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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
オゼ迷宮編

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229/319

オゼ迷宮#18

 明け方、サク達は割り当てられた家へと帰り着いた。流石に重労働に慣れているサク達ともいえども、夜間に満月に照らされているとはいえ、人を追いかけながら夜の見知らぬ航路をいくのはかなり神経を削る行為だった。

 そのためだろう。たどり着いた時には、全員が精も根も尽き果てた表情をしていた。途中で交代したり、アカラ達に呼びかけてシン達の様子を見てもらったりしなければ、無事に辿り着けたかさえ怪しい。サクは寝不足で鈍る頭を抱えながらそう考えた。

 一方で、アカラ達は疲れた様子もなく、案内していた。それだけでなく、途中で誰かが離れていったかと思えば果物や水筒に湧水を入れて抱えて戻ってくるなどといった事も行なっていた。そのおかげでシン達の手当てを行うことができたと考えれば、感謝してもし足りないほどだった。だが、それだけでも、いかに彼らとサク達との間に身体的能力の差があるかを思い知らされる気がした。

 そのシン達はというと、彼らは一向に目を覚ます気配がなかった。助かったとはいえ、彼らも極度に消耗していたのだろう。高熱を出したり、水を求めるかのように喘いだりしていた。

 出来れば、好きなだけ水も飲ませてやりたいし、せっかく彼らが採ってきてくれたアンラなどの果実から搾った果汁を飲ませてやりたい。だが、どれほど衰弱しているかわからない以上、迂闊に与えることはできなかった。

 数日間海の上で漂流していた者を見つけた場合、水を飲ませて様子を見る。問題がなければ徐々に水に味をつけたり、麦粥や汁物を飲ませる。そうしなければ、助かったはずのものが死んでしまう。

 それが故郷で言い伝えられてきた対処法だった。正直、なぜそうしなければならないのかをサクは知らない。だが、そうしなければ死んでしまう、というのは、実際に見たことがあるため、納得はしていた。事実、故郷でも近隣の村でも、十数年から数十年に一度、その様な言い伝えを守らずに助かったものに食事を与え、気がついたら亡くなっていたという例は枚挙にいとまが無い。

 だからこそ、果汁を最初飲ませる事もできなかったし、水を飲みたがっても少しずつしか飲ませてやれなかった。

(無事に全員生き残れるといいが……)

 うなされるシン達の様子を見ながら、そう祈ることしかできなかった。今のところはまだ耐えている。だが、それがいつまで持ち堪えられるかどうかはわからなかった。

 もしかししたら負けてしまう、すなわち亡くなってしまうかもしれない。

 頭によぎった不吉な予感を振り払うようにし、サクはニイを抱えて家の中へ入った。

 家の中には、先に戻ったアカラやコンガラが準備していたのだろう寝具が整えられていた。そこにニイを寝かせると、サクは一息ついた。後ろを振り返り、入口の方を見れば、続々と運び込まれてくるところだった。

 ここにいては邪魔になる。そう考えてサクは重い体を引きずる様にしながら場所を変わった。実際、シンを抱えているイマチや、ミカやキボウを運んでいるマツヨイ達も疲労が祟っているのだろう、その足取りはふらついていた。

 だが、誰かがシン達漂流していた者たちの様子を見なければ。そう思って眠気を耐えようとした時だった。

【私たちも手伝うよ】

「アカ、ラ……」

 いつの間に準備したのか、着替えや食料、水などが次々と運び入れるなか、アカラが近づいてそう話しかけてきた。

「だが……」

【みんな疲れてるでしょ? 私たちも交代で面倒見るから、今は休んだほうがいいんじゃないかな】

 そういう彼女の目には、純粋に全員を心配する意思が映し出されていた。ならば、素直に頼るべきか。そう心が傾いた。

 確かに、疲れている状態で万全な手当てや、面倒を見たりすることができるとは考えづらい。それに、彼らも手伝いは惜しまないといっている。ならば、素直に頼ったほうがシンたちも助かる可能性は高いのでは無いだろうか。

 そう思い、サクは口を開いた。

「なら、気をつけて欲しいのが……」

【水を飲ませすぎない。食べ物は様子を見て少しずつ。違う?】

「いや、それでいい」

 なぜ彼女がそれを知っているのか。その問いが頭をよぎったが、確かに彼女はサクたちと初めてあった時から的確な手当ての仕方を知っていた。ならば、そこまで気にする必要もないだろう。そう思った。

 周りを見ると、モチたちも疲れが来ているのだろう。なんとか起きようとしているものの、舟を漕いだり目が虚になっていたりしていた。

「モチさん。彼らが見てくれると言ってます。今は素直に彼らを頼るべきではないでしょうか」

「そう、言っているのか?」

「はい」

「そうか……。なら、任せると伝えてくれ」

 そういうものの、やはり任せきりにできないと考えているのだろう。マツヨイたちには寝てもいいと声をかけるものの、モチが寝る気配はなかった。

 まあ、それは人それぞれか。

 そう思い、サクはアカラに『頼む』と伝えた。それに対し、アカラも深く頷いた。それを見て、サクはその場から離れ、横になった。思っていた以上に疲れていたのだろう。横になった瞬間、落ちるように意識が消えていった。


**************************


 彼らの手当てはこちらに任せて休んでほしい。

 そう伝え、サクが彼らにきちんと伝えていたことはアカラも把握していた。その中で、モチ、と呼ばれている男性がこちらのことをずっと眺めているのには気がついていた。彼にしてみれば、まだアカラたちは気を許せる相手ではないのだろう。

 そう思い、アカラはそれ以上モチに特別気を払うことはなかった。それよりも、いまは目の前で眠る彼らの容態が心配だった。

「水の精霊の力が相当弱い。それに、地の精霊の力も。逆に、死の精霊の力が色濃い……。だいぶ危険だな」

「そうですね」

 呼び寄せられた禰宜はそう言っていた。アカラも神職の一員であるからして、言われるまでもなくわかっていたことではあった。

「やはり、手当ての見込みは……?」

「彼らの力が最後にはものを言う。我々はその力を発揮できるように手伝うしかない」

「やはり、そうですか」

 そう言いながら、アカラは彼らの様子を眺めた。見つけた当時に比べればだいぶ顔色は良くはなっているものの、油断できる状況ではない。今日一日を乗り越えられれば安心してもいいだろうが、逆にいえばそれまでは常に死の危険が付きまとう。

 そのことを念頭におきながら、アカラは最初に彼らを見つけたという者に話を聞いた。

「それで、彼らはどのように見つけたのですか?」

「どうもこうも、そこにひっくり返ってる女2人が死にそうな表情で環礁目掛けて舟を漕いでた。そして俺たちが声をかけた瞬間に気が緩んだのかひっくり返っちまった」

「そう。それで、他には何も流れたり浮いていたりしなかった?」

「特には何もなかったな。そもそも、彼らは舟を漕いでいたわけだろう? 何かあっても場所はかなりずれているはずだ」

「それもそうね」

 当たり前と言えば当たり前のことではあるが、確認せずにはいられなかった。

 サクたちを見つけた時でさえ、彼らは相当に衰弱していた。それ以上長い間漂流していた彼らは、一体何を希望にしてここまで辿り着けたのだろうか。一体彼らは何を見てきたのだろう。

 うなされている彼らの額にかけている濡らした布を取り替えながら、アカラは心の底から浮かんでくる疑問が尽きなかった。

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