アムスタス迷宮#99 ウズナ-29
皇都に出現した四阿と同じように、その四阿の周囲はぽっかりと空いていた。まだ雪はちらついている。四阿の周囲にも雪は降っている。しかし、雪は積もることなく地面に触れると同時にかき消えていた。
「これは・・・・・・」
何か複雑な魔力が渦巻いていることもわかる。入ってきた時にはわからなかった流れも、ここで様々なものを見るうちに見当がつくようになってきた。だからこそだろう。ウズナ本来の特異体質ーーマナが見えることも相まって何がどのように働いているか、朧気ながらに見当がつくようになっていた。
一見すると地面には何も書かれていないように見える。しかし、ウズナはその地に流れるマナの流れをしっかりと捉えていた。四阿を中心として半径20ラツ(約40m)程度のマナが流れていた。その源流は四阿の中であり、水が高いところから低いところへ流れるようにマナの流れが出来ていた。そして外縁部分には紋様が刻まれており、その紋様から先にはマナは流れ出していなかった。
そのことから、外縁の紋様は結界のような役割を果たしており、それによって外界と四阿を区切っていると考えられた。また、四阿から流れ出しているマナに関しても無色のものではなく、ある種の指向性を持っているように見えた。
「この色の変化と流れから推測すると・・・・・・、このマナは『熱』への変換術式の効果を受けているのでしょうか」
それにしてはさらに何か付け加えられているような気もしますが。
そう呟きながらウズナはそっとマナに触れた。予想に違わず、マナは熱を持っていた。その熱は熱いとか暑いという範疇ではなく、春先の穏やかな陽射しのような暖かさを持っていた。そこから、先ほどの推測を改めた。単純に熱の術式を組み込んでいるのではなく、マナの広がる範疇の環境を固定するために術が編み込まれている。そうウズナは判断した。
(一先ず、害はなさそうですね)
そう判断し、ウズナは陣の中に足を踏み入れた。何もないとは思っていたが、万が一の可能性を考えずにはいられなかった。そのため、陣の中に足を踏み入れ、何も起きず、その兆候も見られなかった時は心底安堵した。そのままウズナは四阿の外周を調べた。
外周からは特に何か手がかりは見つからなかった。外の四阿と同じように緻密に掘られた紋様。その紋様を通るようにマナが流れ、何かしらの術式を完成させていた。その術の詳細についてはまだわからないものの、見覚えがあるものだった。ーー入ってくる時に潜った四阿のものと一致していた。
そのまま何周か四阿の外周を調べてみたが、紋様の位置や編まれている術式は見れば見るほどそっくりだという印象しか浮かんでこなかった。
「一先ず、ここを詳細に調べてからあの四阿のところに行きましょう」
記憶との比較では見間違いや勘違い、記憶の齟齬が発生しているかもしれない。そう考えてウズナは入ってきた時に使った四阿についても調査をすることを決めた。しかし、そのためには個々の情報をより一層調べなければならない。
そう考えると、ウズナは外観や組まれているもので理解が追いつく術式、理解が追いつかないものについては紋様のスケッチなどを取り始めた。その量は、詳細に記録を続けたため、あまり紙を持っていなかったことも相まってすぐに紙を使い切ってしまいそうになる程膨大なものとなった。
これ以上記録しようにも記録できない。しかし、気になる点や内容などをきちんと書き留めておかねば詳細な比較ができない。その矛盾に悩まされながらウズナは詳細に記録した。
両面を使ったり、文字の大きさを調節したりすることで、なんとか外景に関しては記録を撮ることができた。しかし、内部に関しては記録できる余裕はなさそうだった。
「とりあえず、中を覗いてみて一度戻りましょう」
中の様子も見ずに外観だけで判断するわけにも行きませんし。
そう考えてウズナは四阿の中に足を踏み入れた。
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四阿の中は入ってきたものと同じように床や柱の一面に紋様が刻まれていた。そして、中心には同じように石柱が設置されていた。
「転移先を判別するためには・・・・・・」
洞窟の奥深くで見つけた陣の中で、該当しそうな箇所及び紋様については頭に刻み込んでいた。だから、見ればわかるだろう。そう考えてウズナは紋様を探した。しかし、柱や床にそれらしき術式は見当たらなかった。
一か八かマナを流してみるか。
しかし、それで術が起動してしまったら。
その懸念によりウズナは行動に移さなかった。そして石柱に目を向けた時だった。
(これは・・・・・・)
石柱の上面に、他の文様と絡み合うように描かれており判別が難しかったが、それらしき紋様を見つけた。これを解読すれば、転移先がわかるかもしれない。ウズナは希望を胸にその術式の解析を始めようとした。
そして石柱の上面に手を置いた瞬間だった。
「しまっーー」
四阿の中が光だし、視界が奪われた。そして浮遊感を感じた。
この感覚には覚えがある。
と言うか、なぜ忘れていたのだろう。
なぜ認識していなかったのだろう。
これは、四阿に入ってから転移した瞬間に感じた違和感だ。
しかし、あの時はこんなに長く続くような感覚はなかった。こんなふうに視界が光に閉ざされることもなかった。浮遊感も一瞬のことだったように思われる。
けれども、今はその感覚が持続していた。
これに似た話を聞いた覚えがある。
(たしか、エムさんがここにくるときにそんな違和感を覚えたと言っていたようなーー)
そして、彼女の言う通りならば体感的にかなり長い距離を移動せねばならない。
ーーマナは今どうなっているのだろう。
ふとそう考え、ウズナは見方を切り替えた。次の瞬間、膨大な情報量にウズナは圧倒された。
「なんですか、これーー」
頭上にも足元にも左右にも前後にもあらゆるところにあらゆる別の魔力の流れが生まれていた。流れについても千差万別で、大河のようにゆったりと荘厳に流れているものもあれば、急流のように激しい勢いで流れているものもあった。曲がりくねっているものもあれば、真っ直ぐ流れているものもあった。
そう言った流れの中に囲まれていたが、ウズナが歩ける道は一つだけのようだった。何か透明な膜に覆われているかのように、他の魔力の流れには干渉することができず、ウズナは足元に輝いている魔力の流れに沿って歩くことしかできなかった。
この道を逆に辿れば戻れるのでは。そう考えて振り返り、戻ろうとしてみたものの、後ろに下がることはできず、前へ進み続けるしかなかった。そして歩き始めて間も無く、終端が見えた。しかし、その先の景色は光に包まれ何も見えなかった。
(こうなってしまった以上、自分でどうにかするしかありませんね)
そう覚悟を決めて、ウズナはその光の中へ足を踏み入れた。




