前編
生まれ変わったら何になりたいか
そんな質問をされたことがあるやつは、きっとごまんといるだろう。
俺も昔されたことがあったが、その時なんと答えたかは覚えていない。
多分、ヒーローになりたいだとかなんとか、そんな感じのことを言ってたんじゃないだろうか。
当時の俺はなにも知らないガキであり、ただ単純になりたいと思ったものを口にしただけだった。
――いや、少し違うか。俺は今もガキだ。
説明するのも面倒だから簡潔に言おう。俺は一度死んだ。そして生まれ変わった。
別の人間としてこの世に再び生を受けたのだ。所謂転生というやつだ。
もっとも、赤ん坊の頃から自我があったわけじゃない。17歳になったある日、目が覚めると急に前世の記憶が蘇ってきたのだ。
理屈は分からないが、17歳はちょうど俺が死んだ歳だった。なにか関連があるのかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。
記憶が蘇ってきたときに最初に思ったことは、「なんで覚えているんだ」だった。
俺は覚えていたくなどなかったのに。
最悪の気分のまま改めて二度目の人生が始まった俺だったが、さて。
生まれ変わったら何になりたいかと言う質問を今されたら、俺はなんて答えると思う?
教えてやるよ。塵になりたいだ。
何も考えたくない。何も見たくない。俺でさえなければなんでもいい。
俺は俺という存在を、この世界から消したかった。
そのために、俺は自らの命を絶ったのだ。前世の俺の死因は自殺だった。
死のうと思った理由は大したことじゃない。付き合っていた女を他の男に奪われたからだ。
所謂寝取られだ。恋愛絡みで死ぬことを選ぶなんて馬鹿だと思うやつもいるだろうが、付き合っていた彼女は俺の幼馴染であり、初恋の相手だった。
俺の方から告白し、受け入れてもらえた時は本当に嬉しかったことを、今でもよく覚えている。いや、覚えてしまっていると言ったほうが、今となっては正しいのだろう。
本当に好きだった。
結婚したいとも思っていた。
この子とこれから先も、ずっと一緒にいたいと本気で思っていた。
まだガキだったけれど、俺は彼女を愛していた。
だから彼女を奪われたとき、俺は心の底から絶望した。
俺から彼女を奪った男は一つ上の先輩で、評判の悪い男だった。
文武両道で顔はいいが、性格と女癖がとにかく悪いと俺たちの学年にも噂が届いていたようなやつだ。
彼女もそいつの話を聞いていい顔をしていなかったし、そもそもその時点では接点などなにもなかったから、警戒などまるでしてなかった。ひどいやつもいるもんだと、他人事のように考えていたと思う。
だから彼女に呼び出され、指定された空き教室に足を運び、そいつが彼女を抱きしめて舌を絡ませる光景を目にしたときには、なにがあったのかまるで分からなかった。
目の前で起きてる出来事がどういうことか分からず、ただ茫然と突っ立っていた俺に対し、そいつは嘲るような目を向けてきた。
――――よお、しっかり見てたか? つまり、こういうことだから。お前の女、ゴチになったぜ。あんがとな! ハハハハ!
そんなことを、やつは言っていた。
その言葉の意味を理解したくなくて、すがるように彼女を見るが、彼女はやつの胸の中で小さく俯くだけだった。
――――ごめんね、駆。
男の高笑いが響く教室で、その呟きが耳まで届いたのは、偶然だったのかもしれない。
でも、俺は確かに聞いた。そしてようやく理解した。
俺の好きだった彼女は、この下劣な男に奪われたのだと。
目の前が真っ暗になり、俺はその場から逃げ出した。ただ、彼女を寝取ったクソ野郎の勝ち誇った笑い声と俺を罵る声だけが、いつまでも耳に残っていた。
それから後は、ずるずると奈落に落ちていくだけだった。
学校に行かなくなった。
家に引きこもるようになった。
幼馴染の家は隣で、部屋も窓越しとはいえすぐ近くにあったから、夜は毛布を頭から被って耳をふさぎ、ベッドの上で遮った。
彼女に会いたくなかった。
話しかけられるのが怖かった。
彼女の口から、あいつの名前が出てきたら、俺は今度こそ発狂したに違いない。
惨めだった。情けなかった。だけど学校に行く勇気を持てなかった。
ただトラウマと後悔に苛まれ続ける日々を過ごした。
精神が限界に近づき、確実に追い込まれていくなかで、ある日決定的な出来事が起こった。
――――もう、やめてくださいよ先輩。
彼女がやつを、部屋に連れてきた。
いつもより大きな声で、窓越しでも聞こえてくるくらいだから、すぐに分かった。
――――なんだよ。誘ったのはお前の方だろ? 今日は家に親がいないからって言ったじゃねぇか
――――そうですけど、でも……
――――ん? なにを気にして……あ、例のヘタレ元カノくんか。部屋が隣にあるって言ってたもんな。いいじゃん、別に。聞かせてやろうぜ。あいつならそれも喜ぶだろ。
――――ちょ、もう……強引ですよね、先輩って。
そんな会話が聞こえてきた。
その後のことは、語りたくない。起こったことも忘れたかった。
ただ、やつらが事に及んでる最中に、俺は自分で命を絶った。
シーツを首に巻き付け、ドアの取っ手に縛って、強引に首を吊った。
死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死にやがれ。クソが。不幸になれ。呪ってやる。地獄に落ちろ、クソどもが。
もはや声にならない声で呪いの言葉を吐きながら、絶望と怨恨を抱いて俺は死んだ。
それで良かった。これ以上この世界にいたくなかった。
やつらには俺と同じくらい絶望して不幸になって死んで欲しかったが、それよりもとにかく俺自身が楽になりたかったのだ。
現実逃避の末の自殺だった。
だが、どうやらこの世にはお釈迦様はいなかったらしい。
俺はひとりの男子として生まれ変わり、こうして以前の記憶を思い出してしまった。
仏教の世界では自殺はご法度と聞いたことがあるが、こうして生まれ変わった以上、神や仏の存在を信じることはとても出来そうにない。
俺は救われたかったのに、救われなかった。
二度目の絶望が俺を襲った。俺は生きながら死人になった。
前中後編、または4話くらいで終わる予定です
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