに『海の民』の言葉に習熟し、流暢にやりとりできる様になったことはアカラも気がついていたはずだ。にも関わらず、彼女はサク達が救助された当初の拙いやりとり以外では、ここまで確かめる様子を示さなかった。そのことで『森の民』や『山の民』と比べて『海の民』が最も関わりが深いはずにも関わらず、最も理解できていないという歪な状況が出来上がってしまっている。そのことが、アカラには気に食わなかったのだろう。

 そして今となっては、付き添いとしてこの様な場に立ち会うことで、知らなかったことをより知る機会を得ている。そのことが、少しだけ気に入らないのかもしれない。

 残念ながら、アカラは後ろの方に控えているため、サクの立ち位置からは表情は伺えない。だが、脳内でアカラが軽く頬を膨らませている様子がありありと想像できて、サクはそれが少しだけおかしく感じられた。

【では、その霧の結果次第では、あなた方のように『マレビト』がやってくる可能性もある、と言うことですね】

【断定はできませんが。何せ、我々の誰も魔術師ではないので】

【……そういえば、『魔術師』は出てくるけど、『魔法使い』は居ないのか? 『魔法使い』の話が、建国神話のあたりで言及されていたと思うけれど。それに、そもそも『魔術師』とはどういった存在なんだ?】

 サク達の回答から、さらに興味が引かれたようだ。

(これは長くなりそうだな)

 サクの予想に違わず、ムトウの疑問は尽きることはなかった。


**************************


【……っと、随分話し込んでしまったね。引き止めてしまてすまない】

【いえ、無茶を聞いてもらっているのは重々承知しているので……】

 そう返したものの、サク達はとっくに疲れ果てていた。肉体的にはそうでもないーーとは言え、洞窟内での移動や長時間の質問等により疲れはあるーーが、それ以上に精神的な疲労が強かった。普段使わないような脳の領域まで使ったようで、頭全体が痺れたように重く感じられた。正直なところを話せば、もう今日は頭を全く使いたくないとさえ思えてしまうくらいには。

 だが、そうも言っていられない。まだまだこれは前座に過ぎないのだ。本命はやはり、帰還のための手がかりを掴むことーーすなわち霧の調査に他ならない。そう思うことで、何とか意識を保っている状況だった。

【それでは、『霧の通路』へと向かいましょう。それとも、ここでひととき休みますか?】

 ムトウの問いかけに、正直休む方に頷いてしまいたかった。何せ、疲労感は凄まじいものがある。出来れば、ここで少し休みたい、そう思ってしまうほどに。

 だが、サクには一つ確信があった。否、サクだけではない。全員がその予感を胸に秘めていた。即ち、ここで休んでしまっては、少なくとも今日はもう立ち上がる気力は沸かないだろう。そう言った確信が。だからだろう。ムトウの問いかけに即座にモチが反応した。

「……いや、向こうへ移動してから休む。そう伝えてくれ」

「わかりました」

 念の為他の者の表情を見渡したが、全員そのことに異論を挟むような表情もなく、小さく頷いていた。そのことから皆がモチやサクの意見と一致すると判断し、サクはムトウへと向き直った。

【申し出はありがたい。だが、今は一刻でも早く、霧を調べたい】

【わかりました。その様にしましょう】

 ムトウは特に気にした様な様子もなく、そう応えた。

 そのままサク達を回り込んで、出入り口へと近づいた。

【ここからは、私も同行します】

【……はぁ】

 そう返しているうちに、ムトウはさっさと部屋を出てしまった。その背を追うように、サク達も部屋を出た。

 部屋を出ると、通路にはムトウの他にはカロナとナイラしか居なかった。他の人影はなく、一時的に離れていると言うわけでもなさそうだ。

【他の者達はそれぞれの職務に復帰させました。案内人は我々のみです】

 周囲を見ていたのがわかったのだろう。どこか笑いながら、カロナがそう説明した。

 なるほど。確かについてきてもらったが、あの人数ではそれこそサク達と一対一で付き添う様な形になる。山道や洞窟を歩くならばそれでも構わないだろうが、ここはもう安全圏だ。ならば、最小限の人数にし、仕事を回すのはなんらおかしな話ではない。

 そう納得していると、全員が部屋から出てきたのだろう。カロナが【行きますよ】と声をかけ、先導し始めた。その後ろを、サク達はぞろぞろとついていった。

 そして歩くことしばし、『霧の道』と呼ばれる道へと辿り着いた。

【……ここが?】

【そうです。2ヶ月ほど前、急に霧が発生した道は】

 そう言われ、一つの道を示された。

 その時、道の奥から軽く風が吹いてきた。洞窟の中でも風が吹くのはおかしな話ではない。だが、その風に、サクは僅かに違和感を覚えた。

(なぜ、こんなところで?)

 道の奥から吹いてきた風。その中に、微かに潮の香りをサクは感じていた。

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