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箱庭の乙女は守りたい  作者: ISTORIA
第四章 不調和ハプニング
12/21

04‐02:『天狐』VS【大陰陽師】



「両者構え! ――始め!」


 審判を務める神楽坂が、張りのある声で告げた。

 直後、晴奈が動き出す。


「来たれ、十二天将が一、火の凶将(きょうしょう)騰蛇(とうだ)』!」


 バックステップで更なる距離を置き、鋭く告げれば地面に召喚陣が浮かぶ。

 朱金(しゅきん)に輝く陣は、二重の円に五芒星(ごぼうせい)

 陣を中心に真紅の炎が吹き上がり、炎の中から現れたのは人影。

 短い赤髪に鋭い灼眼(しゃくがん)、屈強な美筋肉を惜しみなく(さら)した褐色肌の偉丈夫(いじょうぶ)

 真紅の衣装に黒曜石の服飾で着飾った男は、十二天将の一柱(ひとはしら)火将(かしょう)・騰蛇。


「手加減はいるか」

「いらない。思いっきりやってしまって!」


 晴奈が許可すると、騰蛇は凶悪な笑みを浮かべる。

 対する天音は、冷静に分析して困り顔になる。


「火かぁ……ここは水剋火(すいこくか)で翠蓮が適役なんだけど……」


 護衛の仕事に支障をきたすようなことは控えたいが、下手な手加減は礼儀に反する。

 少し迷うと、(かたわ)らに狐の耳に四本の尾を持つ青年・天斗が姿を現す。


「ボクでも大丈夫だよー?」

「そうなんだけどね、晴奈のサポートで邪魔される可能性が高いよ」

「モーマンタイ」


 天音は可能性を捨てきれず注意するが、天斗は不敵に笑う。


「ここはボクを信じてよ」


 ニッと口角を上げる天斗。

 自信満々だが、油断は感じられない。

 天斗の鋭い眼光を受けて、天音も不敵に笑う。


「任せた」


 たった一言。そこに込められた全幅の信頼に、ゾクッと背筋が(しび)れる。

 高揚感(こうようかん)が湧き上がり、天斗は口角をつり上げて眼前を見据える。


 獲物を狩る肉食獣の如し、研ぎ澄まされた気迫を醸し出した獰猛(どうもう)な笑み。

 晴奈は頬を引きつらせて後退(あとずさ)り、騰蛇は横柄な態度で鼻を鳴らす。


「フン、たかが四尾の妖狐風情が、この俺に(かな)うと思っているのか?」


 傲慢(ごうまん)にも見下す言葉を投げかける騰蛇。

 しかし、天斗は挑発に乗らない。


「うっわぁー。十二天将の一角なのに、その体たらくはウケる~」

「……あ?」


 むしろ挑発し返した。相手にとって一番刺さるだろう言葉と態度で。


 片手を口元に当てて「プークスクス」と天斗は笑う。

 神経を逆撫(さかな)でされた騰蛇はこめかみに青筋が浮かび、右手から炎を放出する。

 苛烈な神気が込められた炎が直線状で向かう。

 さながら火炎放射器のような一直線に、天斗は口角をつり上げる。


「甘いなぁ~」


 パチンッと右手で指を鳴らす。

 次の瞬間、炎がうねり、空に向かって反り上がる。

 騰蛇の意思ではない炎の動きに思わず手を止め、晴奈を守るために後退(こうたい)する。

 空に舞い上がった炎は一つに固まり、四本の尾を持つ狐へ姿を変えた。


「何ッ!?」

「キミねぇ、四尾の妖狐が弱いって決めつけるの、よくないよぉ? こうして足元を(すく)われるんだからさぁ」


 不気味な嘲笑(ちょうしょう)を浮かべ、指先を騰蛇に向ける。

 言葉もなく命じられた炎の妖狐は空中で力を溜め、騰蛇に襲いかかった。


 このまま()けると後ろにいる晴奈に当たってしまう。

 すぐさま晴奈を抱きかかえて回避するが、炎の妖狐は軌道を変えて飛びかかる。

 軽やかな身のこなしは、まるで生きているかのような躍動感(やくどうかん)を感じる。つまり、騰蛇の炎を完全に奪ったうえで制御しているのだ。

 これが単に奪っただけなら支配権を奪い返せばいいだけの話だが、騰蛇の炎にはない不純物が混ざり込んでいた。

 天斗の妖力だと気付いたからこそ、支配権を奪い返す手段は潰れた。


 本来なら下位の神であっても、神気が込められた炎を簡単に支配できるはずがない。


「たかが妖狐風情が……!」


 驚愕もあるが、己の炎を利用された屈辱(くつじょく)相俟(あいま)って殺気立つ。


謹請(きんせい)(たてまつ)る! 水分神(みくまりのかみ)よ、神炎(しんえん)を打ち消し(たま)えとかしこみかしこみ(もう)す!」


 そこに、腕の中から鋭い声が聞こえた。

 視線を下げれば晴奈が二本指を立てた両手で印を組み、炎の妖狐を睨んでいた。

 唱えた呪文は、仏教の神仏に加護を願う『陰陽術』。


「水龍神勅(しんちょく) 急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)!」


 急ぎ律令の如く(つつ)んで願い求めたのは、仏教の十二天が一、水天(すいてん)。別名・水分神。

 竜を支配するとされる水の神から力を借り、構築したのは水の龍。

 (ひげ)から(うろこ)の細部まで現実味を与える芸術的な造形美は、見る者の心を奪う。


 対峙(たいじ)する天音は感嘆の吐息を漏らしつつ目を輝かせ、天斗は好戦的な笑みを浮かべる。


 水龍が炎の妖狐を迎え撃ち、激しいぶつかり合いの末、水蒸気爆発が起きる。

 ゾッとするほどの攻撃を仕掛けられたのだが、晴奈は気丈にも騰蛇を一喝(いっかつ)


「騰蛇、冷静になって! 相手はただの四尾の妖狐じゃない。天狐よ!」


 天狐とは、千年の時を経て神通力を得た善狐。尻尾は四本に減るが、九尾狐とは比べ物にならない力を持つ、狐妖怪の中では最強の妖狐。

 晴奈も先月末の実技で、天祢が戦うまで気付けなかった。気付いた時には既に遅く、まるで児戯(じぎ)だと言わんばかりの余裕な態度で天祢は圧倒されていた。


 油断さえしなければ互角まで渡り合えたはずだが、今回は()えて騰蛇を出した。

 何故なら騰蛇は、十二天将の中で最も強い火の天将。凶将の側面の通り、善性の強い吉将より気性が荒々しく好戦的で、何より誇り高い。これまでの戦闘で自分以上の敵と相対してこなかったこともあり、自信過剰で傲慢な性格が目立つ。

 だからこそ自分より強い敵と戦うことで、見下す態度を矯正(きょうせい)しようと計画していた。

 まさか身の危険を感じるほどの激闘になるとは計算外だったが。


「なっ、何故(なぜ)それを早く言わない!」


 騰蛇は声を(あら)らげて晴奈を責める。

 もっと早く教えてくれたなら、いくらでも対策を練られたはずだ、と。


「それはキミを成長させたかったんじゃないの~?」


 不意に背後から聞こえる、のんびりとした声。

 ひやりと氷水を被ったかのような冷たいものが全身に駆け巡る。


 反射的に身を(ひるがえ)したが、腕に走る痛みで回避し損ねたのだと知覚する。

 背を向けていた場所へ目を向ければ、右手の爪を赤く染めて艶然(えんぜん)と笑う天斗。

 敵を追い詰めるのはいいが、護るべき主人から離れていいのか。

 だが、今なら倒せる。そう思って天音へ目を向けると、彼女の前には天斗の姿が。


「えっ!? 分身……!?」

「さすがは陰陽師。洞察力もピカイチ~」


 パチパチと拍手する天斗は、前回と変わらず余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)

 奥歯を噛みしめる騰蛇に向けて、天斗は(あざけ)る。


「キミさぁ、相手を見極めようとしないでしょー? 自分より強い奴はいないって。そーいう油断が、キミの大切なご主人サマを危険に晒すことになるんだよぉ?」


 天斗の指摘に、ハッと騰蛇は気付く。

 腕の中にいる晴奈の体が微かに震えている。


 騰蛇の炎を利用され、強力な攻撃を仕掛けられたのだから当然だ。それでも晴奈は陰陽術で迎え撃った。並大抵では得られない胆力と精神力で立ち向かったのだ。

 対して、騰蛇はどうだ。恐怖を抑え込んで戦う主人を抱えて、回避に集中するばかり。動揺して逃げるばかりで満足に戦っていない。


 天斗は天音を守るために出し惜しみせず、騰蛇を追い詰めている。

 歴然(れきぜん)の差に、天斗だけではなく自分自身への怒りを覚えた。


「騰蛇」


 落ち着きのある、晴奈の澄んだ声。

 視線を向ければ、晴奈は騰蛇を真っ直ぐ見据えていた。

 凛然(りんぜん)とした強い眼差しを受けて、騰蛇は戸惑う。


「大丈夫。貴方はまだ強くなれる」


 期待だけではなく、成長の可能性を信じている言葉。

 絶対の信頼を寄せる主人の思いに、騰蛇は衝撃に撃たれた。


「ようやく気付いたぁ? キミがどれだけ彼女に信頼されているのか」


 天斗を見れば、彼は厳しさだけではなく優しさを込めた微笑を浮かべていた。


 これはただの戦いではない。騰蛇の成長を促すための試練だ。

 ようやく思い至った騰蛇は、自らの未熟さに恥じ入ると同時に感謝した。


「……ハッ。敵だというのにお人好しすぎないか?」

「晴奈ちゃんはご主人の初めての友人だからねー。多少の贔屓(ひいき)は当然さ」


 天音の初めての友人。その言葉に晴奈は引っかかりを覚える。

 けれど天音の過去を思い返せば、家族以外の他人は信用できず、ずっと距離を置いていたのだろうと察せられた。


「それにキミを見て、ご主人は晴奈ちゃんの思惑に気付いた。だから胸を貸してあげようってお願いされたんだぁ」

「えっ」


 いつの間に?と晴奈は驚く。

 同時に友人と認めてくれているのだと知り、晴奈は嬉しくなって頬が緩む。


「天音には感謝しなくちゃ」

「うんうん、晴奈ちゃんはいい子だねぇ。ボクもキミのそういうトコ、結構好きだなぁ」


 天音の守護者にも認められて喜ぶ晴奈。

 久しぶりに見る心からの笑顔に、騰蛇は衝撃を受けた。


 土御門家の当主。その重圧に耐えるばかりで笑顔が減った。

 それを天音――新しい友人が引き出したのだ。

 自分達だけでは叶わなかった笑顔に(くや)しさを覚えるが、天音へ感謝の念が芽生える。


「……晴奈、下ろすぞ」

「ええ。頑張って」


 晴奈の信頼に応えたい。その思いから天斗を見据える。

 騰蛇の右手から炎が(ほとばし)る。凄まじい烈火は縦長に伸び、一振りの剣に変わった。


 赤い炎の如し色合いが美しい剣を見て、天斗は薄く笑う。

 直後、天斗の姿が揺らぎ、凄絶(せいぜつ)な美貌の鬼へ変貌(へんぼう)を遂げた。

 その姿は、家族の中で最高の武力を誇る『鬼神』魁。


 武術なら魁に頼るべきだが、彼は凪祇の護衛のために天音から離れている。

 だからこそ変身した相手の力を模倣(もほう)する『万能変化』を行使したのだ。


 鬼神へ変わった天斗は、魁が鍛え上げた一振りの古刀――大太刀(おおだち)を召喚する。

 芸術的価値のある美しい大太刀を構えると、騰蛇は好戦的な笑みを口元に()く。


「行くぞ」

「来なよ」


 天斗の真剣な声音を聞き、本気を出すのだと悟る。

 ならば胸を借りる気で戦おう。

 覚悟を決めて、騰蛇は踏み込んだ。


 ――戦いが激化する。


 目で追うにも困難な打ち合いの合間に、騰蛇は炎の蛇を放つ。

 鬼神は大太刀を構えると炎の蛇を一太刀で払い、そのまま騰蛇の剣技に迎え撃つ。

 小手先の技もあるが、所々で大味の技まで繰り出される。


 見る者を魅了する戦いに、審判であるはずの神楽坂でさえ、時間が過ぎても止められない。

 観戦する凪祇でさえ興奮を覚えるほど釘付けに見入る。


 しかし、激闘が続くにつれ、徐々に騰蛇が押されていく。

 それを黙って見守っていられる晴奈ではない。


「――ナウマクサンマンダ、バサラタ、センダマカロシャナタヤ、ソワタラヤ、ウン、タラタガン、マン。」


 晴奈は両手で外縛印(げばくいん)の形を作り、真言を唱え始めた。

 続いて剣印、刀印、転法輪印(てんぽうりんいん)へと呪文ごとに切り替えていく。


「――オン、キリリ、キリ。――オン、キリ、キリ、ソワカ。――ナウマクサンマンダ、バサラタ、センダマカロシャナタヤ、ソワタラヤ、ウン、タラタガン、マン。――」


 相手は天狐。神通力を得ている時点で神位に届く。安倍晴明の母・信太狐(しのだぎつね)で有名な宇迦之御魂(ウカノミタマノ)大神(オオカミ)の眷属、霊獣・白狐と同格と予想するが、【希望の箱庭】の副次的な権能『守護者誕生』で〝()()()()()()〟に生み出されたなら神獣とも考えられる。

 普通の悪霊や並みいる妖怪に使う縛魔術(ばくまじゅつ)では通用しないだろう。

 ならば神すら縛る『不動金縛(ふどうかなしば)りの法』を(もっ)てすれば動きを封じられるはずだ。


「――オンキリ、ウン、キャグウン。――」


 外五鈷印(げごこいん)諸天(しょてん)教勅印(きょうちょくいん)内縛印(ないばくいん)を用いる真言を唱え続け、刀印を左脇に添え、(さや)に仕舞うが如く弓手を添える。


 騰蛇には悪いが、特級異能者として、土御門家当主の陰陽師として手を抜けない。


「――センダマカロシャナタヤ、ソワタラヤ、ウン、タラタガン、マン――!」


 最後の数節を唱え、晴奈は居合術のように刀印を振り上げる。

 一度も目を逸らさず、狙いを定めて。


 ――それが悪手だと、思い浮かべることなく。


「キャアッ!?」


 最後の一節に合わせて振り下ろしかけた直前、後ろからその腕を掴まれた。

 いつの間にか増やされていたようだ。天斗の分身体に術を阻止されてしまった。


 不動七縛印(ふどうしちばくいん)に集中しすぎて、背後へ忍び寄る気配に気付けなかった。

 否、そもそも『隠形』で姿どころか気配すら消していたのだから無理もない。


「なっ!? 晴奈!」


 耳に届いた晴奈の悲鳴に意識が逸れる。


「余所見禁物ぅ~」


 刹那、天斗の渾身(こんしん)の一撃が繰り出された。

 鬼神の権能『怪力』が更なる相乗効果を(もたら)し、受け止めた騰蛇は晴奈の横を通り過ぎ、訓練場の壁に激突。


「騰蛇!!」


 悲鳴じみた声で晴奈が駆け寄ると、騰蛇は力無く瞼を閉じていた。

 気絶しているだけだが、最後の一撃を受け流すことなく真っ向から防いだせいで、腕があらぬ方向へ折れていた。


 青ざめた晴奈は陰陽術で治癒を施す。

 二体の分身はそれを見届けて消えると、本体の天斗は深々と息を吐く。


「つっかれたぁー」

「お疲れ様。分身で戦うのって、本気の時は意識を分身に移すんだっけ」

「『共感覚』を使えば大丈夫。今回は集中したかったから『並列思考』で操ったんだよ」


 創造された当初、天斗に『並列思考』と『共感覚』を具えていなかった。

 心理型の異能に分類される特殊能力を、神通力の一つで行っていたのだ。

 生まれながらの能力ではない、天斗独自で編み出した技術の一つ。

 改めて天斗の努力を知り、天音は素直に称賛する。


「天斗も成長したね。帰ったらご褒美をあげるけど、何がいい?」

「稲荷寿司。具ありと具なしの両方」

「じゃあ、今晩のご飯は稲荷寿司に決定!」

「やったぁ」


 笑顔で宣言すると天斗は拳を握って喜ぶ。

 無邪気な笑顔に天音も感化されて、より一層笑みが深まった。


「……何なんだ、これは」


 観戦していた凪祇は、天音を見て胸が苦しくなった。

 家族や親しくなった相手には見せるのに、自分にだけ見せない自然体な笑顔。


 どうして笑顔を向けない。

 どうして頑なに壁を作る。


 凪祇は腹の底から苛立ちが込み上げて、拳を強く握りしめる。


「凪祇様……?」


 もどかしさから歪んだ凪祇の顔。

 珠貴は今までに見たことのない、彼の苦悶(くもん)の表情に戸惑う。

 理由を尋ねようとしたが、授業の終了を告げるチャイムで叶わなかった。



     ◇  ◆  ◇  ◆




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