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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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201/317

アムスタス迷宮#200

 嫌な予感がする。

 ウズナが飛び去って以降、エムは言いようの無い不安に駆られていた。何かしら根拠があるわけではない。ここからウズナの様子が見えるわけでもない。

 だからこそ、今感じているものは根拠などなく、只々不安に思っている気持ちが『嫌な予感』として思い込んでいるだけなのかもしれない。

 だが、そう考えていても、この感覚は拭えなかった。

「どうした? ウズナが飛んでいった方角を眺めて」

「いえ・・・・・・。ただ、嫌な予感がどうにも収まらなくて」

 シロシルにはそう返したものの、胸中に渦巻く不安は、徐々に実態を伴うかのようにずっしりとした感覚を生み出していた。このまま放っておいたら、それこそウズナが死んでしまうのではないか、とでも言うべきかの様な、言い表しようの無い不安。

 そんな表情で眺めていたせいだろう。周囲は誰1人物音を立てることなく、静けさが周囲を包み込んでいた。だが、そのうちに沈黙に耐えられなくなったかのようにポツリポツリと声が交わされた。

「やはり、ウズナの他に誰かつけるべきだったか?」

「・・・・・・否。今のウズナの本気は、私たちが耐えられるものではない。即応性を重視するなら、ウズナ1人で行かせた方が早い」

「とは言え、だ。お前らが遭遇したって言う『敵』は、ウズナを宝石みたいに変えたんだろう? 今度も無事とは限らないんじゃないか?」

「今からでも追いかけたほうが・・・・・・」

「馬鹿いえ。どこに行ったのか分かんねぇんだぞ」

 そう口々に言う声が響く中、エムは決心を固めた。もしも、ウズナが機器的状況に陥っているのならば、それを制圧し、時間を稼ぐための戦力が必要だ。それに関してはエムでも何とかなる部分はあるが、確実を期すためには『兵士』が好ましい。また、仮にウズナが何かしらの要因で『竜』の様に暴走しているのであれば、情に訴えかける手段が効きやすいだろう。エムは今までの関わり合いの中で、ウズナならば『如何に混乱時であろうとも、アラコムのことは絶対に狙わない』と言うことを、『他の自身』の記憶から識っていた。

 だからこそ、連れて行くならば2人。出来なくても今は構わないが、居た方が確実性が高まる。そう思って2人に声をかけた。

「アラコムさん、アルカさん」

「どうしましたか?」

「・・・・・・何?」

「一緒に、ウズナさんの様子を見に行きませんか?」

 口に出したその問いに、2人はすぐに頷いた。

 とはいえ、移動するにしても走って追いかけたら時間がいくつあっても足りないのは自明の理だった。かと言って、ウズナの様に飛べる者がここにいるわけもなく、そこが悩みの種だった。その時、アラコムが呟いた。

「滑って行けば、如何でしょうか」

 それは単純ゆえに気が付かなかった部分だった。この傾斜を利用して滑り降りれば、飛ぶとまでは行かなくてもかなりの速度が出ることには間違いなかった。後はどう出発するかだったが、それもアルカによって解決した。

 ことは単純だった。

「・・・・・・ウズナの後詰として出発する」

「今から行っても・・・・・・。それにお前らが追い詰められたらどうするつもりだ」

「・・・・・・もし、ウズナが窮地だとしても、『魔法使い』と魔術師の手を借りれば何とかする」

 これは決定事項だ、とでも言うかのように堂々と宣言した。その姿は、まだ病み上がりでふらついているにも拘らず、はっきりとしたものだった。その決意に圧されたのだろう。『捜索隊』の隊長が頷いてしまったことをいいことに、すぐさま駆け戻ってきた。

「・・・・・・許可、降りた。行こう」

「・・・・・・あれは降りたと言って良いのでしょうか?」

 エムもアラコムの言葉に内心頷いていた。

 兎も角、曲がりなりにも許可が降りたのならば、一刻も早く向かわねばなるまい。そう考えた3人は速やかに出発した。エムを先導に置き、エムの示す方向に合わせてアラコムが雪を溶かす。アルカはまだまだ本調子とはいかず、余計に体力を消耗させるわけには行かないため、道具はアラコムが、そして本人はエムが背負って滑り降り始めた。

 元々の急斜面と、降り積もった万年雪によるものだろうか。アラコムが雪の降り積もった斜面を軽く熱風で溶かしたところ、熱風の通った跡に従って滑らかな氷の面が作られていた。そしてこれ幸いと滑り始めた。最初はやはり行き足がつかなかったのだろう。少しずつ滑り始めたが、一度勢いに乗り出すと止まらなかった。そしてそれは。エムに意外な消耗を強いられた。

「真っ直ぐ! 少し右に! 僅か左へ! そのまま!」

 行く方向を腕でも示しているものの、微細な修正に関しては声した方が早かった。そして、その為にエムは速度を増して行く中で声を張り上げ続けなければならなかった。一度速度がついてしまうと、少し合図が遅れただけで誤差はとても大きなものになってしまう。そのために一瞬も見逃さずにひたすら方向を見定め、安全に斜面を下れる様にしながら声を出し続けると言うのは案外疲れるものだった。

 これに加えてウズナの方角まで把握しなければならなかった場合、完全にエムの能力を超えていただろう。その部分に関してはアルカが肩代わりしていたが、それに意識を割かなくするだけでだいぶ余裕が生まれていた。

「アルカさん、次はどっちですか!?」

「・・・・・・(右)」

 ただし、アルカ自身は早々に声での伝達を諦めて肩を叩くことで方向を示していたが。

 そしてそれらを繰り返すこと約5ウニミ(約10分)。驚異的な速度で山を下り続けるエムとアルカの視界に、異様な光景が飛び込んできた。

 雪原の所々が赤く染まっている。その赤く染まっている地点の近くには、何か大きなものが転がっている。ソレが何かは直感的に分かっていた。だが、ソレを現実のものとして認めたくなかった。

 しかし、近づくに連れてそうも言っていられなかった。大きく見えてくる物体。そこから漏れている赤い液体。縋りついて慟哭している人影。懸命にソレに対して何かをしている者。風切音の中に混ざる、微かな声。

 思わず足を止めそうになる。

 だが、そうする前にアルカが一点を示した。その方向に導かれるように、エムは滑っていった。その示された方角には、顔見知りの人物がいた。


**************************


「・・・・・・イグム、ネル。何が、あった」

 エムに連れられて到着して早々に、アルカは2人にそう尋ねた。そこで2人から聞いた内容は、衝撃的なものだった。

 遠くに見える金属片は、おそらく『鋼鉄の鳥』の物だろう。だが、そうとは知らない彼らは、あれが何かを確かめるために近づいた。そして、そこで銃撃を受けたという。

 それだけで死傷者が多数出たが、さらに極め付けは空飛ぶ円盤が出現し、『捜索隊』を薙ぎ払おうとした、とのことだった。

「・・・・・・薙ぎ払おうとした、と言うのは?」

「発射直前にーーおそらくウズナが到着した。そしてそのままウズナは円盤を追いかけてあっちの方へ・・・・・・」

 そう言われて指さされた方角を見たが、ここからでは山の地形に阻まれて詳しいことはわからない。だが、微かに聞こえてくる音から、碌なことにはなっていなさそうだった。

「・・・・・・それで、『特別任務部隊』の残りは?」

 そう声をかけた瞬間、2人が目を伏せた。

 近くを見ると、イガリフの身体が目に入った。だが、彼はぴくりともしていない。そして、アルカは彼を一眼見た瞬間察してしまっていた。

 幾度となく見た光景。

 故郷が潰えた瞬間も。

 傭兵として戦場を渡り歩いていた時も。

 皇軍に入った後も。

 銃の照星越しに見えた光景。標的の未来。

「イガリフは、コウカを庇って・・・・・・」

「コウカさんも重体だけど、イガリフは・・・・・・」

 2人の声を聞きながら彼の元へ歩み寄った。コウカを庇ったと言うからには、背中側を敵に向けて身体を丸め、抱え込む様にして護ったのだろう。被弾の痕跡からもソレが伺える。だが、いくら身体を丸めても、どうしようもない部分は存在する。特に鎧を着込んでいれば、丸めるにも限界がある。

 後頭部や首筋の弾痕を見ながら、アルカは一瞬瞑目した。

「・・・・・・この場は2人に任せる」

「分かった。だが、アルカ。どこへ行く気だ?」

「・・・・・・ウズナを追う。今のウズナがこれを知ればーー」

 ーー最悪、誰にも手が負えなくなる。

 そう言った直後、遠くの方で爆発音が複数響いた。

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