アムスタス迷宮#11 ノイス-1
「それにしてもあいつらは大丈夫だろうか」
「……隊長、気にしすぎ。それよりも丘を見失ったら大変」
ノイスが先刻別れた設営隊の様子を気にしていると、部下のアルカ=ゾアに嗜められた。流石にこれ以上心配するのは老婆心か。そう思い直したがいかんせん、探索に向かうにあたって機動力や柔軟性などを各部隊で調整した結果、設営隊を守備する面子は正直な所新人か足手纏いがほとんどという結果になってしまった。未知の領域を調査するにあたって物資面からあまり時間はかけたくないがための部隊を設営と探索に分けるという判断だったが、それで設営隊の方に何かあってはそれこそ何も出来なくなる。
こうなるんだったら特別任務部隊だけでも全員設営隊の方に回すべきだったか。
そう思いながらノイスは探索隊の護衛を続けていた。と言っても、探索隊も一塊で動いているわけではなく、丘を目印にいくつかの小集団に別れて探索している。そのため、ノイスたちが守るのは僅かに6人の各分野の専門家たちであり、護衛の人数を含めても20人程度でしかなかったが。
ノイスたちはひとまず丘を目印にしつつ丘を右手側に見るようにしながら探索を開始していた。当初は草原が広がっていたが、徐々に周囲の草の背丈が伸び、探索を始めてから2エミツが過ぎる頃にはあたりが見通せなくなるほどだった。さらに地面も徐々に泥濘み始めている様で、まだ足を取られるほどではないが踏み込むと地面から水が滲み始めていた。
これは疲れそうだな。
そうノイスは考えていた。実際、探索に赴く前の計画ではもう少し進んでいる計画だったが、地理もよく把握できていない状態での探索であり地図を作りながらであったたため現に何人かは疲労の様子を見せていた。尤も、植物学者は目をキラキラさせながら道すがら草を採取していたが。
学者のおかげで休めると考えたら一長一短か。そう考えていると件の学者が周りに生えている植物を手に近付いてきた。
「いやはやこのような植物があったとは‼︎ これは是非とも持ち帰りたいものだ‼︎」
「あ〜。儂は学が無えからそれがただの草にしか見えねえんだが。何がすごいんだ?」
「なんとこの草、我々の知る草よりも遥かに靭性が高いのですよ。現に私の持ってきたハサミでは斬れませんでした。おそらく束ねれば斬撃すら防ぐかと。それでいてとても軽い‼︎ この様に私の背丈ほどもあるのに私の腕一杯ほどに束ねてみても羽のように軽いのです。他にもーー」
それからもベラベラとここに来てからの植生を述べていたが、生憎ノイスにしてみれば何がどうすごいのか半分もわからなかった。
それからも歩くこと少し、足下が土から砂が混じり、小石へと変わっていった。もしや水辺が近いのか。そう皆が予感し始めた時、突然ノイスたちの視界が開けた。
「なんと……」
「……水、心配なくなった」
目の前には広大な水面が広がっていた。これが真水なら確かにアルカの言うとおり水の心配はないだろう。しかし飲むにしても一度沸かしてからでないとーー。そう考えていると、学者の1人が躊躇なく水面に顔をつけ水を飲んだ。
「おいっ! 何してんだ!」
ノイスが静止しようとしても、そんな事お構いなしに学者はマイペースに続けた。
「う〜ん、美味い! いい水だ。これなら魚も期待できる」
「おま、お前、腹壊して死にてえのか!」
「いや、こんないい水飲めて死ねるなら本望だ。皆さんもどうです? 美味いですよ」
「人の話を聞け!」
「それに水も驚くほど澄んでいる。水の中をあんなに遠くまで見通せるとは」
呆れていると、本当に飲めるのかどうか確かめようと兵士たちが手早く石を組み上げて竃を作り、草を刈って火を起こそうとしていた。学者たちはというと、ここで大休止になると踏んだのかそれぞれの研究分野の採取や分析を始めていた。
まあ水場が見つかっただけでも上出来か。そう判断しノイスも辺りを警戒しつつ休むことにした。そこではたと気になり、地図を作っていた兵士に声をかけた。
「ところで、ここまでの地図は作れているのか?」
「おおよそには出来てますよ、ノイスさん」
「おおよそには?」
そう聞き返すと、兵士は方位磁針を差し出した。しかし、その方位磁針はおかしなことにくるくる回っているかと思えば突然止まったり、逆回転を始めたりしていた。
「この様に、どうやら四阿の中では方位磁針が使えないようで。なので日の向きとあの丘を目印に作ってます。あとはどうしても歩測になるので誤差は生じるかと」
「大まかな位置関係と距離がわかれば上出来だろう。これで魚も捕まえられるようなら、ある程度長期化してもなんとかなりそうだな」
地図を見てみると確かにざっくりとした地図ではあったがないよりはマシに思われた。
それからのんびりした時間が過ぎた。運が悪いのかそれとも魚の警戒心が強いのかはわからなかったが魚は一匹も釣れなかった。水面を覗けば魚がいる事は一目瞭然だったために歯痒く思っていると、突如兵士たちのいる方から歓声が上がった。
「どうした?」
「いやぁ、やっと捕まえましたよ」
そう言ってびしょ濡れになった兵士たちが見せてきたのは大人の身の丈ほどありそうな魚だった。見た目は鱒に似ているが、これが鱒だと言われても到底信じられそうになかった。
「どうやって捕まえたんです?」
学者が興味津々といった有様で訊ねた。
「10人掛りで浅瀬まで追い詰めたんすよ。なかなかすばしっこかったすけど、この大きさならここにいるみんなで食うには十分っすよね?」
そうこうしているうちに、先程から姿を消していたアルカも戻ってきた。ーーうずららしき鳥を何羽か携えて。うずらにしてはかなり大きいーーと言うか七面鳥よりも大きく見えたがーーひとまず置いておく事にしてノイスは尋ねた。
「どうしたんだ、ソレ」
「……周囲、探索。発見、確保」
アルカは相変わらず必要最低限のことしか話さなかったが、どうやら近くを飛んでいたところを見つけて捕まえたとの事らしい。取り敢えず学者連中に渡しそれぞれ解剖してもらった。
彼らが手際よく解体していったところを見るにどうやら構造に大きな違いはないらしい。そう思っていたのも束の間、うずらモドキを解体していた学者の手が止まった。
「何か気になる点でもあったんですか?」
気になって声をかけると、彼は素直に応じた。
「この鳥なんですが、明らかに私たちの世界には存在しない臓器があります」
「なんと」
「食道につながっているところを見ると消化管の一部かと考えたのですが、胃や腸らしき部位は別に存在します。砂肝でもなさそうですし……」
「中は見ないのか?」
「コレの中が未知の毒だった場合最悪ここにいる人全員即死しますけど、それでよければ」
「……そのままで頼む」
一先ず未知の臓器は放っておくことにして解体作業が再開された。一方で魚の方はというと、大まかには解剖できたようで切り身を渡された兵士たちが早速炙っている様子が見えた。一方で学者はというと、鱗を興味深げに突いていた。
「どうしたんですか」
「この鱗なんですが、持つ人によって色合いが変わるんです」
言われて見てみると、確かに兵士たちが持っている時は白色だったのに対し、今学者の持っている鱗は淡い赤色に染まっていた。さらに気になって地面の上に置かれている鱗を見ると、こちらは橙色に染まっていた。
「なので珍しいと思っていたのですが、さらに兵士たちに聞いたところによると水中では黄緑色だったらしいです」
「ふむ。何かが違う、という事なんだろう」
「考えられるものとしては気温、湿度、振動、環境などが考えられますが、詳しくは何も」
それ以降は文体の面々の中で毒味役を決めて鳥や魚を食べたり、それが意外にも美味しかったりなど穏やかな時間が流れた。