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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
オゼ迷宮編
241/255

オゼ迷宮#30

 モチを調べていた巫の様子が、思ったよりも芳しくない。表情は先ほどと変わっていないが、先ほどまでと比べると雰囲気がわずかに硬く感じられる。まるで困惑しているような、予想外の結果を突きつけられているかのような、そんな雰囲気だった。何かがおかしい。何かが起きている。そう思わせるには、十分だった。

「で、どうだったんだ?」

[……1人だけでは何とも言えません。他の方を見てからでなくては]

 モチの問いかけに答えることはせず、アカラを通じて彼女はそう返した。だが、それだけでおおよその予想はついた。……ついてしまった。

 その後も、1人ずつ慎重に確かめられた。2人目以降は巫の雰囲気が変わることはなかった。だが、それはおそらく彼女が意図して表面に出さないようにしているだけだろう。サク達はそうとしか思えなかった。

 そして、サクが最後の1人として調査を受けた。円に触れても、特に何か衝撃なり違和感なりが来ることはなかった。そんなことを想像していた自分をバカらしく思いながら座ると、そのまま気分を落ち着かせて目を瞑った。

 視界を遮断したためだろう。周囲の音や風が明瞭に感じ取れる気がした。そうして待っていると、少しずつ身体が暖かくなってきたように感じた。

(……?)

 初めは単なる気のせいか、もしくは気分を落ち着けて座っているためにそう感じているだけだろうと思った。だが、次第にそうとは言い難い感覚へと変わっていった。今きている服の上に、さらに何か重ね着をしているような感覚、とでも言えばいいだろうか。もしくは、自身と周囲の間に何か幕が張られたような感覚か。いずれにせよ、先ほどまで聞こえていた声や空気が少し遠のいたように感じた。

(これは一体……?)

 そう思ったが、特に気持ちの悪いものでもなく、また隣にいるはずのアカラや巫がなにも言ってこないことから、サクはそのままじっと耐えた。ここで変に動いて、儀式が最初からやり直しになる、と言うようなことになれば面倒だし、第一、目を閉じたために神経が張り詰め、気のせいだと断じてしまうものに過敏になっている可能性についても捨てきれなかった。

 そうしているうちに、徐々に波が引くようにその感覚が薄れていった。やはり気のせいだったのだろう。そう思いながら静かに待っていると、不意にそれまでと異なるうねりが襲いかかってくるように感じた。

 襲い掛かる、と言うのは正しくはないかもしれない。単に何かの潮目と潮目がぶつかっただけなのかもしれない。そう思っていた。だが、そうしているうちに徐々に頭の中に謎の光景が広がってくるように感じた。

(なんだ……、これは……?)

 脳裏に広がる光景は、今まで見たこともない景色だと断言できる。最初に見えたのは、多くの建物だ。おそらく木造だろう。そして、平屋建てが多いようだ。時刻は払暁と言ったところだろうか、サクから見て左手側の方から徐々に照らされていた。そしてその都市は、建物の区画を縫うように水路が道のように整備されている。そこでサクはこの風景を高いところーーと言っても屋根の上あたりだろうかーーから見ているのだと気がついた。

(こんなところが連邦にあるのだろうか。それとも、もしやここは異国なのか?)

 そう思いながらただ眺めていると、ほど近い水路の中を一隻の船が進んでいた。ここにも人はいるのだろう。そう思ったが、彼らの姿を見た瞬間、サクはそれが現実ではなく寝ぼけて夢を見ているのだと思った。船に乗っている人は、ここからでは遠いため詳しいことはよくわからない。だが、それでもおかしいと断定できる要素があった。

 ーー普通の人に、頭頂部に動物の耳がついていることはない。

 では、背中の方にあるふわふわとしたものは尻尾なのだろうか。感覚からすると、狐の尾のように見えるが、狐の尾はあそこまで長くない。それに、見える数が正しいのならば、その人影の背中に見える束らしきものは、少なくとも四つはあるだろう。その人物以外にも、乗っている人影は何人かあったが、そのうち半数程度は人のようには見えない。そう思っていると、不意にその人影がサクの方を見た。

(……見られてる!?)

 その人物は、明らかにサクの方を見ていた。もしや霧を通った時と同じように、ここに転移しているのだろうか。そう思ったが、その人影に釣られるようにこちらを見上げた人々は、サクの姿が見えないようだ。特に隠れられる場所もあるでもなく、見上げられたら確実に見えるだろう。にも関わらず、その人影以外はサクが居る事すらわからない様子だった。

(なにが起きてるんだ?)

 そう思った時だった。頭の中に巫の声が鋭く響いた。その声に弾かれたように、サクは目を開けた。

 いつの間にか眠っていたのだろうか。驚いて目を開けた時、サクはそう思った。気づくと、アカラがすぐ隣におり、心配そうにサクを見ていた。また、巫も顔を上げており、そしてサクの手をしっかりと掴んでいた。もう終わったのだろうか。それにこの物々しさは言いたいいなんなのだろう。そう思った。

【サク、大丈夫?】

「なにがだ?」

【声をかけても目を覚さないから心配したんだよ。それに、巫があんなことを言うから……】

「なにが、起きたんだ?」

【サク、あっち側に引っ張られそうになってたって】

 そう言いながら、アカラは扉の方を見上げた。

 だとすると、あの景色は扉の向こうの景色だったのだろうか。サクはぼんやりとそう思った。

 最後に少しトラブルは起きたものの、サク達の調査も概ね予定通りに終わった。そう告げられると、モチが待ちきれない、とでも言うかのように口火を切った。

「それで、結果はどうなんだ?」

 そう尋ねると、巫もしっかりとサク達を見据えて話し始めた。

[この扉は、あなた方の故郷とは繋がっていない。故に、ここから故郷へ帰ることはできない]

 アカラの通訳を聞きながら、サクもその内容をみんなへと伝えた。だが、皆も彼女の雰囲気から概ね想像はついていたのだろう。だが、改めて突きつけられると心に来るものがあるらしい。小さな嗚咽がかすかに響いた。サクも、ないまぜになった感情のまま、睨みつけるでもなく行動を起こすでもなく、扉をじっと見ていた。

[そもそも、世界が違う。単純にあなた方の故郷から遠く離れた場所に現れる、と言うようなものでもない。あなた方の知らない世界、知らない場所へとここは繋がっている。詳細はサクに聞けば、もしかしたら垣間見ているかもしれない]

【……って言ってるけど、実際のところ、サクは見たの?】

 アカラに尋ねられて、サクは先ほど見た景色を思い返していた。もしもあの風景が、夢ではなく実際に異なる世界を垣間見たものだとしたら……。そう思った時、サクは一つ気になることがあった。

「あれがもしかしたらそうなのかもしれないが……。その前に、アカラ、『巫』さんはその世界を見ているのか? それとも見ていないのか?」

 そう尋ねると、アカラもすぐに彼女に確認を取った。アカラの問いに対し、彼女は頷いたり、首を横に振ったりして応えていた。そのやりとりをいくつかこなしたのち、アカラは言った。

【雰囲気は掴んでるけど、しっかり見た、と言うわけでもないみたい。ただ、あくまでもその『向こう側の景色』と、サク達を通して感じた『連邦の景色』が、どう考えても異なる感覚にしかならなかった、って言ってる】

「そうか」

 そう言うと、サクは目の前で片付けを始めている巫を見た。だが、それもすぐに辞めて、サクは皆の方に振り向いた。先ほどから巫が伝えてきた内容は、要点をかいつまんで伝えている。だが、そうしなくてもイマチやコモチならばある程度は聞き取れるだろう。現に、その2人はサクを見る目が他の人と違っていた。

「それで、サク。扉の向こうはどんな世界だったんだ?」

「……ああ。結構大きめの都市だと思う。だが、住んでいるのは人も居たけど、人じゃないのも居た」

「どう言うことだ?」

「えっと……」

 サクは思い返しながら見た景色を伝えた。その話を聞くうちに、みんなも巫が言っていた『世界そのものが違う』と言う言葉の意味を感じたようだった。

「……それは、確かに故郷には繋がってなさそうだな」

「ああ……」

 何者かに気づかれた。そのことも話そうかとも思ったが、結局サクはそのことは話さなかった。あえて余計な心配を抱かせる必要もないだろう。

 だが、もしかしたらこの扉を通じてここには来るかもしれない。そのため、後で巫には伝えておこう、とは思った。

 そうしているうちに、片付けも済んだらしく、いつの間にか巫が出口の方へ荷物をまとめて立っていた。そして一行は帰り道へと歩み始めた。だが、やはり期待していた分落胆もあった。みんな、来た時とは打って変わって重い足取りで歩みを進めた。

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