表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の乙女は守りたい  作者: ISTORIA
第一章 平穏コラプス
1/19

01‐01:【箱庭】の異能者

2025/04/16:一部修正しました。


「大変申し訳ございません。秋篠(あきしの)様のご息女、天音(あまね)さんの異能ですが……」


 生まれた時から成人同等の自我を持つ子供はいない。

 いるとしても、生前の記憶を引き継いだまま輪廻転生(りんねてんしょう)を果たした天音くらいだろう。

 文字通り生まれて初めて全身に感じる痛みに泣き叫んだ瞬間から自覚があり、次に目が覚めた時には弱々しくも優しそうな笑顔の女性に見下ろされていた。

 印象通りの優しい女性は、今世の母親だった。


 けれど、母親は一ヶ月と経たず流行り病で命を落とし、彼女の生家で育てられた。


 実の父親との初体面は、天音が四歳の頃。彼が再婚の許しを貰いに来た日だった。

 父(いわ)く、妻を失った悲しみから仕事に打ち込み、出会った女性に心を癒されたのだという。


 しかし、再婚から程なくして里子に迎えた女の子・麻菜美(まなみ)を見て悟った。

 再婚後、天音の継母となった美沙子(みさこ)の面影や愛嬌が似ている。

 早生まれだが、会計年度で数えると天音と同年代。


 実父・貞彦(さだひこ)は本来の妻を愛していなかった。再婚した不倫(ふりん)相手こそが本命だったのだ。


「麻菜美は可愛いなぁ。……それに比べて、あの女の子供とは思えないな」

「仕方ないわよ、貞彦さん。私達の子と違うもの」

「美沙子……そうだな。俺が愛しているのは美沙子と麻菜美だけだ」


 ちゃんとした育児を(ほどこ)されず、子供だから理解しないだろうという理由で面と向かって悪意をぶつけられる。やがて麻菜美からも見下され、天音は諦めた。

 自分を愛してくれる家族が欲しかったが、彼等への期待も消え失せた。


 孤独な毎日を過ごす中、六歳になる年に役所へ連れられた。

 この世界は前世と違い、『異能』という摩訶不思議な力が存在する。


 おおよそでは考えられない人知を超える異能は、日本国では日常風景の一つ。

 反して海外では魔女裁判のきっかけになるほど一般ではなく、日本国が鎖国(さこく)を解き、異文化交流が盛んになるにつれて受け入れられるようになった。

 やがて異能者は世界人口の大半を占め、異能者を持たない無能力者は『旧人類』と呼ばれるほど激減。

 日本国に無能力者は存在しないので、年配の大人は噂程度の存在と認識している。


 そんな中で一番の問題は、日本国の子供が国外へ(さら)われること。

 外国の血が混じるようになった現代において、日本人の異能者は希少価値が高く、違法な異能研究組織に狙われやすい。

 だからこそ会計年度末までに五歳を迎えた子供の異能を調査して、国が主体となって管理する必要があるのだと、役人は貞彦と美沙子を含む大人達に説明する。


 前世との違いを知った天音は興味深く聞き入る中、麻菜美は退屈そうに人形で遊ぶ。

 説明が終わると、専門家によって調べられる。

 専門家も異能者であり、異能を用いて鑑定が行われるのだが……。


「この子の異能は……分からないのですか?」

「……大変申し上げにくいのですが、大半が文字化けしておりまして……」


 鑑定に特化した異能が文字化けするなんて初めてのこと。

 おそらく天音の異能は、担当者の異能より高位のものだという見解から、上級異能者を呼んで再検査が行われる方針となった。

 ただ言えるのは、秋篠家が代々発現する治癒に特化した異能ではないということ。

 これは担当者の憶測だが、貞彦にとって都合の良い毒に等しい。


 麻菜美の異能は、触れた相手の傷や病気を完全回復させる【快癒】。天職系の中で最も希少な聖人型ということもあり、元々酷かった扱いが更に悪化。

 食事はほとんど与えられず、時には暴力まで振るわれる。

 再検査の前に麻菜美の異能で治療されたが、上級異能者でさえ詳しい結果は不明。

 判ったのは、天音の異能は【■■■箱庭】という名称の一部だけ。

 以降は外出を許されず、小さな窓と毛布しかない物置部屋に押し込められた。


 これから死ぬまで孤独な日々を送るのだろうかと、天音は思い苦しむ。

 絶望しかない未来に生きる気力を失いかけたが、一つだけ希望があった。

 前世では存在しなかった異能を持っているという、微かな光。


「三文字の後に……箱庭。【〇〇の箱庭】って読めそう……」


 いくつかの仮説や憶測を浮かべ、直感のまま声に出してみる。

 人生の大半が負の感情に塗り潰されてしまったが、微かに芽生えた光を思い出した。


 心から安らげる居場所。

 苦痛のない穏やかな時間。

 大好きな桜や草花が咲く(ゆた)かな世界で、自由に生きたい。

 願わくは、愛し合えるひとと共に――。


「――【希望の箱庭】」


 思うほど胸中に溢れる熱に(あらが)えず、温かなものが(ほお)に流れる。

 抑えきれないほど震える声で、感情を込めて唱えた。


 ――刹那、涼やかな風が髪をなぶり、頬を(くすぐ)る。

 空気が(ほこり)っぽくない。感じるのは、爽やかな緑と、優しくも甘い花の香り。

 潤む瞳を開けば、そこは狭く薄暗い部屋ではなかった。


「……きれい」


 心の裡で思い描いた空間だった。


 紫色の花が所々で主張し、白銀の葉が特徴の可憐な青い花に満ちた、なだらかな丘。その小高い丘の中心地に、太い幹と枝を縦横無尽に伸ばした巨木があった。

 枝先から幹にかけて、淡い紅色の小花が房を作って咲き乱れる巨木は桜。ただ、記憶にある桜に比べて雄大かつ荘厳(そうごん)(そび)え、樹齢千年を超える最古の桜に比べて生命力に溢れている。

 時刻は夜中だから空も暗いはずなのに、信じられないほど大きな満月、赤・青・黄・白と(きら)めく星々は天の川を作り、都会の夜景と同じくらい明るい。


 胸の奥底から込み上げる感動に心が震え、熱い涙が頬を濡らす。

 もっとしっかり見たくて服の袖で(ぬぐ)おうとしたところで、あることに気付く。


「あれ……? 痛く、ない……?」


 何度も傷つけられて、麻菜美が異能の訓練に()きたせいで治療を受けなかった。

 ずっと痛かったのに、今は痛みどころか違和感すらない。服を捲って確認しても、傷一つ見当たらない。嬉しいはずなのに、負傷期間が長かったせいで逆に違和感を覚える。

 健康な肉体が異常だと感じるほど心が壊れているのだと悟り、悲嘆の溜息がこぼれた。


「……? ん? ……え?」


 項垂(うなだ)れた時、視界の端に見慣れない色が映る。

 母親譲りの髪色は、赤みのないミルクティーベージュ。長期に(わた)り、満足に入浴できない状況のせいで手触りは悪いが、元は繊細ながらしなやかな美髪。

 顔立ちも母親に似て、幼女の時点で絶世と伯父一家に褒められた記憶がある。


 そんな自慢の髪が、一段と色を失くしていた。


「ええっ!? えっ、なっ、なにこれ!? どういうこと!?」


 髪の毛を乱暴に掴んでしまうほど取り乱す。

 頭の中は大混乱だが、ひと房を月明かりに翳した途端に心が静まる。

 元々が綺麗だったのだが、今の色も美しく感じたから。

 まじまじと観察すれば、白っぽく見えるが金色っぽくも見える。

 角度を変えて月光を浴びるたびに美しさが際立つその髪は、淡いプラチナブロンド。


「……さすがに目は同じだよね?」


 苦痛と倦怠感が消えて、ぱっちりと開いた大きな目は、動物ではオッドアイ、人間ではヘテロクロミアと呼ばれる虹彩異色症。

 右眼は、鈍色の雲間から射しこむ鮮烈な光芒(こうぼう)の如し金色。

 左眼は、頭上で煌々(こうこう)と照る満月を彷彿(ほうふつ)させる冴えた銀色。

 前世ではある物語を発祥(はっしょう)に「金銀妖瞳」という表記が多かったけれど、「青色・灰色」「ブラウン・ヘーゼル」など組み合わせがあり、「金・銀」が多い白猫でさえ様々。


(前世は()えて『虹彩異瞳』って書いていたっけ。理想のヘテロクロミアじゃないけど、今世の色も結構好き)


 心の平穏のために鏡が欲しいところだが、大自然の中で鏡があるはずもなく。

 ひとまず落ち着くために深呼吸を一つ。


「ここは……【希望の箱庭】、なのよね……?」


 桜の巨木が聳える丘の頂上へ登り、背を向けて見渡す。

 小高い丘を円形に囲む池。少し濁った水面には円形の葉、その隙間から桃色の花が天を()くように凛と咲く。

 境界を敷く池の向こう側は草原のように見えるが傾斜(けいしゃ)で、青々と生い茂る木々から察するに森ではなく山。証拠に遠方の山々の標高は、天音がいる山頂より低い。

 (ふもと)は樹海だが、木々がない野原や川、鏡のように澄んだ湖まで一望できた。


 天音が思い描いた、理想通りの世界だ。


「これが……私の異能」


 声に出せば、ふわふわとした感覚から確かな実感へ塗り替わる。

 同時に、自分の異能の異質さを理解した。


「まるで異世界だ」


 異界や小世界と呼ぶには、ありふれた人工的な構造ではない。異能が存在する並行〝異世界〟に転生した天音だからこそ、自分の感覚が「異世界」だと認識する。


 異世界を創造する異能。悪しき人間に知られると研究対象として狙われるだろう。

 軽くても最悪の事態を想像してしまい、悪寒を覚えた。


「何か対策を立てないと……」


 自衛手段を持たないと、今世の親に余所へ売られた後が大変だ。

 そこまで想定した天音は、心の変化を自覚する。

 つい先程まで今生に未来は無いのだと悲観していたのに、未来を見据えていると。


「……そう、か」


 今世の自分は異能者。それも、規格外の力を誇る人間として生まれ変わった。

 前世のように人生を諦めて、ただ無意味に存在しなくていい。この規格外な異能を持つ異能者として、この【箱庭】で自由に暮らす道もあるのだから。


 生まれて初めて「生」を実感した途端、高揚感(こうようかん)から口元に笑みが宿る。


「私は天音。【希望の箱庭】の異能者にして、この世界の創造主」


 改めて言葉にすると大それた存在だ。

 思わず眉間が寄って(ほの)かに苦笑してしまうが、それ以上に希望を見出した。


「絶対に幸せになってみせる。それが今世の目標」


 前世で叶わなかった未来を掴むために――


「頑張るぞー、おー」


 気が抜けそうなノリで、拳を天へ突き出す。

 今世こそ自分らしく生きるのだと、天音は心に誓った。



     ◇  ◆  ◇  ◆



「麻菜美は立派だな。それに比べて……この出来損ないが」

「貴女は麻菜美の姉でしょう? 姉ならもっとしっかりしなさい」


 治癒の異能を発現する、稀有(けう)な聖人型の異能者の家系に生まれながら、治癒の異能を持たない。それどころか自身の異能を把握(はあく)できず、自在に操れない。

 そんな天音を、実の父親である貞彦、継母である美沙子は「出来損ない」と(ののし)る。


「お父さんにもお母さんにも愛されないなんて、お姉ちゃんかわいそー」


 希少な聖人型の異能を持ち、両親に愛されている異母妹の麻菜美ですら天音を嘲笑(あざわら)う。

 育児放棄は当たり前。学業でいい成績を収めても、妹を立てない姉だと折檻(せっかん)される。


(まるで奴隷だ)


 普通なら心が壊れてもおかしくない劣悪な環境。

 暗澹(あんたん)たる感情を殺し続けながら、天音は自身の境遇を俯瞰(ふかん)する。

 心を閉ざして他人事として見ていなければ耐えられなかった。


 本来なら名のある異能家系の子供や、稀有(けう)な異能を持つ資格者が通える専門学校に入学するはずが、相応(ふさわ)しくないという理由で異能等級の低い子供が通う学校に入れられた。

 それでも必要な知識を(やしな)い、反骨精神を鍛え、向かってくる悪童を軽々とあしらう実力を身につけられた。常に首席を陣取り、教職員を味方につけるほどの人望も築き上げた。

 ……三者面談などで教員から褒められるたびに暴力を振るわれるのは苦行だったが。


 そんなある日、母方の伯父が来訪した。

 最後に会ったのは、異能の調査を行った日。お花見しながら伯父の息子と天音の誕生会を開こうと約束してくれたのに、貞彦が病気だと虚言したせいで叶わなかった。

 会いたくても状況を作れなくて疎遠(そえん)になり、完全に縁が切れたと思っていた。

 だが、伯父にとってそうではなかったらしい。


「これはどういうことだ!? どうして天音を虐待している!?」


 事前の知らせもないまま乗り込んできたのか、薄暗い部屋でボロ雑巾のように横たわる天音を見て激昂した。

 貞彦達は青ざめて言い訳を口にしているが、伯父の怒りに油を注ぐだけ。


「おじ……さ……?」


 けれど、拳を振るわなかった。愛する妹が命懸けで産んだ天音を助け出したいから。


 歯痒(はがゆ)くても理性を働かせた伯父は、天音が受けた怪我を材料に法廷に訴えた。

 栄養失調と暴行だけではなく、貞彦が隠蔽(いんぺい)した不倫や虚偽報告、他にも隠された問題が次々と明るみになり、天音が昏睡から目覚める前に勝訴。意識が回復する頃には、伯父一家との養子縁組が成されていた。


 目まぐるしい急展開、伯父一家との距離感に心が追いつかず、一時期は塞ぎ込んでしまう。それでも『家族』の存在に支えられて、普通の生活を送れるようになった。

 ようやく『天ヶ崎(あまがさき)天音』として、新たな人生を受け入れられた。



「あと少しで中卒ですね。せっかくですからお祝いしませんか」


 夕食の時間。団欒とした食卓で、天音の向かい側に座る青年が提案する。

 癖のない薄茶色の髪に、涼やかな銀眼。細身ながら筋肉質な長身の美男。物腰柔らかな振る舞いから、凛々しくも甘い色香が際立つ。

 天ヶ崎家の長男・光輝(こうき)。五歳上の従兄(いとこ)であり、現在は大学の(かたわ)らで国家の軍事組織に就き、優秀な功績を挙げている出世頭。国内で有名な学院の大学部でも、親の力に頼らずに正規の手順を踏んで就いた職場でも人気者。優良物件だと女性に目をつけられがちで極力関係を避けている彼だが、天音には甘い。


「おっ、いいねえ。俺も今年で大学部だし、パーッとやろうぜ!」


 光輝の隣で、快活な笑顔で賛同した青年。

 癖のある薄茶髪を刈り上げ、引き締まった金眼は男らしく、尚且つ爽やかな美貌。明朗闊達な人柄が隠し切れない、太陽のような笑顔が似合うムードメーカー。

 天ヶ崎家の次男・東治(とうじ)。天音の三歳上の従兄で、高卒も間近。特殊な治癒の異能を保有することから医学を専攻し、医学会からも将来を期待されている有望株。老若男女問わず好かれる性格もあり恋愛上級者……なのだが、兄・光輝と顔合わせして間もなく破局(はきょく)するという悲運が続いている。それでも光輝との仲が(こじ)れることのない、家族想いの兄貴肌。


「コウ兄、トウ兄、大賛成! 天音、どこ行きたい?」


 天音の隣で行先を尋ねる美少年。

 長男、次男と違って、赤みのないミルクティーベージュのウルフヘア。アーモンド型に尖った金眼と柳眉(りゅうび)が、小顔で中性的な風貌(ふうぼう)を男性的に見せる、不思議な魅力が目を引く美貌。

 天ヶ崎家の三男・天祢(たかね)。天音と同年同日生まれの従兄弟なのだが、十四歳になるまで同じ風貌と背丈で、双子ではないかと疑われるくらい瓜二つだった。十四歳を機に成長期が加速し、東治より低いが一七七センチまで身長が伸び、アルトとテノールの中間ぐらいと思われる若々しくも男性的な声に変質。

 数時間差で天音が早くても、前世の記憶で精神年齢が上でも、明晰な頭脳と人当たりの良い性格で天祢の方が年上に感じる時がある。

 今回のように女性を優先する精神は、多感な少年にはない余裕があった。


「天音?」

「……天祢って紳士よね」

「へ!? い、いきなり何……?」


 思わず感想を吐露(とろ)してしまい、天祢が()頓狂(とんきょう)な声をあげる。

 急な褒め言葉に頬を赤らめるが、天音は気付かないまま語る。


「さりげなく女性を優先するところとか、お年寄りや力の弱い人への配慮とか。私が通っている学校の男の子達は皆無なのに、天祢はスマートに熟しているんだよ? そっちの学校ではモテモテなんじゃない?」

「あー、ストップ。天音ストップ。天祢、大丈夫か?」


 天祢の善行を指折り数えていると、東治に止められた。

 心配そうな東治の声色に気付いた時には、天祢は食卓に拳を置いて項垂れていた。


「あっ……! ごっ、ごめんなさい」

「っ……い、いやっ……その……うん。天音のそういうトコ、好きだけど……お手柔らかにお願いします」


 天音が慌てて謝ると、少し息苦しそうな声音で頼まれてしまう。

 学校では優等生として名が通っている天祢だが、天音の純粋な褒め言葉に弱い。歯に衣着せぬ物言いでありのままの事実を挙げるだけでも、天祢には劇薬だ。

 毎度のように心臓発作を起こすのか、天祢は胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。


 触れると悪化しそうな気がして伸ばしかけた手を宙に止めて、おろおろしてしまう。

 光輝と東治は気の毒そうな面持ちだが、三人の親であり天音の養父母である(あきら)琴葉(ことは)(なご)やかな表情で見守っていた。


「なら、遊園地はどうかしら? 天音ちゃん、行ったことないでしょう」


 これまで心の余裕を持てなくて、近場で済むこと以外は()けていた。

 養子縁組から数年で自分らしさを得られた今なら、新しい体験を望んでもいいだろう。

 琴葉の提案にソワソワすると、男性陣の目が光る。

 獲物を見つけた肉食動物のようだと感じる中、光輝がにこやかに天音へ向く。


「ユニスタはどうでしょう。今なら最新のアトラクションがあります」

「それならプリンセスじゃね? ランドとシーが隣接してるとこ」

「母さん、コーディネートはエレガンスかガーリーで!」

「服はともかく、遊園地は他にもたくさんあるわ。天音ちゃん、どこがいい?」


 光輝と東治が日本国内で有名な遊園地を挙げる。

 天祢は行先よりも、遊園地に合うだろう天音の服装を希望する。

 思い思いに言い合う息子達に、琴葉は(たしな)めつつ楽しむ。


 四人の盛り上がりを聞いている天音は、次第に縮こまる。

 確かに天音にとって人生初の遊園地。けれど天音の意志で決めていいのだろうか。


「あ、あの……私――」

「天音」


 あまりお金をかけられないと進言しかけたが、明に(さえぎ)られる。


「みんなはこう言っているが、遊園地じゃなくてもいい。あと、お金は気にするな」

「え、でも……」


 実の子供ではないのにいいのだろうか。――そう言いたくても言えない。

 天ヶ崎一家は天音を家族として迎え入れた。明の妹を母に持つとはいえ、(めい)・従妹の関係だとしても、本当の我が子・本当の妹として接している。

 彼等の想いを()(にじ)る発言はしたくない。けれど、本当に甘えていいのか、迷惑ではないのかと気後れしてしまう。

 本当の家族なら、心から甘えられるだろう。気を遣いすぎたり、罪悪を感じたりしないだろう。だが、前世と今世を合わせて「家族」の定義が(わか)らない天音には難題だった。


「誰が何と言おうと、天音はうちの子だ」


 口ごもる天音に、明が断言した。

 (うつむ)きかけた顔を上げれば、明だけではなく、琴葉、光輝、東治、天祢も微笑んでいる。

 優しい表情の中に、天音を気遣う色が瞳に宿っている。

 彼等は天音を心から受け入れているのだ。その好意を素直に受け止められないのは、未だに心の傷が根深いから。

 申し訳なく感じるが、同じくらい嬉しかった。明が天音を助け出した時からずっと、天音が健やかに生きられるように心を砕いてくれたのだから。


 今でも「家族」の定義が解らない。それでも「家族愛」という(とうと)い精神は理解できた。

 天ヶ崎一家は天音に「家族愛」を抱いている。

 天音も天ヶ崎一家に「家族愛」を感じている。

 孤独な日々の中で支えてくれた『家族』と同じ愛情が、確かに心の中にあった。


「……ありがとう」


 温かな気持ちが胸から全身に広がる。

 無性に泣きそうだが、深呼吸で涙腺を持ち直す。


「えっと……私、ユニスタとか、プリンセスとか、詳しくなくて。コウ兄さん、トウ兄さん、どういう遊園地なのか教えて欲しいなぁ……って……お願いしてもいい……かな?」


 勇気を出して申し込むと、光輝は穏やかな笑みを深めて、東治は手で口を(おお)う。


「もちろん喜んで。……東治」

「いや……だって、天音の『お願い』って貴重じゃん……! すっげぇ嬉しいぃぃっ」


 鼻が詰まった声で喜ぶ東治に「気持ちは解りますが……」と苦笑する光輝。

 ほっと安心する天音は、隣で不機嫌そうな顔をする天祢の顔を覗き込む。


「天祢、行先が決まったら、そこに合う服装を教えてくれる? 天祢のコーディネートって外れがないし、好きだから」

「……! じゃあさ、今週のお休みは服を買いに行くよ」


 栄養失調から回復して身長が伸び、体型も女性的な肉体美へ変わった。

 春服が店頭にある今が好機(チャンス)だから言い出せば、東治が焦りの声を上げる。


「はっ!? ちょっ、ちょぉっと待った! 俺も一緒に選びたいんだが!」

「あら、東治君は医学会の方とお話があるでしょう。光輝君も隊の会議があるそうね」

「うっ! そ、それは……そうですが……」


 東治だけではなく光輝も参加したかったようで、しょっぱい顔を作る。

 琴葉は上品な笑声を奏で、満面の笑顔で現実を突きつける。


「今のうちに精力的に顔を売れば将来安泰(あんたい)よ。手を抜いちゃ駄目」

「「……はい」」


 社会人として厳しく説けば、二人は分かりやすく落ち込んだ。

 どんよりと暗い空気を(まと)う二人に、天音は苦笑する。


「ま、まぁ……ちょうど節約できるし、そのぶん遊園地でいっぱい遊ぼう?」

「! そう……だな。うん、その通りだ」

「天音は賢いですね。では、遊園地のお土産コーナーで奮発しましょう」


 天音の機転で気分を持ち直し、光輝は携帯端末でお土産目録を物色する。

 安心した天音は「ほどほどにね」と添えるが、大枚をはたきそうな予感が頭に(よぎ)る。


「天祢君も節約してね。服飾代を出してあげる代わりに、私も一緒に服屋に行くわ」

「やった! せっかくだし、天音が気に入るコーディネート対決しよう!」

「望むところよ!」


 琴葉と天祢がバチバチに闘志を燃やす。

 これは厳しく審判しないといけないようだと、天音は遠い目で苦笑い。


「――ご馳走様でした。先にお風呂入るね」

「天音、少しいいか」


 両手を合わせて食後の祈りを奉げた時、明に呼び止められた。

 食器を片付けた後、三階にある明の書斎に案内される。

 滅多に入らない書斎は、壁一面が本棚、高級なマホガニー製の机、外からの侵入を阻む頑丈な造りの窓など、全体的に洋風な意匠(デザイン)で整っている。

 久々の書斎を見回していると、明は机の引き出しから茶封筒を出した。


「売上金だが、守護者達に渡してくれないか」

「売上金? ……あ、そういえば……」


 天音には心から『家族』と呼べる存在――守護者がいる。

 守護者は天音の異能の一端であり、人間ではない。創造主である天音を第一に行動するが、人間と同等の自由意志や欲を持つ。

 養子縁組を果たした時から金策を講じていたが、はっきりとした商売は目標資金に到達した去年から始まった。

 明に委託(いたく)する形式で、インターネットを通して販売されたのだが……。


「って、え? これってまさか……万札?」

「当初は無名だったから仕方ないが、専門の職人に鑑定してもらった結果、適正価格と正当な価値がついた。思いの外高額になったが、それでも売り切れた品もある」


 茶封筒の厚みから、かなりの額が入っていそうだと察する。そして茶封筒より大きな封筒には、商品名と売買金額が記載されていた。

 一番下の合計金額を見た瞬間、天音は唖然と口を開いた。


「……本当に?」

「日本が誇る工作型と魔術型の上級職人ですら度胆(どぎも)を抜くほど画期的な物ばかり。方々(ほうぼう)から面会を懇願(こんがん)されるほどの特殊アイテムだから、特許も申請しておいた。ちなみにこれはほんの一部。残りは天音の口座と守護者用の口座、商売用の口座に入れたぞ」


 三つの通帳の内、天音と商売用には八桁、守護者用には七桁の数字が記入されていた。

 あんぐりと口を開ける天音だが、気持ちを痛いほど理解した明は苦笑い。


「彼等も天音の未来を案じているし、稼いだお金で天音を祝いたいと言っていた」

「みんなが……」

「本当に規格外な存在だ。けど、彼等のおかげで天音は生き延びられた。天音の『家族』は俺達の家族でもあるんだから、サポートさせてくれ」


 明は封筒を渡して、天音の頭をポンッと撫でる。


「遊園地に行く前に、みんなで卒業祝いをするといい。聖帝(せいてい)学院の卒業式は、天音の学校より一日遅い。ちょうどいいだろう?」

「……うん。ありがとう、お父さん」


 実の父親は外道だった。前世の父親も人の心が無かった。

 けれど、明は立派な父親として家族を守り、家族を愛している。

 本来は伯父と姪だが、理想の父親像の体現者。

 当初は羨ましかった。前世から願うほど理想の親を持つ従兄弟達に嫉妬した。

 そんな天音の思いを受け止めた明は、初めて呼ばれた瞬間、泣くほど喜んだ。


 滅多に涙を見せない明の嬉し泣きに救われて、天音は「お父さん」と躊躇(ためら)うことなく呼べるようになった。

 嬉し涙を浮かべる天音に破顔(はがん)した明は、くしゃくしゃと彼女の頭を撫でまわした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ