アムスタス迷宮#19 アルカ-2/アラコム-2
再び歩き出してまた数人見つけ、それ以上に野生動物を見つけて歩いた。そしておおよそ1ラツ半が過ぎた頃、アルカの眼には草原の中に薄く立ち上る煙が映った。
「……正面少し丘寄り。距離1058ラツ。煙の痕跡あり」
「煙が上がっているなら少なくとも動物じゃなさそうだな」
隣を歩く兵士が気楽そうにそう返してきた。先の狼の襲撃以降再び眠っているエムの話によれば、『蜥蜴』は焔を吐くらしいのだが……。そうは思ったものの、兵士の発言が皆を鼓舞するための空元気である可能性を考え、アルカは口を噤んだ。
それから歩く事しばし、まだまだ遠く薄いものの、アルカはあることに気がついた。
「……あの煙、何かの規則に従ってるみたいだけど。騎士団が使っている紋様には一致せず。特別任務部隊も同様。あれは?」
「どのような形で登っていますか」
兵士長に問われ、アルカはその様子を伝えた。すると兵士長は何かに気がついた。それに続いて兵士たちも気がついたようだった。
「あれは……」
「よし、助かった」
それに意味がわからずにいると、兵士長が説明した。
「それは第一軍内で用いられている狼煙で、所属を示している。その立ち方だと24小隊のものだ」
「そして24小隊は設営隊の護衛隊だ。もしかしたら設営物資もあるかもしれねぇ」
そう明るい声をあげる兵士たちに対し、見つけた兵士や奴隷たちの表情が暗いことにアルカは気が付いた。
「……何か、不安?」
アルカがそう問いかけると、見つけた中では唯一の女性である奴隷が答えた。
「いや、ただあの光景を見た身としては、碌に何かが残ってるとは思えなくてね……。それに、アタシは運よく丘の頂上から逃げられたけど、それまでの間に何人も死んでいた。騎士様もあの娘を見ただろう? アタシがあんな感じになっててもおかしく無かったんだ」
そう言われ、エムの様子をみた。全身に多数ある火傷と骨折のため、包帯で固定され、その上からマントで包まれて芋虫のようになり、担架で2人がかりで搬送されている姿。彼女に言わせればアレはまだマシなのだという。
彼女の話によると、『蜥蜴』に踏み潰されたり、尻尾で体を寸断されたりした人が大勢いたのだという。さらには焔で一瞬で燃え尽きる、生きたまま焼かれるといった想像もしたくないような光景を見たという。
他の人たちからも似たような話を聞き、アルカは聞かなければよかったと後悔しながら歩みを進めた。願わくば、出来るだけ五体満足で生き延びている人が多くいることを祈りながら。
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「おや、また来た」
シロシルの声を聞いてアラコムは彼女の指した方角を見つめ、再び顔を伏せた。
「いい加減シャッキリしたまえ。その有り様では丘の上について行くことなぞできやしないじゃないか。それに、君の妹はまだ死んだというわけではないだろう?」
そう言いながらシロシルは火にかけていた鍋の中身をかき混ぜた。イグスの発案により、夜が明け切ってから調理兼用で狼煙を焚き始めた。当初はアラコムも妹が生きているかもしれないと一縷の望みをかけて待っていたのだが、来るのはほとんどが探索に出ていた学者やその護衛であり、設営隊に加わっていたものは数えるほど少なかった。さらに、彼らの証言はそのほとんどが生存を見込めないような内容で、アラコムはすっかり気を落としてしまっていた。
止めとなったのは先程合流してきたイグムと名乗る騎士が引き連れていた一団(と言っても10人程しかおらず、さらに半数は大怪我を負っていたが)による証言で、夜間に荷物の回収のために丘を登ったところ生存者は見当たらず、『蜥蜴』と人の混ざったような化け物が暴れていたという。また、荷物に関しても夜間のため捜索を諦めざるを得ない部分があったとはいえ、ほとんど見当たらなかったという。
「狼煙をあげていたのはここか」
「ああ、他の人たちはあっちの斜面の方にまとまっている。さて、君たちは何か興味深い物を持っていないかい? 無ければ食料でもいいんだが。このままでは私たちの朝昼兼用の食事がそこらの草を煮込んだものだけになってしまう」
アラコムが近づいてきていた年老いた騎士にそう返しているのが聞こえた。その声に聞き覚えがあり、顔を上げると、記憶に違わぬノイスの顔があった。
「……ノイスさん」
「ここで会うとは思いませんでしたよ。アラコムさん」
ノイスはアラコムの並々ならぬ様子に気がついた。その様子からなんとなく察した。
「ウズナは、まだ見つかってませんか」
「……はい。そちらも……?」
「ここに来る途中では見かけませんでした」
「……そう、ですか」
見つからないことを喜ぶべきか嘆きべきか、アラコムの心は千々に乱れていた。
「それで、何かないのかい?」
「……はい、鶉。鱒。岩魚。烏。兎。鼠。狼。虎」
「解剖するなら私たちも手伝いますよ」
「これはありがたい。他の探索隊は記録しか持ち帰っていないところが多かったからね」
後ろの方では狩人のような装具を身につけた騎士や学者がシロシルの相手をしていた。
「……やはり、妹は……」
「それは何とも。ここは我々の常識が通用しない場です。それに、彼女の最後を看取った人は……」
「居ません……」
「なら、諦めるのはまだ早いでしょう。それにウズナのしぶとさは訓練でよく知ってます。彼女なら生き残る可能性が少しでもあるならそれに賭けるでしょう」
「……そう、ですね」
そう言って、アラコムはゆっくりと立ち上がった。そこでやっと空腹を自覚し、アラコムは鍋の方を見やった。
誰も鍋の様子を見ていなかった。
火は消えかけ、水は蒸発しかけて煮込まれていた草は鍋の淵で焦げ付き始めていた。
「えっ」
アラコムは慌てて周囲を見ると、近くでシロシルが学者たちと一緒になって動物を解体ーーと言うより解剖ーーしていた。一方の兵士たちはというと、丘の方へ歩き去っていた。
「と、取り敢えず水足さないと食事なしになってしまいます!」
そう言ってアラコムは慌てて術を構築し始めた。ーーここがどういう環境なのかも忘れて。
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「おや、火が消えて辺りは水浸しだ。それにこれは鍋かな? ずいぶんボロボロになっているが。アラコム、しっかりしたまえ」
「……貴女が解体に集中する前に一言声をかけたらよかったんですよ、シロシル先輩」




