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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#23 シロシル-1

 皆を集めたはいいものの、全員が目の前の光景に絶句していた。この丘の上で見たモノの中で最も生々しく『死の光景』が目に浮かんだ。

「……喰われてる?」

 絞り出したような声でアルカが尋ねてきた。

「断定はできないねぇ。少なくとも、ここで誰か1人死んだ方がマシな目にはあっているようだが」

「てめぇ、優秀な魔術師かなんだか知らねぇが、身内や仲間のまえでそんな言い方をーー」

 近くにいた騎士がシロシルに突っかかってきた。確かに痛ましい光景ではある。もしその被害が発生している場に自分がいたのなら言い方も考えたのかもしれない。

 しかし、起きてしまった出来事を変える事はできない。死者を悼み、過去を追憶するのは自身に身の危険が及ばなくなった時でいい。だが、ここは今だ死地である。その観点から考えるならば、直ちに有益な情報を集め、次に『化物』に遭遇した時に生き残る確率を少しでも上げるべきだ。

 逆に、今周囲に『化物』が見えないというだけで気を緩めている者が多いことにシロシルは呆れていた。現状、シロシルの目から見て能動的に周囲を警戒しているのは『騎士団長(ノイス)』と『狙撃手(アルカ)』、『兵士長』くらいであり、強いてさらに付け加えるなら『奴隷少女(エム)』が受動的に、『錬金術師(コウカ)』が周囲を観察しているだけにすぎないように感じられた。

 目の前の光景に意識が囚われ、なおかつ現状を認識していない呑気者にわざわざ付き合う必要もない。ならば現実を突きつけるか。一瞬でそう考え、シロシルは口を開いた。

「では言い直そう。執拗に嬲られたものが1人と言った方が良いかな? それともミンチにされた者が1名とでも? よくみれば地面に引っ掻き傷やブーツによってつけられた傷が見えるが。ここから考えられる事実のみを述べるなら全身複雑骨折、大量出血、大火傷、全身圧迫などなどを受けたにもかかわらず途中までは確実に意識があったと推測される者1名となるか」

「このアマーー‼︎」

 戦闘職の者たちが殺気立つ中、ノイスが「止めろ」と一喝した。そしてシロシルに向き直ると口を開いた。

「シロシルももう少し言い方を抑えてくれ」

「事実を述べたまでだ。迂遠な表現は無駄じゃないか」

「それで敵を作ったら余計無駄な手間が増えるだろう」

「なるほど、前向きに善処する方向性で検討してみよう」

 ノイスはシロシルの返答にため息をついていたが、「それで?」と状況を尋ねてきた。

「この剣や鎧、衣服、髪の毛が埋まっている辺りはまだ魔術の範疇だ。手間はかかるが回収できる。だがそれ以外は魔法によるものだ。回収も破壊もできない。アラコムは暴走したから眠らせた」

 そう言った時、コウカが手を挙げた。

「あの、さっきも言ってましたけど『壊せない』ってどういうことですか」

「ふむ、説明したいのは山々なんだがーー」

 そう言ってノイスの方を見ると、彼は意図を察したようで口を開いた。

「出来るなら、回収後にしてくれないか。いつ何が襲ってくるか分からねえし、麓が襲われてないとも限らん」

「とのことだ。少し待っていてくれたまえ」

 シロシルはコウカにそう告げると、集団に向き直った。

「誰か、頑丈な道具を持っていないかい?」

「……恐らく、1番頑丈なのはコイツだ」

 1人の騎士が出てきて、剣を見せてきた。

「ふむ……。今少し借りるが、あとでそれをじっくり見せてくれ。恐らくそれも魔法の産物だ」

 そう言いながら受け取ると、シロシルは剣で氷に陣を刻み始めた。予想通り、血に塗れた地面の周囲は剣で削ることができた。しかし1人だと骨が折れる。安易にアラコムを眠らせるんじゃなかったな。そう思いながら地面を削っていると、今まさに望んだ声が聞こえてきた。

「……手伝います。先輩」

「ああ、呪詛防壁で掛かりが浅かったのか。それで、落ち着いたかい?」

「ええ、少しは。せめて持って帰らないと、妹が可哀想です」

 そう言いながらアラコムも氷の上に陣を描き始めた。


***********************


 術解除の陣は滅多に使わない上に複雑極まりないこともあり、さらにその術に対する理解度によって陣の内容は変化する。そして、ただの氷にも関わらず、シロシルたちは解析にかなりの時間がかかった。そのため書き上げるのにかなりの時間を費やした。その間兵士たちはまた探しに行ったものの、特に何も見つからなかったようで戻ってきていた。

「君の妹が、」

 いればすぐに描けたな。そう言いかけてシロシルは口を閉ざした。しかし、アラコムもわかった様で頷いた。

「ウズナは、術が使えない分色々な術を覚えてましたから」

 寂しげな口調で言葉を紡いでいた。そして術を起動させると、魔術で作られた範囲の氷がゆっくりと溶けていった。その様は一つの終わりを示しているようであった。

 そして、溶けていく端からアラコムは溶けた範囲内のモノを一つずつ、丁寧に拾い上げた。砕けた剣の欠片、壊れた鎧の残骸、血に塗れた衣服、僅かな毛髪。時折、水面にできる小さな波紋は広がって消えていった。

「……アラコム。持ち運べる量には限りがある。時間も限られている。早く拾い集めるなら集めたまえ」

「……珍しく研究以外で饒舌ですね、シロシル先輩。気を使わなくてもーー、いえ、気を遣っていただきありがとうございます。集めることに集中して持って帰れなかったら本末転倒ですね」

 隠していた心情まで見破られ、シロシルは頰をかいた。そして先ほどから近くでこちらの様子を伺っている『奴隷少女』に話しかけた。

「それで、君は何故ここにいるんだい? えっとーー」

「エムです。運ぶものがあれば手伝おうかと」

「その傷だらけの身でか」

「それが、わたしの与えられた仕事ですから。……それに、この方はわたしをよく見ていたので」

 そう言って、エムはアラコムに「手伝います」と断り、荷物を布で包み始めた。シロシルは周りを見張るべきか考えたが、エムが周囲の様子を伺っているように見えたため、警戒はエムに任せて鏡を観察することにした。

「やはり、これも魔法か」

 そう呟くと、シロシルは鏡の縁に感じられる魔力の流れを観察してメモを取った。

 『遺品』はさほど多くなく、すぐに纏められた。

「シロシル先輩、行きましょう」

「ああ、すぐ行く」

 見ると、2人で遺品を分担して担ぎ、他の人々が集合している場所に行こうとしていた。概ね気になる点は観察できたため、シロシルは筆記具を纏めて立ち上がると、2人の後に続いた

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