アムスタス迷宮#205
後方からダ、ダ、ダ、と細かく鈍い音が響いてくる。アルカのエムに対する支援攻撃だろう。正直、ここからエムの撤収を援護したところでどれほど効果があるかも判らない。もしかしたらここの居場所を教えるだけになってしまうのかもしれない。確かに、あの弾丸の効果は凄まじいものだった。アルカが扱っている銃とは異なり、命中した地面が爆ぜていた。そして、アラコムには判らなかったが、アルカやエム曰く、アルカの持つ銃よりも遥か彼方へ飛ぶらしい。また、アルカは大砲並かそれ以上に飛んでいる、と言っていた。
だが、持ってきた銃は元々あの『鋼鉄の鳥』に据え付けられていたものだ。それを持ってきている以上、彼らが何の対策をしているとも考えづらい。
そして、懸念点は他にもあった。まずはアルカの体力の問題。彼女は大怪我により著しく生命力を消耗し、それがまだ完全に回復していない。その状態で、抱えられていたとはいえ長距離を移動し、更には扱ったこともない武器で、経験したことのない超長距離狙撃を行なっている。それがどれほど体力、精神を消耗するのかはアラコムには正確には判らない。だが、アラコムでも何となく想像はつく。疲弊し切った状態で、初見の暗号化された高等魔術式を解読し、術を正確に構築、発動させるようなものだろう。それがどれほど全身に堪えるかは経験があった。
次に残弾の問題。あの時、取り外した時にアルカが銃に何か問題がないかどうかを確認していた。その時にアルカは僅かに顔を曇らせていた。その時は特に何も言わなかったため気にしていなかったが、ここにきてから尋ねたところ『残弾が心許ない』と言っていた。詳しく聞くと、『単発で撃つ分にはそこそこ保つ。但し、この銃は単発射撃ができないからこちらで制御する必要がある。迂闊に握り込むと直ぐに撃ち尽くしてしまうほどの量しかない』と言っていた。それがどう言うことなのか、銃の機構に詳しくないアラコムにとってはさっぱりだったが、彼女が言うからには何かがあるのだろう。今はまだアルカが何とか制御できている様子だったが、そもそもの残弾も知らない中、それに頼らざるを得ないと言うのは余りにも心許無いものだった。
そして最後に、丘の斜面に這うようにしてこちらに近づいていた敵兵の存在。これが一番厄介だった。アラコムはまともに対人戦の経験や訓練を積んだことは一度もない。貴族の嗜みとして初歩的な剣の扱い方は心得ているが、その程度だ。魔術の補助具として剣を使う奇特な者もいないでもなかったが、残念ながらアラコムは使うならば杖を使う。要するに剣の扱いができるわけでもなければ、対人戦ができると言うわけでもなかった。
そんな中、その手の訓練を積んだと思われる敵と、更には何の援護も得られない状況で一対一で戦わざるを得ないと言うのは余りにも無茶がすぎると言うものだった。だが、役割を交代するとどうなるか。おそらく、アルカの方が確実に敵の制圧は可能だろう。騎士団の、特に『特別任務部隊』所属というならば、そこらの兵士よりも遥かに技量に優れているだろう。だが、万が一、敵が同等の技量を有しており、アルカが瞬時に制圧できなかったら、さらに言えば、アルカが逆にやられてしまったらどうなるか。そうなれば完全に詰みだ。アラコムではあの『銃』を撃つこともできなければ、ここから3エリム(約5.4km)も離れたところへの精密攻撃を行うことも、魔術による援護を行うこともできない。そして、対人戦も出来ないアラコムでは瞬時に制圧され、結果としてエムは敵中で1人孤立してしまう。意識を失った妹と共に。
そうさせない為には、ここで敵の相手をするにはアラコムが適任だと考えたし、その為には虚勢だろうがハッタリだろうが何でも駆使して敵をここに留めておき、アルカに攻撃させないことが必要だった。
「・・・・・•来るなら来なさい」
聞こえているのかどうかは判らない。だが、どちらかといえば自身を鼓舞するために口に出した。そして、少しでも敵が警戒してくれれば良いな、という願望を込めて杖を一直線に敵へ向けて構えた。身体の震えは根性で抑え込み、敵を睨みつけた。
勿論、この状態で発動できる魔術など初歩的なものでさえ、存在しない。発動する為には、やはり口で唱える、陣を描くなど『カタチを伴った術式の構築』が必要になる。その中には杖を振るだけでも術を発動させるものもあるが、いずれの方式を取るにせよウズナやエムのように瞬間的に発動させることはできない。また、シロシルのように多彩な方式に精通しているわけでもないため、複数の方式を組み合わせて発動を短縮させることも出来ない。
そのことを相手に見透かされてしまえば、アラコムは窮地に陥る。そして、敵がいる場所も絶妙に攻撃の範囲外だった。それらを相手に気取られて仕舞えば、アラコムは一気に窮地に陥るだろう。どうか相手が気づかないことを祈るばかりだった。
一方で、相手もどの様な思惑かは判らないが、アラコムの間合いのギリギリ外で立ち止まり、こちらに銃を構えながら立ち止まっていた。気づかれた時には咄嗟にこちらを撃とうとしていたが、アラコムが杖を構えたことにより、相手は動きを止めていた。できれば、この膠着状態を維持しておきたい。そう思いながらアラコムは相手との睨み合いを続けていた。
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敵兵の相手をしている筈のアラコムからは、何ら音沙汰がない。おそらく、何かしらの方法で睨み合いの状況を作り出し、互いに牽制しあっているのだろう。こちらとしては最も理想的な状況をアラコムは創り出したと言っていい。
そう思いながら、アルカは遠くに見える胡麻粒のような『鋼鉄の鳥』目掛けて攻撃を続けていた。1発撃つたびに肩が外れそうになる。熱を持った銃は容赦なく掌や肩、頬に火傷を作っていく。だが、やらなければエムが危機にさらされていることに変わりはない。
幸い、ここから撃っても敵にとっては『脅威』となり得る様で、命中した翼の表面で弾が爆発し、穴が開いているのが見えた時には正直安堵した。たとえ一撃で落とすことができなくとも、こうやって妨害していれば多少は手助けになるだろう。問題は、着弾までの時間差だった。余りにも距離が長いせいで着弾まではどうしても二つか三つ数える余裕ができてしまう。その未来位置を換算して撃つというのは、余りにも脳を酷使するものだった。
そして、懸念していた問題点が表面化した。
(やはり、来たか・・・・・•)
直ぐにわかることではあったが、『鋼鉄の鳥』がこちらに二体飛んできた。考えるまでもなく、アルカを排除するためのものだろう。アルカからしてみれば、奴らはあの『飛ぶ爆弾』を飛ばせば済む話だろう。それにもかかわらず近づいてくるということは、もうあの爆弾がないのか、はたまた使うのが勿体無いという判断か。何れにせよ、アルカにとっては『飛ぶ爆弾』の方が対処は容易かった。先ほど『鋼鉄の鳥』を一つ落としたが、あれは偶然『飛ぶ爆弾』を撃ち抜けたからだ。この銃だけで落とそうとした場合、何発当てれば良いのか判らない。そして、それを行うための時間も足りない。
真正面から撃ち合えば、こちらは敵の良い的にしかならない。
(正直、『飛ぶ爆弾』の方が対処は楽だったんだけど)
不平不満を言ったところでしょうがない。今はできることをするしか無い。
「・・・・・•残弾、30程度、か」
数が足りない以上、後は呪詛で補うしかない。ただ、今の状態で呪詛をこの銃の弾丸の如く湯水の様に使えば、おそらく自分は死ぬ可能性が高い。先が見えているこの状況で、アルカは祈る様にエムを見た。
「・・・・・•エム、早く」
近づいてくる『鋼鉄の鳥』に照準を合わせながら、小さく口から零れ落ちたそれは、紛れも無い本心だった。その視線の先では、頭上に山ほど爆弾や弾丸を受け止めたエムが、やっとウズナの上体を抱え上げたところだった。




