第二十四章 きみには天使がよく似合う
ぼくはいまでもときどき夢に見る。しのぶが逝ってしまった夜を。
心臓がドキドキして目をさます。見回すととなりでしのぶが寝息を立てている。
フィンランドでしのぶの死に立ち会ったあとなにがどうなってしのぶと新婚生活をはじめる羽目になったのかもうぼやけている。
結婚式に神さまと天使が来てくれたけど近所のジーサンと孫三人だった気がしてしょうがない。
ガブリエルは死人を生き返らせても支障はないと保証したけどそれはこういう現象かもしれない。しのぶが本当に死んだのかぼくはいまでは断言できなくなっている。
しのぶの臨終を認定して書類に署名した山羊ヒゲのジーサン先生もいまのしのぶに会えばちょっと首をかしげるだけで生きているしのぶを受け入れるだろう。人間の記憶なんてあてにならない。
ただしのぶが一度死んだせいでぼくの人生観は変わった。ぼくはしのぶがまた死ぬ日が来るのをおびえている。
ごく通常の結婚をしていたらそんな心配はしないだろう。ぼくは夜眠りにつくのがこわい。
しのぶにそう話すとしのぶはこんな答えを返してくれた。
「わたし死んだときすっごく幸せだった。遠い北の国であゆむとふたりっきりになれて死ぬ瞬間まで抱きしめてもらえたもの。あゆむとコペンハーゲンで別れたあとあゆむと会えないなら死んだほうがましだってずっと思ってた。ごめんね。会いに来てくれると知ってたら石にかじりついてでも生きる努力をしたんだけどさ。もう一度死ぬときもまたわたしを抱きしめてて。わたしより先に死んじゃやだからね」
「むちゃ言うなよ。普通は男が先に死ぬんだ。今度はぼくがきみに抱かれて死ぬ番なの」
「だめよそんなの。わたしが先」
他人から見るとバカみたいな夫婦だとレナは笑う。世間によくいるバカップルの一組だと。
ぼくはレナに感謝している。あの夏の日レナとマユが妙な賭けをしなきゃぼくは心の奥底にしまった箱に一生気づかなかった。
レナがぼくの運命を変えてくれたせいでぼくはいましのぶといる。その昔パンドラの箱をあけたパンドラは幸せになれたのかな? パンドラにとってつらいことや不幸がずっと多く出て来たけどたったひとつ残った希望は素晴らしいものだったんじゃないか? 苦しみも悲しみもない人生はきっとよろこびもない。
ぼくはこののちも数多くの理不尽さや絶望と向き合いながらしのぶというたったひとつの希望を抱いて生きて行くだろう。あんまり得をする人生じゃないみたいだけどしのぶが希望としてかがやいている間はなんとか生きて行けるはずだ。
つらい出来事が起きればぼくはきっとしのぶが死んだ夜を思い出す。あれよりつらい夜はまずないから。
そしてときおりガブリエルを思い浮かべる。にくらしいやつだけどぼくはしばらくあいつと衣食を共にしていた。天使をポケットに入れて暮らした男なんて世界にそういないはずだ。なんの取り柄もないぼくの最大の自慢と言っていい。
ぼくの机の引き出しにふたつにわれた壺がいまも眠っている。本当にこの壺に天使が封印されていたのかなとときどき引き出しをのぞいてみる。
もうすぐ生まれる子どもが大きくなったらいつかその話をしてやろう。お母さんがプレゼントしてくれた壺には天使が閉じこめられていたんだよって。
誰も信じないに決まっているけどぼくの子はどうだろう? お父さん冗談がうまーいと笑ってくれるかな?
〈了〉




