表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の乙女は守りたい  作者: ISTORIA
第二章 箱庭ワールド
5/19

02‐02:【希望の箱庭】にて


「先程【箱庭】と言っていましたが、どういった異能ですか?」


 書類だけでも良いが、伊緒理が質問するには理由がある。


 聖帝学院に入れば、授業を通して教職員が異能特務管理局に個人情報を送り、全ての情報が国の下で管理される。

 しかし、優秀な異能者へ育成する専門学校に、天音は入っていない。自己申告でもしない限り、入学していない異能者の情報は集めにくい。

 会計年度末に異能を鑑定されたきりで更新されなかった上に秘匿(ひとく)し続けた。

 本来なら厳罰案件だが、天音の受けた境遇から罷免されたのだ。

 これには警視総監である清香と、国の重要人物である伊緒理が関係している。

 二人の温情のおかげで、そして天音が護衛就任を選んだことで(まか)り通ったこと。


 明から事情を聞かされた時は罪悪感を覚えたが、二人への感謝の気持ちもある。

 清香と伊緒理から受けた恩を返し、二人の信頼を得るためにも天音は明かした。


「私の異能【希望の箱庭】は、超越系世界型です。理想の世界を創造する――簡単に纏めるなら、小規模な異世界を創る程度のもの。ですが、創造するときの願いの影響が強かったのか、この世界と張り合える規模の異世界へ成長しました。なので世界型に限り明確化される属性は『調和』だと思います。『混沌』では成長しないと思うので……」


 最後は自信なさげに説明すると、清香と伊緒理は度胆を抜く。


「……世界型? あの……歴史に数えるほどしか記録されない、伝説の……?」


 伊緒理の最後の一言が震えるほど、天音の異能は特別だった。



 人知を逸脱した摩訶不思議な特殊能力――異能を(そな)える人間が生まれる世界。

 大昔の大陸では、神話時代なら尊ばれても、西暦に移り変わる頃には恐怖の対象。

 恐怖はやがて嫌悪や悪意を生み、多くの国を巻き込んだ冤罪(えんざい)事件が多発した。


 それを太古から異能文明で栄える日本国が、世界の常識を一新した。

 渡来した外国人は、当時の異能文明で栄える日本人の暮らしを目にして、冤罪で無辜(むこ)の民を処刑する「魔女裁判」は無意味だと声明を上げて、異能者の尊厳を回復させた。

 第二次世界大戦では、空から原子爆弾を落とされても、町は焼け野原となったが、守護に特化した異能者のおかげで死者は少なかった。

 異能への理解があり、共存共栄で発展した日本国の寛容(かんよう)さが無くては、異能者は迫害の対象のままだっただろう。


 こうして全世界に受け入れられた異能は、後の学者が「体系(システム)類型(タイプ)」で細分化し、一般的に多い異能は「天職系(ヴォケーション)操作系(コントロール)特殊系(ユニーク)」の三つに分岐された。


 個人にとって最も適応する職業に特化した職業(ジョブ)型。

 物質の構築、物体を変形・生産する工作(クラフト)型。

 身体・記憶・幸運など、潜在的な能力に特化した潜在(ポテンシャル)型。

 武術や芸術など、技術面に特化した技能(スキル)型。

 治癒や浄化など、人心や社会を救う聖人(セイント)型。

 ――以上が、人間社会における偏った才能に特化した「天職系」の異能。


 肉体や物体の能力・形態を変質させ、変形・変身する変異(メタモルフォーゼ)型。

 対人の精神、対物に宿る残留思念に干渉する心理(サイコメトリー)型。

 自然界を構成する超自然的エネルギーに干渉し、発生させる自然(ネイチャー)型。

 光・影・時空間など、物質界にないが存在する力を行使する概念(コンセプト)型。

 肉体・精神・物体など、対象が保有する権限を奪う支配(ドミネイト)型。

 ――以上が、特定の事物に干渉し、意のままに操る「操作系」の異能。


 対象に直接・間接的に術的な効果を(もたら)魔術(マジック)型。

 普遍的(ふへんてき)なものから特別な力を持つ、武器・道具や異能生命体を召喚する召喚(サモン)型。

 邪眼(イビルアイ)心眼(マインドアイ)など、視覚情報をもって外界に働きかける魔眼型。

 親和性の高い、似通った性能の類型が合一した複合(フュージョン)型。

 ――以上が、伝承に刻まれた特別な力を行使する「特殊系」の異能。


 数多あるタイプを分類付ける「異能三大体系」。

 だが、この枠組みに入れられない特別な異能も存在する。

 砂漠で砂金を探し当てるくらい希少性の高い体系――「超越系(エクシード)」。


 無から有を生み出す創造(クリエイト)型。

 神の如き超常現象を起こす神威(ディヴァイン)型。

 世界に影響を及ぼす世界(ワールド)型。

 ――この三種が、人類史や世界そのものを変える「超越系」の異能。


 人類史に刻まれた超越系の異能者を挙げるなら、イエス・キリスト。

 物体の質量を無視して自らの手で分ければ無限に増やし、自身の血液を特別な神酒に変え、特定の死者を蘇らせられ、大天使と交信したり神託を授かったり、まさに神の奇跡を以て人々を導く神威型異能【メシア】の保有者。


 日本国では、紀元前から血を絶やさない万世一系(ばんせいいっけい)現人神(あらひとがみ)、天皇家が筆頭。

 天皇直系の子から、最も相応しい一人にのみ発現する神威型異能【大日本(おおやまとの)天皇(すめらみこと)】。

 この異能を持つ皇族が、次代の天皇に選ばれる。


 祖、親、子、孫の代に保有者が一人ずつ誕生する一族は、世界で唯一天皇家のみ。

 天皇家以外にも神威型の異能者が生まれる一族は、少数だが日本各地に存在する。そのため他国から「神の国」と畏敬(いけい)を込められて呼ばれる。

 ただ、それ故に狙われやすく、その筆頭が花咲家の異能者である。


 そんな神威型異能より希少で、人の理から逸脱した異能こそが世界型。

 世界そのものに影響を与える異能は、人類史上でさえ数えるほどしか記録にない。


 世界の記録層(アカシックレコード)に接続し、この世の真理を知り尽くした異能者。

 空白の歴史を全て暴き、全世界に証明した異能者。

 この二名は世界に害悪を及ぼさなかったため、調和(コスモス)属性と認定された。


 しかし、世界そのものを壊しかねない危険な世界型の異能者も存在した。故に混沌(カオス)属性の異能者と認定されたのち、人知れず抹殺された。

 それが異能発動の条件だと、誰も知らなかった。

 幸いにも件の異能者は世界滅亡を望まなかったが、異能者の誕生から死没後、合わせて約一五〇年の歴史的事実が改竄(かいざん)されただけに終わった。それが空白の四世紀に繋がり、後に誕生した調和属性の世界型異能者によって明らかにされた。


 世界型の異能は謎が多く、記録に残された世界型異能者は片手で数える程度。

 その一人に、天音の名が連なるのだ。

 これまで秘匿してきたため記録されていないのだが、今後を考えると完全公開の時期を考慮(こうりょ)する必要がある。


 だが、その前に――


「天音さん。貴女の異能を見せてもらうことは……可能ですか?」


 記録にある世界型の異能者は、対人に効果があるものではなかった。目に見えない権能を確認するまで様々な実験を行い、ようやく記録に残ったほどだ。

 とはいえ、天音の側には桜華と天斗が侍っている。二体の異能生命体という目に見える形を持つ世界型の異能は、果たして世界型と言えるのだろうか。

 異能生命体を生み出す創造型の異能者は、一人だけ記録に刻まれている。


 少し前に入手した情報を思い出した天音は、伊緒理の疑念を理解した。


「桜華、神山(しんざん)(ふもと)は大丈夫?」

「……そうですね。真幸は手が離せない状態ですが、他の者なら麓の屋敷にいます」


 桜華を通して現況を確認すると、ミルクティーを飲み干した天音は腰を上げる。

 察した明もコーヒーを飲み終えると立つ。


「伊緒理、清香。こっちに集まってくれ」

「……危険は無いんだな?」


 清香が念を押すと、明は深く頷く。

 この場に訪れて初めて見せる、童心に返った表情で。

 ワクワクと期待感に溢れる様子に怪訝(けげん)な顔で集まると、天音は明の手を、桜華は清香、天斗は伊緒理の背に触れる。


「では、招待しましょう。――【希望の箱庭】」


 天音が告げた瞬間、ふっと目の前の景色が一変する。

 青々とした匂いを運ぶ、爽やかな風。日射しを和らげる木々の擦れ合う音。離れていても耳に届く小川のせせらぎ。


 一瞬前まで室内だったのに、豊かな自然風景が眼前に広がったのだ。

 何度も(まばた)きする清香と伊緒理に、明は「ふっ」と噴き出した。


「くくっ……! 清香のそんな顔は珍しいじゃないか」

「……明。ここは……」

「話は後だ。置いて行かれるぞ」


 気付けば天音が桜華と天斗を連れて先へ歩いていた。

 明につられて清香と伊緒理も歩き出し、森林を抜けると(ひら)けた空間に出た。

 色とりどりの春の花が咲き乱れ、数本の桜の木々に囲まれた大きな屋敷が建つ。

 日本特有の屋根瓦や漆喰(しっくい)の壁だが、ガラスの窓や明るい色味は西洋の技術も加わる。


 和洋折衷(わようせっちゅう)の三階建ての屋敷に唖然としていると、天音が振り返る。

 そこで初見の二人は気付く。天音の姿が変わっていると。


 赤みのないミルクティーベージュの髪が、淡いプラチナブロンドに。

 澄んだ金の右眼と銀の左眼はそのままだが、超然とした空気を纏っている。

 まるで神の風格――そう感じてしまうほど雰囲気が違った。


「ここは別邸……というより、麓の家ね。本拠は神山の(いただき)にあるけど、そこは私と守護者が認める者以外、立ち入りできない。そのあたりは了承してくれると嬉しい」


 口調も態度も、どことなく威風がある。

 (ひる)みかける自身に困惑する清香と伊緒理を横目に、明は苦笑した。


「天音、神気を抑えられるか? あと、少しでいいから柔らかくなってくれ」

「――ああ、ごめんなさい。麓では何故(なぜ)かこうなるの」


 明の頼みで自覚した天音は、一呼吸でオーラを抑え込む。

 ふっと体から圧迫感が消えて、清香と伊緒理は呆然と天音を見つめる。


 何か言いたくても言葉が出ない。それどころか無性に膝を折りたくなった。

 二人の疑問に気付きつつ、桜華は天音の言葉に補助を入れる。


「仕方ありませんわ。主様はこの世界の創造主。『あちら』で言う神そのものなのです。神山を下れば体裁(ていさい)(つくろ)ってしまわれるのも、それが原因かと」

「……そう。麓の子達がいつも平伏すのはそういうことなのね」


 (うれ)いを帯びた吐息をこぼす。

 普段から絵になる美少女だと家族は言うが、【希望の箱庭】では息を呑む神々しさだと明はしみじみ思う。

 ふと、一歩後ろから続く清香と伊緒理は取留めない感覚に翻弄(ほんろう)されている様子。


「清香、伊緒理、大丈夫か?」

「……何というか……天皇陛下がお住いの皇居に似た空気を感じる」


 体感の記憶を呼び起こす清香だが、隣で伊緒理が否定する。


「いえ、それ以上……むしろ、日本の神々と交信する祭儀(さいぎ)で感じる空気と同等です。神が降りる神域。それが神山の頂だと……?」

「ああ、確かに最初は意識を保つのも厳しかったな。天音と桜華に認められたおかげで、世界樹で花見をする程度まで(くつろ)げるようにしてくれた」


 桜の巨木が(そび)えるネモフィラと桔梗の花畑の丘で月見酒を(たしな)むひと時は格別だ。

 それを思い出した明は天音に声をかける。


「なあ、天音。酒を用意するから、魁と天斗と翠蓮を誘って月見酒をしてもいいか?」

「おっ、いいねえ! ご主人、魁が作ったとっておきを出すのは?」


 嬉々と賛成する天斗だが、天音は苦笑する。


「魁が作る神酒は人の身に過ぎる。害にならない程度のものがあればいいけれど」

「うーん……ちょっと魁と要相談かなぁ」

「でも、月見酒はいいよ。せっかくだから就任前に、全員で楽しみましょう」


 天音が思い切った提案をすれば、桜華と天斗は喜び、明は拳を握る。

 清香と伊緒理は、とても貴重な体験を楽しめる明に羨ましそうな目で見つめた。


「さあ、入って。ようこそ、警視総監の清香さん、花咲家当主の伊緒理さん」

「「お邪魔します」」


 屋敷の玄関口で天音が歓迎の言葉をかけると、二人は自然とその言葉を口にしていた。

 不思議な感覚で入ると、二畳はありそうな空間で靴を脱ぎ、敷居に上がった。


 内装は和風の様式に加え、要所に現代の様式が組み合わさっている。

 長い廊下の奥にある片引き戸を開けば、広々とした和室に入る。

 宴会に使われるような立派な長机を中央に置き、脇息(きょうそく)が付いた座椅子(ざいす)の一つ一つに、真幸を除く天音の守護者が座っていた。


「待たせてごめんなさい。真幸は欠席でいいかしら?」


 上座から六番目の席に目を向けると、スゥッと気配なくおかっぱの童子が現れた。


「真幸、忙しいと聞いたけれど、大丈夫?」

「問題ない。御館様(おやかたさま)、優先」


 性差が感じられない美貌に声音で、無表情のまま言った。

 天音は申し訳なさそうに眉を下げ、上座の座椅子に腰かけた。


「皆さんも座ってちょうだい。席は……ああ、真幸、ありがとう」


 守護者側と向かい合う席に、三つの座椅子が出現する。

 ギョッとする清香と伊緒理と違い、明は気にすることなく魁の向かい側を選ぶ。

 二人は視線を交わし、清香は桜華、伊緒理はアリエルの向かいの席に着く。


「まずは自己紹介しましょう。桜華からお願い」

(かしこ)まりました」


 天音のすぐ近くの席に座る桜華が軽くお辞儀する。


「わたくしの名は桜華。【希望の箱庭】の(かなめ)たる世界樹に、主様が『神桜』と名付けられた折に、主様と【箱庭】を守護する自律型防衛機構として生まれた『世界樹の大精霊』にございます。【箱庭】限定の権能は、精霊を生み出す『精霊生成』、あらゆる植物を生み出す『植物生成』、主様に代わり、【箱庭】全体の秩序を正しく監督する『副管理権』、主様がお生まれになられた世界への『外遊』。『外遊』しますと『桜の精』へ格が下がり、権能に制限が掛かりますが、肉体・精神・万病の全てを癒す『万能治癒』、あらゆる穢れを浄化する『破邪浄禊(はじゃじょうけい)』、『悪夢祓(あくむばら)い』、神事の祭具や神の武具を扱う『神具召喚』は変わらず使えます」


 最初に生まれた守護者・桜華が明かした自身の権能に、度胆を抜く清香と伊緒理。

 特に伊緒理は、世界で最も浄化に特化した神威型異能者が生まれる一族の当主。

 聞く限り、花咲家の神威型異能者と同格、或いはそれ以上の浄化の力に加えて、多彩なる権能を保有する。

 たった一体で数多くの強力な特殊能力を持つ異能生命体は記録にない。

 最初の一体目から、これほど多彩な特殊能力を持つのかと戦慄(せんりつ)する。


「わたしはアリエル。ターキッシュアンゴラっていう猫の姿で、妖精猫ケット・シーとして生まれた二番目の守護者だよ! 権能は今みたいに人間やいろんな姿形(すがたかたち)に変わる『模倣変化(もほうへんげ)』、体の強さを調整する『肉体操作』、アニマルセラピーみたいな精神医療と怪我や病気の自己治癒力を高める『自己治癒力増強』、催眠や幻惑(げんわく)といった幻術だけじゃなくて、実体を持つ有幻覚で物理的な攻撃ができる『妖精術』。最近はオベリオンくんから『妖精の道』を覚えたけど、わたしは自分以外に使えないの」


 しかし、アリエルの保有する権能は桜華のように多くない。それでも誕生初期に持っていなかった権能を新たに収得したようだ。

 アリエルは最後にしょんぼりとして、本来の姿である可愛らしい服を着た長毛の白猫に変わり、とてとてと天音の(そば)に寄ると前足を膝に乗せる。

 落ち込んだ様子から謝罪しそうに感じた天音は、柔和な微笑でモフモフの頭を撫でる。


「気にしないで。むしろ持ってなかった力を習得したのは、とてもすごいことだよ」

「……本当?」

「本当。それに、連絡役を担っているオベリオンの負担が軽くなるでしょう?」


 オベリオンは裏方の仕事を担うことが多い。守護者の間柄でも、天ヶ崎家の重大な忘れ物を運搬(うんぱん)することでも、意外と負担がかかる。

 アリエルの覚えた『妖精の道』は、妖精や妖怪といった魔性の存在が使う道を利用するために必要な権能。

 普通の人間なら多少の危険を(ともな)う道だが、アリエルやオベリオンのような社交性のある特別な存在には問題ないどころか、すれ違う相手と友好関係を築き上げられる。


「アリエル、みんなのことを考えてくれてありがとう」

「えへへぇ~。じゃあ、もっと頑張っちゃうね!」

「でも、無理は駄目。安全な範囲で、ほどほどでいいから」

「もちろん!」


 無理をして怪我でもすれば、天音が悲しむ。天音が第一だからこそ、自分自身の安全は徹底している。それは守護者全員に言えることだ。


 次の自己紹介に移る前に、アリエルが席に戻るのを待つが、モフモフの毛並みを撫でる手が止まらない天音の様子から、天音の精神状態を察してしまう。

 天音自身も無理をしてほしくないが、天音の未来を左右する面談が現在進行形で行われている最中なのだ。

 歯痒く思うが、今は癒し担当のアリエルに任せようと守護者達の意見が一致した。


「俺は魁。『鬼神』として誕生したが、異界『隠世(かくりよ)』の主となった現在、【箱庭】では『妖王(ようおう)』。権能は『妖術』『変化』『怪力』『神速』、隠形(おんぎょう)退避(たいひ)に用いる『隠遁(いんとん)』、あらゆる武具を召喚する『武具召喚』、知略を得意とする異能者の垂涎(すいぜん)看破(かんぱ)や千里眼まで備える『神算鬼謀(しんさんきぼう)』を持つ。『妖王』としての権能は『神隠し』、隠世に移住した妖怪を管理・統率する『妖之(あやかしの)王権(おうけん)』、加護や祝福を授ける『恩寵の儀』……くらいか」


 挙げても問題ないと判断した内容を話すと、伊緒理が挙手する。


「何だ」

幽世(かくりよ)とは、古来より存在する異形(いぎょう)のものが住む異界と聞きます。この世である現世(うつしよ)、あの世である黄泉の国、その狭間(はざま)にある世界だと……」


 花咲家として問題のある内容だったようで、真剣な顔をしている。

 だが、魁は泰然(たいぜん)とした姿勢を崩さず、(ふところ)から紙と筆を出す。


「花咲家の当主だったな。お前が言うのはそちらの世界から分岐(ぶんき)した異界『幽世』。俺が治めるのは、【箱庭】から分岐した『隠世』の方だ」


 同じ読み方だが、字面が違うのだと紙に書く。

 ふと、魁は重要な情報が抜けているように感じて、天音に問う。


「我が主、己の権能は説明したか?」

「……あ」


 魁に言われて、天音は大事な説明が抜けていることに気付く。

 やれやれと言わんばかりの態で溜息を吐いた魁は、ついでに説明した。


「我が主の権能は、異世界を創る『箱庭創造』、外界の時間や天候、世界が(つちか)った記録を取り入れる『異界接続』、あらゆる万物を創造し、操作する『創造神権』、【箱庭】の法則を管理する『神法管制』、世界樹が立つ神山から麓までの絶対安全領域『守護神域』。これが基本だが、我が主は【箱庭】を創造する際に願った。心から安らげる、苦痛のない穏やかな居場所。豊かな世界で、愛し合える者とともに自由に生きたい――。その願いに応じて、我等が生まれる土壌(どじょう)『守護者誕生』や『異界創世』といった権能が追加された」


 この世に生誕して四年、天ヶ崎家で育てられた天音は、彼等が本当の家族だと思うほど愛情を受けて育った。

 しかし、実の父親に引き取られて以降、虐待の日々で人生に失望し、心が壊れないように心を殺す(すべ)を身につけた。


 それでも心の底では愛情を欲した。天ヶ崎一家に注がれた温もりと同じ、共に生き、共に笑い、共に楽しみ、共に怒り、共に悲しんでくれる――そんな家族が欲しかった。

 心が張り裂けそうな想いが込められた願いに異能は応え、【希望の箱庭】はこれまでの世界型の異能と違い、成長する世界と同等の異能へ改修されたのだ。


「俺は我が主に望まれて生まれた守護者。故に『異界の主』の資格があり、『隠世』を作り、元の世界では生きられない妖怪が魔物に堕ちる前に『隠世』へ迎え入れた」

「待て」


 魁が『妖王』としての役目を話すと、清香が止める。


「すまない、待ってくれ。妖怪が……魔物に、堕ちる? どういう意味だ? お前は……いや天音達は、魔物の正体が解っているのか……?」


 この世界にとって魔物は人類の敵だが、発生原因まで解明していない。(かろ)うじて瘴気を()()らす魔核を浄化で滅却(めっきゃく)する対処法が編み出されたが、根絶に至らない。

 少しずつ研究は進んでいるが、「負の念から生み出された魔性の存在」「環境破壊により星の怒りから発生する」と神秘学に(もと)づいた見解ばかり。

 魔物の正体を少しでも理解できれば、建物の強化や浄化に特化した異能者に頼りきりにならなくて済むはずだ。

 そして、可能なら花咲家が代々背負ってきた重荷を減らしてやりたい。


 様々な思いを抑え込んだ清香が訊ねると、守護者達は意外そうな顔をした。


「あら、ご存じありませんの? 産業革命と同時に廃棄物(はいきぶつ)が環境を汚染・破壊し、オゾン層を含む保護膜が壊れたことにより惑星外から侵入する異物が増加。さらに(いくさ)に伴い、情念が込められた血と死の穢れで惑星内から瘴気が発生。悪性因子が混ざり合い、その気に中てられた力無い人ならざるものが堕ちた存在――それが魔物の正体です。証拠に、魔物は中世の末期から徐々に増え、第二次世界大戦後に急増しました」


 桜華がさも当然のように語ったが、清香、伊緒理だけではなく、明も絶句する。


「結局のところ因果応報だよねぇ。とばっちりを受ける妖怪も妖精も、力の弱い精霊や神霊も(たま)ったもんじゃない」

「妖精の界隈(かいわい)から聞いたけど、数年前に妖精王オーベロンが堕ちた。先日、イギリスで有力の異能者に寄って集られて(たお)されたそうだけど、魔核の浄化が果たされていない」

「ええ~。ティターニアちゃん、大丈夫? オーベロンくんとケンカップルだったのに」

「だいぶ(こた)えているよ。僕が治める『幻想郷』に大勢を引き連れて療養中だ」


 アリエルが心配そうに尋ねると、オベリオンは何とも言えない複雑な表情で答える。

 疲労が見え隠れする表情に心配になった翠蓮が申し出る。


「魁殿には天斗殿が補佐を務めていますが、オベリオンはアリエル殿と運営しています。我は隠世へ一時避難している龍を見守っているので、何かあれば助力しましょう」

「だったらマーマンやマーメイドといった人魚やセルキーの精神的支えになってほしい。陸棲のドラゴンはともかく、水棲の妖精やドラゴンまで気を配るのは大変だ」

「それならドラゴンと龍専用の異界を創ったらどうかしら?」

「地方の価値観の違いで縄張り争いが起きるでしょう」


 オベリオンの希望を聞いて意見を出す珠那だが、渋面を作る翠蓮。

 高次元の会話に理解が追いつかない大人組に気付き、桜華が咳払い。


「こほん。次は天斗よ」

「え? あー……自己紹介?」


 桜華に促されて、清香と伊緒理に自己紹介をしている最中なのだと思い出す。

 すっかり忘れていた天斗は面倒臭そうだが、自己紹介を再開した。


「ボクは天斗。妖狐で最も力を持つ『天狐』として産み落とされたけど、老練な空狐を超えるのは隠世で実証済み~。権能は、狐火や幻惑といった『妖術』、同一存在の『並列分身』、『神通力』『千里眼』とか……あ、最近は相手の姿形だけじゃなく能力まで使える『万能変化』や、分身と意識を分割して共有する『共感覚』とか体得したよぉ」

「え、すごい。大変だったでしょう?」

「まあねぇ。もう少し鍛えて、並列思考に割ける分身の最大数を増やさないと」


 天音に(ねぎら)いの言葉をかけられ、天斗は相好(そうごう)を崩す。


「あ、次は翠蓮ね~」


 天斗から「ええ」と朗らかな笑みで応じる翠蓮。

 その温もりが、スゥッと静謐な空気へ一変し、清香と伊緒理は自然と居住まいを正す。


「我は翠蓮。【希望の箱庭】では『龍神』だが、外界では『水龍』。そちらの龍神は人民から信仰を得るそうだが、我が君の守護者たる我には不要。権能は『天候操作』『自然支配』が主流だが、外界では『水風支配』しか行使できぬ。『変身』と『肉体操作』は(はぶ)こう。新たに編み出した力は『法則支配』。他に挙げるなら我が生み出した『神水』で作物を育て、魁殿と珠那に神酒を作ってもらっている。出荷している加工品の一部がそれだ」


 ギョッと瞠目した二人が明を凝視する。

 異常なものを見る眼差しを向けられた明でさえ丸く目を見開き、「あ」と呟く。


「……明? 出荷とは何だ」


 新しい問題が浮上する予感から、清香が恐る恐る(たず)ねる。

 その予感は正しいと言わんばかりに、明は重々しく答えた。


「天音は杏樹(あんじゅ)……母の遺産もすべて奴等に奪われていた。早い話、天音に財産と呼べるものが異能以外一つも無かった。養子縁組の祝いをしたとき、桜華達は天音に『こちら』へ持ち出せる贈り物を用意できなくて、相当悔やんでいた。だから天音は毎月の小遣いで守護者達の商売に必要なものを揃えて、彼等は【箱庭】で作った物を売りに出したんだ」


 個人の趣味代より、守護者達のやりたいことや資金計画の手助けを優先した。

 結果、三つの口座の内、二つは千万単位、守護者専用の口座は百万単位まで(もう)かった。

 販売を委託された明は部下に頼り、公正な鑑定士を紹介してもらい、鑑定士が示す価値の通りに売り出したのだが、無名の作り手に商売人としての信用は皆無。

 多少の骨を折って方々に商品の価値を知らしめたところ、開始から半年で信用を勝ち取り、名の知れた有名人から販売の催促(さいそく)が来るほど人気者となった。


「まさか皇室から依頼された神酒にそんな秘密があるとは思わなかったな……」

「明、そこははっきりさせなければなりません。皇室相手に失礼です」

「俺もそう思ったんだが、当時は話せる内容ではなかったし、それでもいいから祭事に使わせてくれと。何でも皇室が(まつ)る神々からのお達しだとか」


 数ある内、皇室に納品する神酒が最も高値で売れた。さらに異能生命体にとって潜在能力を引き出せる美味な秘薬だという話題が広まり、召喚型異能者がこぞって購入。


 清香も伊緒理も衝撃的な新情報に、ぽかんと口を開けて絶句。


「我の次は真幸。話せますか?」


 威厳のある口調を和らげて訊ねると、真幸は頷く。


「名は真幸。『座敷童』と『(まよ)()』を掛け合わせた守護者。生物固有の性を持たぬ故、区別する敬称は不要。権能は『建築』『改造』した家屋に『防犯』『幸運補正』を付随(ふずい)する程度。此方(こなた)は皆と違い、家を守り、住まう者に幸福を齎す。それだけが此方の使命」


 住み着いた家に幸福を齎す幼い子供。訪れた者に富みを齎すとされる幻の家。この二つの要素を一つに掛け合わせた存在が、真幸の正体。

 材料さえあれば、真幸と依頼主が納得のいく完璧な家屋を立てられるが、無ければ一時的に自身を迷い家へ変ずる。総合百貨店の件では、子供の遊び場になるよう工夫した。


 堅苦しく言い切った真幸だが、天音は苦笑気味に訂正する。


「それだけだなんて言わないで。真幸の造る家はどれも素敵で、みんな安心して暮らせるの」

「主様の言う通り。今は【箱庭】でしか活動できないけれど、外界でも十全に使える。その家に住む者は末代に(わた)り守られ、幸運を享受(きょうじゅ)するのよ」

「故に迂闊(うかつ)に振るえぬ。それに此方は御館様と、御館様に心を砕く者、その上で此方が気に入る者以外に建てぬ」


 桜華も励ますように加わるが、主人至上主義の守護者として矜持(きょうじ)を告げる。

 そもそも職人気質なので、真幸自身のお眼鏡に適う相手でなければ動かない。


「お父さんは?」

該当(がいとう)

「清香さんと伊緒理さんは?」

「素質はある。見極める必要あり」

「『幻想郷』に一時移住しているティターニアは?」

「論外」


 可愛らしい見た目に反して、ズバッと判断を下す。

 切れ味の良い答えに天音と明、守護者達は納得し、清香と伊緒理は気を引き締める。


「次はあたしね。ご主人様の『巫女姫』珠那。『そちら』の玉依姫に近い守護者よ。権能は、作った物に効力を付与する『祝福物作成』、万難を(はい)するだけではなく望んだ設定を組み込む『結界術』、神や霊などを依り代に降ろす『降霊術』、穢れを祓う『(みそぎ)の舞』、言葉の霊威で対象に命じる『言霊(ことだま)』。習得した力は、ご主人様自身が守護者の権能を自在に操る『憑装(ひょうそう)』」

「すまない、珠那。最後のそれは聞いたことが無いんだが……」

「言ってないもの」


 明が口を挟むほど衝撃の情報だった。

 対する珠那は悪びれもなく片付ける。


「桜華姉の権能は戦闘にも役立つけど、ご自身は戦いに適さないから、ご主人様の御身に守護者を降ろす秘術を編み出したの。結果、桜華姉の持つ権能を全て操れた。三級の魔物をあっさり処せたわ。魔核も瘴気も遺さずね。二級以上は魁兄の遊び相手だから測り終えてないの」


 過去の記録を明かすと、大人組は度胆を抜かれた顔で天音を凝視する。

 流石に叱られそうだと苦笑いを浮かべ、最後の守護者へ視線を送る。

 天音の助けを察したオベリオンは、にこやかな笑顔で()()った。


「最後は僕、オベリオン。見ての通り『妖精』だけど、『幻想郷』の主になったからね。【箱庭】では『妖精王』だ。権能は『妖精術』『妖精の道』『夢渡』『万能言語』、あとは妖精由来の素材があれば特殊な妙薬を作る『妖精薬』を後天的に習得した。『妖精の道』は空間転移と違って、行ったことがなくても妖精が通る異界の道なら自由に使える。本来、人間を含む生物は通れないけれど、完全保護の守りを施せば可能だ」


 妖精の通り道があれば誘拐されても救出でき、優秀な能力を多く保有する。

 普通の異能生命体は、召喚型異能によって召喚・使役されるものが大半。

 召喚型異能を通して、異能生命体として実体を得る人外の存在も少なからずいる。

 対する天音の守護者は異能によって生み出された存在であり、前者に該当する。


 だが、召喚型異能が召喚できる異能生命体は一体のみが基本。稀に複数体の異能生命体を召喚する異能者が現れても、召喚できる対象の種族は限定される。

 そして、召喚型異能を介して召喚された異能生命体には数々の制限がある。

 召喚主に逆らえない。命令は絶対。召喚主の資質によって本来の能力が向上することもあれば低下することもあり、活動範囲も限られている。


 しかし、天音が生み出した異能生命体は、それらの制限がない。むしろ人間と同等の自由と伸び代を持つ。

 従来の異能生命体と異なり、自力で成長する時点で、もはや新たな知的生命体。

 天音の異能【希望の箱庭】も、成長する異世界なのだ。他にも秘められた力があるだろう。

 敵であれば脅威だが、味方となればこれ以上に頼もしい存在はいない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ