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 第五章 夕陽の海を見おろす丘とイチゴ五粒

 その夜ぼくは夢を見た。

 港に沈む夕陽が目に赤い。実家の近所の『海を見降ろす丘公園』だ。

 公園の向こうはしに赤いスカートの背中が風にそよいで見えた。スカートの女の子は十歳の小学五年生と夢の中のぼくは知っていた。

 風がぼくの耳にとどける。安全柵に手を突いて歌う女の子の口から流れる『赤とんぼ』の旋律を。

 女の子は海に落ちる太陽に声をはこんでいた。小きざみに上下する肩と目元をぬぐう横顔に涙をふきふき口ずさんでいるとぼくにはわかった。悲しみが小さな胸からはみ出しているらしい。

 丘をのぼるぼくはやはり小学五年生で手に籐のバスケットをさげていた。中には五粒の熟れたイチゴが入っている。不ぞろいだけど美味そうに思えた。

 ぼくは子どものころからお菓子より果物が好きで特にイチゴは大好きだ。海に沈むまっ赤な西陽につつまれて同じ色のイチゴを食べようと丘をのぼって来た。しゃれた考えだと自負しながら。

 でも先客がいた。ぼくの手には五粒のイチゴだ。目の前には泣いている女の子だった。

 女の子の横顔と手のバスケットを見くらべて公園の入口で靴をとめた。泣いている女の子の横でぼくひとりがイチゴを食べるなんてぼくにはできない。

 でもわけてあげるにも五粒じゃすくなすぎる。ぼくはイチゴが大好きだから全部ひとりで食べたい。特に今日のは格別おいしいってママが言ってた。あの子にあげるとなくなっちゃう。もったいないなあ。海を見降ろす丘公園で食べずに別の公園に行こうか?

 ぼくはさんざん自問自答したあげくふるえる小さな肩に見て見ぬふりができなくなった。決断に大きく息をすって女の子に近づく。

 歌っている女の子の横顔に無言でバスケットをさし出した。なぐさめようと。

 歌をとめた女の子は素早く涙をぬぐってけげんな顔をぼくに向けた。

「なにこれ?」

 ぼくはバスケットのふたをあけた。 

「イチゴだよ。五粒しかないけどいっしょに食べようよ」

 まっ赤なイチゴに視線を走らせたあと女の子がぼくに目を転じた。同情するなとにらみつつ同情してと寄りかかりたいゆれる目の色が見える。

 女の子は海に顔をそむけて目をこすった。泣き顔を消してぼくに向き直る。

 しっかりむすんだ口もとがぼくを拒絶していた。同情するなの顔で心をよろってぼくをにらむ。

 人形みたいにととのった美少女にきつい目を向けられてぼくはひるんだ。けど強がる女の子のかたくなな孤独がすけて見えてぼくは勇気をふりしぼった。再度バスケットを持ちあげる。

「半分あげる」

 女の子は胸の奥では同情してとねがっているらしくぼくをにらむ瞳をゆるめた。ぼくはもう一度イチゴをすすめた。

「食べなよ」

「食べてもいいの?」

 女の子が小首をかしげた。押しかくそうとしてかくし切れない同情しての本音がまなざしにちらついてとても可憐だった。

 ぼくは思わず抱きしめたくなった。同情するなとにらまれた目もきれいだったけど同情してとあまえてくれる目はたまらなく可愛かった。

 女の子の心がなごみつつあるのを感じてぼくの胸もあたたかくなった。

「うん。どうぞ」

 ぼくは大きく首をたてにふってバスケットを女の子に押した。女の子はバスケットに指をのばした。でもためらって手を引いた。また指をのばしかけてぼくを見た。

「ほんとに食べていい?」

 女の子が自信なさげに上目をつかった。おどおどした丸い目はすて猫みたいだった。他人からの親切に不なれらしい。

「いいよ」

 ぼくはバスケットに入れてあった紙おしぼりで指をふいて弱気になった女の子の口に一番大きなイチゴをつまみ入れた。

 そのとたん女の子の目から大粒の涙がポロポロとこぼれた。女の子はうつむいてイチゴをかんだ。女の子ののどがゴクンと鳴った。女の子が顔をあげてぼくをまっ正面から見た。

 女の子は涙もふかずにぼくに笑いかけた。

「おいしかったわ」

 さっきまでの涙と質がちがった。悲しみじゃなくうれしさにあふれていた。

 ぼくの心臓はドキンとはねた。落日を背おう涙目の笑顔はこの世のものと思えないほどかがやいて見えた。

 ぼくと女の子はひと粒ずつイチゴを相手の口に入れた。最後の一粒をぼくらは押しつけ合った。

 ぼくは女の子にすすめた。

「きみがどうぞ」

 女の子はイチゴを手にして考えた。次にぼくに命じた。

「あーんして」

 ぼくは口をあけた。

「半分コするから半分かじってね」

 女の子がぼくの口にイチゴをさし出した。ぼくは半分かじった。

 残り半分を女の子が口に入れた。

「きゃ」

 声をもらした女の子が頬に両手をあてた。女の子の目がおよいだ。

 ぼくも『ひょっとするといまのは?』と心臓が速度を増した。夕陽が染める以上に女の子の頬はまっ赤でぼくは女の子のはにかみ顔に見とれた。かんでいるイチゴの味がわからない。最後の一粒なのに。

 女の子が照れた顔を夕陽にそらしてぼくのドキドキは倍増した。次に女の子がぼくにふり向けたくったくのない笑顔はぼくの心臓を粉砕するにたる会心の一撃だった。

「ありがとう」

 限界を超えて速まった鼓動にぼくは夢からさめてベッドで身を起こした。落っこした過去をつかまえたと思った。

 けど夢はそこまででその夢が過去の現実か映画の一場面かはっきりしなかった。どうして映画かって?

 ぼくの学生時代は映画だけが友だちだったんだ。ぼくがゆいいつ胸を張れるのは字幕を見ずにアメリカ映画が理解できる芸なんだよ。

 と言ってもトロいぼくは字幕を読んでると画面が追えないから字幕なしで好きなアメリカ映画をたのしめるよう英会話を勉強しただけだけどね。

 中学高校と地元を離れた進学校だったせいでぼくには友だちができなかった。大学も勉強だけで女の子と縁がなかったからいま思い起こせば孤独な学生時代だったよなあ。

 ただぼくはB級映画が好きな上あんまり多く見すぎたために内容がごっちゃになってタイトルと中身が一致しない。B級映画って見ているときは面白いんだけど見終わるとなにも残らないんだもの。

 おまけにB級だからよく似た展開やパクリゼリフもいっぱい。A級映画好きにならなきゃだめかな?


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