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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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202/318

アムスタス迷宮#201

「・・・・・・待って、ください」

 出発しようとした時、後ろからコウカの声が響いた。だが、振り返るまでもなく分かっている。今のコウカは、無茶を推してここまで来ているアルカよりも重体だ。どう言い繕おうが絶対安静でなければならず、ここでアラコムやエムが治療に手を尽くしたところで、連れて行くことはできない、と。

 だが、そのことはコウカも解ってのことだろう。ソレを踏まえた上で何が。そう思って振り返ると、想像に違わず彼女は血まみれの身体を、手伝ってもらいながら何とか起こしている状況だった。しかし、視線に込められている意思はハッキリとした何かを秘めていた。

「・・・・・・先を急ぐ。手短に」

「あそこに、銃器があります。おそらく、アルカさんのものより、上等なものです」

 ーーああ、そうか。よく考えれば、彼女が知る由もなかった。敵の携行していた小銃ならば、アルカも持っている。以前交戦した際に強奪し、そのまま保有していた。

 確かに、残弾は心許ない部分がある。その補充と考えれば立ち寄る価値はあるかも知れない。そう考えて歩き出そうとした時だった。

「そっちじゃ、ありません。あの、大きな剣、みたいな、モノのほう、です」

 コウカが示したのは『鋼鉄の鳥』の方だった。

「・・・・・・え?」

「そこまで、連れていって、ください。銃だけでも、取り外します。そのほうが、役に立つのでは、ないでしょうか?」

 確かに、使えそうならばそちらの方が有用には違いないだろう。アルカも実際にその威力を目の当たりにしたことがあるため、言いたいことはよくわかる。だが、おそらくソレを見たことのないコウカがなぜそのことを知っているのか。

 その点に関して注意を惹かれたが、時間がないといったのはこちらの方でもある。そして、この場において銃火器に精通しているのはアルカだけだ。使えるかどうかの判断は、アルカが直接下さねば話にならない。

 一歩も引かない気配のコウカを見て、エムたちは手伝う気になったのだろう。丁寧だが速やかに彼女を『残骸』のもとへ運んでいた。その背を追いかけるようにアルカも走り出した。

 駆け寄った時には、既にコウカはある程度目星をつけていた様子で、エムやアラコム、イグムたちに指示を送り、残骸に錬成陣を書き込んだ紙をペタペタと貼り付けさせていた。その様子から、手伝えることはなさそうだと判断したアルカは、近くに敵から鹵獲した銃と同型のものがあることに気がついた。調べてみると、まだ残弾は十分にありそうだった。

(それにしても、これだけのものを何処に収めているのか)

 罠が仕掛けられていないかを慎重に調べてから銃を持ち上げて、アルカはそう疑問に思った。細工がされていないかを確かめる意味も込めて銃から弾丸を取り出し、残弾を調べていた。だが、調べるにつれてその疑問は尽きることはなかった。

 果たしてこの銃の何処ににこれだけの弾丸が入るのだろうか。既に取り出した弾丸の数は100を超える。これだけ弾が入っていれば、重量も相当なものになるだろう。だが、持ち上げてみた感覚からすると、そこまでの重さは感じなかった。疑問に思いながらもアルカは自身の銃にその弾丸を装填していった。

 その作業が終わる頃、コウカたちも作業を終えた様子だった。

「アルカさん、これ、使えますか?」

 そう言ってエムがふらつきながら抱えてきたソレは、一瞬アルカでさえソレを銃と認識できなかった。口径は、普段皇国で使っているものが、大人の女性の小指がやっと入るかどうかという大きさであるのに対して、エムが今抱えているそれは、大人の男の子指が二本は優に入りそうなほどの大きさだった。ソレでいながら機構は複雑だが想像以上に小さく纏まっていた。

 確かに、これは使えたら大きな武器となるだろう。だが、アルカは残念ながら告げざるを得なかった。

「固定して使うならともかく、機動中には使えない。持っていってもいいが、引き上げる際には置いてくるしかない」

 銃の大きさ、および推定される質量からアルカはそう言わざるを得なかった。筋力量がどうかは知らないが、平均的な大人の女性よりも背が高いエムでさえふらつくほどの重量なのだ。それどころか、今はまだ何とか耐えているだけであり、後少し経てば重さに腕が悲鳴を上げて取り落としてしまうだろう。それより身長が遥かに低いアルカは言わずもがなだった。

 また、反動の問題もあった。これほどの大きさを誇るとなると、発射時の反動もそれ相応のものとなるだろう。あれほど大きな構造物につけられていた以上、生身で扱うことを想定されているとは考えづらかった。

 そのことを手短に説明したが、正直アルカもあれば役に立つかも知れないとは考えていた。だが、迷っている時間はなかった。運搬はどうしてもエムやアラコムに頼らざるをえない状況では、2人が『持っていけない』と言えばそれまでだった。

「・・・・・・持っていきましょう。守れる武器は一つでも欲しいです」

 アラコムの言葉に同意するようにエムも頷いた。それでは運搬をどうするか、となったが、それもすぐに解決した。いつの間にかコウカが雪から氷を造り出し、それでソリを作り上げていた。『あまり長くは持たないかも知れない』とは言われたものの、一刻を争う今では有難いことこの上なかった。

「それじゃ、ウズナを頼む」

 そう言われて『探索隊』から別れ、アルカたちは先を急いだ。


*************************


 いくらソリがあるとはいえ、重量が突然増えて歩みが遅くならないわけはなかった。アラコムが風魔術と火魔術を使え、尚且つエムが時間の流れをある程度操作できなければ時をどれだけ失うかわからなかった。

「・・・・・・今更ですけど」

「何ですか? アラコムさん」

「雪山を降る時もそれを使えば遥かに早く追いかけられたのでは?」

 質問に関しては尤もだろう。確かに、雪山を下っている時エムもそれを考えなかった訳ではない。だが、試してみてすぐに不可能だと結論づけざるを得なかった。

「それに関しては、出発前にかけておくべきでした」

「なぜ?」

「雪山で滑っている最中に試してみたのですが、まともに魔法を行使できるような心境じゃなかったです。余裕が全くなくて・・・・・・」

「ああ・・・・・・」

 アラコムも思い当たったのだろう。あの一歩間違えれば雪山との斜面で紅葉おろしを作りかねない速度の最中、余計なことに意識を割く余裕などなかったことを。実際、あの時の最高速は、おそらく鹿が斜面を下って逃げる時の時の倍の速度は優に出ていたのではないかとエムは思っていた。

 それと比べれば、今の移動速度はなんとゆっくりしたものだろうか。側から見れば、彼女らの移動速度は斜面を下っていた時以上に出ているように見えているだろうが、実感としてはそうではなかった。

 だが、そうも言っていられないだろう。

 もう既に、先ほどから大小様々な爆発音が響いてきている。その中には、以前空から襲撃を受けた時に聞いた轟音も混ざっていた。そこから推察されることは、ウズナは今複数の敵に囲まれているだろう、ということだった。

 一刻も早く向かわねば。

 逸る気持ちを抑え、3人は先を急いだ。

「・・・・・・嘘」

 そして、やっとの思いで斜面を回り込んで戦闘域が見えるところまで来た時、最初にそう呟いたのはアルカだった。彼女が何をみたのかは、すぐにエムにも分かった。

 地面には大小様々な火災が発生していた。地面のあちこちに突き刺さっているのは『鋼鉄の鳥』の残骸だろう。搭載されている爆弾の類に引火しているのか、時折派手な爆発が地面から上がり、搭載している銃が暴発しているのかあちこちで豆を煎るような音が響いていた。だが、それ以上に衝撃的だったのは焼けこげた人影や凍りついた人影がいくつか散見されたことだった。

 この距離ではアラコムは爆発ぐらいしか見えていないだろう。だが、アルカはーーそしてエムは、その優れた視力から何が起きているかを見てしまった。

 今なお上空で同時に複数箇所を攻撃され、身体に黒煙を纏っているウズナの姿。その彼女の姿はあちこち傷だらけ、血に塗れて痛々しいものだった。だが、彼女は明らかに傷だらけであるにも関わらず、近くの敵に襲い掛かり、『鋼鉄の鳥』を一撃で壊すと、中から敵兵を引き摺り出していた。それだけでも衝撃的な光景に変わりはなかったが、さらに衝撃を受けたのは、空中でウズナがその敵兵を何の躊躇いもなく腕で貫いた事だった。

「ウズナさん・・・・・・?」

 口から知らず知らずのうちに、そう漏れていた。

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