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箱庭の乙女は守りたい  作者: ISTORIA
第五章 新生リベレイト
15/21

05‐01:和解と親子愛

 護衛対象の花咲凪祇の誘拐から一刻も経たず解決した、今回の事件。

 貞操の危機を初めて体験した凪祇は心身の摩耗(まもう)を配慮して安全な場所へ送られた。

 救出を成し遂げた天音は現場に残り、犯人の引き渡しに時間を費やした。


 凪祇の身に危機があれば一時的な現場指揮権を譲渡され、あらゆる権限を得る。

 おかげで未遂のまま凪祇は助かったのだが、捕縛した海外の誘拐犯を刑務所へ移送する手続きまでする必要があった。

 本来なら護衛隊長の霧島に丸投げしてもいいのだが、後学のために手順を教えられ、合間に今回の報告書を端末で作成。


 全てが終わる頃には、半月になりかけの上弦(じょうげん)の月が浮かんでいた。

 護送車を見送った天音は疲労感が滲む溜息を吐く。


「お疲れ様」


 その時、現場にいてはいけない人物の労いの声がかけられた。

 驚いてそちらへ向けば、安全な場所へ移動したはずの凪祇がいた。


「……えっと、避難したんじゃないの?」

「天音のいる場所が一番安全じゃないか」


 疑問を正論で返された。

 本来なら霧島を含む数人の隊員が警護にあたり、最も安全な花咲家へ送られるはずだ。

 しかし、天音が生み出した守護者の方が、霧島を筆頭とした護衛部隊より強い。


 世界一安心安全な場所は、最も信頼できる最強の護衛の側。

 後方に控える霧島は現実を突きつけられて引きつった表情を隠しきれない。


(うわぁ……気の毒に)


 辛辣とも言えるが事実なので否定しづらい。

 後日、心労解消のために好物の甘いお菓子でも用意しようかと考える。


「これ」


 ふと、凪祇の手には自動販売機に陳列している意匠のペットボトルがあった。

 近場で見つけたのか。天音の好きな銘柄のロイヤルミルクティー。


 眞人か護衛部隊の隊員に頼めば代わりに購入してもらえただろう。誘拐されたばかりだと言うのに危機感は無いのだろうか。

 無性に心配が込み上げてくると、隣に近づいた凪祇がそれを差し出す。


「差し入れ。これが好きなんだろう?」

「え? あ、うん」


 てっきり凪祇自身が飲むものだと思っていたら、天音への差し入れだった。


「ありがとう。……よく知ってるね」

「学院の自販機で買っているとこ、よく見かけるから」


 意外に観察されていたらしい。

 初めて知った天音は戸惑いながら受け取り、よく冷えたそれを飲む。

 ほんのりとした紅茶の苦味と程良い甘味が精神を癒し、ほぅ、と吐息をこぼす。


「……大丈夫かい?」

「何が?」


 一息ついた頃に訊ねられ、天音は首を傾げる。

 何ともなさそうな表情だが、凪祇は(かげ)りが滲んだ顔色を見逃さなかった。

 じっと真剣に見つめられた天音は、とうとう苦笑いを浮かべて白状する。


「明日が不安なの。きっと伊緒理さんに怒られると思うから」


 天音は護衛として凪祇を守らなければならない。それを破って危険に曝した。

 天音の命令ではなく魁の独断だったのだが、責任は異能者が負うものだ。

 少なくとも大目玉をくらうだろうと思うと憂鬱になる。


 天音の憔悴(しょうすい)した微笑を見て、凪祇は自分の浅はかさを改めて思い知った。


「……ごめん。俺が馬鹿なことをしたから」

「反省しているならいいよ」

「いいや。俺が完全に悪いんだから、怒られるのは俺だ。天音じゃない」


 はっきりと凪祇が自分の非を認めると、天音は軽く目を瞠る。

 今まで見てきた凪祇とは思えない言葉だったから驚きも一押しだった。


「……じゃあ、一緒に怒られよう」

「ああ」


 一緒なら怖くない。そう思うと気が楽になった。



     ◇  ◆  ◇  ◆



 翌日。精神的な養生のため学園を休んだ凪祇と違い、天音は登校した。

 真面目に授業を受けて帰宅すると、玄関に見慣れない靴があった。

 一足は霧島のものだと判るが、革靴とヒールのついたパンプスは知らない。

 だが、直感的に誰の靴か想像できた。


 気を引き締めてリビングに入ると、重々しい表情の男女がソファーに座っていた。

 男は国宝指定の特級異能者を輩出する花咲家の当主、花咲伊緒理。

 女は警察庁で最も権力を持つ警視総監、久遠寺清香。

 二人の背後には霧島が立ち、コの字ソファーの奥には凪祇と眞人が着席している。


 これは覚悟を決めなければいけないと気を引き締め、天音は一礼した。


「ただいま帰りました。お久しぶりです、伊緒理さん、清香さん」

「久しぶりですね、天音さん」


 思いのほか柔らかな声音で挨拶した伊緒理。

 余計に緊張する天音の様子も無理はないと思いながら、清香は命じる。


「ひとまず座れ。眞人、茶の用意を」

「はい」


 眞人は硬い表情で応え、台所へ向かう。

 天音はソファーに座り、物々しい空気と沈黙に身を固めて耐える。

 しばらくして眞人が紅茶を運ぶと、紅茶を飲んだ清香が口火を切る。


「さて、何か申し開きはあるか」


 淡々とした冷たい声に胆が縮み上がる。

 凪祇と眞人は青ざめ、天音は身を固める。

 しかし、天音は一呼吸で気を引き締めて、勇気を振り絞った。


「……はい。凪祇……いえ、花咲様の御身(おんみ)を危険に曝してしまいました。護衛の役目を全うせず、犯罪組織の鎮圧に利用してしまいました。誠に申し訳ございません」


 沈黙する凪祇と眞人より、天音が真っ先に己の非を打ち明けて深く低頭する。

 すると、天音の隣に魁が現れた。


「あの場で利用すると判断したのは俺だ。主が最大限に配慮していたにも関わらず、理解を示さず蔑ろにしたにも飽き足らず己の身を敵に差し出した。流石の俺も我慢ならん」

「だからと言って、護衛の役目を放棄していいわけじゃない。確実に助けられると計画しても結果論でしかないんだから。それに、貴方という異能を(ぎょ)しきれなかったと(はた)から見られる。だから責任は私が背負わなければならないの」


 天音の説明に、魁は息を呑んで奥歯を噛みしめる。

 己の浅慮で主人が責められ、自責の念に苛まれる。


 天音と魁の会話に、凪祇と眞人は()(たま)れなくなった。


「……俺も、天音や護衛部隊を軽く見て、蔑ろにしました。父上が天音を選んだ意味も考えずに、勝手な行動で危険を冒しました。……本当に、すみませんでした」


 凪祇も自らの行動の愚かさを打ち明ける。

 頭を下げて謝罪すると、伊緒理と清香は意外そうに目を瞠った。


「……で、眞人。お前は何もないのか」

「あ……いえ。俺も……天ヶ崎を理解せず、警護の任を(さまた)げてしまいました。凪祇様の身辺警護を疎かにしてしまい、申し訳ありません」


 清香に促されて、眞人も謝罪する。

 自発的ではない謝罪に対して、清香は呆れ気味に溜息を吐く。


「事情と経緯は忍から報告を受けている。だが天音、世間体もある」

「はい。体裁がなければ示しがつきません。いかなる罰も受け入れます」


 覚悟を決めているが、やはり恐怖もある。

 握り拳に力を込めて、不安を押し殺しながら清香を見据える。

 天音の覚悟を垣間見た清香は、そっと目を伏せた。


「天ヶ崎天音。今週の休日は自宅謹慎(きんしん)だ」

「……他には?」


 たった一日の自宅謹慎を下されたが、それ以上の罰は言い渡されない。

 違和感をもって訊ねると、清香は呆れ気味に言った。


「護衛に就いてから休暇を取っていないだろう。護衛部隊に潜んだ密偵を暴き、背後にいる組織をも根こそぎ捕縛。その上、相手の情報を引き出すことまで手伝ったんだ。一睡もしないまま通学して、誕生日祝いの時間すら最低限で終わらせたことも報告に上がっている。海外組織のせいでゴールデンウイークまで返上したな。少しは労らないと長続きしないぞ」


 清香の言葉に、凪祇と眞人は息を呑む。

 それほど天音が職務を全うしていたのだと知らなかった分、衝撃もひと際強烈だった。


「だから明日の休日は、天ヶ崎家に帰って謹慎。外出はするなよ」

「それは判りますが……その程度で示しがつきますか?」

「充分だ」


 天音の真面目な意見に対し、清香は苦笑気味に頷く。

 納得しきれないが、天音は「わかりました」と罰を受け入れた。


「で、眞人。お前は減俸(げんぽう)かつ忍の指導を受けろ。改善しなければ近侍から外すぞ」

「謹んでお受けいたします」


 (ほま)れある凪祇の近侍は自分の仕事。誇りに持つからこそ解任されたくない。

 そもそも幼馴染である凪祇から離れたくないのだから、大人しく頭を下げた。

 とはいえ清香は眞人の内面を知っているからこそ呆れ果てた。


「友達想いなのはいいが、近侍の心得を学び直せ。己が立場に甘えるな」

「……はい」

「それと今後また天音を邪魔したら、問答無用で(クビ)だ。胆に銘じておけ」


 清香の厳しい采配(さいはい)に、眞人は表情を固める。

 己の立場への危機感を覚えて、胆を冷やしながら頷く。

 ようやく事の重大さを認識した我が子に肩の力を抜くと、清香は隣を一瞥する。

 視線を受け取った伊緒理は、厳しい目で凪祇を見つめる。


「今月いっぱいの休日、凪祇は僕の仕事につき添うように。場合によっては花咲の人間としての義務も果たしてもらう。それから来月の小遣いは抜き」

「ぐっ……わかり、ました」


 小遣いの話で顔色が変わったが、凪祇は文句を言わずに受け入れた。


「それと、天音さんへ行った嫌がらせ行為への罰は自炊」

「……自炊?」


 思わぬ罰の内容に復唱すると、伊緒理は続ける。


「しばらく眞人君は忍君にしごかれる。その間の身の回りの世話はない。一人でも生活できるように自炊は覚えなさい。天音さん、助言は構わないけど手助けはしないように」

「……了解しました」


 凪祇一人では不安が募る。少なくとも米は炊けるように教えようと天音は決める。

 一方、他人に全てを任せてきた凪祇は、一人でこなせるのか不安を覚えた。


「ああ、それから天音さん。明日の午後あたりに面会の時間を設けてほしいのです」

「え?」


 伊緒理の真剣な表情から、ただならぬ覚悟を感じた。

 頭に浮かんだのは、花咲家の血脈が連綿(れんめん)と抱える【血の制約】。元来の神威型異能【北辰大皇】が保有する大半の権能を封印し、一級異能【破魔】へ劣化させる呪縛。


 ようやく覚悟が決まったのだろう。伊緒理の表情がいつも以上に強張っている。


「伊緒理さん」


 落ち着いた天音は、穏やかな声で呼びかける。

 春の麗らかな温もりと澄んだ空気を彷彿させる美声を聞いた途端、心の(おり)が薄れる。


「桜華が可能だと言えば可能なことです。ですが、その後の不安もあると思います。それが解消されるように知恵を出し合いましょう」


 自分だけ抱えなくてもいいのだ。

 一緒に自分達の安全を考えてくれる存在を改めて知り、伊緒理は頭を深く下げた。


「凪祇を……息子を救ってくれた上に、当家の未来を考えてくださり感謝します」


 伊緒理と天音、そして清香に通じる内容なので、知らない者達は動揺する。

 ただ護衛に選ばれた少女と言うわけではないのは理解できる。しかし、花咲家の当主が見せた誠意を込めた姿勢から、それだけ重大な鍵を持つのだと察せられた。


 一方で凪祇は、それ以上に自分を救った天音への感謝の深さに驚く。

 親子としての距離感が掴めない。そのせいで凪祇とどう接したらいいのか分からない。

 家族としての悩みを抱えているなんて知らなかった。それが原因ですれ違ったが、天音のおかげで親子の縁が修復されつつある。

 今月いっぱいの仕事の同伴で、当主と後継者としてだけではなく、親子の時間を作ろうと計画しているのだと凪祇は感じることができた。


「父上……いや、父さん」


 後継者としての線引きもなかった、純粋な頃と同じ呼び方。

 ハッとした伊緒理は、真剣ながら困ったような微笑を浮かべる凪祇を見る。


「できる範囲でいいから、後で教えてほしいんだ」

「凪祇……」

「俺だって父さんに背負わせ過ぎたくないからさ」


 照れ臭そうに指先で頬を掻きながら言うと、伊緒理の瞳が潤んだ。

 こぼれそうなほど涙を溜め込む目にギョッとした凪祇は伊緒理の背中を撫でる。


「無理だったら仕方ないって諦めるけど……」

「……いいえ。当家の問題は、いずれ正しく伝えるつもりでした」


 花咲家の隠された歴史を知り、間違った道を選ばないように凪祇の心身が成熟するまで明かさないつもりだった。実質、伊緒理もそうやって教わったのだ。


 優等生の仮面をかぶった、横暴で我儘な凪祇では不安だった。しかし、今は後継者と名乗るに値する精神性が育ちつつある。

 自分の立場がどれだけ危ういのか理解し、当主として役目を全うする伊緒理に歩み寄った。これまでにない成長と言えるくらい、伊緒理に衝撃を与えた。


 昨日の誘拐が荒療治になったのだろうが、それ以上に天音の存在が情操教育を助けてくれたのだと伊緒理は感じる。

 こうして肩を並べて支え合う意思を伝えてくれたのも初めてで、伊緒理は熱くなった目頭に手を当てた。


「よかった……っ」

「父さん?」


 掠れた声を漏らす伊緒理の様子に心配する凪祇。昔から見守っていた清香は、何とも言えない苦笑いを浮かべる。


「息子の成長をそこまで喜ぶとは、やはり親馬鹿だな」

「え?」


 清香の言葉の意味が判らない。

 目を丸くする凪祇に、清香は語った。


「伊緒理のスマホの待ち受け画像を知っているか? 君が小さい頃の写真だぞ。本当は今亡き奥方と息子が揃って映る写真が良かったそうだが、不幸にもデータが無くなってな」

「清香」

肖像権(しょうぞうけん)だ」


 涙で赤くなったジト目で睨む伊緒理へ、ニヤリと笑う清香。

 幼馴染の特権とも言えるやり取りもそうだが、父親の顔を滅多に見なかった凪祇は驚いた。


「我が子の成長を自分の目で見られないからって記録係までつけて」

「それ以上は言わないでください。人生で唯一の癒しを辞めさせられたら……っ」

「この世の終わりみたいな顔をするなよ……」


 本気で嘆く伊緒理にドン引きする清香。

 二人の気兼ねない掛け合いを微笑ましそうに眺める天音は、クスクスと笑う。


「やっぱり愛されていますね」

「……本当に、天音の言う通りだったな」


 伊緒理と接する時間が少なすぎて、彼の本心を知らなかったせいですれ違いが起きた。

 天音はそれを知った上で、下手に刺激しないように見守ることを選んだ。

 やっと伊緒理の本心と深い愛情に気付いた凪祇は、自分の視野の狭さに落ち込む。


「花咲家の使命は重い。家族の時間すらまともに取れないほど、国に尽くさなければならないと聞いたことがあります。それでも伊緒理さんは心から凪祇を愛しています。傍で見守れない分、記録を残すことくらいは許してあげませんか?」

「……正直恥ずかしいけど、父さんが安心できるなら」


 天音が伊緒理のために説得すると、凪祇は渋々だが許諾(きょだく)した。

 その機転に気付いた伊緒理は、心の底から天音に感謝して頭を下げる。


「ありがとうございます、凪祇、天音さん」

「いえ。私的には、凪祇も将来はそうなると思いますので」

「「え」」


 ぽかんとする伊緒理と凪祇。想像がつかないのか、天音は微笑む。


「伊緒理さんのように、心から愛する人との子供ができれば――ですけど」


 性格は違うが、親子だと実感できる感性を持っているのだ。

 ありえない話ではないと天音が言えば、凪祇は顔を真っ赤にした。


「……そうですね。僕は妻とお見合いで出会いましたが、とても心惹かれる方でした」

「奇跡だったんですね。お見合い結婚って失敗談が多いですから」


 一昔前のような一対一で対面し、家同士の繋がりを得るための場合は破談しやすい。

 現代のお見合い結婚は先進的で離婚件数は減ったが、離婚裁判まで発展する事例は少なからずある。だからこそ天音の「奇跡」という言葉は重く響いた。


「そう言われるとそうですね。ただ、僕としては凪祇にお見合いを強要したくないので、素敵な相手と出会えたなら応援したいと思っています」


 伊緒理がはっきりと宣言した。これで凪祇も恋愛結婚ができるだろう。

 過酷な使命を背負っているからこそ幸せな結婚をしてほしいと天音は願う。

 そんな彼女の安堵の表情を見て、凪祇は頬の熱を抑えられない。


「あ。話を戻しますけど、明日の予定ですが、到着の三十分ぐらい前に連絡をお願いします」

「わかりました」

「それから、その時に凪祇と霧島さんに私の真実を教えます。いいですか?」


 この一ヶ月半で、霧島は信頼に値する人物だと感じた。凪祇は昨夕の一件で、話しても問題ないと判断した。

 だから申し出ると、伊緒理と清香は衝撃を受けた顔で固まり、口を引き結んで頷く。


「では、明日の護衛は忍君に頼みましょう。いいですね?」

「承りました」


 伊緒理の依頼に、霧島は胸に手を当てて恭しく一礼。

 こうして突然の対談は終わった。



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