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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編
13/234

アムスタス迷宮#12 ノイス-2

 そして日も傾いてきた頃、設営隊のとの合流を果たすべく動き始めようとした時だった。

「なんだ、ありゃ」

 兵士の1人が空を見上げてそう言った。彼の見ている方角を追っていくと、翼の生えた蛇のようなものが飛んでいた。ある意味では異世界であるここは、何があっても不思議ではないがそれにしても変な生き物だ。そう思っているとアルカが明らかに警戒しているのが目に入った。

「アルカ、どうかしたか。何か見つけたか?」

「……アレ、遥かに大きい」

「なに?」

 ここからでは森で見かける蛇に翼が生えているように見えるほどの大きさだ。比較対象がないので分かりづらいが精々森にまれに出る10ラツ(18m)大蛇くらいの大きさだろう。それにしてはかなり寸詰まりだが。そうノイスは判断していた。

「……最低でも、2〜30ラツ(36〜48m)」

「何だと⁉︎」

 それを聞いて周囲の人々がざわめき始めた。

 その蛇は丘の方へ飛んでいき、そして草で遮られ見えなくなった。

「ひとまず急ぐぞ。先生方も可能な限り駆け足でお願いします」

 そう言うと、皆手早く荷物をまとめ丘の方角目掛けて走り始めた。

 行手は草に遮られるため、1番大柄な兵士が1番小柄のアルカを肩車して方向を示し、それに従って剣で草を薙ぎ払い、強引に道を切り拓きながらの行進となった。走り始めてすぐにアルカから悲惨な知らせが伝えられた。

「……丘、炎上」

「……詳しく頼む」

「……アレ、炎吐いてる。丘の上、焔、縦横無尽に走ってる」

「クソッ。兵站は当てにできなくなったな」

 敢えてノイスは被害について人については考えなかった。今そこまで考えるととてもではないが平静を保てそうになかった。皆も同じようで、普段はあまり運動しないように見える学者たちも何も言わず走っていた。

 走り始めて半ルオほど過ぎた時のことだった。突然、目の前がひらけた。それは獣道のようだったが、丘の方向を見るとある程度は続いているようだった。それを確認するとノイスたちはこれ幸いと利用することにし、小休止をとることにした。

「それにしても獣道か」

「テメエら、前方、後方警戒しっかりしろよ」

 そう兵士たちが怒鳴り合っていた。

 その頃には丘の方から立ち上る黒煙がハッキリと見え、焦りは募る一方だった。

 その時だった。

「……アレ、飛翔」

 アルカの言う通り、あの蛇もどきが丘の上から飛び去っていくのが見えた。そして丘の大きさから判断すると、あと1ルオ程走れば丘の麓には辿り着けそうだった。それぞれ無事を祈りながら再び走り始めた。

 しかし、それも長くは続かなかった。目の前に水たまりがある。そう思った時のことだった。水たまりを踏んだ兵士が転ぶと同時に驚きの声をあげた。

「どうした!」

「この水、ひっついてきやがる!」

 慌てて止まってみると、確かにその水たまりは兵士の左足にしっかりと張り付いており、さらにみるみるうちに足をつたい登り始めた。

「くそ、こいつ、剥がれねえ」

「なんだこれ」

「とりあえず手を貸すぞ。それ、引っ張れ!」

 そう言って兵士たちが協力しあって彼を助け出そうとした時、アルカが叫んだ。

「……ブーツとズボン、脱ぐ、急いで!」

 皆その意味がわからなかったが、彼が悲鳴を上げたことで言われた場所を見た。

「なん、だこれ」

「金属も布も関係なく溶かしてやがる」

「それよりもコレ、足溶かしてるぞ」

 みるみるうちに彼の足はつま先の方から溶かされていた。

「痛ぇ、痛ぇよ。早くなんとかしてくれぇ」

 彼は必死に懇願するものの誰も動けなかった。目の前の光景を頭が受け入れることを拒否していた。ノイスの見ている目の前で、彼の足を伝ってその粘液は太ももから股関節に迫ろうとしていた。

「……隊長。支えてて」

 そういった直後アルカは抜剣して彼に駆け寄った。その意図するところをノイスは察して兵士の背後に回り、肩の下から腕を回した。彼はいまだに痛みに悲鳴をあげながら脚を振り回し引き剥がそうとしていた。ノイスはその口に手巾を突っ込んだ

「痛いのは覚悟しろ。舌噛むなよ!」

 そう言った次の瞬間、アルカは何のためらいも見せず正確に彼の左足の付け根の鎧接合部に剣を振り下ろした。斬られた瞬間、彼は痛みによるものか光景によるものかは不明だが悲鳴もあげずに気絶した。そして斬った瞬間ノイスはすぐに身体を引いてその粘液から兵士を離した。

「おい、呆けている暇あったら止血手伝え!」

「お、おう」

 本来なら傷口を妬くなりしたいところだが残念なことに火口すらない。止血といってもとりあえず切断面の少し上をきつく縛り、切断面に布を押し当てることしかできなかった。

 ひとまず最低限の治療はすませた。そう判断できるようになった時、アルカの方を見てみると彼女は剣を持っていなかった。

「おい、剣はどうした」

「……喰われた」

 端的に帰ってきた返答にゾッとした。鎧も溶かされていたことから薄々想像はしていたが、どうやらあの粘液はなんでも取り込むらしい。

「どうしたものか」

「じゃあ、アレ使ってみますか」

 そう言って学者が取り出したのは例の用途不明の内蔵だった。

「もしこれが普通に可食部位だったとしても何も問題はないわけですし、毒だったとしても安全に処理できます。これで死ぬようなら幸運、くらいの気持ちで投げていただければ」

 そう言われてノイスは内蔵を手渡された。仕方なく、ノイスはせめてこれをあの粘液が捕食した時に周囲に影響が出ないように粘液の側ギリギリに置いた。粘液はすぐに内臓に気づくと、ノイスの予想通り上から包み込むようにその内臓を飲み込んだ。そして溶かし始めた、と思った瞬間内臓の中から何かが漏れ出したのが見えた。しかしそれが肉なのか血液なのかはたまた毒なのか判別がつかないうちにその内臓はあっさりと粘液に溶かされてしまった。

「ふむ。やはりあの内臓には何かあったようですね」

「あれじゃ何もわかんねえけどな」

 いい加減これの相手をするのも面倒だ。迂回してしまおう。そうノイスが思った時だった。

「おいおい、マジかよ……」

 兵士たちの絶望の声が聞こえた。見てみると道の先々にはこの粘液の同類らしきものがいくつもあった。現状では飛びかかるといったような派手な動きは見せていないが、単にまだ見せていないだけかもしれない。さらにあの粘性と腐食性。足を止めるには十分な理由だった。一方で学者たちは恐怖よりも好奇心が優っているのか、はたまた弱点を見つけるためかはわからないが採取したものや手持ちのものを与えていた。

「おや、鱗はこれには白色を示しましたか」

「水は水筒一本程度じゃ影響がわからないですね」

「この実は……普通に溶かしてます」

 そのどこかのんびりした雰囲気に物申したくはなったが、ノイスは代案が無いため諦めて兵士長に声をかけた。

「どうすれば突破できると思うか」

「あいにく我々は対人戦しか訓練したことがない。それこそ特別任務部隊の出番では?」

「勘違いしてるならすまねえが、特別任務部隊は不可能を可能にする超人じゃ無ぇ。そもそも戦場において奇策・奇襲を専門に行う遊撃部隊が発端だ。その延長線上で一芸特化の連中が多いが、本来任務は軍や騎士団と変わらん」

「つまり可能とする“何か”があれば戦える、と」

「そして現状はその“何か”がない」

 そこまで言ってお互い黙り込んでしまった。

「やはり、迂回しながら進むほかないか」

「襲われたらひとたまりもないがな」

 そう言っていると、突然背後で放電が起きた。

 驚いて後ろを振り返ると、学者の1人が持ち込んだ陣を広げ、それで粘液を攻撃したようだった。しかしその学者も呆けていた上、近くにいた何人かが放電の影響で痺れていた。

「いや、先生。何してるんですか」

「魔術による攻撃ならどうかと思って陣を広げてみたんですよ。そしたら注意する間も無く発動しましたし、こんな広域に影響が出るとは……」

 そう言って学者は敷物ほどの大きさの陣を示した。そう言えばウズナも何か魔術に関して言っていたな。そう思って記憶を探り、空間魔力量が多いと言っていたことを思い出した。

「ウチの隊員曰くなんだが……」

 ノイスも十全に理解しているとは言い難い説明だったが、魔術の専門家はここにはいなかったため『恐らくこう言うものだろう』という認識で落ち着いた。

 攻撃された粘液を見てみると、そこには焼け焦げた何かががあるばかりだった。

「とりあえず、あの陣を起動させながら進むか」

 ノイスが出したその意見に反対するものは誰もいなかった。

 時々陣をもつ人を交代し、足を失った兵士の様子を気にかけながら一行は進んだ。


*********************


 1ルオ半かけてやっと麓にたどり着いた時、あたりは既に薄暗くなっていた。

「それではこの斜面を登るのは無謀か」

「傾斜がきつすぎる上にすぐ崩れる。無謀だ」

 少し休むように指示を出し、斜面を観察しながらノイスは兵士長と相談した。しかし、ノイスの見立て通り斜面は登れそうにはなかった。こうなれば回り込んでのぼれそうな所を探すか、麓に陣を張っている可能性を考えるかーー。そう考えていた時だった。石に腰掛けようとしていた兵士が悲鳴をあげた。粘液騒動が頭をよぎった。

「どうした‼︎」

「この石、やわらかくてぐしょってしてて……」

 そう言って兵士が示した石を見ると、それは全身砂にまみれ、背嚢や雑嚢が手足に絡まり合っていた人だった。兵士はその人の足を踏み背嚢に腰掛けようとしたようだった。さらによくよく見ると、その人は医薬品を運んでいた少女だと気づいた。また、濡れていたのはどうやら荷物の中に入っていた蒸留酒や蒸留水によるもののようだった。

「おい、しっかりしろ」

 そう言って肩を叩き、口元に手をやると微かな風を感じた。少なくともまだ死んではいない。それに幸いなことにこの少女の荷物は医薬品だ。そのことを伝えると、全員で手分けして少女の手当てを始めた。

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