アムスタス迷宮#24 ギムトハ-1
一行が丘の頂上目指して出発したのを見届け、ギムトハたち給水班も行動を開始した。給水班は現時点で残っている奴隷のうち重量物運搬に耐えられそうな男性と、その他非戦闘員で体力のある者24名とそれを護衛する兵士8名を一つの小隊として3個編成された。各小隊は、推測される日の入りまでに全小隊が麓に帰って来られるようにした上で時間を分けて出発し、昨日探索隊の一つが見つけたという湖まで水をとりにいく。現時点において水の備蓄はなく、さらに人数が増える可能性も高いことから、水の確保は急務だった。
ギムトハは第2班として、第1班が出発してから半ルオ後(約1時間後)に出発すると伝えられた。聞いた話や簡易な地図だと、丘の麓を回る限りは高低差はあまり無いが、徐々に草原が深くなり見通しが効かなくなるということだった。そのため、この時間を利用して少しでも楽ができるような道具を作ろうと考えた。
「さて、作るにしても環境を聞きながらの方がいいな。誰かいないものかね、っと」
そう言いながらギムトハは周囲を見渡していると、先程から手元の草をいじったり、周囲の草を観察している二人組を見つけた。そのうち片方は確か湖を見つけた探索隊の学者の1人だったはずだ。そうあたりを付けギムトハは近づいた。
「すみません、少し話を聞きたいんですけど」
「うん、なんだ?」
近づいてみると、学者はすぐにこちらに応じた。しかし、彼と話していたのは鎧を解いていたとはいえ騎士だったことに気がついた。
「すみません。取り込み中だったなら出直しますが」
「いや、いい。休憩時間を使って植物学者と話していただけだ。そちらこそ何か急ぎのようではなかったのか?」
「ああ、いえ。自分もそこまで急ぎという話では無いので……」
「気にするな、と言っても気にしてしまうだろう。今だけはここにいるのは騎士ではなくもう1人の学者という認識で頼む。俺はイガリフ。実家が代々植生に関する研究をしていたおかげで植物なら多少わかる。休憩時間中ぐらいは堅苦しいのは抜きにしたい」
「私はトチュー。探索隊に参加した植物学専門家だ」
「分かりました。ではーー」
そう言ってギムトハは話を切り出した。給水班として入り用になりそうなものや、あったら役に立ちそうなものは何か。気をつけた方がいい動植物はなかったか。他に環境的にはどうだったか。
それに対し、トチューは実際に採取してきた草を示しながら説明を行った。また、ところどころイガリフが見かけた、もしくは見つけた動植物についても話を聞くことができた。
「なるほど。なんでも溶かす粘液が初見殺しの可能性が高い、と」
「ああ、何せ見た目はただの水たまりにしか見えない。多少手間でも水たまりは全部迂回するか、最低でも飛び越えた方が安全だと思う。他には狼がとても大きかった」
「俺たちの班で昨日見かけた危ない植物は、捥いだ瞬間に辺りに棘を撒き散らす栗みたいな木の実だ。捥いだヤツ曰く、様々な毒を棘の先から分泌していたらしい。あとは、蜘蛛だな」
「蜘蛛ですか?」
「ああ、あれが成体かどうかはわからないが、大きさだけでも半ラツ(約1m)はあった」
「そんな大きさの蜘蛛が巣を張っていたら人間でも絡め取られそうですね」
そう言いながらギムトハはそんな蜘蛛の糸なら何かしらの素材に使えるだろうと考えた。しかし、返ってきたのはイガリフの「いや、糸じゃ無い」という言葉だった。
「糸じゃ無い、とは?」
「巣を作ってなかった。見た目としては俺たちが普段見かける巣を張るやつの足をもう少し太くしたようなやつだが、地面を走っていた。それも十分早かったが、奴が本気を出した時は動きが見えなかった」
「見えなかった、とは」
「文字通りだ。幸いなことに襲って来なかったが、仮にあれに襲われていたら俺たちは気がつくまもなく終わりだ」
そんな大きさの蜘蛛を想像し、ギムトハは少し気分が悪くなった。
「とりあえず、視界確保兼護身のための刃物と、傷薬は必要そうだな」
そう呟くと、ギムトハは地面に陣をいくつか刻み、材料をそれぞれの陣の中に置くと、それらを式で繋ぎ合わせた。
先ずは刃物から。この中で鉄の代わりに昨日コウカが拾っていた鉱石を使うというのが不安ではあったが、生成して形を整えるだけなら大丈夫だろうと考えていた。しかし、すぐに異常に気がついた。
「加工できない?」
陣の中には確かに鉱石が金属と不純物に分けられてはいた。しかし、そこから先刃物の形に整えることができないでいた。
「どうしたんだ?」
「途中で止まったようだが」
見ていた2人も疑問に思ったのか訊ねてきた。
「昨日採取した鉱石だけど、既存の陣では錬成できなかった。つまり、術のどこかが間違っているか、足りないんだ」
「ええっと?」
「この金属の特性をきちんと調べなければ加工ができない」
噛み砕いて説明することで2人とも納得したようだった。(それにしても、鋳造の陣では加工できなかった。今から鍛造の陣に書き直して間に合うか?)
「ギムトハ氏」
ギムトハが考え込んでいると、トチューが話しかけてきた。
「なんですか?」
「刃物が必要なら、私の愛用の鉈を貸してやる」
そう言ってトチューが取り出したのは刃渡が1エヅ(約50cm)ありそうな鉈だった。そして、持ち手の部分に刻まれている銘をみた時仰天した。農機具専門の鍛冶屋の中で最高峰の者の作だった。
「良いんですか?」
「ただし、使うなら何か植物を持って帰ってきてくれ。出来れば水草の類が欲しい」
そう言われ、時間もないことからギムトハはありがたく使わせてもらうことにした。




