アムスタス迷宮#207
ウズナが目を覚ました時、周囲の景色は気を失う前とは一変していた。どうやら意識を失って居る間に運ばれたらしい。辺りを見てみれば、ここが皇軍の勢力下だということは容易に判明した。
周囲の雑踏から、多くの人がここには居るらしい。道理で全身を毛布で覆われ、顔のあたりにも布が掛けられているわけだ。ここに居るのは全員が全員ウズナの事情を知っているとは限らない。否、捜索隊のことを考えれば知らない方が多いだろう。
そこまで思い当たった時、何かを忘れている様な気がした。はて、何を忘れているのだったか。そう思いながら、ゆっくりとウズナは身体を起こそうとして、全身に響く痛みに軽く呻いた。
「気がつかれましたか」
そこで漸く、ウズナが目を覚ましたことに気がついたようだった。チイラがスッと近づいてくる気配がした。
「わたしは、どれ程意識を・・・・・・?」
「戻って来られてから半ルオ(1時間)も経っていません」
「そう、ですか・・・・・・」
水を飲ませてもらうと、心情的にはだいぶ楽になった。そう言えば、なぜこれほど怪我をしているのだろうか。上体を起こしてもらいながら、ウズナはふと疑問に思った。
確か、アルカが不審な飛行物体を発見して、追いかけて、その後どうなったのか。
記憶が少しづつ繋がってくるに連れて、少しづつ思い出してきた。
捜索隊に襲い掛かる円盤。それに攻撃を加えて・・・・・・。
「・・・・・・チイラさん」
「いかがされましたか」
「湖畔の捜索を行っていたという捜索隊の方々については・・・・・・?」
「既に合流されています」
「被害は?」
「それに関しましては、負傷者が多数、としか」
その答えを聞いて、ウズナは無理やり寝台から立ち上がった。今だに全身からは鈍痛を訴えてくる。それに加えて、以上に身体が気だるい。だが、それらを放っておいても、確認したかった。
ふらつく足取りで救護用の天幕の外に出た。そこでやっと気がついた。そもそも天幕がある時点で気がつくべきだった。雪山に来た捜索隊は、救護用の寝台や天幕は保持していなかった。にも関わらず、ここにあって利用できているということは、湖畔組の被害はわからないが、物資と人員は到着しているということだ。
あまりの頭の回らなさに愕然とした。だが、今はそれどころではない。目の前に広がる景色に言葉を失った。
聞いた話では、湖畔組は『捜索隊』と案内役の『探索隊』を合計して大凡40人程度と聞いていた。そこから更に生存者を収容したならば、この場には合わせて50人くらいは居ても不思議ではないはずだ。
だが、目の前には毛布に包まれた遺体が幾つも並び、その奥では明らかに重症と言っても過言ではない様な人々がいる。だが、彼らは一様に最低限の手当を受けると順番を譲っていた。天幕の中を振り返ると、虫の息と言っても過言ではないほど衰弱した人々が、それでもなんとか命の灯火を繋いでいた。
呆然としながら手当を続けている姉の元へウズナは歩いた。
「・・・・・・姉、様」
「話は後で。今は・・・・・・」
「わかり、ました」
確かに、今アラコムは大勢の負傷者を相手にひたすら治療を続けていた。そんな時に話しかけるべきではなかっただろう。反省しながら離れた時だった。横から声をかけられた。
「ウズナ。今、いいか」
「大丈夫です。イグムさん」
そこには、応急手当てを終えて休んでいたイグムの姿があった。
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逸れるたびに姿を変えていないか?
頭の片隅でそんなことをぼんやりと考えながら、イグムは目の前の女性に声をかけた。
知識や聞いていた話から、目の前の女性がウズナだというのは理解できている。だが、その一方で面影が全くなくなっていることにも驚いていた。
以前行方不明になり、洞窟で見かけた時にも、確かに面影はあまり感じられなかった。だが、頭の中で彼女の髪色と瞳の色を元に戻せば、言われれば確かに、という程度には彼女は面影があった。だが、今は顔を見ても、どこにもその面影を感じられなかった。纏っている雰囲気の中には、確かにウズナなのだろう、そう思わせるものはあった。だがそれも本当にごく僅かなもので、まず間違いなく何も知らずにーー『竜』の血が入ったことを聞いていたとしてもーー見かけたならば、まず間違いなくウズナだとは気がつかなかっただろう。
そんな彼女は今、かなり憔悴した様子で目の前に立っていた。
「とにかく、座ったらどうだ?」
そう言いながら左腕で隣の空いている地面を示すと、ウズナはおずおずと座り込んだ。だが、その視線はイグムの右腕に注がれたままだった。
「勘違いするなよ」
「何が、ですか?」
「お前が来たからこそ、この程度で済んだ。逆に言えば、お前が来なかったら死んでいた」
「でも、わたし、もっとーー」
「それは『今だから』言えることだろう。確かに、お前は悔やむべき何かがあったのかもしれない。だが、俺たち『湖畔組』にしてみれば、お前が来たからこそ『助かった』んだ。そこを履き違えるな」
「・・・・・・」
そう慰めたものの、彼女は納得しないだろう。実際、他の治療に回ってもらっていることが理由の一つとはいえ、イグムの腕は再生していない。また、イガリフは還らぬ人となった。エムの蘇生ですら、もう間に合わなかった。それ以外にも、あそこで襲われて、命を落とした者の大半は蘇生が間に合わなかった。エムが、ウズナの回収に向かわなければ蘇生できた命は確かにあったのかもしれない。
だが、それを今、エムにぶつけたところでただの八つ当たりにしかならない。彼女は最善を尽くした。エムだけではない。他の誰もが最善を尽くした。ウズナは知らないだろうが、あの後に雪山組から全員が物資を持てるだけ持ち、即時戦闘が可能な体制で援護に回ってきていた。そして、その場で彼らが手当に手を貸してくれたからこそ救われた命もあった。
彼女らにしても、そうだ。聞いた話では、ウズナは明らかに平素の様子とは異なっていたと言うし、敵もかなりの戦力を投入してウズナを討ち取ろうとしていたと言う。そんな中、手を尽くしてウズナを連れ帰ることに成功し、それだけではなく全員が生還を成し遂げている。
だからこそ、死者を悼みこそすれ、この場で生者を詰る気はイグムには無かった。
「それで」
「はい」
「いろいろ聞きたいことがある」
「・・・・・・はい」
こちらとしては普通に問いかけているつもりだが、ウズナの態度は硬い。このままでは余計に緊張させてしまうだけだろう。だからこそ、最初に聞きたかったことを後回しにしてイグムは問いかけた。
「ウズナから見て、敵はどうだった? 強さ、練度、所有武器など分かる範囲でいいから聞きたい」
「そうですね・・・・・・。例えば、当初見かけた円盤については・・・・・・」
イグムの目論見通り、ウズナの気を逸らすことには成功したようで、彼女は少しづつ話し始めた。円盤のこと。中に乗っていた兵士が使っていた武装。飛来してきた『鋼鉄の鳥』の速度や武装等等。それらの情報から推測される敵の戦力は、途轍もないものだった。改めて、途轍もない敵と遭遇し、生き残ったことを実感した。
「・・・・・・と言った具合です。あくまでも、私の主観では、ですが」
「そうか。戻ったらまた聞かれることもあると思うが・・・・・・」
「わかっています」
そう言っていると、周囲が少し騒がしくなったことに気がついた。聞き耳を立てると、どうやらウズナを初めてみる『捜索隊』の連中の様だった。事前に詳しく説明していたわけでもなく、全身をすっぽりと覆い隠す様に毛布を纏っているが、その背丈は明らかに長身の部類に入る上に不自然な膨らみがある。僅かに見える髪も、この世のものとは思えないほど上質で煌びやかに見える。そんな目立つ要素しか無くては、話題になってしまうのも仕方がないことなのだろう。ウズナもそれには気がついているようで、居心地悪そうにしていた。
今これほどの少人数でこの有様ならば、これから先、特に皇国に戻った後にどうなる事やら。内心でイグムは頭を抱えた。




