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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
オゼ迷宮編
246/248

オゼ迷宮#35

 『最初はそこまでキツくは無い』

 カロナはそう言っていた。確かに、山に慣れた人にとってはそうなのだろう。だが、自分たちにも当てはまるのだろうか。サクは内心不安に思っていた。

 だが、その心配は杞憂だった。確かに、上り坂ばかりずっと続くのは確かにきついだろう。しかし、傾斜は思ったほどキツくはなく、またカロナ達もサク達の様子を見ながらこまめに休息をとってくれたおかげで、そこまでキツさを感じることもなく山を登ることができた。

 事実、ひたすら登山と休息を繰り返しながら登ったため、想像したよりもはるかに疲れを感じなかった。一方で、そのあまりの楽さに、実際そこまで登れていないのでは無いだろうか、そう思っていた。実際、サクがどれほどの高さまで自身が登っているのかを然りと自覚できたのは、その日の夕方になってからだった。

【あっち、海の方見てみな】

【え?】

 その頃には、サクは歩くのには慣れていたものの、周囲を見る余裕など全くなかった。前を歩くサイラの背を見ながら、つまずいたり転んだりしないように地面だけを見ながら歩いていた。マロマがサクに声をかけたのは、そんな時だった。

 マロマは列の真ん中あたりにいたはずだ。にも関わらず、今は先頭にほど近い場所を歩いている。そのことを訝しくも思ったが、正直疲れから頭があまりうまく回っていなかった。そのまま、近くに来たマロマに促されるようにサクは顔を上げてその方向を見た。その時、サクはその光景に息を呑んだ。

「ああ……」

 言葉が出なかった。

 こういう時、時折村に来て芸を披露するような吟遊詩人ならば、この光景を万の言葉を用いてでもうまく表せるのかもしれない。否、もしかすると、たった一言、端的に表す言葉を知っているのかもしれない。だが、サクは残念ながらどちらの才も持ち合わせていない。一介の漁師として生き、故郷に骨を埋めるだけの人生ならば、知らなくても十分に生きていける。そう思っていた。

 そうでなかったとしても、村で読み書きができる人間は稀だ。学舎などあるはずもなく、学者たちがするような『勉強』に費やせるほど、村の誰も彼も暇ではなかった。精々、村の中で『神童』ともてはやされた子どもが出た時に、故郷に錦を飾ってほしいとの思いから多少は村のみんなで援助することはあっても、精々がその程度だ。

 だから、サクは今目の前に広がる光景を美辞麗句を並べ立てて言い表すことができない。だが、そんなサクでも、たた心に浮かんだ想いは一つだけだった。

 ーー綺麗だ。

 ただ、それだけだった。

 それだけでサクにとっては十分だった。日暮れが近いためだろう。少し立ち止まるだけでも、日の傾きは徐々に早くなっていく。ほんの少ししか立ち止まっていないつもりでも、目の前の景色は刻一刻と趣を変えていく。

 遠く海の向こうに没していく太陽。それに照らされ、波のうねりと海中から透けて見える色鮮やかな岩ーー珊瑚

によってさまざまな光が煌めいて見える海面。遠くの方は沈む太陽に合わせて白や橙、黄色に染められているのに、光が届かない場所では濃い緑や紺へと色鮮やかに変わりゆく表情を見せる海。空を見上げてみれば、淡く消えゆく光を追うようにして夜空が少しずつ広がってゆく。その中に、早くも小さな灯りが一つ、二つと灯り始めた。

 いつも見慣れた光景には違いない。だが、見える景色の高さが変わるだけで、こんなにも違うものなのか。

 歩みを止め、景色を眺めながらサクはそう考えていた。

【あんまり見惚れるのもいいが、あと少しで『山の民』と『森の民』の境界に近い集落につく。そこまであと少しだ】

「あ、ああ。分かった」

 止まってしまったからだろう。いつの間にか近くへと戻ってきていたサイラにそう促され、サクはそう返した。

 だが、彼女は怪訝な顔をしてサクを見ていた。何かおかしなことでも言っただろうか。そう考えて、先ほど話したのが連邦の言葉だったことに思い当たった。彼女が怪訝な顔をするのも当たり前だ。サイラはーーそれどころか、彼ら『山の民』は、連邦語を解さないのだから。

【いや、なんでもない。行きます】

 そう答えると、彼女も先ほどの言葉が単なる相槌程度のニュアンスしかなかったのだと分かったのだろう。小さく頷くと、再び先導して歩き始めた。

(それにしても、すごい格好だよな……)

 先をいく彼女を見ながらそう思った。彼女だけではない。サク達の道中を支援してくれる『山の民』達は、一様に全身を覆い隠すように衣服を纏っていた。しかも、その服はそれぞれがかなり色鮮やかに作られており、日中は彼らの姿を見るだけでも眩しく感じたものだ。

 色鮮やかに染められている理由は、おそらく遭難対策だろう。山に登る前に聞いた話から、彼らが雪深いところに住んでいると判断できる。そして、雪が降り積もるということは必然的に警戒しなければならないものが二つある。吹雪と雪崩だ。そして、そのどちらも、もしも遭ってしまった際に助かる可能性が高まるのはーー救助される可能性が高くなるのは、雪の中でも目立つ色を身につけることだ。だからこそ、彼らがそのような派手な色の服が身につけていることは、特に不思議には思わなかった。

 だが、あのような服を着ていても暑くないのだろうか。聞けば、年中雪が降るようなところに暮らしているという。ならば、衣服の生地もそれ相応に分厚いはずだ。

 だが、彼らなそのような表情は全く見せず、スイスイと山道を歩いている。では、見た目に反してあの服は風通しがいいのだろうか。

 その疑問は、日が暮れてすぐに分かった。

 完全に日が暮れてから少し歩いた時だった。サク達は今日泊まるという集落にたどり着いた。

【今日はここまでです。しっかり休んで、明日もまた頑張りましょう】

 そう言いながら、カロナが顔のあたりを覆っている布を外していた。その布は暗闇でもわかるほど薄い布地で作られていた。だが、それだけではなさそうだった。

(なんだ、あれは?)

 風にたなびくその薄い布には、月や星の明かりに照らされてキラキラと光る何かがついていた。おそらく、刺繍の類なのだろうとは思う。そして、風にたなびく中で一瞬、その全体像がはっきり見えた瞬間があった。

 その布には、精緻な紋様が描かれていた。

 お呪いの類だろうか。そう思いながら示された建物へと行き、夕食となった。ここでは、特に分け隔てなく寝食を共にするーー流石に男女は別れるようだったがーーらしく、『山の民』の3人もサク達と同じ卓を囲んだ。尋ねるにはいい機会だ。そう思い、サクは彼らに疑問をぶつけた。

【それにしても、あんな格好で、暑くないのか?】

【ああ。『山の大精霊』や『雪の精霊』、『闇の精霊』の紋様があるからね】

【それでも、日中の暑さは応えないのか? それに、薄手の布では日光を完全に食い止めることはできないだろう】

【そこはまぁ……。教えられないこともあるけれど、対策があるからね】

 そういいながらも、カロナの肌はわずかに赤くなっていた。カロナだけではない。マロマも、フドウも同様に赤くなっていた。特にマロマに至っては、先ほど食事の前に、特に赤くなっている顔や腕に塗り薬を塗っているところを見かけている。素直に信じることはできなかった。

 だが、だからと言って問い詰めることもできない。それに、いくつか対策を彼らは用意しているようだ。ならば、変に突く必要もあるまい。そう考え、サクは【そうか】と答えると、パンを口に咥えた。


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