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箱庭の乙女は守りたい  作者: ISTORIA
第二章 箱庭ワールド
6/19

02‐03:正式な依頼

申し訳ございません! 『国家公安警察・日輪』の読み仮名を間違えてしまいました!

正しくは『日輪:ひのわ』です。


今後とも【箱庭乙女】をよろしくお願いいたします!




 理想的な人材だが、清香は召喚型異能者にありがちな不安要素の有無を確認した。


「天音は自分の異能生命体……守護者と良好な関係を築いているのか?」


 召喚型の異能は、『幻想種』と呼称される「人ならざるもの」――異界に住む人外との「約定」や「幻想種側の意思」に基づく「契約」によるものと、異能者の願望と趣味嗜好などの深層心理に反映された疑似的な生物――「異能生命体の創造」の二通りが一般的。


 土地に根付いた神話や史実といった歴史から発生する幻想種と異なり、異能生命体は創造主である異能者を第一に優先する。

 しかし、自分の異能によって生み出されたからといって蔑ろにすれば異能生命体であっても心を壊し、創造主の手を噛む事例も少なくはない。


 清香は警視総監を輩出する警察官の家系であるからこそ、その手の揉め事で命を落とした召喚型異能者の末路を看取(みと)ったこともある。

 増長して幻想種への(あやま)った認識で粗雑(そざつ)に扱った結果、他者より弱いからと異能生命体を軽んじて(しいた)げた結果、自身の異能に殺されることも少なくはない。


 鎖国体制が解体され、時世の移ろいによって礼節を重んじてきた日本国民らしからぬ善性の欠如(けつじょ)が目立ち始めた現代では、健全な精神性を持つ者が減った。

 神職に(たずさ)わらずとも神霊・精霊・妖怪といった幻想種と親しみを持ち、契約に至った異能者が多かった時代に比べ、文明開化に伴い、階級闘争が激化した時代から真っ当な召喚型異能者が生まれにくくなっていると歴史資料から分析された。

 現代まで縁を繋げ続けて幻想種との契約が可能な家系は明らかなほど減少したのだ。


 希少価値が高く優秀なほど傲慢になる人間が多い時世だからこそ、天音は自ら生み出した守護者達との関係を心配した。

 個を優先しすぎて蔑ろにされた他の守護者に恨まれていないか。天音が主人であることに不満を抱き、排除されそうになっていないか。

 確立した自我が強いほど起こりやすい問題点を思い浮かべた清香だが――


「もちろん、家族だから」


 即答した天音から笑顔が浮かんだ。

 それはまるで、見る者の目を、心を奪う大輪へほころぶ花蕾の様――。

 とても満ち足りた笑顔を見せられた清香は、その美しさに息を呑む。


「いつも私を助けてくれて、想いに応えてくれる。私を心から慕って、愛してくれる」


 語りながら胸に手を当てれば、じわりじわりと熱が広がる。

 温かくて、それでいて切なさのある熱を感じながら、天音は独白する。


「それと同じくらい、私も彼等を愛している。昔は我慢を強いて心苦しかったけれど、自由になった今、彼等も自由意思を開放できる」


 秋篠家での虐待は守護者の心を傷つけ、罪悪感に(さいな)まれた。それでも彼等は天音の意思を()み、心から支えて、愛してくれた。

 天ヶ崎家に救われてからは、のびのびと楽しんでいる。人間と変わらない自由をもって生を謳歌する姿に、改めて自由への喜びを実感し、幸福感で満たされた。


「私も彼等と同じくらい、彼等の幸せを願っている。家族であり、対等の存在として認め合っているからこそ、私達の絆は壊れない」


 穏やかな笑顔は、決して()れることのない泉の如し慈愛に満ち溢れていた。

 まるで、すべての子を愛する聖母のような――そんな温もりが伝わってきた。


(――嗚呼。これが美しいということか)


 心の底から感じ入り、自然と胸の奥が熱くなる。

 清香と伊緒理は、自分が無意識に微笑んでいることに気付けなかった。

 それ故に二人の柔和な笑顔を見た明は、驚きのあまり目を丸くする。


「……伊緒理はともかく、清香のそんな顔は初めて見たぞ」


 明の感想がこぼれ、清香は我に返り、じろりと明を睨む。


「お前はいつも一言余計だ。少しは空気を読め」

「仕方ないだろう。まあ、天音だから当然か」

「それは同意します」


 清香の文句に返した明の発言に、伊緒理は力強く頷いた。

 何故だか自分への評価が上がった気がすると、天音はほのぼのと眺めながら感じる。


「まったく。話を戻すが、天音はどれくらい守護者を持ちえるんだ?」

「私が必要と心から願った時に生み出されるから、上限はないかと。六歳に異能を初めて発動して一人、虐待から心を守るために一人、魔物対策で三人、建物が欲しくて一人、天ヶ崎家に引き取られてから二人。……今は八人ね」

「ん? アリエルは猫だから〝一匹〟じゃないか?」

「ケット・シーは妖精だから、変身すれば人間になれる。翠蓮もそう。それと守護者は分類学上では異能生命体だから、正式には〝八体〟と数えなければ」


 ああ、そういえばそうだった。と明は思い出す。

 質問した清香は小さく(うな)り、二人の会話に伊緒理は驚愕のあまり目を丸くする。


「上限がないということは、まだ創造が可能なのですか?」

「ええ。私が心から必要だと願えば」

「……それは驚異的ですね」


 伊緒理の感想に、明も清香も首肯する。

 独自の能力を持つ人外の存在をいくらでも生み出せる。望むなら軍隊となるまで増やすことも可能だろう。

 けれど、天音の優しい性分を考えれば、そこまで望まないだろうとも思う。


「桜華さん。貴女の『浄化』はどれほどの力がありますか?」


 神威型に分類される浄化に特化した異能者の家系に生まれた伊緒理の立場上、そのまま放置しておけない案件だ。

 どれほど威力を誇るのか訊ねると、桜華は悠然(ゆうぜん)たる姿勢を崩さず答えた。


「実際に見てもらうと良いのですが、生憎手元に魔核がありません。口頭でご説明させていただけるならば、これまで退治した全ての魔物の魔核をわたくしが浄化しておりました。花筐退魔局に送る手もありましたが、主様の存在は秘匿する方針でしたので」

「では、どのようにして浄化の力を得たのです?」


 世界樹の大精霊なら、【希望の箱庭】全域へ自浄作用を(うなが)す力があるのだろう。

 けれど伊緒理は、それだけではないと感じた。

 思い切って指摘すると、桜華から柔和な雰囲気が消えた。


「もとは主様がお心を病まぬことを願い、その願いに応じて治癒と浄化の力を授かりました。暴力や育児放棄は日常茶飯事。ある時期を機に病に罹っても放置され、手当すらされなくなりました。それ故に主様はお心を壊さぬよう、人としての道徳心と倫理観を捨てぬよう、憎しみで他者を傷つけぬことを願い、神威にも等しい治癒と浄化の力へ昇華しました」


 淡々と語る桜華の表情は無機質なもの。それは当時の怒りを面に出さないよう感情を抑え込んでいるからだと察する。

 天音にそっと手を握られた桜華は、衝動的に天音に抱きつく。

 柔らかな手のひらで優しく頭を撫でられると気持ちが落ち着き、深く息を吐き出す。


 清香と伊緒理から見て、疑似的な命とは思えない、一般的な異能生命体と似ているようで、人間らしい感情と自由な意思を持っている。

 人格も作られたものではなく、自然と芽生えたものだと思える自然体な振る舞い。

 まさに人間に等しい存在なのだと実感した。

 同時に、天音の受けた虐待の度合いを突きつけられ、胸が痛む。


「天音は奴等を憎んでいるのか?」


 今後、花咲家の依頼を受けるにあたり、聖帝学院で実の妹と遭遇する機会もある。不要な感情を持ち込み、仕事に支障が出る可能性もありえなくない。

 そんな清香の懸念(けねん)に、天音はあっさりと答える。


「別に。それがあの人達だから。桜華のおかげで、そういう感情は昇華できている」


 正常な心を守るために、憎しみを感じないよう心を封じてきた。だが、それは人として当然の情緒を育てる機会を失うことに等しい。

 正常を願いながら正常から離れ、常人と異なる(いびつ)なものを自ら植えつけた。そうすることで心を守ってきたのだと理解して痛ましく思う。


 しかし、だからこそ心を殺す術を体得できた。

 護衛の仕事に必要な素養。他者を傷つけ、時には殺す事態もあるからだ。

 心を殺す術が身についているのであれば、状況に応じて非情な行動もとれる。しかし同時に罪悪感を捨てず、倫理観を保つことのできる強靭(きょうじん)な精神力も不可欠。


 異能にしても、個人の能力にしても、在り方にしても、彼女ほどの適任はいないだろうと伊緒理は判断した。


「その異能、その在り方は理解しました。だからこそ君に頼みたい」


 伊緒理は姿勢を正して、真っ直ぐ天音を見据える。


「天ヶ崎天音さん。君に僕の息子、凪祇の護衛を依頼します」


 改まった態度で告げた。彼の真剣な眼差しに、天音は浅く息を呑む。


「期間は天音さん以上の能力を持つ者が現れるか、僕が必要とするまで。期間中の給金は日当で計算し、月初めを給料日とします。解任後の報酬は、一年続けば一千万円、大学を卒業するまで続けば十億円、希望する就職先への斡旋(あっせん)、天音さんの名義で一等地に家を建てます。ただし一年も続かなければ、働きに応じて報酬は一千万円以下です」


 破格の報酬に度胆を抜く。しかし、一人の人生を護衛に(つい)やすのであれば、用意されて当然のものであると考えられる。


 とはいえ、天音が求める条件が入っていないと気付く。


「他に求めるものはありますか?」

「ええ。秋篠家の人間が害悪を向けた際、厳正に処罰していただきたい」

「……厳正に?」


 普通なら排除を望むだろう。過激な行動なら、秋篠家の人間を聖帝学院から退学させる条件を出されてもおかしくはない。そうするように働きかけても良い。

 しかし、天音は「厳正な処罰」を望んだ。

 説明を促せば、天音は目を据わらせる。


「おそらく彼等は今でも私を下に見ているでしょう。妹を立てない、異能を扱えない不出来な姉として虐待した。異母妹もまた、(しつけ)と称して私が虐待されるように仕向けてきた。ありもしない虚言で親に泣きつき、私が殴られる様を嘲笑(あざわら)う。それを学院で仕出かすようであれば、すべての証拠をもって法廷で裁いてほしい。それが私の求める第一の希望」


 憎しみはない。けれど怒りはないとは言えない。十三年も理不尽な扱いを受けてきたのだから、憎悪はなくても怒りは消えない。

 だからこそ正攻法で迎え撃つ。二度と害意を向けられぬよう、(くさ)った性根を折るために。

 天音の苛烈(かれつ)とも言える熱量を伴った視線に、伊緒理は気圧される。


「あっはははは!」


 肌が粟立(あわだ)つほどの気迫を感じていると、清香は高らかに笑った。


「いいねえ、正義をもって悪を(ちゅう)する。まさに勧善懲悪(かんぜんちょうあく)(げき)の主人公じゃないか!」

「……正義と主人公は言い過ぎ」


 愉快そうな清香の発言に、天音は苦笑する。

 少女らしくも大人びた笑顔を見て、伊緒理は思う。


(ああ、僕は間違っていなかった)


 確固たる意志と強い芯を持つ彼女なら、間違いは犯さない。

 それに、天音の出した条件は理不尽なものではない。

 未来の敵へ向けての布石。最悪の展開を見通した臨戦態勢。

 天音の具える先見(せんけん)(めい)垣間見(かいまみ)て、伊緒理も笑みを浮かべた。


「その条件を受け入れましょう。他に要望はありますか?」

「……あ。護衛について、休暇の申請は年に何回までかしら?」

「月に二回、最大三日。年に二四回、最大七二日までです」

「あとは非常事態の際に、護衛の仕事限定で柔軟に行動できる権限があると良いかと。例えば万が一誘拐された際の捜索手段。おそらく警察は動かしにくいので、状況に応じた人員の派遣や施設への入場許可。後は誘拐犯の捜索と捕縛についての臨時的な指揮権も」


 依頼されたからには、仕事は徹底的に取り組む。

 既に護衛としての意識があり、任務に打ち込む積極的な行動力も好ましい。

 天音の真摯(しんし)な姿勢と柔軟な思考の一端を知り、清香は鋭利な刃物のように笑う。


「いいぞ、私が許可しよう」

「感謝する」

「当然のことだ。天音は最悪の想定もきちんと考えているんだな」


 感心を込めた清香の言葉に、天音は頷く。


「犯罪者に立ち向かうには、相手の犯罪思考を考察する必要があるから」


 天音に犯罪経験はなくとも、その手の知識は書物を通して蓄えている。

 秋篠家での経験もあり、ある程度の犯罪思考なら読み取れるはずだと自負している。

 すると、清香はニヤリと笑う。


「知ってるか? そういう考え方をお前の年頃でできるのは珍しいんだ。この際だ。どういう〝最悪の想定〟を考えられるか教えてくれ。こちら側としてもあらゆる可能性は把握したい」


 警察庁は、犯罪異能者を法的で裁き、公共の警備や犯罪の取り締まる警察官だけではなく、国内外の異能犯罪を撲滅(ぼくめつ)する特別高等警察『国家公安警察・日輪(ひのわ)』という組織も設立した。

 しかしながら、国外からの異能犯罪は年間で一万件を超える。標的の一部は異能者の子供だが、内の一割以上が花咲家の異能者の誘拐。

 花咲家の異能者は国宝に値する。それ故に警護も厳重だが、一般の子供までは行き届かないのが現状だ。

 被害を減らすためにも、天音の発想力を試してみると――。



 面談開始から昼下がり。【希望の箱庭】で昼食を堪能した後に今後の指針が纏まった。


「天音さん。最後に一つ、重大な秘密があります」


 明と清香と居間でお茶を飲んでいると、伊緒理が居住まいを正す。

 急に畏まった姿勢に入り、明と清香は察して表情を固める。


 どうやら余程重たい秘密が開示されるようだ。

 湯呑みを低い長机に置いた天音も、姿勢を正して向き合う。


「我が花咲家の異能は、世間には神威型の異能【破魔】と公表されています。ですが、起源となる本来の異能はそれを超えます。そしてそれは数百年に一度、(まこと)の後継者に発現する」


 伊緒理自身も緊張しているのか、一つ、深呼吸で落ち着きを繕う。


「――【北辰大皇(ほくしんのおおきみ)】。神武天皇より古い時代、本州の北方を治める古の王族が保有していたという記録があります。『破邪』『退魔』に加え、守護と勝利の祝福を授ける『破軍(はぐん)』、あらゆる邪悪を破り浄化する『破魔弓(はまゆみ)』や『七星剣(しちせいけん)』を召喚する『神具召喚』といった、神威型の複合版と言える異能になります。この異能を持つ王族が崩御(ほうぎょ)した後、神武天皇の進軍を受けたのだとか。以来、起源の異能を発現する異能者は数百年単位の頻度(ひんど)まで減りました」


 花咲家は思っていた以上に古く、重い歴史を持つようだ。

 チラッと桜華に目を配れば、彼女は静かに頷く。


「それを伊緒理さんの息子さんがお持ちなのね」

「……信じてくださるのですか?」


 話の流れで、護衛対象にまつわる重大な説明なのだろうと察した。

 そんな天音のあっさりと受け入れた態度に、伊緒理は戸惑う。


 花咲家の異能者が発現する本来の異能は、天皇家と同等に優れた価値だけではなく、同等かそれ以上の歴史を誇る。それは天皇家を(あが)める日本国民には受け入れがたい事実のはず。


「伊緒理さん。魁が説明してくれた通り、【希望の箱庭】には『異界接続』という、時間の流れや天候だけではなく、異なる世界の記録層から情報を供給することができる。それは異界で誕生した動植物だけではなく、人類史の秘密でさえ調べられるの」


 しかし、天音の説明を受けた伊緒理は、ハッと息を呑む。


「いま暴いてみたところ、彼の側には未来を見通す巫女がいたようね。自身の死後、一族が誇る異能を持つ者が頻繁(ひんぱん)に生まれれば、朝廷に叛意(はんい)ありと見做(みな)され、歴史の闇に(ほうむ)られる先住民族のように百鬼夜行の扱いを受けると判断した。だから死に際に【北辰大皇】を生まれ持つ条件を側近の異能者に命じて【血の制約】を施した」

「【血の制約】は、施した異能者の末裔でなければ解消されないようですね。残念ながらその一族は断絶しておりますが……」


 衝撃を受ける伊緒理の表情をじっと見つめ、引き継いだ桜華は告げる。


「よろしければ解呪いたしましょうか?」

「……えっ?」


 桜華の申し出に呆けた声を出す伊緒理。

 彼と向かい合う天音は、「ああ」と思い出す。


「桜華の『破邪浄禊』は、どんな呪縛にも通じるのね」

「罪や穢れはもちろん、呪縛も該当(がいとう)します。ただ、罪状が己の意志を伴わぬ、無理やり背負わされたものに限ります。花咲家の呪縛は古いですが、年毎に強まるものではありません」


 呪縛の中には年月を経ることで強固さを増すものがある。

 今回はそこまで執拗(しつよう)な呪縛ではないようで、簡単に破却(はきゃく)できるようだ。

 肩の力が抜ける天音は、茫然(ぼうぜん)と凝視してくる伊緒理に柔和な笑みを浮かべてみせる。


「貴方が望むのであれば、異能劣化の呪縛を解きましょう」


 突如として降って湧いた選択に、伊緒理は答えを探しあぐねる。

 開いた口を閉じて考え込む様子から、猶予(ゆうよ)が必要だと天音は判断する。


「決心したら教えて。解呪は【箱庭】で行うから、公にしなければ天皇家に疑われるようなことにはならないでしょう。ただし、制約は血統を対象にしたもの。息子さんも同伴(どうはん)させて」

「わかりました。ご高配、感謝いたします」


 天音が気遣うと、伊緒理は改まった態度で(うやうや)しく叩頭した。


 彼は依頼主であり、自分は後継者の護衛を担う側。立場なら伊緒理が上だ。

 けれど、これが伊緒理なりの誠意なのだとも感じたので、天音は深く頷いてみせた。



「――では、失礼します」


 話し合いが終わり、元の警視総監専用の執務室へ出る。

 窓の外から強まり始める西日が見える頃、明の意向でお開きとなった。

 明と天音が退室して、清香は椅子の背凭れに後頭部をつけてぐったりとし、伊緒理は膝に肘を置いて組んだ手を(ひたい)に押し当てる。


「……まさか、あんな発想ができるとはな」

「末恐ろしい……ですが、味方だとこれほど頼もしいことはありません」


 今まで考えられなかった〝最悪の想定〟には誘拐犯の巧妙な手口が多かった。特に警備の(すき)や、船を利用した子供の運搬などが挙がった。

 そして、護衛対象である聡の息子に起きるだろう〝最悪〟の可能性。

 曰く、本で得た犯罪知識だというが、それだけではないだろう。

 しかし同時に、今後の対策や犯罪異能者への対処法も提示された。盲点を解決する案も柔軟性があり、工夫すれば多岐にわたって手段が増える対応策。

 会議で可決すれば、すぐにでも導入できるものが多かった。


「彼女にならあの子を……凪祇を託すことができます」


 天音自身に利益が無いとしても、花咲家の隠された歴史を語ってくれた。さらに途絶えてしまった異能【血の制約】で劣化した血統異能の呪縛を解放すると言う。

 純然たる善意を感じたからこその伊緒理の確信に、清香は同意する。


「私も、天音は信頼するに値する。だからこそ、彼女の最大の憂いを払ってやりたい」


 天音の生家である秋篠家。その裏で行われた人道を外れた所業を知り、決意する。


「洗い(ざら)い調べないとな」

「あとは……そう、天音さんに必要な人脈作りをサポートする方を選定しましょう」


 たった数時間の対談だったが、天音には人を引き付ける力がある。

 二人はそれを感じながら、互い天音の今後のためを思って行動を開始した。



     ◇  ◆  ◇  ◆



 聖帝学院への編入試験に挑み、合格の通知を受け取ってすぐ、天音は護衛対象を陰ながら守護する精鋭の護衛部隊と顔見世した。

 初めは華麗な少女の印象で(あなど)られたが、天音個人の戦闘能力、稀有な異能を披露したことによって認められた。

 たとえ一端だけでも、底知れぬ実力を持っていると印象付けられたようだ。


 ちなみに天音は、超越系創造型【守護者】の異能者という捏造(ねつぞう)で通すことになった。

 調和属性の世界型異能者は記録にあるだけでも三つ。むしろ守られるべき存在だ。護衛として活動するには難しいと判断され、同系統でも格を下げた。

 結局、以前と変わらず異能を秘匿する方針だが、天音は安堵とともに気を引き締めた。



「えー。明日から護衛の任務に就く天音の未来を祈念(きねん)して――!」

「カンパーイ!」

弥栄(いやさか)~!」


 いよいよ天音の門出を迎える。

 その前に、満天の星月夜、銀葉(ネモフィラ)()瑠璃唐草(プラチナスカイ)と桔梗が淡く光る花畑の丘、都会の夜の街中と変わらない明るさを演出する【希望の箱庭】の神山で宴会が開かれた。


 世界樹・神桜の(もと)で、飲み物を片手に明の音頭で始まった。

 天音と天祢と守護者達は「弥栄」と言い、東治は首を(かし)げる。


「なあ、なんで『いやさか』って言うんだ?」

「『より一層栄えるように』という祈願が込められた、昔の日本の音頭です」


 桜華が答えると、成人済みの光輝は日本酒を注いだガラスの酒杯を(かたむ)ける。


「戦後の完全に敗北を(きっ)した『完敗』より、天音の未来を願うなら『弥栄』が適切かと。天祢はよく知っていましたね」

「前に桜華が教えてくれたんだ」


 光輝に褒められて、天祢は嬉しそうにはにかむ。

 一方で知らなかった東治は衝撃のあまり固まってしまった。

 見る見るうちに落ち込んでしまい、天音は慌てる。


「トウ兄さん、別に現代に沿った言葉でも大丈夫だよ?」

「……いいや。現世では『乾杯』でも、ここでは『弥栄』と言う! 俺だって天音を祝いたいんだからな!」


 力強く宣言した東治は、改めて「弥栄ぁ!」とやり直して炭酸飲料を飲んだ。


「天音。僕と東治は大学部ですが、何かあれば知らせてください。天祢」

「言われずとも。ブラックリストは共有しなくちゃ」


 ニヤリと口角を上げる天祢に、光輝はにこやかに笑む。

 爽やかなのに腹黒さが滲み出る笑顔を見て、天音は軽く引く。


「天音ちゃん」


 レジャーシートに晩餐を盛り付けた重箱を広げ琴葉に呼ばれる。

「はぁい」と寄れば、小さな包みを渡された。


「今年の誕生日は祝えそうにないと思って。今のうちにプレゼント、フォー・ユー」

「えっ」


 琴葉の言葉に衝撃を受けた天音は、包装された白いものを見下ろす。


「……開けていい?」

「もちろんよ」


 琴葉の許しを貰って小包を開くと、可愛らしい桜の飾りがついた組紐(くみひも)があった。

 天音の好きな瑠璃色と紫色で編み込まれ、桜色で華やかさを加えた逸品だ。


「綺麗……可愛い……」

「気に入ってくれてよかった。珠那ちゃんには(およ)ばないけれど、お守り作りは得意なの」

「確か、浅草寺の神主さんの家柄だっけ?」

「よく覚えているわね。そう、代々聖人型異能者の神主や巫女が生まれる御巫(みかなぎ)家の末っ子なのよ、私。巫女として優秀でも、姉達に悪く言われて(すさ)んじゃって……それを杏樹ちゃんと明さんに救われたの。本当にあの時から明さんは素敵だったわぁ」


 唐突に語られた母・杏樹と、明と琴葉の馴れ初め。そしてさりげなく惚気(のろけ)が出た。

 天音は興味津々で明と琴葉の出会いを聞いていると、隣に天祢が座った。


「母さんだけずるい。天音に誕生日プレゼントだなんて」

「天祢君は毎年、誰よりも先にプレゼントしていたものね。でもね、明日から天音ちゃんは護衛の任務のために家を出てしまうのよ。当日に祝えないじゃない」


 不満げに文句を言う天祢だが、琴葉の指摘に衝撃を受ける。

 雷に打たれた表情で固まり、しょんぼりと(うつむ)く。


「天祢君も天音ちゃんも今年から聖帝学院の高等生だから土曜日は午前授業があるけど、新学期の最初の週は午前中で終わるはずだから、午後に時間を作ってもらいましょう」

「……うん。天音、いいかな?」


 琴葉の助言を受け、天祢は上目遣いで天音を見る。

 あざとくも嫌味のない仕草を直視した天音は「うっ」と目を瞑る。

 普段なら天祢の頼みは聞き入れられるのだが、今回は難しい。


「……状況を見て、一時間だけなら」

「えっ!? 一時間だけ?」


 予想を超える短時間に天祢は驚きの声を上げる。

 天音は護衛として守秘義務を全うしなければならないので詳しく話せない。

 理由を説明できないもどかしさに落ち込む天音の様子に、それだけ大変な状況にあるのだと天祢は察した。


「何かあったら言ってよ。僕も力になるから」


 文句を言われる覚悟だったが気遣う言葉をかけられ、天音は顔を上げる。

 いつになく真剣な天祢の表情を見て、胸の奥のしこりが薄れていく。

 確約できないもどかしさから唇を引き結び、それでも天祢の想いを受け取って頷く。


 天音の性分を理解している天祢は眉を下げ、キリッと表情を引き締めて離れた。


「コウ兄、トウ兄、今年の誕生会について相談があるんだけど」


 レジャーシートから離れて二人の兄と作戦会議を開きに向かう。

 見送った天音は眉を下げ、罪悪感が滲む吐息を漏らす。


「気にしなくていいわよ、天音ちゃん」


 すると、琴葉が紙皿に天音の好きなおかずを盛りつけながら言った。


「今が一番大変な時なのは、みんな理解している。だから私達のことは気にしないで、天音ちゃんらしくやればいいの」


 ね?と促しながら紙皿を差し出される。

 自然な動作で受け取った天音はしばし考え、眦を下げた。


「ありがとう、お母さん」


 離れても支えてくれる。そんな存在が今の家族だと思うと、心理的な負担も軽くなる。

 肩の荷が下りたような気分に浸り、天音は琴葉お手製の食事を口にした。



2025/04/16:第三章との齟齬が生じる文章を修正しました。

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