表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の紡ぎ人   作者: 日向かげ
第一章 星の都
4/28

第一章③ 星霊



 牛は大層なキャビンを牽いていた。金銀で装飾された四輪車だ。


 御者台に座るのは、燕尾服えんびふくだろうか、裾が長い黒のコートに白のベスト、白の蝶ネクタイに身を包む男だった。出で立ち同様、髪や髭も小奇麗に整えられている。ルエラより一回り若く、年は三十前後に見えた。


「お待たせいたしました」


 男は細やかにお辞儀する。顔を上げると同時に、彼はアマネールに気づいたようだ。


「お連れ様ですか?」


「ええ。そういうことにしましょうか。せっかくの好意を無下にするのもなんだし」


 ルエラはキャビンに乗り込み、アマネールを手招きした。


「付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ。せっかくだし、お礼させてちょうだい」


 ルエラとは対照的に、アマネールは呆然と立ち尽くしていた。


 間違いない。この白く透き通った牛は、先ほどの獅子と同種のものだ。しかし今、アマネールは純白の空間に比べて現実的な世界にいる。そのため、牛が周囲から一層浮き上がって見え、空色の獅子よりも奇妙に感じられた。


「いいからほれ、乗った乗った」


 半ば強引に、ルエラは少年をキャビンに引きずり込む。お礼と言えば聞こえは良いが、アマネールからすれば誘拐も同然だった。



 空色の獅子と相も変わらず、牛車の乗り心地は良好だった。


星霊せいれいって言うのよ。綺麗でしょ?」


 ルエラはにこやかに笑って語りだした。



 星の霊と書いて、星霊せいれい。それは、この世界を象徴する神秘的な力。その名の通り、本来空を住処とする星座を、霊体として地上に顕現させたものだそうだ。


「今私たちを牽くのは牡牛座おうしざの星霊。あなたをエステヒアまで連れてきたのは、小獅子こじし座の星霊ね」


 星霊が持つ最大の特徴は、現実離れした美しさにある。淡く透き通った身体の周りに、神秘的なもやが漂うのだ。


 星霊の佳麗さは個体ごとに異なり、例えば牡牛座の星霊は透明度の高い純白に、小獅子座の星霊は澄んだ空色に煌めく。ひとつひとつが独自の輝きを放つ、言うなれば宝玉のようなその存在は、本当に宝石が投影されているらしい。


「彼の袖口を見て。カフリンクスがついてるでしょう?」


 カフリンクスとは、シャツの袖を留めるための装飾具である。たしかに御者台に座る男の袖口には、宝石のあしらわれた留め具が西日に照らされていた。


「コスモメアのばあ様は、ペンダントだったかしらね? これらはただのアクセサリーじゃないの。天と結ぶと書いて、天結あまむすび。星霊を呼び出すための道具よ。魔法使いで言うところの杖ね」


 つまり星霊は、人の手で呼び出されているのだ。牡牛座の星霊は御者台の彼が、小獅子座の星霊は老婆が生み出したのである。


 人々が星霊を呼び出す際には、天結あまむすびというアクセサリーを用いるそう。見た目こそ普通の装身具だが、その製法には特別な規則があるらしい。


「持ち主の誕生石があしらわれているの。彼の場合はダイヤモンドね」


 この場合の誕生石は、前世の誕生日に由来するそうだ。つまり、御者台の彼や不気味な老婆もまた、ルエラのように生まれ月を把握しているのだろう。


「とある天結を介した星霊の見栄えは、その誕生石に依存するのよ。だから星霊は燦然と煌めくの」


 すなわち、牡牛座の星霊は四月の誕生石であるダイヤモンドを、小獅子座の星霊は十二月の誕生石であるターコイズを投影しているのだ。だから牛は乳白色に、獅子は清らかな空色に輝くのである。


 他にもルエラは、星霊そのものに意思はなく、呼び出し人の思うがままに動くことも教えてくれた。どうりで乗り心地がいいわけである。二人を運ぶ牛車は見てくれだけで、実際は人間が操縦する機関車みたいなものなのだ


 ここまで聞けばアマネールにもわかる。星霊せいれいとは、一種の超常的な存在だ。体温がなかろうが、人の意思のもとに行動しようが、宝石の如く輝こうが問題はない。星霊はそういうもの、言ってしまえばそれだけなのだ。



 それから小一時間ほど牛車に揺られた頃、ルエラは男に告げた。


「ありがとう、トム。今日はここでいいわ」


 ちょうど橋の上に差し掛かったところだった。その長さは五十メートルくらい。暗褐色の木材で構築され、緩やかなアーチを描いている。


「かしこまりました」


 男は如才なく受け答える。アマネールたちがキャビンから降りると、牛車は速やかに去っていった。



「エステヒアは河で分断されてるの。アーデント川って言ってね。いい眺めなのよ」


 ルエラは橋の欄干に寄りかかっている。彼女の言う通り、眼下に広がるエステヒアの景色は素敵だった。


 アーデント川の両端に沿って、色とりどりの石造りの建物が立ち並んでいる。建造物と水面に隔たりはなく、まるで船みたく浮かんでいるようだ。


 軒を連ねる建物のうち、遠方に佇むドームはひときわ目立っていた。一切の穢れなき純白の壁に、丸みを帯びた紺青の屋根。上下で対比する色合いこそ、一帯で異彩を放つ所以だろう。


 いくつかある桟橋の周りには点々と杭が立ち、その先に橙色のランプが灯っている。あたりが薄暗くなり始めたおかげで、水面に光の筋が映る様は、眺望の美しさに拍車をかけていた。


 おまけに、橋の上は風通しが良かった。なびく髪をよそに、アマネールが景色を堪能していると、橋の下から一隻の船が現れた。


みやこの内部を川が通るだけあって、水上の移動手段も盛んなの」


 全長十メートル、幅二メートルほどの細長い船だ。船に備え付けられた深紅の長椅子には、数人が腰かけている。


 船首には、小奇麗な燕尾服を纏う男が立っていた。今ほどの牛車の御者と同じ装いだ。


 普通に考えれば、船を漕いでいるのはその男だろう。だが彼はオールを持っておらず、手ぶらだった。その代わり、船の先端から数メートルの水中に、二つの紫の光が揺らいでいる。


「ねえ......まさか」


「ええ、そうよ。彼は魚座の星霊使い。仕組みはトムの牛車と同じね、魚座の星霊が船を牽いてる。魚座は二匹の魚に象られる星座だから、星霊も二匹いるのよ」


 ルエラは畳みかける。


「言ったでしょう? 星霊はこの世界を象徴する力って。別に特別なものじゃないのよ。天結を介せば、誰だって星霊を呼び出せる。私も、もちろんあなたも。ここは星座と共にある世界。まさしく、()()なの」


 ルエラは得意げに「らしくっていいのよね」と結んだ。



 少しずつ小さくなる船を眺め、アマネールはあれこれを振り返っていた。


 前世の魂を失ったために、自分が何者かわからない。空に浮かぶ星座を霊体として顕現する。にわかには信じがたい話だが、今までの体験がそれらを裏付けていた。


「何から何までありえない......顔にそう書いてあるわよ」


 アマネールは改めて、この世界に自身の常識が通用しないことを痛感した。


「僕、ほんとに死んでるの?」


 アマネールはなるべくさりげない調子で尋ねる。魂と星霊の話はさておき、自分の死を受け入れるのは気が進まなかった。


 死の認識を試みると、目の奥がずきずきと痛むのだ。得体のしれない何かが心を締めつけるようだった。


「そう嫌悪感を示したら、前世のあなたが報われないわよ。今この世界に身を置けるのは、ひとえに前世のあなたのおかげ。この世界には、()()()()人しか来られないんだから」


「......限られた?」 


 ルエラが強く発音した単語に、アマネールは思わず反応する。


「そうよ。ここにいるのは限られた人間。必ずしも、死を迎えた皆が来れるわけじゃないの。


 この世界に訪れる人間、それはね、前世でひたすらに()を追いかけた者。死ぬ直前ですら、死について考えもしなかった者たちよ。己の生涯を決してあきらめず、とにかく生きる選択を続けた者にのみ、この世界は扉を開けてくれるの。


 つまりは、望んで来られる世界じゃないのよ。死後の天国に期待する人には応えちゃくれないってわけ」


 そう言われても、アマネールは全く賛同できない。なんせここに来る前の記憶がないのだ。当然、自身の生きざまについても思い当たる節はなかった。


「この世界の住人は、誰もが一度死んでるの。それは紛いもない事実、時間をかけて受け入れるしかないわ。


 けど、さっきあなた言ったでしょ? 今生きてるって。それもまた事実。この世界でも傷を負えば血が出るし、心臓が止まれば死に果てる。その理は変わらないわ。あなたは今、ここで生きてるのよ。前世の姿をありのままに保って、新たに人生を紡いでいくの。だから私、人生が続いてるって言ったのよ。


 色々と不安になるのも無理ないわ。何より記憶がないんだもの。でもね、アマネール。人生が続いている以上、自分が何者かは否が応でもわかってくる。少しずつ、本当に少しずつだけどね。第二の魂に、この世界のあなたが刻まれてゆくの。まあ、気楽に()()()()()()?」


 何故かはわからない。少なくとも、自分の中で答えが出たわけではない。けれど、アマネールは心が安らぐのを感じた。肩の力が抜け、自然と視線が上がってくる。


 すると、手前の桟橋から手を振る男と目が合った。いつの間に停泊したのだろう、彼の傍には一隻の船が係留されている。


「私はここまでだから。それじゃ、また今度ね」


 屈託なく別れを告げて、ルエラはその場を後にした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ