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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編
17/234

アムスタス迷宮#16 ウズナ-6

『熱イ、熱イ』『痛イ、苦シイ』『ナゼ、オ前ハマダ生キテイル』『俺達ハ死ンダノニ』『オマエガ護ラナカッタセイダ』『オマエノ弱サガ俺等ヲ殺シタ』『ナノ二キサマハノウノウトイキテイル』『不公平ダ』『不平等ダ』『騎士ノクセニ』『俺達ヨリ強イノニ』『コノ厄災モ貴様ノセイダロ』『アノバケモノニ操ヲ捧ゲテマデ生延ビヤガッテ』『魔女メ』『娼婦メ』『シネ』『シンデ詫ビロ』『我ラトオナジ所ニ堕チテコイ』 

 彼らはそう口々にウズナを詰りながら近づいてきた。

「……ここでは、死して尚逃れられないというわけですか」

 彼らの姿は確かに見覚えのあるものたちばかりであった。しかしながら生気は感じられず、その肉体も生きているとは思えないものだった。

 あるものは襤褸雑巾のような見た目で一歩足を踏み出すごとに血肉が身体から崩れ落ち、またあるものは全身の一部が欠けていた。なかには身体を持たない者もおり、そういったものは全身にどす黒い魔力を身に纏っていた。

 正直、ウズナは彼らを見る直前まで、自刃して果てる考えが頭の中で優勢になっていた。この様な異形と変わり果てた身では、仮に生き延びることができたとしてその先に希望は見えなかった。であるならば、いっその事誰かに見つかる前にーー、と考えていた。

 もちろん、死後に自身の身体がどうなるか、という不安は確かにあった。実家で見かけた古い本に中に記されていた術がここでは使えていたことから、より危険な術も使えるのかもしれないとは考えていた。そしてそれらの術の中には死者の魂を呼び出すものや他者の肉体を操るといったものもあったと記憶していた。しかし、そう言った術は理論すら記されておらず、ウズナとて術式を組めるとは考えてもいなかった。正直なところ、この本を書いた人が将来このような術が実現可能か否かを問いかけるための課題のようなものと考えていた。

 しかし、彼らが現れたことで状況は変わった。

 目の前に見える彼らは明らかに死んだ人間だ。であるならば、私が以前読んだ古書の内容は、これを見越していたという事なのか。

 そして、彼らがウズナを責め立てる口調から、生前の記憶を少しは持っていることが伺えた。では、今自分が死んだらどうなる?

 自我をなくし怪物のように暴れ、他の生きている人を襲う姿が容易に思い浮かんだ。そして、その犠牲者の顔に姉の顔が重なり、ウズナは死ぬことを諦めた。

「取り敢えず、彼らがどのような存在なのか確かめないと……」

 考えているうちに、『死者』はウズナの間合い近くまで近づいてきていた。

(動きはそこまで早くないようですね……。肉体が崩れそうだから? それにしてはあの半透明の方もそこまで早くないですし……)

 そう思いながら、ウズナは漫然といつもの癖で剣を構えようとした。そして、剣はすでに『蜥蜴』に砕かれていたことを思い出した。

「・・・・・・この手足なら剣は要らなさそうですね」

 そう自嘲しながら両手を軽く閉じたり開いたりした。そして砕かれた剣を思い浮かべた時だった。左腕に瞬時に魔力が集中し、先ほどの鏡のように左手の中に氷で出来た剣が握られていた。

「……えっ」

 驚きで目を見開いたが、深く考えている余裕はなかった。もうすでに彼らの間合いに達していた。

「とりあえず、考察は後回しですね」

 ウズナは剣を構えた。

 

(生前の技量は維持されるようですね。お世辞にも十全に発揮できている様子はありませんが)

 そう考えながらウズナは斬り込んできた兵士をいなし、飛びかかってきた男を避けた。

 戦いが始まってから既に15ウニミ(約30分)は経過していた。それにもかかわらずウズナは汗一つ掻いていなかった。その理由はいくつかあるが、最も大きいもので言うと肉体のあるものはその肉体が崩れるためか全力で来ず、肉体のないものはそもそもウズナに近づいてくることすらできていなかった。

 そのため、ウズナは余裕を持って観察、迎撃することができていた。

「技量はともかくとして、マナを操っているというのは厄介ですね」

 それに、マナの操作に苦労している様子も見当たりません。呟きながらウズナは観察を続けた。『死者』は、ウズナが『蜥蜴』との戦闘で咄嗟に行っていた武器に対する魔力操作を行っており、本来の武器よりも頑丈性や鋭さが増していた。

 今のところは本来の地力に加え、ウズナの方がマナの操作が上手なことから圧倒していた。しかし、相手も疲弊している様子がなく、このままでは行き詰まりが見えていた。けれど、観察を続けるうちに彼ら『死者』に共通したマナの流れがあることに気がついた。

「……こんな事なら、死者を弔える人を連れてくるべきだったかもしれませんね」

 ひとまず周囲の『死者』から距離を取り、ウズナは剣を構え、そして内心彼らに向けて謝った。

 ごめんなさい。わたしは死者の弔い方を知りません。死者を蘇生させるための方法も知りません。わたしに出来ることは、まつろわぬ者となったあなた方を殺すことのみです。

 そしてウズナはこの戦いが始まって初めて、相手を殺すために剣を振った。その太刀筋は正確に相手のマナの流れの源流である、心臓のあった箇所を穿った。

『ギャアアアアア‼︎‼︎』

『ヤハリ殺シタゾ』『バケモノメ』『我ラヲ救オウトハ考エナイノカ』『人殺シ』『人ノ心ガナイノカ』『コノ毒婦ガ』

 斬られた『死者』はそのまま肉体を崩壊させ、地に崩れた。それを見ていた『死者』たちが騒ぎ始めたが、ウズナはそれに対し剣戟で応えた。

 


 そこからはあっけないものだった。まるで昼間のウズナと『蜥蜴』の戦いを視点を変えて行なっているようにウズナは感じた。ただ軽く剣を振るうだけで『死者』は脆く崩れ去っていった。いつしか、ウズナは「ごめんなさい」と謝罪を口にしながら斬っていた。

 周囲の『死者』は残り少なく、さらに全員が荷運びをしていた奴隷たちだった。彼らは肉体を持っておらず、半透明の状態で地面を滑るようにウズナから逃げようとしていた。そんな彼らをウズナは1人ずつ斬り、そして最後の1人を手にかけようとした瞬間だった。

「誰か!!」

 誰何の声が響いた。

 驚いて其方の方向を向くと、同僚のイグムを筆頭に傷だらけではあるものの、生者の一団がこちらに近づいてきていた。

(まずいですね。戦闘に時間をかけすぎましたか?)

 彼らは月明かりの下戦っていたウズナたちの姿を認めたのだろう。明らかにイグム達はウズナに対し武器を構えていた。距離は約100ラツ(約200m)くらい離れていたが、月明かりの逆光で彼らはウズナの正体を掴めずにいるようだった。

『ヒイイイ』

 しまった。そう思った時には後の祭りだった。最後の『死者』がイグム達の方へ滑る様に走って行った。

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