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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編
19/235

アムスタス迷宮#18 ノイス-3

 幸いにも夜行性の動物は寄ってこなかったようで、ノイスたちは無事に夜を超えることができた。

「さて、エムの話を元にするならこの丘を反対側まで回り込めば登れるみたいだがーー」

「俺たちは登るべきと考えている。こう言ってはなんだが彼女の携行していた荷物は医薬品のみだ。さらに斜面から落とされた時に使い物にならなくなっているものも多い。回収できる物資があるならば回収した方がいいだろう」

 兵士たちの一団は真っ先に登ることを提案した。

「先生方はどうですか」

「そうですね……」

「わたしは自分の意見の如何に問わずあなた方に着いて行きますけど。その方が生き延びられる確率が高そうですし」

「確かになぁ……」

 学者たちも登る事は否定的ではなかった。エムは夜が明けてから熱を出したため、そもそも聞ける状況になかった。今はアティーが面倒を見ているが、食料がない以上楽観視はできないとの事だった。

「まずは丘を回り込むか。エムの話から推測すると逃げた人はてんでバラバラに走っている可能性が高い。逸れている人が見当たらないかどうか注意しながら進んでくれ」

 そうノイスが締めくくって各人出立準備にとりかかっった。


「……右斜前方、距離583ラツの草むらの中。何か集団でいる」

「へいへい」

 出発してすぐに、アルカが指摘して兵士たちが観に行く流れが出来上がった。実際、アルカがすぐに距離と方角を正確に教えてくれるお陰で、ノイスたちは半ルオのうちに3人見つけることができていた。

 しかし、彼女は『何か』としか言わず、実際に見に行くとウサギや蛇といった野生動物の時も多々あった。そういった場合は狩れそうなら狩り、食料調達としていた。

 今度は人かそれとも野生動物かーー。そう思った時だった。

「ぁーー」

 か細いが不快に感じさせる音域の声が後ろから聞こえた。ノイスが顔を顰めながら振り返ると、エムが熱に浮かされた様子でありながら、アルカが言った方角を見ながら声をあげていた。

「どうしましたか、エムさん。何か怖い夢でも?」

「ちがーー、あっちーー、きけーー」

 途切れ途切れにエムは何かを訴えていた。

「うるせぇなぁ。センセ、早いところ黙らせてくださいよ」

 近くの兵士が昨日足を切られた兵士に肩を貸しながらぼやいていた。怪我人だからと近くに置いていたが、兵士たちは今エムの声を明らかに迷惑そうにしていた。

 これは下手したら揉めるかもな。そう考えてノイスが兵士たちを宥めに行こうとした時、「うおおっ!?」という声が先程アルカが示した方向から聞こえた。見ると、様子を見に行った兵士が後退りしながら戻ってこようとしていた。

「どうした!」

「狼ーーか? 狼っぽい獣がこっちを狙ってきてる!」

「さっきアルカが気付いたのはそれか?」

「いや、あいつら、人を食ってやがった!」

 マズイ。様子を見に行った兵士はここから200ラツは離れたところにいる。援護はーー。

「アルカ、狙えるか?」

「……大きさがわかれば、当てる事はできる。けど、致命傷にならない」

「牽制でいい。届くならやってくれ」

「……了解」

 すぐ様アルカが射撃準備を始めたのをみて、ノイスは兵士の様子を伺った。彼はジリジリと下がってきているが、未だに180ラツほどの距離があった。さらに、彼の頭の動かしぶりからみて、5頭はくだらないようだった。

「……準備完了」

 隣でアルカが報告してきた。横目で確認すると、彼女はすでに引き金を引くだけという状態まで構えていた。

 よし、ならば一か八か走らせるか。そう考え、声をかけようとした時だった。

 狼が一斉に兵士に飛びかかった。恐ろしいことに、その大きさは一頭一頭が大人2〜3人分はありそうな大きさだった。狼は俊敏に兵士を狙っていた。兵士は必死に躱しているが、こちらから遠ざけられようとしていた。

「不味いな」

 そう呟いた瞬間、アルカが発砲した。そして今まさに兵士の喉笛に噛みつこうとしていた狼の頭が不自然に揺れた。

「こっちまで走ってこい‼︎」

 その機を逃さずノイスは指示を飛ばした。次弾装填には時間がかかる。銃を撃つのはそれだけで専門技術であり、1ウニミ(2分間)の間で3発打てれば達人と言われる。ノイスが知る限り皇国きっての達人であるアルカは訓練で最高1ウニミの間で16発が限界だったが、正直言って外れ値だろう。とはいえ訓練での話であることから、それより時間がかかることが予想される。その間にどれだけ近づけるかーー。

 兵士は後ろを警戒しつつ必死に走っていた。残り約160ラツ(約300m)。鎧をつけた兵士なら整地で半ウニミで辿り着ければ上出来な距離。この地面も不安定な場所では1ウニミかかってもおかしくは無い。そして彼の背後から8頭の狼が襲いかかった。

「くそっ。骨が折れるな」

「全く、あんな大きな狼なぞ初めてみました」

 口々に兵士たちはぼやきながら剣を構えた。ノイスも剣を構え、待ち構えた。

「……硬い」

 隣でアルカがそう呟きながら狙撃を続けていた。見ると、狼たちは被弾した瞬間確かに怯んだり速度が落ちたりしているが、数を減らす事なく迫ってきていた。

「……四阿の中は化物ばかり」

 そうぼやきながらアルカがとうとう一頭の狼の眼球を射抜いて仕留めた。

 この距離で走ったり跳んだりしている狼の眉間を正確に射抜き続けて、距離およそ70ラツ地点で眼球を射抜いているお前さんも十分化け物だよ。というか、訓練時より早く射ってねえか?

 ノイスはそう思ったが口に出さずに襲撃に備えた。


「ひい、はぁ、はぁ、はぁ」

「お疲れさん、よく走ったな!」

 最終的に兵士が辿り着く前にアルカは4頭射殺した。2頭目が射殺された段階で諦めたのか、狼たちは引き下がる動きを見せていた。その中ダメおしでアルカが1頭射抜き、さらに送り狼とばかりに遠ざかる狼めがけて1発見舞っていた。狼はアルカを恐れたのか草むらの中に姿を消していった。

 そのアルカはというと、今は兵士数人とともに狼の死骸を回収しに行っていた。ノイスは駆け戻ってきた兵士を介抱しながら周囲を警戒した。

「ここの生き物は何かがおかしいな」

「その意図するところはなんですか?」

 独り言に返事が返ってきてノイスは驚いた。振り向くといつの間にかシークが近くにいた。

「お前さん、アルカ達に着いていかなかったのか」

「いくら興味があっても、道具や水も限られていて、視界の効かないところで解剖は真っ平です。それよりも、何か気がついたことでも?」

「いや、つい最近皇都近くの森に出た狼退治の任務があったんだが、その時もさっきと同じようにアルカが距離およそ150〜60ラツで射撃を開始したんだ」

「先ほど実例を見たとはいえ正気を疑う距離ですね。私も聞き齧りの知識でしかありませんが、100ラツ先の1ラツ四方(約3.2平米)の的を射抜ければ達人と言われませんでしたか?」

「そりゃ訓練時の話だな。実戦では30ラツ先の的に当てられたら十分だ」

 だからこそ、今なお撃ち合いでは弓の方に軍配が上がっている。単位時間あたりの射撃回数は弓が勝り、有効射程が似たり寄ったりであれば使うものは少ない。

「まぁ、あいつーーアルカは弓の扱いも下手なわけじゃないんだがーー。話が逸れた。

 そん時ではアルカは普通にその距離で狼を撃ち殺していた。それにもかかわらず、今の狼は半分以上距離を詰めてきて尚眼球っつー弱いところを狙わないと射殺できなかった」

「つまり、大きさに見合った頑強さだと」

「それだけじゃない気がするんだがーー」

 そう言ってお互いしばし口を閉ざした。遠くでは、アルカたちがやっと3頭目を回収したところのようだった。

 その様子を眺めながらシークが言葉を漏らした。

「私としてはそれよりもあの少女ーーエムの方が気にかかりますね」 

「何故だ?」

「何故、彼女はあの位置で、アルカさんしか気が付かなかたような遠くの存在に気がつき、尚且つそれが人ではないことに気がついたのでしょう?」

 言われてみれば確かに。ノイスはそう思った。あの時彼女が悪夢を見ていて、偶然目を覚ましたというなら偶然が重なっただけだと思えた。しかし、あの時エムは熱に浮かされた様子も夢と現実を誤認している様子もなかった。

「だが、あの嬢ちゃんは人間のはずだぜ。現にここに来た時荷物を担いでいたのをみた」

「ええ、それはうたがってません。しかし、ここは私たちの常識が通用しない場所です。そのエムという少女に擬態した生物だったらどうするのですか?」

「……随分疑り深くなってるな、先生」

「いえ、あくまでも仮定の話です。ですが、彼女が生きている人間だという保証はどこにもないのですよ」

「それを言ったら俺たちだってこれが本当に現実かはわからねえじゃねえか。もしかしたら今目に見えているもの全て俺や先生の妄想だっていう可能性もあるだろ」

 それに、とノイスは続けた。

「嬢ちゃんが仮にここの生き物が擬態していた存在だとして、一先ずは俺たちの危機を救おうとしたことには変わりねえじゃねえか」

「……それもそうですね」

「ああ、ほら、先生。呼ばれてますよ」

 ずいぶん話し込んでいたようで、気がつけばアルカ達は狼を回収して戻ってきていた。

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