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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#22 アラコム-3

 遠くから白く見えた幻想的な光景は、近くに行くにつれてその恐ろしさを感じ始めた。

「シロシル先輩、やはりこの氷は……」

「ああ、おそらく魔法だろう。いやぁ、理論はいくつか提唱してきたが、実物を拝める日が来るとは思わなかった!」

 アラコムは強い魔力酔いーーというよりもはや魔力に対する拒否反応ーーを堪えながらシロシルと一面凍てついた大地を眺めていた。

 兵士や運び屋の人はそれでも氷越しに残留物がないか探したり、イグムの証言から氷漬けにされた兵士たちを回収しようと氷が割れないか試したりしているようだったが、どちらも芳しくない様子だった。

「ですが、仮に魔法なら……」

「氷は割れない。もしくは崩壊する」

「それってどういうことですか? 氷なら溶かすなり割るなりできると思いますけど」

 その様子を眺めながらシロシルと話していると、2人を支えているコウカが訊ねてきた。

「それは、この氷は氷であって氷ではないのです」

「……なぞなぞですか?」

「いえ、そうではなくーー」

「それよりもコウカ、私たちを中心ーーあの氷の板が立っているあたりまで連れて行ってくれ。恐らく、あそこが起点だ」

 説明を遮るようにシロシルが指示を出した。コウカは「ちゃんと後で説明してくださいね」と言いながらも、アラコム達を支えながら歩き出した。

 氷の板に近づくにつれて、アラコムは心がざわつくのを感じ始めていた。何か、見たくないものが実は視界に入っている。感じたくないものを感じている。いつの間にか呼吸は浅くなり、目は瞬きを忘れていた。

「大丈夫ですか?」

 そう問いかけてくるコウカの言葉も頭に残らなかった。

 信じたくなかった。魔法の起点と思われる周囲にウズナの魔力を感じるなんて。

 信じたくなかった。ウズナの魔力がそこ以外感じることができないなんて。

 信じたくなかった。その周囲だけ地面が執拗に何度も抉られているなんて。

 信じたくなかった。その地面の周囲が紅く染まっているなんて。

 信じたくなかった。氷の中に閉ざされるように光っているものが妹の剣の残骸だなんて。

 信じたくなかった。紅く染まった地面の中に砕け、弾けたような鎧の残骸があるなんて。

 信じたくなかった。それらの武具にアルカゼラディス家の家紋が刻まれているなんて。

 信じたくなかった。地面の中心部に焼けついた治癒術の魔法陣があるなんて。

 信じたくなかった。氷の上でたなびいている布が自身が纏っているローブと同じだなんて。

 信じたくなかった。妹の髪の毛が幾筋か氷の中に閉ざされているなんて。

 信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。信じたくなかった。


 ーーーー目の前の光景を否定したかった。

「……あ、ああ、ああああああああああ」

 コウカを突き飛ばすようにその場所へと走った。口から流れ出す言葉は意味を成さず、ただ悲鳴の如く。意味が無いと分かりながらも氷めがけて取りだした陣から火球を放つ。そこに妹が閉ざされているかのように。

「違う。違う違う。これは妹のモノじゃない。これはウズナの剣じゃない。これはウズナの持ち物じゃないこれはーー」

「『ハヴァダイェスェフォー、彼の者に今一時の安らぎを』今は、少し眠るといい」

 いつの間に忍び寄り、詠唱を始めていたのか。すぐ後ろでシロシルが睡りの術を発動する声が聞こえた。その疑問を浮かべるまもなく、アラコムの意識は深く沈んでいった。


************************

 目の前でアラコムが倒れるのを間一髪で支え、シロシルはため息を漏らした。

「まったく、ここまで暴走されるとこっちも世話を焼かざるを得なくなる。大丈夫だったかい?」

「え、ええ。まあ。ワタシは大丈夫ですけど……」

 振り返って確認すると、コウカも近くに来ていた。いくら止めるためとはいえ、アラコムに突き飛ばされた直後にシロシルにも突き飛ばされた彼女は、氷の上で盛大に転ぶ羽目になった。ざっとみたところ、怪我はないようだ。そう判断してコウカを見ると、彼女が己に対し何か質問したそうな目で見つめていることに気づいた。

「詠唱のみの発動ががそんなに珍しいかい? 陣がなくても詠唱だけでも術は発動するんだが」

「いえ、そうではなくて。この残骸、一体何方のものなんですか? アラコムさんの婚約者、とか?」

「いや、彼女の妹のものだ。皆を呼んできてくれたまえ。……ここの残骸は一部回収できそうだ」

 コウカに呼びに行かせた後、ふと鱗が気になった。

「ここでは濃紫、か」

 

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