オゼ迷宮#39
フドウが戻ってきたのは、それから3日後のことだった。と言っても、サク達は基本的に洞窟の中で過ごしていたため、何日が経過したと言うのは正確に測る術はなかった。3日過ぎたと言うのも、カロナの証言によるものであり、彼の発言も概ね間違ってはいないと考えられる一方で、この外の見えない環境の中ではどの程度当てになるかも分からなかった。
だが、それなりに長い時間が経過したのは確かだろう。目を覚ますたび、そしてこの暗い景色の中でずっと待つなかで、時間が経つにつれて起き上がってくる者の数も徐々に増えていた。サクが目覚めた時は、僅かに『山の民』しか起きていなかったのが、今ではほとんど全員が動けるようになっていた。
もちろん、全てが万事解決したと言うわけではない。サクのようにある程度満足に動ける者もいれば、動けるもののやはりどこかしんどそうにしている者もいる。また、全員ではなく、一部の者は意識は回復しているものの、まだまだ安静が必要な状況には変わりがなかった。
フドウが人を連れて戻ってきたのは、そのような状況だった。
〔ただいま戻ってきました。カロナ〕
昼食として水で戻した干し肉や干し野菜を入れたスープを飲んでいる時、そう声が響いてきた。サクを基準とした時、右手側の方からだ。顔を上げてみれば、足音が響いてくる。残念ながら暗くてよく分からないが、フドウの声には違いない。だが、不思議なことにフドウだけではなく、他にも足音がついてきているように聞こえた。
焚き火の炎に照らされる範囲までその足音が近づいてきた時、闇の中に彼らの姿が浮かび上がった。そこには、確かにフドウだけではなく見慣れぬ人影が数人控えていた。
〔お疲れ様。それで、マロダ達はなぜここに?〕
〔理由を説明したところ、追加の人手ということだ。また、道のりに関しては問題ないことを確認してきた〕
そうフドウが返すと、カロナは落ち着いたようにふぅ、と息を吐いた。サクがチラリとその表情を伺うと、普段と変わらぬ表情の中に、微かに安堵の色が浮かんでいることが窺えた。
〔洞窟の奥の方から来たと思えば、そういう理由か〕
〔はい。確かにところどころ崩落している場所や浸水している場所、紋章に綻びが見られる箇所があったが、通れなくは無い〕
〔それはこちらから登ることを考えてもなお、か?〕
〔はい。ただし、それには上と下で支える人が必要だと思われる。また、いくら洞窟内の方が外からの影響を受けづらいとはいえ、先日のように10人が意識混濁の上行動不能となった時に備えて、追加の人手として宮司が彼らに指示を出した〕
〔わかった〕
そう言うと、カロナは一息ついて話し始めた。今度はサク達にもある程度わかるように、『海の民』の言葉で。
【長らくお待たせしました。道の安全も判明したとのことで、今日よりまた移動を始めたいと思います。概ね、2日から3日で着く予定ですので、あと一息、頑張っていきましょう】
その言葉が響くと、徐々にイマチ達も活気付いてきた。だが、中にはそれを素直に喜んでいない者もいた。特にモチはその筆頭で、どこか胡散臭そうな様子でカロナを見ていた。
「モチさん。どうしたんですか?」
「『道の安全は確保された』と言ったが、具体的にどう安全なのかを示していねえ。これが『安全に道が整備された状況で歩けます』ってえのと『通れなくは無いです』ってえのでは大きく違うだろうが」
サク、そこらへん聞いてこい。
モチの目はそう言っていた。確かに、モチが懸念しているところもわからなくはない。実際、ここ数日の知らせを待っている最中、サクはカロナと色々なことを話していた。そしてその中には、『ここら辺の洞窟から神殿への道は、存在は示唆されてるものの、不明点が多い』と言う情報もあった。そのことはもちろんモチもサクから聞いて知っている。
今のカロナの発言では、そこの部分が「意図的にぼかされているのではないか。モチはそう懸念しているのだ。
(慎重になり過ぎてやしないかなぁ)
サクはそう思いながらも、念の為にカロナに確認することにした。
【カロナさん】
【どうされましたか? サク殿】
【その、道については具体的にどのような状況なのですか?】
そう尋ねると、カロナは今まで浮かべていた人当たりの良い笑みをスッと消し、真剣な面持ちでサクを見た。
これはモチが睨んだ通り、何かあるな。
そう思ったのも束の間、カロナが声を落として応えた。
【はい。確かに、懸念されている通り、道の所々に慎重に通らなければならない箇所があるそうです。わたしもフドウから聞いただけですので断定は如何ともし難く……。ですが、彼らがその道を辿ってここまできていると言うことは、少なくとも繋がってはいるのです】
【そう、ですか】
【はい。そして、『マレビト』の皆様を無事に送り届けるためにも、新たに人手が派遣されたと言うのが現状です】
フドウについてきた人々は、そのための人員だったらしい。確かに、彼らの荷物の中には綱や縄梯子、足場を打ち込むための楔などが見え隠れしていた。
【彼らはその道のりを1日程度で走破したと言っています。ですので、我々は登ることや体調の芳しく無い方も居られることから2、3日と言いました】
そう言うと、カロナは再び人の良い笑みを浮かべ、続けた。
【ですので、安心して着いてきてください】
【……わかりました】
嘘はついていない。人の良い笑みを浮かべているのは、おそらくサク達を不安にさせないためだろう。だが、先の内情を聞いた今では、下から焚き火によって照らされることも相俟って胡散臭い笑みにしか見えなかった。
「どうだった?」
「フドウ達が戻ってきていることから、通れると判断したそうです。ですが、実際にはやはり通行に不安を覚える箇所が完全に無いとは言い切れないそうです」
「やはりな……」
モチの呟きをサクは静かに流した。確かに、モチの言うとおり、彼らは隠し事をしていたのは間違いない。だが、今の内容がそれほどまでに伝えなければならない重要事項かと問われれば、一概にそうとは言い切れないだろう。
第一、サク達はここから先の道がどのように広がっているかを全く知らない。ならば、通れると伝えるだけでもサク達にとって十分だと彼らが考えたとしても不思議ではない。いたずらに前方にあるかもしれない障害を教え、不安にさせるより、通れることのみを強調して伝え、その場その場で対処していくことを彼らは最初選択したのだろう。
伝えるべきか、伝えないべきか。今回の道については、サクは別に問いただす必要もなかったのでは無いかと思った。だが、それも今更の話だろう。現に、話を聞いていない者達は、『あと数日』ときいて俄かに活気付いている。そこにあえて水を差すようなネガティブな情報を入れることはしないだろう。しかし、モチのように不安を覚える人や慎重な人にとっては一概に知らない方がいいと言う話でもなかったようだ。
(どちらにせよ、あと二、三日歩けば神殿か)
そう思いながらサクは荷物をまとめた。周囲を見ると、皆も口々に楽観的な希望を口にし、気分を前向きにしていた。
その日の午後には、サク達は荷物を担いで移動を始めた。確かに、カロナの口にしていた通り、洞窟内はお世辞にも整備や管理がされているとは言い難かった。だが、だからと言って崩落して通れなかったり、道が崩れていたりと言うようなことはなく、せいぜいがコケで足元が滑りやすくなっている程度だった。
確かにこの程度なら言う必要もなかったのだろう。そう思っていた。一方でアカラは何か気になったらしく、カロナに話しかけているのが聞こえた。
〔実際、この道は正しいのでしょう。けど、最短経路じゃ無いでしょ?〕
〔……気づいてましたか〕
〔もちろん。風の精霊の力で、通じている道を辿る。……最短経路には問題が?〕
〔水没、崩落、その他不安材料がいくつか、らしい。実際に完治した範囲でも丸々水没している箇所があった〕
〔……それで、このみちで二、三日、と言うのは正しいのよね?〕
〔そこは信頼してくれ。フドウから話を聞いて、出発前に山の大精霊や地の精霊、風の精霊の力を借り受けて最短経路を構築している〕
〔そう。変なことを聞いてごめんね?〕
〔いや、良い。アカラ、お前も長旅で疲れているのだろう〕
〔……そうかなぁ……。……そうかもね〕
軽い世間話のようなものだったのだろう。アカラは用が済むとするりと離れ、再び列の後部に付いた。その背を見送りながら、サクは薄明かりの中、上り坂の続く洞窟内を歩いた。
そしてカロナの宣言した2日後の昼前、サク達は明らかに手入れの行き届いる場所へと抜けた。
【ここが……?】
【はい。拝殿の外郭に位置する『外堀の洞窟』です】
そういってカロナが示した先には、地底湖が広がっていた。