第15話 戦闘馬鹿の幸運
魔導人形アシュアム。
IOでは、サブイベント「鍛治士の憂鬱」で、グルピン鉱山の最奥で待ち受けるイベントボスだ。
「鍛治士の憂鬱」はグルピン鉱山に魔物が現れたことで採掘がストップし、鉱石不足に悩まされた腕利きの鍛治士からの依頼で、その魔物を討伐する事になる。
まあ、その魔物がアシュアムなんだが、コイツが最狂のイベントボスと言われてる所以は強さ自体もさることながら、その特徴にある。
アシュアムの見た目は腕が6本、脚が4本ついたパーツが剥き出しのロボットで、頭部についたまるで目のように見える4つの赤いセンサーで最初にサーチした獲物を倒すまで止まらない。
盾職によるヘイト稼ぎも関係無く、脚をもがれようが、腕を落とされようが迫ってくるその姿は鬼気迫るものがあり、それが狂の字をつけられた理由の一つ。
そして、アシュアム最大の特徴は倒したプレイヤーの武器を奪って装備してくること。アシュアムが最初に現れる時、その6本の腕にはツルハシやシャベルなど大抵はロクなものを装備していないが、倒したプレイヤーが装備していた武器の方が攻撃力が高いと装備を切り替えて、そっくりそのまま攻撃してくるのだ。
装備した武器の分だけ攻撃力が上がる為、強い武器を装備した状態のプレイヤーがやられると本当に手が付けられなくなる。
アシュアムが強くなり過ぎて倒せないからとサブイベントをキャンセルするプレイヤー達が続出したが、その場合は奪われた武器も当然ロストすることになる。
今の時代はもちろん、当時でもデスペナルティで武器をロストするネットゲームはほぼ無かった為、プレイヤー達からは「武器を盗むボスなんて狂ってるだろ!」との怨嗟の声を集めまくったのがアシュアムである。
これが狂の字をつけられた、もう一つにして最大の理由だった。
因みに俺がアシュアムに挑戦していた理由は、「鍛治士の憂鬱」をクリアすると、依頼主である腕利き鍛治士が、銘:天暦981年ムラクモ作の錆びた刀の錆を落としてくれるからだ。
つまり、錆びた刀をミヅチカグラに変更出来る唯一無二の方法だから、アシュアムを倒す事は俺には必須だったわけだな。
まあ、大抵のプレイヤーは腕利き鍛治士が1本だけ作ってくれるオリジナル武器が目当てだっただろうが。
その懐かしい最狂のアシュアムが今、目の前にいる。そして、普通ならシャベルやらツルハシ、何なら無手のこともあるその腕は、何故か全ての腕が蒼く美しく輝く刀、超古代の刀を装備していた。
アシュアムが最初に装備している武器は完全にランダムで、超古代の刀を装備しているのはかなりレアなはず。
アシュアムの初期装備の中では最高の性能を誇っている訳だが、腕一本毎に装備品の判定をするはずなのに、なんで全部レア武器装備してんだよ!余計に強くなってるじゃねぇか!
「アイツがパパが言ってたアシュラム?聞いてたのと違って良さそうな武器を装備してるんだけど。」
『美結!普通はロクな武器を装備してないんだが、何故か全部の腕にレア武器を装備してやがる!あとアシュアムな。それじゃどこぞの黒騎士様だ。』
そういや俺のスキル『不運極大』は仕事してないんじゃないか?『家族愛』の反転効果で、美結の運は良くなってるはずなのに、なんで難易度が上がるようなレア武器をフル装備してくるんだか。
「いやぁ。スコップとかシャベルを持たれても、弱いだろうしイマイチやる気が出なかったんだけど、あの蒼い刀を装備してる姿は強そうだし、燃えてきたわ。」
言いながら獰猛な笑みを浮かべる戦闘馬鹿を見て、俺はふと気付く。
もしかして。もしかしてだが。コレが美結にとっての幸運って事か?戦闘馬鹿なコイツなら、強い敵が出れば出るほど喜ぶ。
敵が弱いと飽きを見せ始めた美結の目の前に現れたレアエネミーのメタルゴリィ。
スコップやシャベルじゃ、つまらないと思った美結の前に現れたのはレア武器のはずの超古代の刀をご丁寧に全ての腕に装備したアシュアム。一本でも珍しいのに全ての腕にそれを装備してくるのは天文学的確率になるだろう。
こんなもの全てが偶然とは思えない。
つまり、美結が求め続けつつける限り、次々と強敵が襲いかかってくるって事じゃねぇか!
美結にとっては『不運極大』は幸運極大だろうが、俺にとっては文字通り不運極大のようだ。強敵がくればそれだけ耐久力が削られるわけだし。
衝撃の事実に気付いて気が遠くなりかけた時。
「パパ。来るわ!」
美結の鋭い声が俺の意識を現実へ引き戻す。いつの間にか近くまで来ていたアシュアムと、美結の壮絶な戦いが始まったのだった。
アシュアムの全長は約3メートルくらいはあるだろうか。その高所から、170センチしかない美結に向かって次々と蒼刃が振り下ろされてくる。
真正面からアシュアムに立ち向かった美結は、6本ある腕から繰り出される嵐のような斬撃、その全てを超絶な技巧を駆使して回避していく。ある攻撃は躱し、ある攻撃は俺で弾き、或いは受け流す。
だが、美結の結い上げた黒髪の端が僅かに斬れ、肩口から僅かに血がにじみ、頬に薄っすらと傷がついていく。
アシュアムの猛攻を完全に捌き切ることが出来ずに、徐々に押されているみたいだ。こりゃ不味くないか?
『美結。押されているが、大丈夫か?』
「ふふ。心配してくれてありがとう、パパ。これくらいのことでやられるほど、私は弱くはないわ。・・・この人形の動きにはもう慣れた。見てなさい!」
俺の問いかけに美結は不敵に笑い、左腰に据えていた智樹が打った刀を左手で抜き放つと同時に、アシュアムへ斬り込んでいく。もちろん、右手には俺を携えたままだ。
『二刀流?北神一刀流じゃなかったのかよ!』
「それ、周りが勝手に付けただけだから。私が二刀流を使わないとは言ってないわ!」
言いながら楽しそうにアシュアムと斬り結んでいく美結。
おそらくスキル『見切り』や『超反応』を無意識に使ってるんだろうな。最初の頃とは比べ物にならないくらい動きが良くなっている。
美結は左側からの斜め斬りは急加速して、斬り上げには上体逸らし、流れた身体を狙った斬り下ろしは左手の智樹の刀で弾き飛ばして、アシュアムの右腕の攻撃を全て回避してのける。
そこへ左腕の攻撃が襲い掛かる。頭を串刺しにしようとする刺突は首を捻って、首と胴体を横薙ぎに斬り飛ばそうとした2連撃は、胴体のは右手の俺で斬り払い、首のは左手の智樹の刀で強力に跳ね上げて、アシュアムの体勢を崩した上で全てを防ぎ切る。 そして、一瞬棒立ちになったアシュアムに対して、左に身体を捻った美結は、腰が回転する力を利用して、右手の俺で強力な斬撃を放ち、アシュアムの左腕を見事に一本斬り落としたのだった。
「やったわ!」
腕を斬り落として直ぐにバックステップで距離を取った美結が歓声を上げた。
『やったわ、じゃねぇ!アシュアムについては説明してたよな?下手に腕や脚を破壊するとパワーアップするって。さっき腕じゃなくて一撃で倒せる胴体とか頭とかを何で攻撃しなかった!』
そうなのだ。アシュアムはいやらしい事に各パーツを破壊する度に能力が上がっていく仕様になっており、腕を破壊した場合は確かに手数は減るものの、一撃一撃が重くなるため決してその攻撃能力が落ちるわけではなく、むしろトータルの攻撃力が上がる事が、各プレイヤーの検証で明確に確認されていたりする。
なので、胴体や頭などの破壊すれば動けなくなるパーツを集中して攻撃していくのが、IOでの定石だった。
「だから、やったって言ったのよ。狙い通りに腕を壊せたから。さっきまでのアシュラムもまあまあ強かったけど、私にはまだまだ物足りないわ。だから、満足行く戦いをする為にパーツを壊したのよ。」
ダメだ。誰かこの戦闘馬鹿を何とかしてくれ。親の顔を見てみたいもんだ。・・・いや、親は俺だったわ!
俺がそんな馬鹿なことを考え、美結が興味深く見つめる中で、アシュアムに大きな変化が起きようとしていた。
人それぞれで幸せは違いますから、何が幸運かも違いますよね(笑)