第20話 名は体を表す
「洞窟の探索をして欲しい?」
「ええ。フェイ・ウェイ様に、どうにかお願い出来ないかと思いまして・・・。」
俺と美結は今、開発局の局長室にいた。何故そんなとこに居るかと言うと、何かいい依頼はないかと開発局にやって来たところを、顔馴染みの受付嬢に呼び止められて、局長室に行ってくれないかと懇願されたからだ。
俺達の目の前では、50代くらいの幸薄そうな人間のおっさんが揉み手をしながらヘコヘコしているんだが、何を隠そう、この冴えない感じのおっさんが、開発局の局長ノオジ・クセモその人だったりする。
約1ヶ月前。鍛治士組合の組合長が智樹の店を襲撃した後、美結のレベル数の責任を追求するべく、勝手に盛り上がった美結が開発局に殴り込みを掛けた際に、交渉相手になったのが、このおっさんだ。
その時点で何が起きたのか、美結がどれほどの強さを持っているのか、既に情報を握っていたらしきおっさんは、初っ端からの土下座で美結の気勢を削ぐと、血祭りに上げられる運命を回避した上に、言葉巧みに美結を操縦して、ピオニア周辺に生息する厄介なモンスターの討伐を押し付けることまでやってのけた正に曲者なおっさんだった。
大体、名前を逆につなげると、クセモノオジさんだしな。名前通りではあるし、ロリコンに引き続き爺様の悪意を感じるわ。
そんな曲者が下手に出ながらの依頼なんて、嫌な予感しかしないんだが。
「デネブリスの森の最奥を抜けた先に、最近巨大な洞窟が発見されたのはご存知でしょう。」
「ええ。私がピオニア周辺のモンスターを片付けてる間に発見されたとか聞いたわね。」
勧められたコーヒーに似た飲み物を飲みながら、美結が答える。
「その洞窟の探索を一級の開拓者達に依頼していたのですが、昨日を境に急に連絡が取れなくなりまして。そこで、ピオニアの街で最強の開拓者である貴女様に彼等の救助と合わせて、洞窟の探索をお願いしたいのです。もし請けてくれるのなら、最大限の報酬は準備しますので。」
そう言ってノオジは深々と頭を下げた。
そう。この1ヶ月で美結の名声はすっかり高まり、最強の二つ名を欲しいままにしていた。
最初にロリコン襲撃事件で名を上げて、その後、妬みから突っかかってくる同業者を軒並み叩き潰し、難しいとされたモンスター討伐も軽くこなす様子から、いつの間にやら最強と呼ばれるようになったのである。
まあ、当の美結はそういう名声には興味は無いみたいだが。
「わざわざ私に依頼するってことは、何か手応えのあるモンスターが出てるってこと?」
「連絡が不通になる前の報告では、未知のモンスターが多数出現して攻略に手間取っている、との報告が上がっていましたから。・・・貴女にとって手応えがあるかは分かりませんが。」
「未知のモンスターねぇ。この1ヶ月。色々な場所でモンスターと戦ったけど、同じ様なモンスターばかりで正直飽き飽きしてはいたけど・・・。」
美結の顔を見る限り、完全に乗り気だな。
ただ、この1ヶ月間、強いモンスターがいるかもしれない、という感じの餌に釣られて、ノオジのおっさんには散々良いように使われている自覚があるのだろう。今までなら即答しているところを、ぐっと我慢しているようだ。
『美結。この依頼請けよう。今まで行った場所には多分操さんはいないみたいだしな。』
こき使われる代わりに、色々な場所への通行許可を得られたので操さんが居ないか探したんだが、全く見当たらないんだよな。 おそらくピオニア近辺には居ない様なので、別の地区に向かう必要があるとは思っていたところだ。
「その依頼。請けるわ。」
「感謝します。では、細かい条件は今から詰めましょう。」
こうして、俺達はIOでいうところの、デネブリスの森の次のステージである、第2ステージ「フォンドゥム大洞窟」を探索することになったのである。
フォンドゥム大洞窟はIOにおいて、デネブリスの森を突破したプレイヤーが訪れる第2ステージだ。
ファーストダンジョンのクセに迷いの森という別称もあるデネブリスの森を作り上げたゲーム会社が、第2ステージを簡単にするはずも無い。
デネブリスの森はそのマップの広大さと迷路の様に入り組んだ通路によって、高い難易度を誇っていた。
対するフォンドゥム大洞窟は、マップが広いのは当たり前だが、高低差をうまく利用した立体的な構造をしていて、平面的なデネブリスの森と比べて一段上の難易度になっている。
その複雑なマップであるフォンドゥム大洞窟に、俺と美結は今、足を踏み入れている。
「確かに未知のモンスターではあるけど、手応えという意味では、今までと大して変わりは無いわね。」
襲って来た人型のトカゲの怪物・・・トカゲビトの首を刎ね飛ばしながら、実につまらなそう美結が呟く。
『あれからレベルも40まで上がったしな。この洞窟のモンスターは大体がレベル100以上の奴ばかりだが、デネブリスの森の時よりもレベル差は縮まってる上に、俺の錆も取れたからなぁ。』
「そうね。だからこそ、パパを使わないで反転バフを切った状態で戦ってるっていうのに、手応えが無さすぎて嫌になるわね。」
そう。今俺は美結の腰に鞘に納まった状態のままとなっており、先程のトカゲビトの首を跳ね飛ばしたのは智樹が超古代の刀を参考にして作った新しい刀だ。
装備者弱体化極大や不運極大などのデバフ兼バフは自動で効果を発動していて、抜き身ではなく納刀状態でも身に付けていれば効果があったんだが、あまりの敵の手応え無さに美結から懇願されて、SP50という高コストを支払ってオンオフができる様に進化していたりする。
・・・しかし、トカゲビトっていう名前をつけるなら、普通にリザードマンで良いと思うんだが、運営のネーミングセンスの無さは今更か。
他にもカマキリの巨大な化け物はカマーで、毒液を撒き散らすカエルはドクピョン、人間を両断出来る程にハサミが発達したカニの化け物はカーニ、なんかがいる。
カーニとか、ハンバーガー売ってそうな名前だが色々と大丈夫なんだろうか。
吹き抜けの塔の様になった場所の壁面に、へばりつく様にある螺旋状の細い通路を進んで行くと、底の部分は小さな踊り場のようになっていた。
その踊り場から伸びる通路を更に進むと、かなり大きな広間に出る。
「ん?何か騒がしいわね。」
俺達が居る出入り口のちょうど反対側、トカゲビトをはじめとした様々なモンスターが、俺達が広間に入ったのにも気付かず、何かに一心不乱に攻撃をしているようだ。
モンスター達に気付かれないようにゆっくり近づくと、ようやく状況が見えてくる。
モンスター達は、半透明で半球状の壁・・・バリアらしきモノに向かって夢中で攻撃を加えており、そのバリアの中には1人の人間の女性がへたり込んでいて、両手で肩を押さえながらガタガタと震えていた。
バリアはかなり頑丈のようだが、モンスター達の攻撃で少しずつダメージを受けている様子で小さなヒビが徐々に大きくなっている様に見えた。
「そこに、誰かいるのですか?・・・た、助けて下さいぃ!!」
そして、向こうもこちらに気付いたのか、俺達の方を見ながらかなり切羽詰まった調子で助けを求めて来た。
「取り敢えず助けるわ。パパ!全力で殺るわよ!!」
『・・・おう。バフは全開にしとく。好きに使え!』
こうして、モンスターの群れに背後から斬り掛かるわけだが、俺はこの助けを求める女性に見覚えがあった。
IOの世界に居た有名なNPCだ。名前も未だに覚えている。運営が付けた悪意に満ちたその名は、マトイ・レッグアームズ。
通称『レッグアームズマトイ』、または『死神マトイ』。プレイヤーからの怨嗟の念を集めに集めた悪名高いNPCの1人である。
この手のゲームには、使えないNPCはちらほら居ますよね。そんなキャラクターです




