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箱庭の乙女は守りたい  作者: ISTORIA
第四章 不調和ハプニング
13/21

04‐03:愚かな迷走

※2025/08/30:一部微修正しました。



 放課後を迎えた途端、委員会や倶楽部活動に(はげ)む生徒で賑わう。


 普段の凪祇は警護が理由で眞人と帰宅するのだが、今日の眞人は天音を呼び出した。

 護衛として不合格だと常々文句を言っていたが、とうとう指導を入れるようだ。

 気になって後を追うと、人気のない階段の踊り場から会話が聞こえた。


「なぜ凪祇様を避けるんだ。護衛なら身命(しんめい)()して凪祇様の警護に当たるものだぞ」


 花咲凪祇の護衛に相応(ふさわ)しくないと、当然の心構えを説く眞人。

 しかし、天音は不快そうな声色で言い返した。


「どうして私を嫌っている人のために命を投げ出さないといけないの?」


 天音の辛辣な言葉を聞き、凪祇の心臓が嫌な音を立てる。


「……何?」

「あの子は私が嫌いなんでしょう。じゃないと粗探しとかしないし、厭味を言わない」


 思い返せば、凪祇は天音に対して冷たい態度をとっていた。

 初対面の時は特に無神経な態度で試した。

 彼女もこれまでの護衛と同じ、花咲家の次期当主にすり寄る愚物(ぐぶつ)なのではないかと。


「そもそもあの子は甘えすぎなのよ。庇護されるべきだから相手から歩み寄るのが当然? そんなわけないでしょう。自分から歩み寄る努力もしない。そのくせ相手の欠点ばかり探して平気で貶める。そんな人間、好きになれるはずがないでしょう」


 溜め込んできた鬱憤(うっぷん)を吐き出すような言葉だった。

 嫌悪感を滲ませた声を耳にした凪祇は、胸に痛みを覚える。


 けれど反論が浮かばない。天音が挙げた内容に心当たりがありすぎて……。


「花咲家の当主に相応しくあろうとする姿勢は立派でしょうけど、それに気付けないようじゃあ人の上に立つ器じゃない」

「貴様……! 凪祇様を侮辱するのは許さないぞ!」


 眞人が怒声を響かせるが、天音は構うことなく続ける。


「言っておくけど、貴方も悪いって気付いてる? あの子を肯定(こうてい)するばかりで、他人の努力も守ろうとする人の思いも気付かせようとしない。だからあの子は人の心が分からなくなった。他人を疑ってばかり。利用するばかり。理解を示さない人間のままにして可哀想と思わないの? その責任をあの子に押しつけるの、いい加減にやめて。見ていて気分が悪い」


 呆れと失望、怒りと嫌悪を煮詰めたような、冷たくも重い声で吐き捨てた。

 天音は凪祇でさえ自覚していない本質を見抜いていた。その上で壁を作っていたのだ。


(どうして教えてくれないんだ)


 気付いていながら教えなかった。いくら何でも護衛として怠慢(たいまん)ではないのか。

 そう思ったが、その瞬間に気付く。


(……ああ、そうか。これが彼女の言う〝甘え〟なのか)


 今、自分がどれだけ理不尽なことを考えたのか、ようやく理解した。

 しばらくの沈黙が続き、天音は疲れ気味に溜息を吐いた。


「今は海外組織があの子を狙っている。護衛部隊が調査に力を入れるぶん警護が手薄になる。こんなところで油を売っているとあの子が危ないから、早く護衛に集中したいんだけど」


 天音の文句から得た情報で、凪祇は(ひらめ)く。

 それが愚考(ぐこう)であり、これから愚行(ぐこう)を犯すのだと自覚した上で。


 気配を殺して急ぎ足で校舎から出ると、人目を気にせず駆け出す。

 人気の少ない路地に入り、息切れを整えると背後へ振り返る。


 そこには海外製の黒服を着用し、黒いサングラスで風貌を統一化させた男達がいた。


「……君達か。俺を狙っているという海外の誘拐犯は」


 凪祇の言葉に、男達は口角を上げる。


「オマエがナギ・ハナサキだな?」

「そうだと言えば?」


 余裕をもって返せば、リーダーと思わしき男は目を細める。


「こんなところにヒトリで来て、護衛はどうシタ」


 用心深く問いかける。

 普段なら馬鹿正直に答えるはずがないのだが……。


「彼等なら俺を放って対立中だ」


 敵に身内の不仲を明かした。


「そもそも俺のことはどうでもいいんだ。抵抗する理由はないから好きにしなよ」


 自虐的(じぎゃくてき)な暗い笑みを見せれば、誘拐犯は注意深く凪祇を観察する。

 そして、左手を上げたその時――


「ぐぅっ!?」


 背後から伸びた手に口を塞がれる。

 湿った布から独特の臭いをかいだ瞬間、意識が暗転した。


 ――愚かなことだと分かり切っている。それでも試さずにはいられなかった。

 天音が本当に自分を理解してくれているのか。信用に足る人物なのか。



     ◇  ◆  ◇  ◆



 花咲凪祇の護衛に就いて一ヶ月が過ぎた。

 針の(むしろ)のような環境の中でも精力的に護衛を務めていた。

 しかし、凪祇と彼の近侍・久遠寺眞人には不評のようで、いつか文句を言われると思っていたのだが、不満を爆発した時機が悪すぎた。


 現在、子供の異能者を誘拐する海外組織が凪祇を狙っていると、護衛部隊の隊長から知らせを受けて警備を強化していた。


 だが、眞人の呼び出しが終わってすぐのこと――


(マイ・ロード。とうとうやってしまったよ、あの馬鹿)


 オベリオンの念話が届く。

 負の感情が込められた思念に溜息を吐き、人気のない場所へ移動する。

 人通りの少ない階段裏の陰に隠れると、虚空に向かって呼びかける。


「オベリオン」


 天音の声に応じて現れた、アゲハチョウ科の(はね)を背に持つ銀髪青目の少年。

 青いマントと青系の高貴な衣服を身に纏いし少年は、守護者『妖精』オベリオン。


 彼は登場早々、怒りを滲ませた仄暗い笑みを浮かべていた。


「魁が撮ってくれた証拠がこれ」


 最強の武力を誇る守護者『鬼神』魁は現在、凪祇の護衛のために離れている。

 念のために監視も兼ねて、必要時にデジタルカメラを使用するように伝えていた。

 カメラの裏にある小さな画面を操作すれば、薄暗い路地裏で覆面の男達に向かい合う凪祇の背中が映っていた。

 日時記録付きの映像まで撮影できる時代に感慨深く感じる。

 そして、録画された凪祇の言葉に目が据わる。


『彼等なら俺を放って対立中だ。そもそも俺のことはどうでもいいんだ。抵抗する理由はないから好きにしなよ』


 それは、護る者にとって最大の侮辱。

 (はらわた)が煮えくり返りそうな怒りが込み上げた時、ポケットから着信音が聞こえた。

 携帯端末を耳に当てると、渋い男の声が聞こえた。


「坊ちゃんが(さら)われた」

「つい先程、オベリオンから聞きました。現在、魁が敵の拠点まで尾行しています。証拠の映像を撮ってくれましたので、今からそちらに向かいます」

「なぜその場で救わなかった」


 男の責める声に内心で苛立つが、ここで冷静さを欠いても事態は好転しない。

 天音は深呼吸一つで冷静さを取り戻して、硬い声色で告げる。


「花咲様が自らの意志で捕まったから、魁は利用するつもりで敵を泳がせたのでしょう」

「……何?」


 困惑の声を漏らした護衛隊長に無理もないと、天音は胸中で(なげ)く。


 守られるべき者が、自らを敵へ売った。

 真剣に守る者達への裏切りであり冒涜(ぼうとく)だということを、凪祇は理解していないようだ。


「証拠映像がまさにその現場です。彼は護る者の思いを侮辱した。だから魁はその場で助けることなく、むしろ彼を利用して海外組織の拠点を暴き、潰すための段取りを整えてくれています。文句なら花咲様にお申し付けください。そちらに合流し次第、機を見て制圧します」

「一人でできるのか?」


 年端もない少女が、武装した海外組織を制圧する。

 無謀極まりない発言だが、天音にとって害虫駆除同然の作業でしかない。


「問題ありません。私には守護者がいます。一人ではありません」


 失礼します、と通話を切って下駄箱に急ぐ。

 すると、下駄箱の前に眞人がいた。

 先程の悶着(もんちゃく)を思い出して素通りしたくなったが、数分前に凪祇が攫われたばかりだ。

 ぐっと我慢していると、眞人は天音を見つけた途端に焦りを滲ませた声を上げる。


「天ヶ崎! 凪祇様を知らないか!?」


 行き交う学生が何事かと視線を向ける。

 流石に迂闊すぎる眞人の行動に頭痛を覚えた。


「来なさい」


 天音は溜息混じりで告げ、靴を履き替えて校舎から出る。

 慌てて追おうと、天音の傍に蝶の翅を持つ少年が現れた。


「オベリオン、私達を霧島隊長の下へ」

「マイ・ロードの仰せのままに」


 ニコリと笑顔で引き受けたオベリオン。

 次の瞬間、景色が変わった。


 空間転移は、空間を操る概念型の異能者が持つ技の一つ。

 眞人も体験したことがあるが、これほど自然で違和感のない空間転移は初体験だった。


 目を白黒させた眞人は、移動した先がどこであるのか理解する。

 分厚いカーテンと控えめの電灯、リノリウムの床。簡素な椅子と机のみの殺風景な室内は、凪祇の邸宅の近くにある護衛専用の建物、その二階の一室。


 何度か訪れたことのある眞人は、椅子に腰かけている男に向き直る。

 黒い短髪に線の細い顔立ち。細身に見えてしっかりした腕の筋肉が(まく)った袖から覗く。

 サングラスで鋭い目付きを隠しているが、漆黒の背広で威圧感は消えない。それどころか不機嫌そうな態度から殺気すら醸し出す。


 彼こそが花咲凪祇の護衛部隊を統括する隊長――霧島忍。


 冷や汗が浮かぶ眞人だが、天音は落ち着きを払ってデジタルカメラを差し出す。


「これが現場の証拠映像です。伊緒理さんには、この証拠を後ほど提出します」


 再生ボタンを押して見せれば、小さな画面に映像が流れる。

 音声付きの映像が終わると、霧島は深く溜息を吐く。


「……よく、わかった。アンタの守護者が怒るのも無理はねえ」


 連絡の際、事情の内容には半信半疑だったが、証拠映像を見て信じない者はいない。

 現場にいた魁の怒りは当然であり、効率を考えて利用する手も理解できる。

 しかし、天音の仕事は犯罪組織の撲滅ではなく、「花咲凪祇の護衛」。最大であり最上の仕事を全うしなかったのは、護衛として欠点と言える。

 霧島は眉間に(しわ)を寄せて、どう説教するべきか悩む。

 頭を乱暴に()く霧島の様子を見て、ぐっと天音は拳を握った。


「護衛としてあるまじき失態だと自認しています。罰則の覚悟もできています。ですがその前に、花咲様の救出と犯罪組織の制圧まではさせてください」


 いくら犯罪組織を一網打尽にするとは言え、護るべき者を危険に曝したのだ。護衛として失格だと、天音は自覚している。

 凪祇の身勝手な行動で理不尽を(こうむ)っても、体裁(ていさい)のためにも罰は受けるべきだろう。

 だが、その前に誘拐を見逃した責任を取らないといけない。

 内心では腸が煮えくり返るほど怒りを覚えるが、助けない理由にしてはいけないのだ。


 天音が覚悟をもって頭を下げると、霧島はサングラスの奥で目を(みは)る。


 天音は凪祇に対して負の感情を募らせるほど不満を持っていた。それなのに凪祇の理不尽な行動を受け入れ、責任を負うと言い切ったのだ。

 さらに凪祇を助けるために頭を下げ、覚悟と誠意を示した。


 控えている眞人は、初めて見る天音の一面に動揺して言葉が出せない。

 沈黙が続く中、霧島は椅子から腰を上げて踏み出す。

 徐に手をあげて――


「誰が罰を下すと言った」


 ぽんっと天音の頭に手を置いた。


「アンタは俺達が気付かなかった部隊内の密偵を一掃してくれた。奴等から情報を引き出す手間まで付き合ってくれた。自分の環境作りとはいえ、おかげで解決したんだ」


 わしゃわしゃと頭を撫でられて、天音は困惑しながら顔を上げる。


「……怒らないんですか?」

「んな理不尽はしねーよ。今回は完全に坊ちゃんが悪い。知らないとはいえ、懸命に守っているアンタを侮辱したんだぞ。もしご当主様が馬鹿なこと言ったら俺に教えろ。一緒にボイコットしてやろうぜ」


 霧島はニカッと白い八重歯を見せて笑う。

 彼も憤っているだろうに、天音を労ったのだ。

 察した天音は熱い感情が込み上げて、目頭が熱くなる。

 じわりと目が(うる)んだが、引き結んだ口をたわめ、困ったような笑顔に変える。


「ボイコットはさすがにまずいですよ」

「そーか?」


 本当は泣きたいだろうに、天音は気丈に笑ってみせる。

 脆くても強く在ろうとする天音の姿勢に、霧島は対等の存在と認めた。

 元々これまでの護衛と同列に扱っていなかったが、天音なら信頼できると確信を得た。


「んじゃま、坊ちゃんの救出作戦を練ろうか、天音」

「はい。一応考えは纏まっていますが――」


 そう切り出して、天音は作戦内容を説明した。


 眞人は離れて見守る中、霧島の発言を脳内で反芻(はんすう)していた。

 霧島は重要人物以外の他人の名前を覚えない。覚えたとしても、関係が無くなればすぐに忘れてしまう。仲間内でも名字は覚えても名前までは覚えきれないこともある。

 大抵が簡潔に「お前」と呼ぶのに対し、天音には「アンタ」と呼んだ。それは対等の人間だと認めている証拠。そんな彼女の名前を口にしたのなら信頼されているということ。


 短期間で霧島に全幅の信頼を勝ち取った同僚は少ない。名前呼びに関しては、記憶によれば天音が最速だと眞人は思い返す。

 これまで凪祇の近辺にいなかったというのに霧島に認められているということは、天音は真剣に護衛の任務を取り組んでいたのだ。

 ようやく理解した眞人は、彼女を知ろうとしなかった自分自身の怠慢を自覚した。


「久遠寺」

「……ぁ、はい」


 拳を握り締めて胸の内の不快感に耐えていると霧島に呼ばれる。

 我に返って顔を上げると、目の前で霧島が拳を振りかぶっていた。


「ぐっ!?」


 眞人が反応する間も与えられず、頬を殴られた。

 強烈な痛みによろめくが、倒れないように踏ん張る。


「まあまあだな。この程度で倒れるなら追い打ちかけていたぞ」

「っ……なに、を……!」


 突然の暴力に霧島を睨む。

 だが、胸倉を掴まれ、それ以上の眼力に睨まれて(きも)(ちぢ)む。


「お前なぁ、これまでの護衛を理解しようとしなかっただろ。坊ちゃんに取り入ろうとした奴等の中には真剣に仕事にあたる奴もいた。あいつらの頑張りを無視して、自分は坊ちゃんの世話にかまけてばかりで恥ずかしくねえのか」


 この瞬間、眞人は認識を改めた。

 霧島は、これまで任命された護衛を覚えている。

 彼等の事情や在り方だけではなく、誰にも知られなかった努力も。

 興味のないことは覚えない人間ではない。むしろそれは眞人自身のことだった。

 眞人は、自分がいかに狭量(きょうりょう)だったのか思い知り、息を詰める。


「今回の件にしても、何も知らないまま天音に不満をぶつけただろ。自分勝手な振る舞いで坊ちゃんの行動を(いさ)めない。だから目を離した隙を突かれるんだ」


 放課後の呼び出しを知っている口ぶりだった。

 瞠目する眞人を乱暴に手放し、霧島は嘆息する。


「坊ちゃんを救出する作戦内容を聞かないどころか、参加する姿勢すら見せねえ。お前、本気で坊ちゃんの近侍を務める気あんのかよ」


 霧島の指摘を受け、眞人は茫然自失に陥る。

 言葉もなく俯く眞人に失望する。そんな霧島の心境に気付き、天音は溜息を吐く。


(仕方ない)


 追い打ちをかけるのは流石に可哀想だが、今回ばかりは文句は受け付けない。

 天音は眞人の前に出ると、胸倉を掴んで平手打ちした。

 鈍くも乾いた音が響き、霧島に殴られた頬が熱をもって痛む。


「甘えるな」


 重みのある低い声を発すれば、眞人は肩を(すく)めて顔を上げる。

 天音の静かな怒りが宿る目を見て、声を出せない。


「自分の失態を他人に押し付けて、他人に不満をぶつけて、他人を理解しようとしない。それのどこが近侍なの。花咲凪祇の近侍という立場に胡坐(あぐら)をかいて甘えるな。酔っている暇があるなら自分の最善を尽くしなさい。でないと貴方、近侍から外されるよ」


 硬くて厳しい言葉だが、眞人は気付く。

 天音の厳しさの裏に、気遣いが込められていると。


 ようやく天音という人物の輪郭(りんかく)が見えてきた眞人は、奥歯を噛みしめて頷く。

 覚悟を決めた瞳の強さを見て、天音は眦を下げて口元を緩める。

 その仄かな笑みに呼吸が止まりかけた。


「作戦だけど、貴方にも手伝ってもらうから」


 このままでは眞人は近侍から外され、天音が凪祇の世話を四六時中行うことになる。

 自分の生活や護衛以上の負担を増やさないためにも、眞人に好機(チャンス)を与えるべきだ。

 同僚への気配りも大変だと、天音は胸中で嘆息した。



     ◇  ◆  ◇  ◆


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