第9話 ピオニアの街へ
出来るだけ早く街に辿り着くため、薄暗い森の中を俺を持った美結が駆け抜けていく。ナビは俺がしているのだが、なにぶん20年ほど前の記憶だ。所々怪しい部分はあるため、度々立ち止まっては現在地の把握をする必要があり、どうしても進むスピードはそれほど早くはならなかった。
この為、1日ではピオニアの街には到着することが出来ずに、美結と再開してから2日目の朝を森の中の湖の側に設置したテントの中で迎えていた。テントは美結のアイテムボックスの中に入っていたものだ。ゲーム時代にはなかったアイテムだが日本刀な俺はともかく美結にはありがたい。
ちなみに美結は夜通し走る事を主張していたが、夜は暗すぎて現在地把握が出来ない事を伝えると渋々引き下がっていた。なんでも2〜3日程度であれば休憩を取らずに動き続けることが出来るらしい。そんな事が出来るようになった環境であったことが偲ばれる。未来の世界はどんな状況なんだか。
日の出とともに美結は行動を開始した。俺のナビに従って時折進路上に現れる敵、お馴染みのクーマや、ペンギンをピンポン玉のように膨らましたペングィーン、身長150cmほどの巨大な歩くキノコのキノーテなど、を出てきた側から一刀のもとに斬り捨てていく。
ネーミングセンスが無い?IOを作ったゲーム会社に言って欲しい。
「パパのバフと、錆びてるのによく斬れる刀。それにこの身体の扱いに慣れたのもあって、その辺の雑魚は相手にならなくなってきたわね。・・・手応えも無くなってきたし、つまらないわね。」
不満げにそう言う美結をスルーして、俺は美結へ語りかける。
『さっきので最初のクーマを除いて12体の敵を倒してるし、レベルが10に上がったのもあると思うぞ。ただ、俺の耐久力は10まで落ちてるから注意してくれ。と言っても、次の広場を抜ければ、デネブリスの森を出てピオニアに行けるはずだから大丈夫だろうけどな。』
「そう。もう終わりなの。」
注意を促す俺の台詞に、もうすぐ戦いが終わるらしいと分かった美結は至極残念そうにポツリと呟くのだった。
この時の俺はもう大丈夫だろうと完全に油断していた。そして世の中はそういう時に限ってイレギュラーな事が起きるのだ。そうして最後の部屋に入った時。何の前触れも無くソイツは現れた。
「何なの、アイツ?」
広場に入って一目ソイツを見た美結の口からそんな言葉がもれる。
ソイツは身長5メートルくらいはあるだろうか。横幅も広く肉厚な身体も相まって、かなりの巨体に見える。長い腕の先についた握り拳は両方とも地面を突いており、四つん這いで此方を見下ろしている。
まあ巨大なゴリラなのだが、その皮膚は通常のものとは大きく異なっていて岩のようにゴツゴツしており、くすんだ銀色をしていた。
『・・・あれは!メタルゴリィじゃねぇか。なんでこんな時に。』
「メタルゴリラ?」
『メタルゴリィな。マッスルゴリィっていう敵がいるんだが、それのレアバージョンになる。IOのハード版が出てしばらくは誰も倒せなかったモンスターだ。』
「誰も倒せなかった??」
美結が興味深げに聞いてくる。
『もとになったマッスルゴリィはデカくてタフな面倒な敵なんだが、メタルゴリィはそれに輪をかけててな。デカくて硬くて速くて強い。メタルというだけあって特に硬さが尋常じゃなくて、ハード版開始当初のプレイヤー達の攻撃は殆ど効かなかったんだわ。だからこそ、しばらくは誰も倒せなかった。』
現実世界じゃ無かったら、レアアイテム出るかも!とか、ワクワクするところなんだけどな。
「なるほど。・・・ちょっと試してみるわね。」
『ちょっと待て・・・っ!』
楽しげに言った美結を止めるべく声を上げた俺だったが、気付いた時にはメタルゴリィのすぐ側まで来ていて、ひょっとしてコレが『瞬歩』か?と思いながら 刀身はメタルゴリィに向かって横薙ぎに振るわれた。
しかし、ギィンという鈍い金属音と共にメタルゴリィの左腕によって弾かれてしまう。
「確かに硬いわね。何回かやれば斬れそうだけど。」
「グルゥアアア!」と雄叫びを上げつつ反撃をしてくるメタルゴリィの猛攻を回避しつつ、そう呟いた美結の視線の先には先程斬りつけたメタルゴリィの左腕があったが、装甲のような皮膚をしっかり削っているのが分かった。おそらく後2、3回同じところを攻撃すれば斬れるだろう。だが、しかしだ。
『美結。さっきの攻撃で耐久力が4も削れて6しか残ってないぞ。倒しきるには耐久力が足りないし、攻撃を捌くのに俺を使ったら、それでも耐久力は減りそうだ。・・・SPを使えば耐久力は回復できるが今後のことを考えるとあまり使いたくは無いな。』
「そう思ってるから、このゴリラの攻撃は回避しているわ。」
メタルゴリィの右拳の振り下ろしをバックステップで回避した美結はニヤリと笑って言葉を続ける。
「ねぇ、パパ。コイツの動きは大体覚えたんだけど、長引かせても損するだけだし、今から隙を見てカウンターで一撃当てて倒そうかと思うわ。それで、一度だけ防御でパパを使わせて?それで多分、耐久力が足りないからちょっと回復してくれないかな。」
『・・分かった。美結に任せる。』
楽しそうに顔を緩めている美結に一抹の不安を感じたものの、かなりの達人らしき美結が倒すと言っているのだから出来るのだろう。そう思い、SPを1消費して耐久力を11にしつつ、俺は了承した。
「ありがとう。じゃあ、いくわ。」
そう言った美結は、俺を構えることもせずに警戒体勢を取っているメタルゴリィにゆっくりと、だが無造作に近づいていく。
「グルゥオオオ!」
3メートルほどまで近づいたところで、痺れを切らしたメタルゴリィが雄叫びと共に拳を繰り出してきた。だが美結は予め攻撃の軌道が分かってるかのように紙一重でかわしていく。
そうして嵐の様な攻撃を掻い潜って1メートルまで近づいた時、何かにつまづいたのか美結の身体が右側によろめいてバランスを崩してしまう。それを見たメタルゴリィは左腕を大きく振り上げ、美結を目掛けてその拳を真っ直ぐに振り下ろそうとした。
危ない!そう思った時、体勢を崩していたはずの美結はあっさりと立ち直っており、大上段に構えた俺の刀身の峰の方を迫り来る左腕の内側に合わせると、滑る様にメタルゴリィの懐に入り、刃を返してそのままの勢いで袈裟斬りに斬りつけた。
すると俺の刀身はあれだけ硬くて斬れなかったメタルゴリィの皮膚をアッサリと切り裂いて、左肩から腰までを切断していく。
そして、何故自分が斬られているのか全く理解できない表情のままメタルゴリィは崩れ落ちていった。コレは明らかに致命傷だろうな。
「攻撃する瞬間というのは、案外気が緩んで防御力も落ちるものよ。ワザと隙を作って大振りになったところを狙わせてもらったわ。ましてや最初と違って私も気を全力で込めたしね。ふふ。なかなかスリルがある戦いだったわ。」
そう満足そうに独り言を言っている美結を放って置いて、俺はレアモンスターであるメタルゴリィの死体を回収していく。
こうして最後の障害を取り除き、俺と美結は無事にピオニアに街に到着することになる。森から街に帰るだけでも色々あったのだ。操さんや智樹が転生している事を考えると、コレからどんな騒動に巻き込まれていくのか、何となく恐ろしく感じてしまう俺なのであった。
このお話の今回の更新は、取り敢えずここまでとさせていただきます。お読みいただきありがとうございました。
続きについては、不定期て更新していくつもりですので、見かけたらご覧下さる様よろしくお願いします。
但し、当面は別作の執筆に注力するつもりです。