04‐01:特殊学科一級組
2025/04/16:学科について微修正しました。
2025/05/08:女性天皇の御子の学年を『中等部二年生』→『中等部一年生』へ修正しました。
聖帝学院に入学してひと月。
聖帝学院の広報誌『聖帝学誌』が話題の的となった。
新学期開始から約二週間。異例の早さで完成された聖帝学誌は、一般の情報誌と遜色ない完成度で各部活動の情報を取り上げていた。
去年に活躍した運動部の立役者との対談や、部活動の魅力など。特に文芸部に依頼したおまけの四コマ漫画や小説の切り抜きはウケが良く、口コミだけで完売。
今年度第一号の聖帝学誌のおかげで入部者が増えたという声も上がり、『聖帝情報局』のサイトでの購読は付属のQRコードで特設サイトから極秘情報を得られた。
内容も多少の違いがあると学院内の情報網で行き渡り、わざわざ二種類を買って読み比べる猛者が続出した。
去年に活躍した部員や、インタビュー記事に協力してくれた生徒の顔写真で些細な違いを演出したおかげで、熱狂的支持者は「推し活」の一環で買い求めた。
過去最高の成果を叩き出した情報委員会は、載せきれなかった記事を第二号に組み入れて、四月の時点で入部率の高い部活動の比較をグラフ化し、丁寧な文章に拘った。
四月より余裕はあっても、五月の第一月曜日に発売された第二号の質は多少落ちるだろう。当初はそう考えたが、倶楽部活動に必要な情報の質は高く、読者を満足させた。
おかげで情報委員会は早々に各委員会で過去一番の成績を叩き出した。
学院側に予算増額を嘆願しなくてもいいくらい余裕が生まれ、今年度の不安は解消。
大成功に終わって一安心した天音だが、これを機に情報委員会から相談役の地位を設けられたのだった。
「編入早々すごいわね~。相談役だなんて重鎮じゃない」
「不可抗力ぅ……っ!」
感心の言葉をかける晴奈だが、机に突っ伏して呻く天音。
羞恥に耳まで真っ赤になった涙目を覗き見た天祢は、男子用のカーディガンを被せる。
「わっ!? な、なに?」
「天音、その顔はやばい。深呼吸して」
「う、うん……」
五月中旬。温暖化が解消された現代だが、徐々に気温と湿度が高まり始める時期。
ブレザーを脱いでカーディガンに着替えた生徒が出始め、天職系の異能者が在籍する教室では、温暖化の名残でスポーツ専門の男性異能者を中心に半袖へ衣替え。
天音・天祢・晴奈は長袖だが、天音はベージュ、天祢はライトブラウン、晴奈は紺色……といったカラーバリエーションが豊富なカーディガンがお気に入り。
「……あ」
「何」
「いや、えっと……天祢のカーディガン、いい匂いだなぁって。何かつけてる?」
どこか懐かしい匂いにリラックスすると、被せられたカーディガンが剥がされる。
きょとんと見上げると、天祢の目元が真っ赤だった。
「あっ、思い出したかも」
「な、何が?」
「家の匂い。天祢もいい匂いだから、すごく落ち着けたよ。ありがとう」
裏表のない満面の笑顔で感謝の気持ちを伝えた途端、後席へ戻った天祢が突っ伏す。
煙が出そうな天祢の様子に首を傾げる天音を横目に、晴奈は気の毒そうに苦笑い。
「おはよー、土御門、天ヶ崎姉弟」
不意に挨拶したのは、爽やかな黒い短髪に精悍な顔立ちの男子生徒。
功刀剣磨。通常の刀剣から特殊効果を有する刀剣といった幅広い刀剣類の武器召喚を専門とする異能一族、功刀家の次男。
日本国の歴史に登場する刀剣が多く、特に剣磨は、平安時代で有名な武将・源頼光が大妖怪討伐の際に使ったとされる天下五剣の一振り『童子切安綱』を召喚する。退魔の宝刀の中でも『血吸』の異名を持ち、魔物を魔核ごと浄化し、一時的に斬った魔物の能力を取り込む特殊効果がある。それ故に当代最強。次期当主候補の筆頭である。
一時期は花咲家の次期当主たる凪祇の護衛に推薦されたが、凪祇自身が友人としての付き合いを優先したことから護衛の件は破談となった。
S組に選ばれる大抵の召喚型異能者は、異界の幻想生物が召喚対象。個人の趣味嗜好で誕生する異能生命体や武器・道具系は特殊な能力・効果が無ければS組に選ばれない。
対する剣磨は、数少ないS級に匹敵するA級召喚武器の召喚型異能者。武芸百般で戦闘能力も図抜け、一年S組では最強の武人。
遡れば源頼光の血筋・源氏、摂家・近衛家との繋がりもあるため、天皇家を守護する一族としても名を連ねている。
補足、総合百貨店で骨折を治療した被害者の一人――と、剣磨の情報を思い出す。
「おはよう」
「ちょっと聞きたいんだけどさ。俺が入った体育委員会の委員長からアンタのこと『教えろ』って言われてなぁ。モールの件じゃないって言われたけど、何したん?」
挨拶直後の質問に、きょとんと目を瞬かせる天音。
何をしたと言われても、体育委員長と接点はない。
取材は主に上級生が行い、天音は記事の構成を整えただけで、他の生徒とはほとんど接触した覚えがないのだ。
何もしていないはずだけど……と言おうとしたが、その前に晴奈が告げる。
「天音は情報委員会の相談役に任命されるほどすごいのよ」
「は? 重役じゃん。何やったんだよ」
「いや……聖帝学誌の件で、ちょっと提案しただけ……」
おずおずと答えれば、カッと目を見開いた剣磨。
「えっ! もしかしてクラブの活動内容と年間の自費予算とか載せたのって?」
「う、うん、私の案」
ぎこちなく頷いた次の瞬間、剣磨に両手を掴まれた。
「めっちゃ助かった! ありがとな! いでぇっ!?」
感激のあまり急接近する剣磨に仰け反る。
刹那、目の前に残像が映ったと思えば、剣磨は悲鳴を上げて離れた。
「近い」
復活したらしい天祢の手刀だったようだ。
完全に据わった目で剣磨を睨む天祢に、剣磨は叩かれた手を庇いながら抗議する。
「おっ、お前っ……! 手加減しろって……っ! つか殺気……!」
「功刀君、気を付けて。血縁な分、相当拗らせてるから」
「拗らせてない」
晴奈の助言に即座に否定するが、その素早さのせいで説得力がない。
何度も目を瞬かせた剣磨は、「あー」と気の毒そうな表情で天祢の肩を叩く。
「なんつーか、その……ドンマイ」
「うるさい」
不貞腐れた天祢の殺意溢れる睥睨は恐ろしいが、事情を知った剣磨は不憫さが増す。
「今さらで悪いけど、名字じゃややこしいから名前で呼ぶぞ。いいか?」
「私はいいよ」
「……なら、僕もいい」
「おう、サンキュー!」
快活な笑顔で礼を言った剣磨は、じゃ、と手を挙げて踵を返す。
少しずつ交友の輪が広がっていく感覚を実感し、天音は今後が楽しみになった。
その様子を離れた席で眺める凪祇は、モヤモヤした不快感を覚える。
聖帝学院では距離を置く方針を立てたが、自宅でも天音との距離感がある。
血縁の天ヶ崎家、『家族』と呼ぶ守護者、学友とは素直な感情を表に出すが、護衛として壁のある態度で接するのだ。
「なあ、凪祇。ここンとこ機嫌が悪くないか?」
触れたら弾けそうな不満を抱える凪祇に声をかけたのは剣磨だった。
S組の中では勉学の成績がすこぶる悪くても、気兼ねなく会話できる数少ない親友。普段から笑顔の仮面を被っている凪祇の機微に気付くほど高い洞察力を持ち、演技ばかりの凪祇の在り方を肯定する度量から、凪祇自身も剣磨に気を許している。
「君にはそう見えるんだね」
だからこそ剣磨の指摘に、いつも通り優等生の仮面のまま答える。
すると、剣磨は眉を寄せた。
「何年の付き合いだと思っているんだ。つーか笑顔で不機嫌を醸し出す芸当、お前ぐらいじゃないか? ホント器用だよなぁ」
剣磨の呆れが入り混じった感想に凪祇は苦笑し、深々と溜息を吐く。
「新しい護衛がね、気に食わないんだ」
「それはいつものこと……って、そういう意味じゃないんだな。毎度のことゴマすりして媚び諂うような奴?」
「いや、むしろ霧島みたいな護衛らしい護衛だよ」
「霧島さんって、護衛隊長だろ? それと同じって……そりゃあ息苦しいよな」
意外そうに目を見開いた剣磨は、想像した途端に渋面を作る。
それに対して凪祇は補足する。
「いや、そういう意味で同じじゃない。むしろ俺に対して壁があるんだ。しかもその異能生命体からは蛇蝎の如く嫌われてる」
「召喚型の異能者か? ……って、異能生命体から嫌われてるって何したんだよ」
怪訝な顔で問いかける剣磨。
凪祇は親友の予想外の反応に眉を寄せた。
「俺が何かした前提?」
剣磨は新しい護衛に対して行った凪祇の行為を知らない。そもそも新しい護衛の存在を初めて知ったばかりだ。
だというのに新しい護衛ではなく凪祇に非があると仄めかされた。
不快感から険呑な声が出ると、剣磨は丁寧に説明する。
「あのなぁ、異界から召喚される奴と違って、異能生命体は主人に生み出された一種の命だけど、主人がそいつを不快に思ったからって異能まで嫌悪するって極端な性格はあまりいない。どっちかと言うと主人を害するような奴には過剰に反応するものなんだ」
剣磨の言葉は、初対面の天音と同じ意味を持っていた。
「一種の命って……異能が?」
凪祇は思わず胡乱な声を出す。
信じられないという様子に、とうとう剣磨は呆れてしまう。
「これまで召喚型の異能者と出会ってきただろ。いったい何を見てきたんだ」
聖帝学院だけではなく、警察庁や花筐退魔局に所属する者、護衛に就いた者の中にも異能生命体を召喚する異能者がいた。
凪祇も彼等の絆を間近で見たはずなのに、まるで理解していない。
座学の授業でも習うはずの常識さえ、心の底では信じていなかったのだ。
異能は個人が持つ力の一部でしかない。自我があったとしても、「異能者の願望が鏡のように映し出された偽りの生物」――機械人形やロボットと変わらないのだと。
「そんなんじゃあ、その護衛にも異能にも嫌われて当然だな」
だが、親友の失望した眼差しを受けて、ようやく違うのだと理解し始めた。
凪祇は胸に突き刺さる痛みを覚えて、何も言い返せなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
聖帝学院では、座学だけではなく実技も行う。
異能を制御する訓練の一つであり、自分以外の異能への理解を深める好機である。
しかし、異能の系統によって授業を受ける教室が分別される。
聖人型・技能型・潜在型・工作型・職業型の天職学科。
支配型・概念型・自然型・心理型・変異型の操作学科。
複合型・魔眼型・召喚型・魔術型の特殊学科。
世界型・神威型・創造型の超越系に分類される異能者は希少すぎるため、彼等は特殊学科の教室に振り分けられる。
異能者にも差があるため、そこから更に階級をつけられ、階級ごとに教室が決まる。
中には最高位の一級を超える「特級」も存在するが、極めて稀なので一級組に入る。
眞人の精霊を従える異能【精霊師】は、去年まで練度が低かったため二級組だったが、新学期で行われる試験で一級組に昇格した。
剣磨は召喚型の中でも珍しい退魔の宝刀を召喚することから一級組。
晴奈の複合型異能【大陰陽師】は特級異能であり、晴奈自身も特級異能者なので該当。
天祢の異能【熾天王権】は、天ヶ崎家という異能一族の祖となった異能者が保有していた複合型であり、基盤の召喚型に魔術型・支配型・変異型が組み込まれた特級異能。将来は花筐退魔局に入る予定だが、統率力や指揮力のある兄・光輝を差し置いて総督になるつもりはないと明言しているので複雑な立場にあるのはここだけの話。
凪祇の異能は神威型【北辰大皇】。浄化に特化し、武具の召喚まで可能とする国宝指定の特級異能者。超越系の時点で、実技の教室は一級組。
天音は創造型に格下げしているが、こちらも超越系なので特殊学科一級組に入る。
本日の異能学実技は、同体系の異能者同士との戦闘訓練。
保有する異能体系以外を学ぶのは、月に八回の総合座学、月末の合同演習のみ。
天音が異母妹と遭遇することはないので、安心して生徒同士の模擬戦を観戦できた。
「おっ! 剣技の腕、上がってんじゃね?」
「師匠が俺に合った自己流の流派を考えてくれたからね」
花咲家の神威型異能【破魔】は、対魔物戦では驚異的な威力を発揮するが、対人戦には不向き。しかし【北辰大皇】は『破魔弓』や『七星剣』といった武器を召喚するため、剣術と弓術を活かせる。そのため功刀家当主である剣磨の父・刀弥から指導を受けている。
異能頼りではない個人の才能がものを言うのだが、凪祇は武芸の才を持っていた。
天は二物を与えずというが、稀有な美貌、家柄に加え、頭脳明晰、抜群の運動神経、スポーツ万能、超越系神威型の中でも国宝指定の特級異能者――といった天賦の才。
『授かりの貴公子』と皮肉を込めた綽名があり、それを余すことなく体現している。
一級組に属する男子生徒は剣磨を応援し、女子生徒は凪祇を応援する。
ごく一部の賭け事までしている様子は、中等部から大学部のみが参加できる『異能大演武』のような闘技場で開演される決闘競技に近い空気。
とはいえ一級組専用の訓練場は甲子園球場並みに広い。余裕のある空間で思い思いに模擬戦と言う名の交流会が行われている。
天音は学生でありながら数少ない特級異能者。異能の内容から相手に相応しい生徒は、同じ特級異能者である従弟の天祢と晴奈に加えてもう一人――三名ぐらいだ。
前回、四月最後の実技では天祢と模擬戦を行ったが、最低限の実力で圧勝した。
本来は世界型で戦闘向きではないのに、生み出された守護者の戦術は底知れない。
そのため、天祢と晴奈の模擬戦が終わるまで待機することになった。
「天ヶ崎殿」
ふと、一級組の実技を担当する神楽坂が声をかけた。
凪祇の護衛部隊の隊長から実力を聞かされたが、当初は想像が追いつかなかった。
それが四月最後の実技で披露された天音と天祢の模擬戦を目の当たりにした瞬間、独特な敬称をつけて呼ぶようになった。
S組で晴奈と肩を並べる特級異能者で有名な天祢を軽々と圧勝してみせたのだから、当然と言えば当然の結果。
けれど、教師と生徒の立場を重んじる天音には過分な憧憬と言うのが本音だ。
「前回は天ヶ崎……君の従弟とだったが、今回は土御門晴奈と模擬戦をしてくれ」
「はい。ところで、もう一人の土御門君は……ああ。久遠寺君に押されていますね」
A組では上位の実力者だと言われる晴奈の親戚、土御門保貴。
複合型の一級異能【陰陽師】を保有し、主に『陰陽術』で戦闘に臨んでいる。日本国の神々から助力を賜るときは、日本国独自の言語である大和真言が適しているが、普段は仏教伝来のサンスクリット語を用いた真言で呪術を操る。
晴奈も似たような使い分けをしているが、保貴はこだわりが強いのか勿体無い戦い方。
今まで「親の七光り」だと下に見てきた眞人の【精霊師】を前に押し負けている。
「久遠寺君も火の中位精霊から力を借りられるようになったし、真言じゃあ当然かな」
「何故か聞いても?」
解説を求められたが、彼が婿として入籍した神楽坂家は有名な異能一族の分家。
生家は割と有名な聖人型の異能一族だが、母方の血族が濃かったことから神職に携わる異能ではなかった。それでもある程度の神事の知識は持っているはずだが、彼の異能は魔術型なので、そちらの知識は疎かなのだろうと察する。ちなみに件の聖人型異能者の血族であり、神楽坂家の異能者を守護するに値する実力を持っていたから婿入りが許された。
真実は恋愛結婚だが、神楽坂家の本筋である本家にとって異例中の異例。何かと理由が必要だから、後付けとして条件を添えて分家の神楽坂家に入籍したのだ。
そして、神楽坂家は分家でありながら本家に近い家柄。神事にまつわる知識は必須。
しかし思い返せば、出自も婿入り先も花咲家に寄った異能一族。
土御門家が扱う呪術的な知識までは不要なのだろうと考察し、天音は説明した。
「精霊は自然界の超自然的エネルギーから発生した自我を持つ霊的な存在。例を挙げるなら、ギリシャ神話のニンフのような存在。木霊もそうだけど、【精霊師】は希薄な自我ではなく確固たる意思を持つ精霊から助力を受けるので、精霊の位階によっては神霊側に寄ります。他国なら真言でも通じるでしょうが、我が国では大和真言の方が願いを通しやすく、陰陽師なら力量によっては精霊を買収できる。久遠寺君は【精霊師】を扱い切れていないので交渉の余地はありますが、土御門君はそれを呪術的な武力『陰陽術』で応戦しています。買収の発想に至っていないのか、あるいはその手の技術を磨いていないのか……」
天音は自分自身の分野にない異能について分析していた。しかも、けして的外れではない内容に纏めながら。
末恐ろしい才能だと、神楽坂は生唾を呑む。
「あ、剣磨君が勝った」
「まあ、功刀家次期当主の最有力候補で有名だからな」
再び護衛対象へ視線を戻すと、凪祇は七星剣を手放していた。
どうやら鋭く弾かれたようで、七星剣は遠くへ飛んでいく。
凪祇は剣磨から目を逸らさず、一瞥することなく人に当たる前に七星剣を消す。
敵から目を離さないまま、味方に武器が当たらないための配慮は徹底しているようだ。
数秒経って剣磨が大太刀『童子切安綱』を消し、握手で互いに健闘を称え合った。
「北辰一刀流と天然理心流を掛け合わせたのは、適応力を高められるからかなぁ」
「ん? それはどういう……?」
「警察官が学ぶ武術の一つに剣道があるでしょう? それが北辰一刀流剣術だって聞いたことがありまして。そこに居合術・棒術・小具足術・徒手格闘といった総合武術の側面を持つ天然理心流剣術なら護身術の要素もあるし、念流と神道流は七星剣と相性がいい。これを考えた花咲君の師匠さん、すごいです」
「……それを見抜ける天ヶ崎殿も相当すごいと思うが……?」
少しの間で日本剣術の流派を見抜いたのだ。驚いて当然だった。
天音も相当な努力を積み上げ、知識を蓄えてきた。その気になれば【希望の箱庭】から必要な知識を検索することもできるのだが、今回は自分の目と知識量で推し量った。
鑑識眼を磨けているのだと実感していると、天祢と晴奈が引き分けに終わった。
「天祢、晴奈、お疲れ様。格好良かった!」
天音が駆け寄って二人を労うと、晴奈は頬を膨らませる。
「この後は天音と戦うのだもの。極力温存した方がいいからって手加減されたのよ」
「……天祢?」
何事にも真摯に向き合う天祢が模擬戦で手加減するなんて意外だった。
困惑から呼びかければ、天祢は困り顔で苦笑する。
「天音の守護者はたくさんいるけど、天斗だけでも苦戦するほど強いんだ」
「……翠蓮の方がよかった?」
「本音はね。だけど天斗以上に目立つから無理じゃん」
翠蓮は【希望の箱庭】では龍神だが、現世では水龍。『天候操作』と『自然支配』の権能は格段に落ちるが、水と風を支配する『水風支配』と新技『法則支配』だけでも強力。
現世では辛うじて同格に戦えるのだが、天斗が相手では天祢の異能【熾天王権】をもってしても太刀打ちできない。数で太刀打ちしようにも同等かそれ以下の数を用意し、天祢の陣営に不都合な力を持つ対象へ変化してしまうと、一方的な蹂躙劇が始まる。
たった一体の守護者で、特級異能者としての矜持が折れて当然の戦略を可能とする。
家族で良かったと心底思うくらい理不尽な実力差を経験すれば、天音と対戦する相手への配慮は必要だと言えた。
「晴奈、心が折れないことを祈るよ」
「待って、なに、その不穏すぎる応援!」
不安を煽られる発言に身構えてしまう晴奈。
そんな三人のやり取りを眺めた神楽坂は、コホンッと咳払い。
「一年S組・天ヶ崎天音、一年S組・土御門晴奈、前へ!」
大多数の模擬戦が終わり、場が整うと告げる。
ほとんどの生徒は訓練場の中心から離れるが、天祢は安全面から壁際まで下がる。さらに異能で一体の天使を召喚した。
「天ヶ崎天祢の名の下に、我が呼び声に応えて守護を為せ、『ミカエル』」
召喚されたのは、右手に豪奢な剣、左手に金の天秤を持つ雄々しい男性型の天使。
最高位の熾天使であり、軍団長であり、神に最も近いとされる大天使ミカエル。
地獄の王サタンとなった堕天使ルシファーを打ち倒した伝承を持つ最強の天使である。
本来なら戦闘に呼び出すものだが、「守護」にも特化しているため防衛面でも有能。
「何故守護程度で私を呼ぶのだ」
ただ、呼び出されたミカエルは天音との再戦ではないことに不満げだった。
柔らかな金髪に黄金色の瞳の屈強な男に睨まれるが、天祢は肩を竦めてみせる。
「友人が天音と模擬戦をするんだ。みんなに戦いの余波がいったら大変だろう?」
「……貴殿はともかく、他は軟弱だから仕方ない。だが……」
スゥッと視線を巡らせた先には、壁際で愉し気に眺めている凪祇がいた。
「天音殿の最強の守護者がいるではないか」
凪祇のすぐ後ろには、『鬼神』魁がいる。しかし、他人の目には映らないのか、誰も魁の存在に気付かない。
「今、天音は極秘の護衛に就いている。その対象者が彼、花咲凪祇」
「極秘?」
「依頼主と花咲は知っているけど、僕と、友人の晴奈、一部の教師陣以外は知らない。護衛としての環境は整ったそうだけど、もう少し余裕が欲しいそうだから『隠形』で隠れている」
「それほど難しい相手なのか」
「敵が多いんだ。彼、小さい頃から何度も誘拐されるほど価値のある異能者だから」
簡潔に答えるが、天祢の表情から『価値のある異能者』という本心が見えない。
ミカエルは凪祇を一瞥し、彼の身に宿る異能と潜在能力を感じ、首を捻る。
「天音殿より価値は無さそうだが?」
「魔物が残す魔核の浄化に一番貢献している一族なんだ」
「ああ、確かに徒人では奴等を完全に抹消できぬな。……そういう意味での価値か」
人間は愚かで難儀だと、ミカエルは溜息混じりに呟く。
「だから花咲の方は大丈夫。僕と他の生徒だけ守ってくれたらいい」
「承諾した」
ミカエルは左手の天秤を掲げ、訓練場の生徒達に守護の結界を張る。
守りを与えられたことに唯一気付いたのは剣磨だった。
「お、大天使ミカエルだ。守護結界はありがたい……って、何で凪祇には無いんだ?」
自分を守ってくれる結界に気付けるほど、剣磨は武人以外の感覚にも優れている。
だからこそ凪祇との違いに気付き、凪祇の後方で姿隠しの『隠形』を使う魁は嘆息。
(天祢なりの配慮か。だが、この場では悪手だぞ)
あとで注意するべきだろうな、と胸中でこぼし、魁は妖術による結界を凪祇に施す。
ミカエルより数段強力な結界に、剣磨は「あ、なるほど」と呟く。
「凪祇だけ頑丈にしてくれたのか。……ん? ミカエルの結界と、なんか違う……?」
鋭い感覚で違いに気付かれるほど、凪祇の親友は手練れだ。
魁は内心で感心しつつ、凪祇が余計な発言をしないか注意深く観察する。
「凪祇様、楽しそうですね」
その時、淑やかな少女の声がかけられた。
S組の一人、倭姫宮珠貴。
毛先に緩やかな癖のある黒髪、涼やかな黒茶色の目は日本人らしい特徴のある美少女。
大和撫子な和風美人を体現する珠貴は、三重県出身の異能者。
数代毎により神威型異能【玉依姫】を保有する一級異能者が次期天皇と婚姻を結ぶ、初代天皇との繋がりの深い血族の末裔。
当代は推古天皇以来の女性天皇。後継者となる嫡男は中等部一年生。少しの面識はあるものの一族の義務として嫁ぐというのは、現代人の精神に合わない。
珠貴も納得できず、神威型異能【玉依姫】を継がない妹に次期皇后の座を譲り、自分は花咲家の次期当主となる凪祇の伴侶を望んだ。
しかし、伝統を重んじる大人が許すはずもなく。けれど異能の性質により花咲家の異能者との相性も良いため、表向きは婚約者候補の最有力候補として君臨している。
結局は凪祇の婚約者にはなれないが、凪祇に近づく不埒な女性を排除する役目は全うしているので、聖帝学院の在学期間だけ婚約者候補の一人に名を連ねることを許された。
とはいえ珠貴本人がその程度で納得するはずもなく、虎視眈々と機を狙っている。
彼女の本性を知っている凪祇にとって厄介だが利用できる駒。
凪祇自身、伴侶は自分で選びたいので、それまでの女除けとして自由にさせていた。
「そう見えるかい?」
「ええ。異能大演武を御観覧する時と同じお顔をなさっています」
珠貴が品の好い口調で微笑むと、凪祇は訓練場の中心地へ目を向ける。
視線の先には、距離を置いて向かい合う二人の女子生徒。
片や、幼稚舎からの腐れ縁。
片や、今年度に高等部へ編入した新参者。
「あの編入生は天ヶ崎以上の強者だからね。今回はどう立ち回るのか楽しみなんだ」
先月末の実技では、天祢が召喚した多くの天使をたった一体の守護者で倒したのだ。特殊系のS組で最強の一角を遊び感覚で倒されてしまい、残るは土御門晴奈との対戦のみ。
実のところ、その編入生こそが凪祇の新しい護衛、天ヶ崎天音なのだ。
天音が自分の護衛だと教えたくも、彼女と決めた護衛の指針から話せない。
厄介だとは思うが、護られている以上は譲歩するべきだと受け入れている。
「さあ、お手並み拝見といこうか」
前回の実技で披露した実力以上の戦いを、凪祇は望んだ。




