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箱庭の乙女は守りたい  作者: ISTORIA
第三章 学院エンカウント
10/21

03‐04:隠せない実力

※2025/10/06:脱字修正


 新学期開始から三日目の健康診断・身体測定は絶好調。ただ、異能測定は中学時代にないものだったので不安があった。

 天祢曰く、異能の制御能力を確認し、異能者階級に必要な練度を心眼の魔眼型異能者に鑑定してもらうのだと説明された。

 五歳の会計年度末では文字化けのせいで不明とされたが、問題なく発動した現在、魔眼型異能者にはどう映るのだろうか。

 異能の情報を捏造している今、知られるわけにはいかない。

 他人には打ち明けられない不安もあり、胃がキリキリと痛む。


「天ヶ崎さん、こちらへどうぞ」


 名前順で検査が行われる中、担任教師の百目鬼に声をかけられる。

 ふと、天音は思い出す。そう言えば百目鬼先生も心眼の魔眼型異能者だ、と。

 案内された先は、S組が異能を披露する試験会場だった。


「外部の中学校では異能の測定検査を行わなかったそうですね」

「あ、はい。昔、どう検査しても文字化けするから無駄だと判断されまして」


 その後、自力で異能を発動させてからも検査はされなかった。

 当時を思い出していると、百目鬼は痛ましげに眉を下げた。


「それが原因で実の親に(しいた)げられたと聞きました。大変、申し訳ありません」


 急に頭を下げた百目鬼の謝罪に、天音はキョトンと目を丸くする。

 どうして謝るのだろうか。その理由を考えて、「あ」と呟く。


「もしかして、十年前の再検査してくれた一人……ですか?」


 十年前の百目鬼は二十代。一際若い異能鑑定士がいたことを思い出した天音は、その後の境遇を知られたのだと理解して胸が痛む。


「いえ、あの……私、元から虐待されていたので……」

「……は? どういうことですか」


 顔を上げた百目鬼の声が重苦しいほど低くなる。

 墓穴を掘ったかと焦ったが、今後、異母妹と遭遇することを想定して打ち明けた。


「私は四歳の冬になるまで実の父親に会ったことがありませんでした。ずっと亡き母の兄……今の父である伯父一家に育てられていました」

「実の父親……秋篠貞彦ですね。現在は地方の医療従事者として労働を受刑していると」


 聖人型異能者が児童虐待で懲役(ちょうえき)二十年もの服役を妻ともども受刑した。

 当時の世間に大きな衝撃を与えた児童虐待事件なので、数年がたった今でも人々の記憶に強く根付いている。

 児童殺害に至っていない場合は懲役十年以下。しかし、懲役二十年の刑期が課せられた理由は、通常の児童虐待の枠組みを超える非道が裏で行われたからだ。


「実父は……母と結婚したにもかかわらず不倫(ふりん)していたんです」

「……は?」


 一段低い声が出た。

 ゾッとするほどの低音に引きつるが、天音は続ける。


「私が初めて実父に会った時、再婚の話を伯父にして、再婚後に実父と暮らすことになりました。それから間もなく再婚相手との子……異母妹を里子という形で引き取り、私だけまともな育児はされませんでした。早生まれの年子ということで明確な差が理解できたのか、異母妹も私を虐げる側にいました。育児放棄(ネグレクト)に暴力が加わったのが五歳の会計年度末。秋篠家が代々保有する異能ではないという理由で、帰宅直後から暴力が始まりました」

「待ってください。あの時の貴女は……は? まさか……異能で治した、と?」

「はい。異母妹に異能の訓練になるからと説いて、被検体として扱われました。異母妹が自身の異能をものにする頃から治療を受けなくなりました。気まぐれで治療されても、一部は完治させない程度の加減を覚えるほど上達したそうで……」


 事実を口にした瞬間、百目鬼から底知れぬ気迫を感じた。

 肌を刺すほど深い怒りの正体は――殺意。


 温厚な人物が殺気立つと恐ろしい、と改めて実感した時、目の前に天斗の背中が出現。

 天音自身に害は無くても、天音の近くに危険人物がいると守護者は察知したようだ。


「天斗、大丈夫。秋篠家でのことを話しただけだから」

「……あとで桜華姐さんの治療を受けてよぉ」


 背中越しで気遣われ、天音は眦を下げて頷く。

 すると、百目鬼は深々と溜息を吐いた。


「【守護者】……でしたか。【箱庭】がつく異能名だったはずですが……なるほど。花咲君の護衛に必要な捏造なら、これ以上の詮索(せんさく)はいたしません」

「すみません、百目鬼先生。ご協力に感謝します」


 察しの良い百目鬼に頭を下げると、彼は悲しげな眼差しで笑った。

 そして、キリッと表情を引き締める。


「秋篠麻菜美さんですが、高等部一年の天職系A組というのはご存知ですね」

「はい」

「天職系のA組は聖人型が多いです。一方でS組の在籍数は少ない。なので全S組同士の交流会で治療係としてA組から何名か参加されることがあります。天職系A組の教師には念のために注意喚起しますが、おそらく推薦される確率が高いと思われるかと」


 百目鬼の助言に目を見開いた天音は、(おとがい)に手を当てて思案する。


「……でしたら、私の守護者に治療を頼みましょうか?」

「治療が可能なのですか?」


 本来、治療できるのは聖人型異能者に多いが、穴埋めなら桜華だけで充分(じゅうぶん)のはずだ。


「春休みの総合百貨店(ショッピングモール)の件はご存知ですか? 負傷した子供達を避難させ、一度に全員を治療したのが私の守護者、桜華です。花咲様のご友人の骨折も問題なく治ったので、先日その方から感謝状を頂きました」


 聖人型異能者であっても、一度に複数人の治療を施せる者は少ない。

 しかし、天音の話は本当にあったことだと、聖帝学院の生徒が卒業式直後に巻き込まれた情報は共有されているので知っている。


「……なら、今年からA組の聖人型異能者は少なく見繕(みつくろ)ってよさそうですね」


 元から「護身術を扱える実力者でなければ参加できない」条件があるので可能だろう。

 天音に異能を行使するが、内容は文字化けだらけ。肝心(かんじん)の権能が視えない。

 けれど、天斗という異能生命体の情報は鑑定解析ができた。

 結果内容に度胆を抜き、同時に稀有な人材が救われて良かったと安堵する。


「――では、これで天ヶ崎さんの異能測定は終了です」

「えっ? あっ、はい。ありがとうございました」


 異能自体を見せていないが、天斗が現れた時点で制御能力に問題はないと判断された。

 ほっと安心していると桜華が現れ、天音に『万能治癒』を施す。

 ほんの少し強張(こわば)った体から力抜け、精神的負荷が消えた。


「ありがとう、桜華」

「いいえ。百目鬼先生とやら、あとでお話が」


 朗らかな微笑だが、目が笑っていない。

 少し怒っている様子に、それだけ天音が大切なのだと理解した百目鬼は心が温まった。


「僕からもお願いがあります。桜華さんに損はないかと」

「S組の交流会の件でござますね。全面的に協力いたしましょう。ただし――」

「秋篠麻菜美の件について話を詰めましょう。最悪の場合、利用すればいいのでは?」


 にこやかな百目鬼の提案に、「あら」と桜華は笑みを深める。


「……主様。私用になりますが、少々お(いとま)頂戴(ちょうだい)してよろしいでしょうか?」

「もちろん。好きなだけ相談し合って。報告はお願いね」

「必ずや」


 桜華は満面の笑みで確約する。

 そのやり取りを見守っていた天斗は頬を引きつらせた。


「桜華姐さんと同類だぁ」



     ◇  ◆  ◇  ◆



 四日目の委員会決めでは予想外に白熱した。

 全二〇名のS組から、誰が学級委員長・副委員長を務めるのか。

 異能者は階級社会。国宝級異能者であることから必然的に凪祇が筆頭異能者だと誰もが認識している。


 だから凪祇が学級委員長の座に納まるのだと思っていたが、半数が天祢を推薦(すいせん)

 理由は凪祇に勝るとも劣らない異能者であることに加え、天ヶ崎家が有名だから。

 父・明は花筐退魔局の総督として辣腕(らつわん)を振るい、長兄・光輝も父親と同じように生徒会長を務めた経歴がある。

 さらに中等部での人当たりの良さと人望に、凪祇には無い魅力を感じる支持者が多数。


 多数決では決まらず、最終的に担任教師の百目鬼によって決定した。


「では、学級委員長は花咲君、副委員長は天ヶ崎君にしましょう」


 学級副委員長の枠が埋まってしまい、凪祇狙いと天祢狙いの女子生徒は傷心した。

 しかし、彼等の補佐をする書記係が残っていると思い出した途端、こぞって参戦。

 だが、凪祇の近侍・眞人がそれを許すはずもなく、書記係を勝ち取った。


熾烈(しれつ)な戦いだった……」

「そうね……無駄に疲れたわ」


 委員会は基本、個人の意志や自主性を尊重して決められるが、大抵が自身の異能に適した役割を選びたがる。


 晴奈は未来の公安警察という職業柄、学院内外での学生生活の秩序を守り、近隣の治安を整える風紀委員会に所属。


 天音は本来の異能を捏造しても特殊すぎるということから、持ち前の情報収集技術を活かせる情報委員会に決めた。


 情報委員会は、オンラインやオフラインから集めた情報を(もと)に新聞紙型・雑誌型の広報媒体を作成し、専用のホームページやSNSを利用した情報統制・発信する役職。

 広報部や放送部に加え、文化系の倶楽部(クラブ)を統括する役所でもあり、体育会系にありがちなスポーツ関係の優劣に似た確執は滅多に起こらない。

 ほとんど協調性があり、締切前(しめきりまえ)殺伐(さつばつ)とした空気以外は平和な活動が主体。聖帝学院のあらゆる情報が集約されることもあり、花咲凪祇の護衛に必要な情報も入手できる。


 ただし、委員会に参加する以上、簡潔に纏める作業は文章力が無ければ大変だ。

 幸いにも天音はライトノベルを趣味で執筆している。文章力には自信があった。


「今年初の掲載内容は、各学級の委員長・副委員長・書記。これの他に何かないか?」


 情報委員会の全役員が集まる専属の会議室にて。

 顔見世と委員会活動の説明を受けて早々、初めての広報誌を作成する会議が行われた。


 階段教室の前方、スクリーンを設置した壇上では一人の男子生徒が進行役を務める。

 情報委員会の委員長を務める三年生・那智(なち)徹也(てつや)は生真面目な性格のようで、あらかじめまとめた本日の議題内容をスクリーンに上映。

 私情で仕事を増やしたくない学生もいるのに、奇特(きとく)な人材だと天音は感じる。


 そこで天音は手をあげて、ある提案を出した。


「去年の高等部の部活動でどれほどの成果が出たのか、どれほどの魅力があるのかを紹介する――というのはどうでしょう」


 事前に調べてはいるが、編入したばかりの天音は聖帝学院の倶楽部活動に詳しくない。これを機にどのような倶楽部があり、活躍内容の情報を入手できれば手間が減る。

 できることなら護衛と私生活に必要な時間を増やしたいという気持ちで提案すると、ギラッと鋭い視線を送られた。


「……天ヶ崎さんは外部生だったな。学院でのクラブ活動を知らなくて当然か」


 本来、聖帝学院は高等部からの外進生は受けつけていない。

 留学生は編入を許可されるが、引っ越しの場合は地方外に限る。数年前から外部生を受け入れるようになったが、異能特務管理局に申請(しんせい)して認められる必要があった。


 ここ数年、外部から聖帝学院に編入したのは天音だけ。複雑な事情を抱えている理由は花筐退魔局の総督を務める養父こと伯父・明が裁判の履歴をもって証明した。

 魔物から国民を守護する明の功績と人徳に加え、警視総監・久遠寺清香、国宝級異能者が誕生する異能一族の当主・花咲伊緒理にも認められた特級異能者という点も大きい。


 それでも学院全体の情報を網羅(もうら)する内部生と違い、外部生では無知同然。

 しかし、天音は余所者ならではの視点をもって意見する。


「はい。それに、去年の先輩方がどれほど活躍したのかを話題にすれば、運動部なら優秀な人材の呼び込み、文芸部なら趣味をどこまで活かせるのか集めた情報である程度把握できます。掲載内容を少し変えて、聖帝学誌の購読やネットからの閲覧数を増やせると思います。最初の一手で多くの資金集めを望むのであれば、有益な情報を集約した参考書のような情報誌だとウケが良く、部活に入る学生も助かります」


 情報委員会が抱える広報部では、学院内のあらゆる情報を雑誌に纏めたり独自のサイトに掲載したり幅広く手掛けているが、気を抜くと維持費に活動費が削られる。

 ある意味、社会の厳しさを学生の時分に経験するいい機会だが、去年の活動内容を事前に調べた天音はやりようがあると感じた。


「紙版と電子版のそれぞれに異なる丸秘情報を小出しで載せるとか、一般的な雑誌のように漫画研究部の方に倶楽部の活動風景の四コマ漫画を描いてもらうとか、ワンクッション的な楽しみを取り入れると注目度が上がります。それぞれの丸秘情報を知りたくて友人同士が片方を購入する……という経営戦略も見込めるかと。編入前に兄から見せてもらった聖帝学誌には小説や漫画を載せていなかったので、文芸部の作品を切り抜きで載せてみるのも……」


 天音なりの見解を理論整然と纏めれば、しん、と教室が静まり返る。


「……えっと、無理そうですか……?」


 怖いくらいの沈黙に委縮した次の瞬間、バンッと机を叩いた那智が立ち上がる。


「採用!!」

「へっ?」

「いや、今から評議を行う。賛成派は挙手! ――満場一致で可決する!」


 目まぐるしく感じるほど一瞬で決まった。

 教室にいる全員が賛同し、感心のこもった眼差しを注がれ、天音は身を引く。


「天ヶ崎さん、部活動に入る予定は?」

「……緒事情で入れなくて……あ、でも委員会の範囲なら、お役に立てるかと思います」

「なら、今回の企画の主軸は天ヶ崎さんだ。遠慮はいらない。どんどん意見やアイディアを出してくれ!」


 三年操作系S組、心理型異能者、那智徹也。オールバックに整えた黒髪と怜悧(れいり)な眼力。銀縁眼鏡も相俟(あいま)って、知性溢れる理数系男子かと思いきや熱血漢だった。


 ひとまず挙げられるだけの草案を出していくと、全員が熱心に役割分担を決め、要点を手帳に書き取っていく。

 那智につられて全員のやる気が燃え盛っている様子に、天音は入る委員会を間違えたのではないかと後悔した。


「失礼します」


 予定より一時間も増して会議が続いていると、教室に天祢がやってきた。

 天祢だけではなく、大学部に進学した東治と、大学部三回生の光輝の姿もあった。


「あっ、天ヶ崎先輩!?」

「白熱しているようで申し訳ありませんが、間もなく下校時間です。送迎のバスや電車をご利用の方はいませんか?」


 物腰柔らかな光輝の一声で、ハッと我に返った数人が慌てて帰り支度を始める。


「ところで天音、新学期早々に何を企画しているのですか?」

「えっと……去年の部活動をまとめて、学院の情報誌にする感じ」


 興味深そうに光輝が訊ね、天音が簡潔に答える。

 すると、光輝と東治は目を丸くした。


「え、それって聖帝学誌で部活の内容を紹介するのか?」

「うん。雑誌はおまけ漫画付き、電子購読は個人予算とか丸秘情報にする予定」

「マジ? うっわぁ……それ、俺が進学した時に欲しかった!」


 付属はそれぞれで違うのだと言えば、東治が心から叫んだ。

 隣で光輝も深く首肯。


「それがあれば、部活に必要な自費を把握できたはずです。少なくとも運動部は道具の手入れや補充が大変でして、一部は自腹でやっていましたから。一年間の予算額を知られたなら余裕をもって選べたことでしょう」


 しみじみと同意する光輝の発言に、委員会の役員は衝撃を受ける。

 どれだけ価値のある情報誌が作られるのかを大学部生からの会話で自覚して、天音に輝かんばかりの眼差しを向けた。そんな彼等の視線に気付いた天祢は、「あ」と察する。


「もしかして天音が提案したの?」

「う、うん」

「さすが! ありがとう、天音! これで自分に合う部活が分かるよ!」


 天祢が笑顔で大喜びし、提案してよかったと天音は安堵する。


「情報委員会の委員長は?」

「は、はい。那智徹也と申します」


 光輝が訊ねると、那智は緊張気味に名乗る。


 大学部の先輩という肩書だけではなく、光輝は既に花筐退魔局の主戦力。

 並外れた戦闘能力と統率力、人格者な人柄も相俟って、後輩から神聖視されている。


 今を時めく先達に自分の名前を覚えてもらえる栄誉に感情が爆発しそうだ。

 それでも那智は冷静を手放さず、気を引き締めて光輝の質問に対応した。


「聖帝学誌の販売予定は?」

「新学期ですので、第三月曜日となっております。それ以降は例年通りです」


 今回の企画は進学したばかりの学生の手助けになる上に、情報委員会の(はく)がつく。

 部下の委員には負担をかけてしまうが、これを乗り越えれば良い経験となり、自信をつけることができるはずだ。

 情報委員会の利益だけではなく部員への配慮(はいりょ)を考えながら、真新しい手帳に書き込んだ予定を見通していると、手記の一文「お疲れ様会」を見た光輝は口角を上げる。


「では、今月分だけ友人・知人を紹介します。彼等から取材すれば良いでしょう」

「えっ!? い、いいんですか!?」

「君は部下を大切にする上司のようですから。その代わり本日はこれでお開きに。今日は弟妹の誕生日祝いの予定です」


 ぽんっと天音と天祢の頭を撫でる光輝。

 卓越(たくえつ)した交渉術と先達(せんだつ)からの評価を受けて、那智は感激のあまり頭を下げる。


「ありがとうございます!」

「忙しい中、無理を言いますからね。では、僕達はこれで」

「委員長、皆さん、今日はすみません。お疲れ様でした!」


 天音が軽くお辞儀して挨拶し、熱が込められた眼差しから逃げた。

 教室から離れられて、ほっと一安心すると、東治に頭を撫でられる。


「しっかし、天音はすごいなぁ。発想もそうだけど、求心力が特に」

「あれ、見るからに一目置かれているよ。初っ端から無双して疲れない?」

「む、無双って……ちょっと早まったかなぁって思ったけど……」


 東治と天祢の感想に、天音は苦笑気味に返す。

 そんな従妹の反応を見て、光輝はクスッと笑う。


「何にせよ、今日は二人の誕生日。あまり時間をあげられない代わりに場所は用意すると霧島さんからご厚意をいただきました」

「えっ? 霧島隊長が?」

「ええ。自分から天音への誕生日祝いだと思ってくれ、とのことです」


 初耳の情報に驚き、上司の粋な贈り物に感動する。

 後で感謝の気持ちを伝えようと決め、学院内に潜む護衛部隊の部屋へ案内される。

 盛り付けされた内装と、テーブルには紙コップと紙皿、ワンホールケーキ。

 ホールケーキは琴葉の手作りで、霧島が持ち込んでくれたのだと知らされた。


「天音は霧島さんたちと良好な関係を築けたのですね」

「そう、かな……? ……うん。そうだといいなぁ」


 しっかりと交流はできなくても、挨拶や世間話ができるほど信頼を勝ち取った。

 小さな積み重ねが結果を生み出したのだと、天音は感慨深(かんがいぶか)く思う。


「あっ、そうだ。これ、珠那と作ったんだけど……」


 天音は珠那特製の無限収納鞄から一つの袋を出す。

 教材を入れられる程度の大きさから、質量保存の法則を無視した包みが出てきた。


「今年は当日にお祝いできるか分からないから、今のうちに渡したくて」

「……僕と東治にもですか?」

「うん。まずは天祢。ハッピーバースデー!」


 満面の笑顔で包みを差し出すと、天祢は頬を淡く染めて受け取る。


「ありがとう、天音。……えっ、これってもしかして……ウエストポーチ?」

「うん。無限に収納できるポーチで、入れると目録画面が出て、整理整頓できるの」


 目を丸くした天祢は説明を聞きながら鞄を開き、手を入れると目録画面が出た。

 ただし、持ち主である天祢以外に見えない仕様だ。


「しかもこれって……」


 目録画面に載っている項目の端に数字があり、目録を開けば細剣と短剣があった。護身用として魁が作ったのだろう。他にもオベリオン特製の妖精薬が三個も入っている。


「みんなからのお祝いも入っているよ」

「天音……ごめん。僕、こんなにいいやつじゃない」


 そう言って天祢が出したのは、銀細工の耳飾り。

 桜を模した色ガラスが美しくて、天音はさっそく右耳につける。


「どうかな?」

「すごく似合ってるよ!」

「ありがとう! ふふっ、嬉しいなぁ」


 心から笑えば、天祢も笑顔が浮かぶ。

 光輝と東治は気分が上昇した天祢に安堵し、衝動に任せて二人を抱きしめた。


「よかったですね、天祢。天音も素敵なポーチをありがとうございます」

「これ、めちゃくちゃ欲しかったんだ! 珠那ちゃんにも礼を言っといてくれ!」

「うん、もちろん!」


 感激する二人の笑顔を受け取り、天音も破顔一笑。

 こうして四人は誕生日会を楽しんだ。

 ささやかながら心が満たされるひと時に、天音は生まれてよかったと心から思った。



 誕生日会がお開きになると、天音は花咲家の別邸に帰宅。

 リビングのソファーでは、凪祇が仮眠をとっていた。

 眞人は神職に携わる指導者から精霊との付き合い方を学んでいる最中なのか、微かながら中庭から話し声が聞こえる。

 携帯端末で夕飯の支度を問えば不要と返信されているので、明日に必要な準備を整えてから【希望の箱庭】で『家族』と過ごそうと決める。


「帰ってきたのか」


 不意に、凪祇に声をかけられた。


「あ、はい。つい先程。起こしてしまいましたか」

「いや……」


 どうやら目を(つむ)っていただけのようだ。安眠妨害で怒られなくて安心したが、彼は天音を見て目を瞠る。


「……イヤーカフ?」

「え? あ……はい。天祢から貰ったんです」


 ふわっと柔和な微笑で答えると、凪祇はグッと息を詰める。

 それは、凪祇自身では引き出せない優しい表情だった。

 普段の冷ややかなすまし顔ではなく、(うら)らかな春の陽気に似た温もりが感じられる笑顔を見て、胸の奥から鈍く(にご)り、燻った感情が込み上げてくる。


「遅かったのはそれが理由?」


 凪祇の声が硬く変わり、どことなく刺々しい。

 気分を害してしまったようだと察した天音は、包み隠さず話す。


「はい。霧島隊長からご高配いただいて、誕生日会を少々」

「……は? 誕生日?」


 初耳だったのだろう。凪祇は呆けた顔で天音を凝視する。

 ただ、天音としては疑問が浮かぶ。


「護衛に就く者の個人情報、確認してくださりましたか?」


 天音の質問に、凪祇は気まずげに視線を逸らす。


 護衛に就くからには個人情報は護衛対象にも開示される。

 当然の如く個人情報を記した書類を受け取ってきた凪祇だが、生年月日まで細かく覚えていないようだ。


 今まで長続きした護衛はいなかった。それが弊害(へいがい)なのか、他人への興味関心が薄いようだ。

 凪祇の身の上を知る側からすれば仕方ないが、上に立つ者としては問題だ。


「まぁ、私の誕生日は覚えてくださらなくて構いません」

「は……?」


 誕生日を覚えなくていい。それは社交的な事柄での拒絶。

 ただ、天音はそういった意味で言ったわけではない。


「これまで花咲様は、護衛に対して不信感をお持ちになられたのでしょう。なら、些細(ささい)な情報まで無理に覚えても仕方ありません。役目を果たせず解任された方々との交流も絶たれているようですし、将来的に花咲様が当主を継ぐ頃にはお役御免になる可能性が高い。それなら心理的負荷がかからないように配慮するのも当然です」

「……君は、それでいいのか?」

「はい。ただ必要と思われる情報だけ覚えてくださるとありがたいです」


 あくまで護衛する側と護衛される側の関係。これまでの誰より凪祇を理解しているくせに、一歩身を引いて護衛として立場を弁えている。

 だから凪祇に祝われたいと思わないのか、花咲家の権力目当てで近づいてくる者達と違って祝いの品を強請(ねだ)らない。祝福の言葉すら欲しがらない。


 護衛の(かがみ)だと護衛部隊の隊長・霧島から評価を聞いているが、凪祇には線引きされている上に高く分厚い壁を感じてしまう。


「本日の守護者からの報告と、明日への備えがありますので下がらせていただきます」

「夕飯は?」

「花咲様は普段通りです。私の分は既に整っていますので、お気になさらず」


【希望の箱庭】では、桜華と珠那が腕によりをかけてご馳走(ちそう)を用意している。

 今年の贈り物が楽しみだと、内心では楽しみにしていた。


「では、失礼します」

「……ぁ」


 洗練(せんれん)された所作でお辞儀した後、天音は自室へ向かった。

 再び一人になった凪祇は茫然自失(ぼうぜんじしつ)(おちい)り、眞人に声をかけられるまで動けなかった。



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