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箱庭の乙女は守りたい  作者: ISTORIA
第三章 学院エンカウント
7/19

03‐01:前途多難な新生活


 いよいよ護衛対象と対面し、警護の任務に就く日がやってきた。

 伊緒理の指示により、後継者の邸宅に住み込みで護衛しなければならない。

 つまるところ天ヶ崎家から離れ、常に警戒態勢を張る必要がある。

 天ヶ崎一家に見送られて、配給された最新型の携帯端末を片手に向かった。


「……ここかぁ」


 端末の地図を頼りに到着したそこは、立派な二階建ての一軒家。

 一般の住宅と異なり、空中庭園つきの建物は大きく、敷地もガラス張りの温室プールがあるほど広い。

 これから通う聖帝学院に近い立地とはいえ、南国に建てられた別荘のような建物が都会のど真ん中にあると異質に感じてしまう。


「ここに住むのかぁ」


 明らかに高級住宅を前にして、天音は気が遠くなりかけた。

 これまで一般人として生きてきたのだ。それが突然、上流階級の人間の住まいに居候(いそうろう)するとは誰が想像できるだろう。


「……はぁ。まぁ、行かないと始まらないよね」


 護衛として活動するのなら、この程度で気後れしては務まらない。

 早くも心労を感じてしまい、天音は疲れが滲んだ溜息(ためいき)()く。

 気を取り直し、携帯端末をウエストポーチにしまうとインターホンを押す。

 しばらく待つと、インターホンから『どちら様ですか』と少年の声が聞こえた。


「今日から護衛の任に就きます、天ヶ崎天音です。花咲伊緒理様のご指示で、こちらに住むよう伺っております」

『……は?』


 インターホン越しから胡乱(うろん)な声が聞こえた。

 思わぬ反応に、嫌な予感が過る。


「連絡は伝わっていますか?」

『……少々お待ちください』


 間を置いて言うと、声の主は通話を切った。

 人通りは少なくても道端に待たされるのは心細い。


「手違い……? いや、伊緒理さんに限ってそれはない……よね?」


 護衛に就く多くの異能者と模擬戦を行い、彼等に認められた後の事。


 ――「学院内部まで護衛する人は、私生活の中でも護衛を務めてもらいます。同居にあたって、部屋や生活環境はこちらで用意しますのでご心配なく」


 まさか異性と同居する展開になるとは思わなかった。だが、護衛として期待されている以上は誠心誠意をもって応えるつもりだ。

 とはいえ、早くも関係に溝ができそうな気がして頭痛を覚えた。


 二度目の溜息を吐いた頃、玄関が開く。

 意識を戻せば、眼鏡をかけた茶髪の少年が出てきた。

 理知的な眼鏡、白いシャツにストライプ柄のベストとスラックスを着こなす長身痩躯(そうく)

 秀麗な美貌は、どことなく警視総監・久遠寺清香に似ている気がした。


「天ヶ崎天音だな」

「はい。本日よりよろしくお願いします」


 軽く会釈して挨拶する。

 顔を上げると、少年が上から下まで視線を向けていることに気付く。


 本日の衣服は、開襟(かいきん)シャツと春物のベストにジャケット、伸縮性に優れたスラックス。

 すべて真新しいもので揃えた。使い古した衣服で仕事先へ出向くのは好印象を得られないと思っての配慮(はいりょ)だ。


「……及第点(きゅうだいてん)か」


 ぽつりと呟いた少年は、正門の柵を開く。


「入ってくれ。案内する」


 どうやら最初の関門は突破したようだ。

 肩の力を抜いて、天音は旅行鞄を片手に向かった。

 玄関に入ってすぐ、目を(みは)る。


 一般住宅ではありえない、大きなシャンデリアがぶら下がった玄関広場。階段の手摺にはアールヌーヴォー調の柵が取り付けられ、廊下でさえ三人が並んで歩ける広さ。

 靴を脱ぎ、室内履きで二階に上がり、リビングと思わしき広い部屋に案内される。

 黒いベルベットのソファー、大理石のような光沢が美しいテーブルに四脚の椅子。

 ひと際目を引く大画面の薄型液晶テレビは最新式だ。


 一般人である天音にとって、触れることさえ躊躇(ちゅうちょ)するほどの高価な調度品。

 緊張感が増す中、中庭側の壁に嵌め込まれた大きな窓ガラスに意識を向ける。


 中庭の景色を一望できる綺麗な一枚ガラスだが、ほんのり暗い色味を帯びている。

 よく見れば窓枠に不自然な溝が作られているので、天音は察した。


「……ああ、ミラーガラスね」


 無意識に呟くと、茶髪の少年が立ち止まる。

 慌てて踏みとどまると、少年が振り向く。軽く目を丸くし、何かに驚いた様子だ。


「判るのか? あれがミラーガラスだと」

「え? ああ、はい」


 ミラーガラス自体、何度も見たことがある。知識にもあるため、どうして花咲家が管理する別邸に取り付けられているのか理解できた。


「花咲家が建てた家なら、見栄えだけではなく防犯にも優れているはずですから。こんなに大きな窓だと外から様子が筒抜けになってしまうので、ミラーガラスで昼間は見えないように保護していると思いまして。あとは……そうですね。防弾機能も(ほどこ)しているはずですから、夜間のミラーガラスのデメリットも対策されているのでしょうか?」


 ミラーガラスは、片面からの光を反射することで片面を透過させる。明るい場所と暗い場所の間に置けば、明るい側からは鏡となり、暗い側からは半透明な窓となる。

 昼間の室内は外の景色が見え、夜になればミラーガラス以外の仕掛けが稼働するように仕込まれているのだろう。防弾機能も施されているはずだ。


 すらすらと述べる天音に、少年は驚愕とする。

 軽く口を開いて固まった様子に、天音は首を傾げる。


「あの……間違ってました?」

「……い、いや。天ヶ崎の言うとおりだ」


 動揺が見受けられる少年の反応から、衝撃が抜けきるまで時間がかかりそうだ。


「ふっ……ハハッ」


 不意に、部屋の奥から笑い声が聞こえた。

 顔を向ければ、見覚えのある少年が壁に寄りかかって立っていた。


 襟足が長い漆黒の髪。切れ長で金色が入り混じる橙色のアースアイ。日本人らしくもはっきりとした鼻立ちから、凛々しくも柔和な印象を持たせる眉目秀麗な顔立ち。

 モデルのような長身瘦躯が纏う衣服は、シンプルながら清潔感のある開襟シャツとジーンズ生地のズボン。装飾の(たぐい)は身につけていない。


眞人(まひと)がそこまで驚くところは初めて見るよ」


 一頻(ひとしき)り笑った少年の言葉に、眞人と呼ばれた茶髪の少年が無表情を取り(つくろ)う。


「でも、確かによく見ている。一目でそこまで見抜いた護衛は初めてだ」


 少年は壁から背中を離し、天音の前へ歩み寄る。


「花咲凪祇だ。これからよろしく」


 友好的な微笑で名乗り、右手を差し出す。

 馴染みのない握手を求められ、天音はぎこちなく握手を返す。

 ただし、凪祇と違って力は込めずに。


「天ヶ崎天音です。よろしくお願いします」


 簡潔に名乗って手を放すが、凪祇は手を放さず握ったまま。


「……ふぅん?」


 意味深な笑みを浮かべる凪祇。

 天音は不穏な何かを感じ取り、咄嗟(とっさ)に引き抜こうとする。

 しかし、凪祇はその手を強く引き寄せ、唇を落とす。

 手の甲に当たる柔らかな感触に、天音の口端が引きつる。

 反射的に歪んだ表情を見て、凪祇は怪訝(けげん)な顔をする。


「なんでそんな虫を見たような顔をするんだ?」

「虫に失礼ですね。汚物(おぶつ)と訂正してください」


 本音を言えば、ぽかんと口を開ける凪祇。その隙に手を引き抜き、溜息を吐く。


「私は護衛ですが、そういう嫌がらせは嫌いです」


 天音は主従関係ではなく、ただの護衛として適度な距離を保ちたいと思っているのだ。だからこそはっきりと意思を言わなければ下に見られると直感が告げる。

 そして、その(かん)は当たっていた。


「……へえ。君、面白いな。初対面でそこまではっきり言える護衛は初めてだよ」

「ご不快でしたら、私以上の異能者を探してください。私の解任を判断するのは伊緒理さん……失礼、花咲家のご当主様ですから」


 つい慣れた呼び方で凪祇の父親の名前を出してしまう。

 咄嗟に口を(つぐ)んで訂正すると、凪祇は目を瞠る。


「父上を名前で呼んでいるのか?」

「……名前で呼ぶようにと言われたので」


 気まずそうに視線を()らして答える。

 天音は父である伊緒理に気に入られた護衛であると凪祇は察した。

 これまで通り護衛に就いた者達とは一味違う、と。


「君は、どういう理由で俺の護衛に就いたんだい?」


 新しい護衛と対面した際、必ずする質問。ほとんどが「凪祇様をお守りしたい」と上辺だけの世辞や、多額の報酬が目的の者が多かった。

 だからこそ、凪祇の対応と護衛の過酷さに一年も続かなかった。


 しかし、天音は――


「私の存在が知られたからです。本当ならひっそりと生きるつもりでしたが、知られたことで天ヶ崎家の立場が危うくなったので、最善である護衛を選びました」


 つまり、凪祇が天音の存在を告げ口したから。

 本来の計画では国立聖帝学院に編入し、卒業後は表社会に出ることもなく異能を隠して生きるつもりだった。それが凪祇の行動で破綻(はたん)したのだ。


 天音の望む将来を潰したのだと、凪祇は理解した。


「まぁ、それだけではないですけど」

「……どういう意味?」

「花咲家のご当主様に願われたからです。貴方を護ってくれと、頭を下げて」


 最初の対談で退室の際に、伊緒理に頭を下げられたのだ。


 ――「凪祇をよろしくお願いします」


 手を抜くつもりは無いのだが、伊緒理の想いを感じたからこそ真剣に取り組もうと思った。

 ありのままの事実を答えたのだが、凪祇は衝撃を受けた顔から感情が抜け落ちる。


「嘘じゃないだろうな」


 凪祇は、実の父親がそこまでするとは想像がつかない。それは幼少期からの境遇と、今まで見てきた伊緒理の態度が理由だった。

 しかし、天音は凪祇が見てきたものを知らない。だからこそ言えた。


「本当です」

「信じられない」


 (かたく)なに否定する凪祇だが、天音は現実を告げる。


「貴方が彼をどう思っているかは知りませんが、貴方は愛されています」


 嘘が感じられない言葉に、眼差しに、苛立ちを感じる。

 凪祇の目付きが鋭くなる。それを見た天音は、そっと目を伏せた。


「それも、実の親に」


 次にこぼされた、含みのある言葉。

 目を閉じた天音は胸の痛みを押し殺そうと拳を握り締めた。


「……話は以上ですね。私は宛がわれた部屋に向かいます」


 凪祇の後ろに控えている茶髪の少年に視線を向けて、小さく頷く。


「案内をお願いします」

「……わかった」

「では、失礼します」


 軽く一礼して、天音はリビングから出た。

 残された凪祇は、深く息を吐き出す。


「……君に、俺の何が分かる」


 こぼされた声に(いきどお)りが入り混じる。

 同時に、気になってしまう。


「何なんだ、あの子」


 最後に見た天音の表情が脳裏にこびりついた。

 まるで傷ついた心を押し殺すかのような――。




 リビングから出た天音は、案内された部屋に入る。

 天ヶ崎家の寝室の二倍はあるだろう室内には、寝台や家具が完備されている。

 天音の好みが把握された内装で、どれも真新しく最新のものばかり。


 護衛によって内装が変わっているのかと思うと、花咲家の財力に(おのの)く。


「案内ありがとうございました。えーっと……」


 そういえば名前を聞いていないと思い出す。

 茶髪の少年も同様に気付き、名乗った。


「久遠寺眞人。凪祇様の近侍(きんじ)として、身辺警護や情報収集、生活のサポートをしている」

「……ああ。清香さんの息子さんって貴方でしたか」


 伯父の友人である警視総監と同じ名字だと、天音は気付く。

 小さな呟きを拾った近侍・眞人は無表情を崩す。

 花咲家の当主だけではなく、警視総監の母とも親しげなのだ。驚いて当然だった。


「生活のサポートということは、花咲様の食事は主に久遠寺さんが作っているのですね。なら私は自分で用意するということでしょうか?」

「できればそうしていただけるとありがたい。護衛の生活費は決まっている。よく考えて工面してくれ」


 予想していた通り、護衛は自給自足のようだ。ただし生活費は一律で提供(ていきょう)してもらえるようで安心した。


「了解。荷解きが終わったら、今後の予定について話し合いたいです。いいですか?」


 天音の質問に、眞人は意外そうに眉を上げる。

 器用な仕草に、天音は首を(かし)げる。


「何か?」

「……いや。これまでこちらが言わなければ、話し合いはしなかったのでな」

「え。……それは……お疲れ様です」


 今まで不真面目な護衛が就いていたのだと知り。天音は微妙な気持ちで顔をしかめた。


 言葉に困りながらも(いたわ)りの一言を贈ると、眞人は衝撃を受けた顔で固まった。

 何に驚いたのか理解できなくて戸惑う。そんな天音を見て、眞人は力無く笑った。


「お前はマシそうだ。凪祇様のために尽力してくれ」

「もちろんです。話し合いは一時間後……いや、三〇分後でいいですか? 私の昼食の支度もありますし」

「ああ。では、三〇分後に来る」


 そう言って眞人は部屋から出た。


「――さて」


 気配が消えて、天音は部屋の中を再度確認する。

 上質な寝具に家具、片隅にはウォークインクローゼット、壁際の机には本格的な護衛専用のコンピューター。

 ウォークインクローゼットの床に(ふた)があり、開けてみると床下収納庫ではなく、地下シェルターだった。しかし避難所には程遠く、学校の講堂並みの広さで頑丈な造り。


「なるほど。ここで異能の訓練をするのね」


 非常口も通気口もついているので、脱出と酸素に関しては問題ないと判断する。

 再び部屋に戻ると、旅行鞄の中身を箪笥に入れ、ウエストポーチにしまっているものを出すと、思い思いに設置する。


 ちなみに大判の書籍程度の横幅と文庫本程度の縦幅のウエストポーチは、珠那が『祝福物作成』によって作った四次元空間が搭載されている。

 物体の質量・体積を超える収納能力に加え、取り出す際には目録画面が表示し、取り出したい収納物を指定することができる優れモノ。

 旅行鞄に入らないものは全てウエストポーチに入れられるので、わざわざ費用を割いて輸送会社に頼らなくてもいい。


 内装・設備の確認や模様替えもそこそこ完了し、壁にかけられた時計を見ると十時半と表示していた。


「そろそろかな」


 もうすぐ三十分が経つ。

 ふと、部屋の外から気配を感じて開ければ、扉を叩こうと手を前に構えた眞人がいた。


「時間ですよね? どこで打ち合わせします?」


 無表情で硬直した眞人に何気なく尋ねる。

 眞人はハッと我に返り、動揺(どうよう)を悟られないように軽く咳払い。


「リビングだ。凪祇様もご同席する」

「了解」


 先程のやりとりもある。気まずくならないように気をつけよう。

 天音は心に留めて、眞人に連れられてリビングに向かった。


「意外と早かったね」


 リビングのコの字型のソファー、その中央に凪祇が座っている。

 剣呑な雰囲気が消えている表情を見て、内心では安堵(あんど)した。


「立っていないで座ったら?」

「では、失礼します」


 凪祇に(うなが)されて、彼の右側の一画に座る。

 すると、凪祇に感情の読み取れない眼差しで見つめられた。


「……今後の予定ですが、お聞きしてもいいですか?」


 不可解な視線だが、今は仕事に集中しようと意識を正す。

 天音が切り出すと、秘書的な立場にある近侍の眞人が説明した。


「天ヶ崎の役割は、主に身辺警護。凪祇様の私生活を含む日常に同行することになる。学院内や公の場では敵味方が混交している。凪祇様の害になる者は遠ざけ、敵は排除してくれ」


 簡単に言うが、人を見る目を養っていなければ困難である。

 特に天音は人間関係の構築が苦手で、人の良し悪しを一目では判断できない。

 しかし、天音には頼もしい『家族』がいる。彼等なら誰が危険人物なのか判断できる。

 とはいえ、危険人物の種類は幅広い。


「敵は海外の間諜(スパイ)や誘拐犯、国内外の犯罪組織、人道を外れた異能研究者、欲深い権力者……その中には一般の女性も含まれますか?」


 指を折り曲げて思いつく敵を挙げていき、一番面倒だと思う対象も念のために含める。

 天音の質問に、眞人は言葉を詰まらせる。

 対する凪祇は笑顔を見せる。心の内を悟らせない、仮面のような笑み。


「できればそうして欲しいな」

「わかりました。ただ、女性関係で得られる情報もあると思います。その場合は排除ではなく利用する方針でも構いませんか? 中には花咲様でなければ得られない情報もあります。相手の下調べはもちろんしますが、花咲様のご協力は無しの方がいいでしょうか?」


 天音の提案に、これには凪祇も笑みが消えた。

 信じられないものを見る目で凝視し、言葉を失う。

 天音の向かい側の座席に座っている眞人でさえ、無表情のまま唖然としてしまった。


「……あの……返答は?」


 天音自身、冷徹(れいてつ)な発言をした自覚はある。理解しているからこそ気まずそうに問う。

 その一言で逸早(いちはや)く我に返ったのは凪祇だった。


「それは……できれば協力するよ。無理な相手なら拒否するけど」

「ありがとうございます。無理強いはしませんので、ご安心ください」


 言質は取れたが、協力の交渉は天音次第。それでもある程度の調査が楽になりそうだ。


「あとは異性としてご同行できない場所もありますが、そちらは久遠寺さんにお願いします。とはいえ要所では〝眼〟をつけますので、危険だと判断したら行動します」

「ああ、任せてくれ」


 一番の懸念は、異性としての壁。例に挙げるなら大衆浴場といった公衆の施設である。

 流石に異性として同行できないので、凪祇と同性の眞人に任せることにした。

 眞人が真剣な顔で頷き、天音はほっと一安心。


「〝眼〟って、君の異能?」


 凪祇が天音の発言の一部に反応する。

 彼の質問に、天音はあることに気付く。


「確認していませんか? 当主様との面談後に異能特務管理局で更新しましたけど」


 護衛が決まったその日に調べていると思っていた。その気持ちで眞人に訊くと、彼は視線をさまよわせた。


「ああそうだ。護衛の知らせについては、眞人は知らなかった。ちょうど休暇だったし、俺も教えそびれていたから」


 悪びれもない笑顔で、凪祇が代わりに答えた。

 天音は察した。……(わざ)とだと。


「次からはメールでお知らせをお願いします。報連相は大事ですから」


 呆れが込められた溜息とともに言えば、凪祇は笑顔を固める。


(不快になるくらいなら、ちゃんとすればいいのに)


 これでは今まで担当してきた護衛も苦労してきただろう。そんな心境で天音は告げる。


「私の異能は【守護者】。超越系創造型で、異能生命体を創造します。その時の希望によって(そな)える能力は違います。現時点で守護者は八人……いえ、八体です」


 本来は世界型だが、砂漠地帯から一粒の砂金を探すに等しい希少さから、花筐(はながたみ)退魔局の総督だけではなく、警視総監と花咲家当主の意向で創造型に等級を落とし、捏造した。

 それでも破格の異能なので、護衛として差し支えない。特殊系召喚型でも良かったが、凪祇と同じ教室に在籍するために多少の釣り合いがとれるように配慮した結果だ。


「君は自分の異能を〝人〟として扱っているんだ」


 少し勿体無く思いながら訂正すれば、凪祇に指摘される。


 どことなく異質なことだと言っているように感じる。

 だが、実際その通りだ。


 通常、異能は個人が保有する能力として完結する。そこに自我があったとしても、異能者にとって道具でしかない。中には相棒と意識する異能者もいるが、根底はやはり「自分の力」。どれだけ対等の意識を持っても、結局のところ「自分に具わって当然の特殊能力」。「どう扱おうが自分の勝手」であり、「力は振るうもの」だと主張する。


 天音は、その思想は間違っているとは言わない。むしろ当然の一般論で、自分自身が持つ意識は異端なのだと自覚している。

 だからこそ()えて言う。


「疑似的な命でも、自我を宿し、意思をもって自由に振る舞う。それはもう生き物でしょう」


 自由意思を持って自律的に活動できるなら、ただの異能(ちから)ではなく新たな知性的生命体。

 自分の異能はそういうものだと教えるが、凪祇は食い下がる。


「だが、結局のところ異能だろう?」

「そうですが、何か?」


 当然のことを言われ、天音は首を傾げる。

 きょとんと不思議そうな表情を見て、凪祇は続けようとした言葉を出せなくなった。


「守護者は私の異能で創造した疑似的な命ですが、新種の生命体でもあります。それを単なる異能と片付けるなんてナンセンスです。侮辱(ぶじょく)にも程があります」


 言葉の中に毒を混ぜ、刺々しく訴える。

 言い負かされて面白くなさそうな凪祇の苦笑に、天音は嘆息。


「そもそも意思を持つ異能は信頼関係が必要になります。関係が破綻すれば、異能に殺されても不思議ではありません」


 天音の説明に、ギョッと目を見開く凪祇と眞人。

 自分自身の異能に殺される末路は歴史上の記録に残っていない。


 ――人類が残した記録には。


 (さかのぼ)れば、記録から取りこぼされた異能も数多く存在するのだから、なんら不思議ではない。


「彼等は確かに生きて、存在している。私の『家族』を貶めるのであれば、私も貴方との関係を改めさせてもらいます。貴方も平穏無事に生活したいでしょう」


 冷たい眼差しに威圧を込める。殺意すら感じられる冷徹な瞳に、凪祇は硬直した。

 主人に向けられた敵意に看過(かんか)できず、眞人は動こうと体に力を込める。

 しかし、その前に天音はきつく目を閉じて深呼吸し、心を静めようと努める。


「……失礼。どうも私は、彼等のことになると沸点が低くなる」


 自分で言って、力無く笑う。


「まぁ、大切な『家族』を(けな)されて平気でいられる神経の方が異常か」


 大きな独り言として自分に言い聞かせ、感情を〝落着〟させる。

 冷静を取り戻して顔を上げれば、凪祇は気まずそうな顔をしていた。


「失礼しました。それと注意事項として、私に敵意をもって害すると彼等が黙っていないので気をつけてください。私でも止めきれない時があるので」

「……わかった」


 最後に釘を刺して切り上げると、凪祇は重々しく頷いた。


「あとは久遠寺さんの異能【精霊師】ですね。確か精霊を使役する魔術型だとか」

「それは母さん……警視総監から聞いたのか?」

「いえ、清香さんからは何も。花咲様の側近なので事前に調べました。顔写真は秘匿(ひとく)されていたので、一目では気付けませんでしたが」


 清香ではなく伊緒理から側近の存在は聞かされていたが、詳細までは語られなかった。だから情報収集に長けた大人の護衛にオンラインによる情報収集の技術を学んだ。

 僅か数日で技術を習得できたのは、従兄・光輝から工学の基礎を教わっていたおかげ。習得できた翌日に謝礼の品を贈ったのは記憶に新しい。


「記録には風と大地の精霊の力を主に頼っているそうですが、火や水の精霊は?」

「頼る……?」


 眞人は無表情から怪訝な面持ちへ変わる。

 その反応に、天音は嫌な想像が浮かんだ。


「まさか……精霊と正しい関係を築いていないのですか?」


 今世では霊的な存在を知覚する能力に長け、【希望の箱庭】を行使してから視認できるまで才能を磨けた。精霊の存在も確認しているので、意識すれば眞人が精霊からどの程度好かれているのか視れる。


 失礼を承知で意識すれば、眞人の周囲にいる精霊は下位の風精・地霊が片手で数える程度。

 異能自体は上等なのに、これでは宝の持ち腐れ。

 凪祇の近侍として残念すぎると、無意識に顔をしかめてしまう。


「何だ、その残念なものを見る目は」


 我慢できず眞人が言えば、天音は一つ深呼吸。


「久遠寺さん……貴方、異能を十全に扱えていません」

「なっ! ……何を根拠に言っている?」


 思わぬ指摘に不快感を面に出すが、思い当たる節があるのか声を荒らげない。

 薄々自覚があるのかと思いながら、天音は説明する。


「精霊は自然界の超自然的エネルギーを具現化した霊的な存在。当然、意志を持ちます。それを頼るのではなく従えるという乱暴な意識で異能を行使すれば反発が起きます」


 天音がまずそこに失望した。

 精霊の存在を誤解しているだけならまだしも、強引に従える意識の下で異能を行使しているのだと察し、残念な気持ちが込み上げる。


「太古の日本人は自然崇拝を根幹とする精霊信仰により、自然と上手に向き合っていました。【精霊師】という異能は、神霊を(まつ)ることで力を行使する天皇家の異能と同系統の神職に関わる異能です。ちゃんと正しく精霊と付き合えたなら、聖人型か、あるいは神威型に化けるポテンシャルを持っています。証拠に、今の久遠寺さんの周りにいる精霊は下位。自我を持って十数年程度……といったところでしょうか。中位精霊は確固たる意思と嗜好(しこう)、上位精霊は気位が高く矜持(きょうじ)を持つ者が多いので、現時点の久遠寺さんでは力を貸してくれるかどうか……」


 彼の周囲に専門職はいなかったのだろうか。少しの助言を出すこともなく、今まで強引に精霊の力に頼っていたのだとしたら、関係の修復から始めなければいけないだろう。

 このまま護衛に就くと大変そうだと思案しつつ、天音は助言を出す。


「清香さんの人脈に頼り、神職に(たずさ)わる異能者から、精霊への理解を深めてください」

「……了解した」


 眞人は固くなった表情で頷く。


 久遠寺眞人は一級異能を持つ『二級異能者』だが、凪祇の近侍ということで特殊系の中で一級・特級異能者専用のS組の学級に在籍している。

 生徒の数は少なく、それ故に実力者揃いの中で、伸び代があるからと学校側の甘い措置で許されているが、S組で最も弱い異能者と見做(みな)され、「親の七光り」と扱われている。


 個人情報から生真面目だが頭が固い性格だと印象を持っていたが、凪祇の近侍に相応しくあろうと努力を怠らない姿勢は好ましい。

 この春休み中に多少は成長してくれることを祈ろう。


「君、創造型の異能者なのに、精霊が見えるのかい?」


 不意の指摘に天音は思い出す。普通の人間は霊的な存在を目視できないと。

 凪祇が違和感を覚えて当然なので、話せる範囲で答える。


「意識すれば視えます。異能を初めて使った時、元々あった霊感が強くなったので。普段は視ないように意識を切り替えています」


 常に視える人は人外に襲われやすい。ただでさえ(なつ)かれやすい体質の天音では、誘蛾灯(ゆうがとう)や花の蜜に群がる虫のように寄ってくる。

 目視できない人間にとって奇行に映ってしまう。だからこそ意識から外れるように自力で切り替える訓練したのだ。


「一応言いますが、久遠寺さん。何らかの道具を(あつら)えても、道具に頼りすぎるとその程度の異能者だと上位精霊に見做されます。地道ですが、応援しています」

「あ、ああ……その、ありがとう」


 多少なりとも助言くらいなら出せるだろう。

 そんな軽い気持ちで応援すると、眞人は虚を突かれた表情で礼を言った。

 天音も感謝の言葉を返されるとは思わなくて驚いたが、胸の奥が温かくなる。


(やっぱり、「ありがとう」って言葉は偉大だなぁ)


 言葉一つで感謝の気持ちが伝わり、心を和ませる。


 自然と(まなじり)が下がり、柔らかくなった天音の微笑に、二人は息を呑む。

 機械的で冷たい印象を与える態度から、血の通った人間らしさを見せたのだから。


「……なら、眞人の訓練する時間を設けた方がいいね」


 眞人の異能者としての能力向上のために修行の期間が必要だ。

 学院での眞人の境遇を見てきたからこそ、伸び代があるなら能力値を鍛えるべきだと、凪祇は判断する。


「となると、世話役は機関から新しく雇います?」

「いや、凪祇様の近侍は俺の役目だ。誰にも(ゆず)る気はない」


 眞人は断固拒否するが、天音は提案した利点を挙げる。


「あくまで世話役です。食事や給仕だけではなく、掃除洗濯といった家政婦は負担を軽くしてくれると思いますし……いや、そう簡単にはいかないか。警察庁も国家組織だけど、一枚岩とは言い切れない面もあるだろうし……無理ね」


 自分で提案したが、得策ではないため没案に片付ける。

 残念な気持ちで(ひと)()つ。しかし、それを聞いた凪祇は良い笑顔を作る。


「君がやればいいんじゃないかな、家政婦」

「……はい?」


 凪祇の発言に、天音は目を丸くして胡乱な声を出す。


「いや……私は護衛であって家政婦ではないのですが」

「俺の護衛は君の守護者に頼めばいいじゃないか」


 簡単に言うが、凪祇は大切なことを忘れているようだ。


総合百貨店(ショッピングモール)の件で、あの子達の貴方に対する感情はマイナスなんです。私の頼みなら多少は吞み込んでくれるはずですが、当たりが強いと思います。良好な関係を築くなら、一筋縄ではいきません。あと、あの子達を普通の人間と同列に扱わないでください。あの子達は人の感情を読み取ることに長けています。上辺だけでは余計に不信感を与えます」


 溜息混じりで忠告すれば、凪祇はにこやかな笑顔を(あや)しげに変える。


「俺が上辺だけで付き合うとでも?」

「それです」


 人差し指を立て、天音は指摘する。


「社交性のある自分なら大丈夫。善意をもって関わればいい。所詮(しょせん)異能で(つく)られた命だ。――その程度の人間が嫌悪の対象なんです。特に自分に好意を持たない人はいない、自分に従って当然と思っている人間は唾棄(だき)するほど。さらに言うなら、人を利用して他人を傷つけるような人間は憎悪を(いだ)く」


 天音の指摘は的を射ていた。特に最初の三つは確実に考えていたのだから。

 思考を読まれているように感じて、凪祇はゾッと鳥肌が立つ。

 同時に、具体的な言葉に疑問を持つ。


「そういう人と関わったことがあるのかい?」

「はい。だからこそあの子達はその手の人間を嫌い、辛辣(しんらつ)な態度をとります。悪意をもって私を傷つけるなら、私が止めなければ殺すことも(いと)わない。……だから大変なのよね」


 殺人の可能性も無くはないのだと言われると、これ以上は無理を言えない。だが、最後の嘆息で天音は人殺しを良しとしない意思を持っているのだと感じる。


「けどまぁ、料理ぐらいなら私の食事のついでに作れますので、夕飯なら担当できます。夕飯の買い出しの間も、護衛の守護者をつけましょう。それで構いませんね?」

「……今の話を聞いてそれは……」

「多少の関係は構築しておきましょう。態度を(いつわ)らなければ済む話ですし」


 簡単に言ってのけるが、凪祇は頬を引きつらせる。ここまで自分をかき乱され、そのうえ主導権を奪われるのは初めてなのだ。

 国の重要人物である花咲家の立場、守られる側としての優位性が崩れていく。


「それにご自分で希望しましたよね? 守護者を護衛に就ければいいと」


 口は(わざわい)の元――それを初めて実感した。



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