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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
オゼ迷宮編
240/259

オゼ迷宮#29

「ここが……?」

[はい。ここが例の『謎の場所』です]

 巫はそう言って目の前の扉を指した。その扉は、たとえばそれが連邦のそこそこ大きな町、もしくは首都の大きな建物に取り付けられていたならば、何の違和感もサク達は抱かなかっただろう。だが、ここが地下だということを考えると、その扉は明らかに異質だった。

 大きさはおおよそ人1人が立って通れるほどの大きさだろうか。少なくとも、2人同時に通ることは難しそうに見えた。そしていかなる材質でできているのか、表面は滑らかに整えられ、ツルツルとしているように見えた。明らかにに木材ではなく、かと言って石でもなさそうだ。

 扉は壁にピッタリと張り付いているようだった。サクは巫に断って近づいてみたが、壁から浮いている様子もなく、まるでその場にぴたりと嵌め込まれているかのようだった。

「確かに、これは……」

 そう言ってサクは扉から離れた。ただ板としてその場にあるわけでもなく、蝶番もあったことから一応開閉はするのだろう。だが、それが何処に繋がっているかは全くわからなかった。

「それで、ここで何をするんだ?」

 連れてこられたはいいものの、このままでは何をするかわからない。扉に刻まれている文字を読もうにも、サク達は字が読めない。だが、辛うじて知っている文字と頭の中で比べてみても、連邦の文字ではなさそうだ、ということは分かった。かと言って、アカラ達は文字を使わない。おそらく、彼女も読めないだろう。

[ここの『精霊の力』と、貴方方の『精霊』を見比べて、この扉の行き先が貴方方が求めるものと一致するか確認します]

【サク達についている『精霊』と、この扉に宿る『精霊』を比較して、この扉の先が『オゼ』に繋がっているか確かめる、と】

「わかった」

 サク達が承諾すると、巫は運んできた荷物から棒を取り出し、地面に立て始めた。

「アカラ、彼女は一体何をしているんだ?」

【『森の民』が行使する術の準備、だと思うけど、それにしてはものが多いですね……】

 自信なさげにアカラはそう答えた。そのことを意外に思い、サクは口にしようとした。だが、考えてみれば当たり前のことかもしれない。

 彼女はそもそも『海の民』であり、『海の神』を祀る神官である。なればこそ、『海の民』に纏わる催事に関しては詳しくなくては話にならない。

 だが、今目の前で行われているのは『森の民』の儀式だ。そして、今回行われることは、通常ではほとんど行われない、言わばイレギュラーな祭事だと考えられる。そして、アカラは今回立場上は『森の民』の修道女の一員としてついてきているが、その実態はサク達の通訳と道案内のため、ある意味で一時的に取った身分でしかない。

 これが普通の祭事ならば、アカラと言えども『森の民』の修道女の一員として、実際に滑らかに行えるかどうかはともかくとして、儀式に参加し進行させることはできただろう。しかし、今の彼女の身分、そして経験から考えれば、全ての儀式に精通していると考えることのほうが過剰な期待でしかない。そうサクは考えた。

「すまん」

【なにが? ……まぁ、この儀式に関しては、おそらくかなり特異な構成をしていると思うけど……】

[はい。アカラのいう通り、今回は通常とは異なる組み立て方をしています]

 その時、静かな声が空間に響いた。あまり大きな声ではないのにも関わらず、これほどまでにはっきりと聴こえるのはおそらくここが閉鎖空間だからだろう。そう思いながら発声者を見ると、案の定巫に行き着いた。彼女は手を止めることなく、しかしこちらに目線を向けながら応えた。

【それは一体?】

[此度の対話では、扉を開けずに扉の先を見通す必要がございます。また、詳細に比較する必要もあるため、『マレビト』の方々の精霊についても緻密に調べる必要があります。そのため、本来よりも厳格、精密な空間づくりが必要です]

【……因みに、普段と比較してどれくらい時間はかかりますか?】

[大幅に、としか。時間を持て余すようであれば、ここからあまり遠くへ行かないのであれば好きにしていて構わない、とお伝えください]

【わかりました】

 そこまでやり取りをすると、アカラはサクへ向き直った。

【内容は聞こえた?】

【残念だけど、彼女の言うことはさっぱり】

【まだ時間がかかるから好きにしていいって】

【わかった】

 そのことを皆にも伝えた。だが、自由にしていていいと言われたものの、特にやることもない。そのため、あるものは少し離れた場所に腰を下ろし、またあるものはぼうっと巫が儀式の準備をしているところを眺めていた。サクはというと、巫の準備を眺めていた。

 彼女は最初に、地面に正方形を描くように棒を建てたのち、そこに外でも見たお札をつけている紐を巻きつけていた。そしてそれを囲うように大きな円を描き、円周沿いに何か書き連ねていた。直径はおおよそサクが両手を広げたものより少し小さいぐらいだろう。大きさこそ異なれど、外で見たものは、おおよそこのような形をしていた。

 だが、彼女の準備はそれだけには止まらなかった。ついでその円周沿いに新たに棒を8本建てると、先ほど行っていた作業を繰り返すように進めていた。先ほどと異なる点といえば、8本の棒に対して、四角形を二つ重ねるようにして区切ったのち、正八角形を描くように紐を結んだことだった。そこからは先ほどと同様に円を描き、何か紋様を刻んでいた。そして今は、新たに棒を16本建てているところだった。

「アカラ、あれにはどんな意味があるんだ?」

【棒を4本立てるのは、それぞれの方角を示している。そして、それらを注連縄で区切ることで結界を作り、四方に対し満遍なく偏在するとともに、現世から隔絶する場としての意味を持たせる。普通の儀式ならそれだけで十分なのだけれど。今回はかなり量が多い。四方を表すだけでなく、8の天地、16の大精霊までを表すなんて……】

「そんなにすごいことなのか?」

【簡素に済ませている部分はありますが、儀式の格で言ったらかなり厳格です】

 そう言っている間にも、みるみるうちに陣が作られていった。ひと段落ついたのか、汗を軽く拭いながら巫が近づいてきた。

【お疲れ様です。して、首尾は?】

[儀式の準備は整えました。まずは、陣に問題がないかを確認するためにも、『扉』の方を先に調べます]

【わかりました】

 アカラから伝えられた内容を聞くと、サクは陣に目を向けた。おそらく、すでにもう始めているのだろう。先ほどまでと比べると、具体的には言い表し難いが、空気が変わった。そう断言できるほどの違いがそこにはあった。

 術と聞くと、サクの頭にはおとぎ話で聞いたような姿しか思い浮かばない。即ち、なにかしらぶつぶつと唱え、杖を振り回すようなものだ。

 だが、目の前に立つ巫はそのようなことはせず、ただサク達の近くで待つばかりだ。なにもしなくてもいいのだろうか。そう思っていると、彼女はサクの疑問を感じ取ったのだろう、薄く微笑むと、アカラに何事か話しかけた。それを聞いたアカラも、何度か頷きながら聞いていた。

【……サク。あなたがなにを不安に思っているかは知らないけれど、これが『森の民』の普通の光景だよ。それに、これはあくまでも私たちが『精霊』達の声に耳を澄ませる儀式。普段は聞こえない『精霊』の声を聞くために、こちらに来ていただくための場。だから、静かに待つしかないの】

「そういう、ものなのか?」

【そう】

 アカラはある程度サク達からオゼ連邦のことについて聞いていたためだろう。サクの疑問の内容にも概ね察しがつくようで、ところどころ補足と思われる部分を付け加えながら説明していた。

 そうしているうちに、『扉』の方は終わったのだろう。巫が静かに正座し、陣へとにじり寄った。そして、陣の前に平伏すと、描かれた紋様に額をつけていた。

 そのまま彼女はしばらくじっとしていた。あまりの長さ、そして微動だにせずにいる姿を見て、もしや眠っているのではないか、そんな考えも頭を過った。だが、彼女はこちらの心配もどこ吹く風とばかりに頭を下げ続けていた。

 しばらく経ってから、やっと彼女は顔を上げた。そして、サク達の方を向いて何事かを告げた。

「なんて?」

【儀式の場としては問題なし。そして、今からあなた達の精霊を調べるから、この陣に触れるように誰か座ってほしい、と】

 そう言われ、サク達は顔を見合わせた。だが、すぐにモチが手を上げた。

「オレから行こう」

「モチさん……」

「なに、心配いらねぇよ。それに見る限り、特に危険もなさそうだ。なら、うだうだ悩むぐらいだったらさっさとやった方がいい」

 そう言うと、巫の方へと近づいた。彼女もモチが率先してやると察したようだ。身振り手振りや一部通訳を交えて儀式を始めた。

 モチは静かに座っている。その脇で、巫が先ほどと同じように頭を下げている。先ほどと同じように長い時が流れた。そして、巫が顔を上げた瞬間、サク達は嫌な予感がした。

 ーー巫の顔が硬く、そして暗く見える。

 そして、その予想が違わないことがすぐに証明された。

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