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22.プレゼント

 秘伝の回復薬とリハビリの甲斐あって、アルベルトの身体は一週間で見事に回復した。

 体力が回復したアルベルトとルチアが王都に戻る前日は、アルベルトの18歳の誕生日だった。

 ベニーニ侯爵家の別邸では、使用人たちが初めてこの邸で祝うことになる(あるじ)子息の誕生日に沸き立ち、早朝からどこか浮き足だった様子で準備を進めている。


(誕生日前にアルが戻ってきてくれてよかった。また一緒にお祝いができる。アルがいてくれるって、何て幸せなことなんだろう)

 使用人たち同様、アルベルトの誕生日にそわそわしていたルチアも、いつもより少し早く目が覚めた。

 ベッドを降り、海から生まれたばかりの朝日が海面に無数の宝石を散りばめる様子を見下ろす。


 昨年のアルベルトの誕生日には、ほんの数ヶ月後にあんな事故が起こるなんて思いもしなかった。アルベルトがいることが当然だった幸せな自分が、少しだけ羨ましい。

(でも、あの頃の私は、アルがどれだけ私のことを大切にしてくれていたのかを、わかっているようでわかっていなかった。アルと会えなかったこの約一年の間に、本当にたくさんのことに気づかされたな。きっとそれは私にとって、知っておくべき大事なことだったんだと思う。知らないままでいちゃいけなかったこと…)

 注がれる愛情をただただ享受するだけだった自分。純粋で無垢で、愚かだった。

(もっとちゃんと、アルに感謝や大好きな気持ちを伝えよう。アルの優しさに甘えるだけじゃなく)

 アルベルトの18歳の誕生日の朝、ルチアは新たな誓いを胸にしていた。


 朝食の準備が整ったと聞いて、アルベルトの部屋のドアをノックする。

 アルベルトが戻って以来、ルチアは毎朝アルベルトを部屋まで迎えに行っていた。最初は体調が万全でないアルベルトを心配しての行動だったが、今ではただ、朝一番にアルベルトの顔を見たいという気持ちが勝っている。

「どうぞ」

 アルベルトが甘やかな笑顔で迎え入れてくれる。もうすっかり体力は回復し、生活にも何ら支障はない。一人で綺麗に身支度を整えており、室内も整然としていた。学園では寮生活を送るため、この国の貴族の子どもたちは、身支度を自らで整える者がほとんどだ。


「アル、おはよう。それと、18歳おめでとう」

 思えば、誕生日のお祝いを一番に言えたのは初めてかもしれない。これまではアルベルトの家族や、寮で同室のフリオが一番にお祝いを述べていたはずだ。そんな些細なことですら喜びを感じる。

「おはようルチア。それと、ありがとう」

 祝いの言葉を述べられた自分よりも嬉しそうに微笑んでいるルチアの頬に、アルベルトが愛おしそうに触れる。

「誕生日のお祝いを最初に言ってくれたのがルチアだなんて、幸せだな。18歳はいい年になりそうだよ」

 アルベルトが自分と同じことを考えていたと知り、ルチアは頬に触れるアルベルトの手に自分の手を重ねて、猫のように頬をすり寄せた。

「うん。アルの18歳の一年が、いい一年でありますように」

 ただ見つめ合い、微笑みを交わす。そんな当たり前のことが、幸せで仕方なかった。


「あのね、今日は私、ちょっと街に出掛けてきたいんだけど、いいかな?」

 無意識にアルベルトの歩調を気に掛けながら階段を降りていたルチアは、階下に降り立ちアルベルトを見上げた。

 これまでアルベルトを取り戻すことだけに注力してきたため、アルベルトの誕生日のために事前に準備していたものは何もない。アルメリアの街に出て、プレゼントを用意したいと考えていた。

「街に?それなら僕も一緒に行くよ。ちょうど本屋に行きたいと思っていたんだ。アルメリアにしかない薬草について書かれている本があるかもしれないからね」

 明日にはアルメリアを発てるほどにアルベルトの身体は回復している。街歩きも心配はないだろう。ただ――。


(一緒に…?どうしよう。二人で出掛けられるのは嬉しいけど、誕生日のプレゼント、アルに内緒で買えるかな…)

 少し迷う素振りを見せたルチアの顔を、アルベルトが覗き込む。

「僕が一緒だと、困る?」

 少しでも離れていたくないと思っているのは、ルチアだけではなかった。アルベルトは一年近くの間、たった一人、後悔と無力感に苛まれながらルチアを待ち続けた。その想像し難いほどの孤独と心痛は、そう簡単には癒えるものではない。

 翡翠色の瞳が不安に揺れている。それを見た瞬間、ルチアの気持ちは決まった。

「ううん。実はね、アルへのプレゼントを買いに行こうと思っていたの。だから一人でって思ってたけど、やめるね。アル、一緒にお買い物に行こう。私もアルといたいもの。プレゼントも一緒に選んでくれる?そんな誕生日プレゼントでもいいかな?」


 ルチアの言葉を聞きながら、アルベルトの表情がみるみる晴れていく。ルチアはそれを見て、自分の判断が間違っていなかったことを悟った。

(やっぱり、正直に話してよかった。アルの誕生日プレゼントを買うためにアルを不安にさせるなんて、本末転倒だもん)

 微笑むルチアを、アルベルトが抱きしめた。

「ルチア、ありがとう。僕の気持ちを尊重してくれて。僕にとって、ルチアといられる時間は何にも代えがたいプレゼントだ。だから一緒に買い物に行けることが、このうえない贈り物だよ」

 長く離れ、心が裂かれるような思いを経験した二人にとって、一緒にいられる時間が何よりも貴重であるというのは、誇張でも何でもない。ルチアはアルベルトの背中に手を回し、頷いた。

「うん。私も、アルが喜んでくれることがしたかったから、嬉しい。今日は一緒にお買い物をして、ずっと一緒にいよう?夜にはアルのお誕生日パーティもあるからね」

「すごく嬉しいよ。――あ、誕生日のプレゼントに欲しいもの、思いついた。買い物の間は、ずっと手を繋いでいたい。いい?」

 アルベルトに請うような瞳で見つめられ、ルチアは恥ずかしそうに目を伏せる。

「うん…。私も手を繋ぎたい。でも、それはプレゼントとは別だよ。誕生日じゃなくても、いつでも手は繋ぎたいもん」

「ルチア…」

 ルチアを抱きしめるアルベルトの腕に、さらに力が籠もった。

「じゃあ、プレゼントはこっち」

 言うや否や、アルベルトはルチアの唇を軽く啄むようにキスをする。

「今日は僕が好きな時にキスさせて?いいよね?」

 美麗な顔が甘く微笑む。そんな表情を見せられたら、頷かないわけにはいかない。

「う…うん。わかった…。お、お手柔らかに…お願いします」

「努力はしてみる」

 真っ赤になったルチアの耳にキスを落とし、アルベルトがいたずらっ子のような顔をして笑った。昔からルチアの前でだけ見せるその無防備な笑顔に、ルチアの心がきゅうっと音を立てる。


(アル…ああ、私の大好きなアルがいる…)

 アルベルトが戻って以来、何度同じことに感謝し、何度幸せを噛みしめただろう。

(もっと近づきたい)

 ルチアの腕は無意識にアルベルトの頬へと伸び、背伸びをしてアルベルトに口づけた。

「――!!」

 アルベルトが雷にでも打たれたかのように目を見開く。これまでルチアからアルベルトにキスをしたことは一度もなかったからだ。

 ルチアはもう一度、呆然とルチアを見つめているアルベルトに吸い寄せられるようにキスをした。アルベルトの顔があっという間に真っ赤になっていく。

「――ち、ちょっと待ってルチア。何これ、夢?僕、ちゃんと実体あるよね?目を覚ましてるよね?」

 いつも自分から迫る一方だったアルベルトにとって、ルチアからのキスはまさに青天の霹靂。何が起こっているのかわからず、パニックを起こしているようだ。


 動揺するアルベルトの上気した肌が美しくて、ぽうっと見蕩れていたルチアも、自身が思わず取ってしまった大胆な行動に気づき、我に返った。アルベルトが耳まで赤くしているのを見て、自分が取った行動がどれほどの衝撃を与えたのかを知る。

「あ!や、ごめん!私、何だか気持ちが抑えられなくなっちゃって!びっくりしたよね、本当にごめん!」

 アルベルトからさっと身を離し、後ろに飛び退こうとしたルチアの腰に、アルベルトが瞬時に腕を回して引き戻す。

「駄目。ものすごくびっくりしたけど、それ以上にものすごく嬉しかったから、離れないで」

 あっという間にアルベルトの腕の中に戻ってきてしまったルチアは、湧き上がるように熱くなっていく頬を隠すように、アルベルトの胸に身を預けてこくりと俯いた。

「はー。何、このプレゼントの破壊力…。朝から理性が吹っ飛んだらどうしてくれるの…」

 アルベルトはルチアを抱きしめて、ぼそっと呟く。

「ご、ごめん」

「いや、責めてない。むしろ、もっとしてほしい。幸せすぎて気が遠くなりそうなだけ」

 ルチア自身、自分の行動に驚いていた。

 アルベルトの胸の高鳴りが耳元で聞こえる。あまりに近く大きく響くので、自分の鼓動の音なのか、アルベルトの鼓動の音なのか、わからなくなるほどだ。


「まさか、ルチアからこんなサプライズを受けることになるとは。誕生日って、いいもんだね」

 やっと互いの鼓動の音が落ち着いてきた頃、アルベルトが言った。

「喜んでもらえたなら、何よりだよ…」

(たぶん、私が一番びっくりしてるけど…)

 恥ずかしそうに目を伏せたまま、ルチアも答える。いつものルチアらしいその様子を見下ろして、アルベルトがふっと目を細めた。照れるルチアの顔を見て、すっかり自分のペースを取り戻したようだ。

「今日はとってもいい日になりそう」

 そう言って妖艶な笑みを浮かべると、ルチアの額に口づけた。



 春の陽気に包まれたアルメリアの街は、其処彼処に鮮やかな花々をあしらい、彩りに溢れていた。

 ルチアとアルベルトは、手を繋いで花の香り漂う街を歩く。

「ねえアル、あそこ、本屋さんだよね」

「そうだね。見ていこう」 

 薬草や魔法薬の本が置かれた一角は、王都の書店と引けを取らないほどに充実していた。

 アルメリアには、月待ち草に代表されるように、この地にしか生息していない薬草が多いせいもあるのだろう。ベニーニ侯爵家がここアルメリアに王家から別邸を賜った理由も、そこにあったのかもしれない。


「この本は持っていないな。ちょっと買ってくる」

「うん。私はもう少し見てるね」

「わかった」

 会計に向かうアルベルトを見送り、ルチアは店内をぐるりと巡った。ふと、筆記用具の置かれた一角に目が留まる。

「わ…綺麗。アルの瞳の色みたい…」

 そこに置かれていたのは、透明なガラスの中に霞のように翡翠色が漂うガラスペン。

 繊細なペン先にはアルベルト好みの細字が書けそうな溝が刻まれ、ペン軸は優雅な曲線を描き、美しいだけでなく握りやすそうだ。

(魔法学研究所にあったアルのペンは、事故でみんな駄目になってしまっていたし、このペンを贈ろうかな)

 同じくガラス製のペンスタンドと、瑠璃色のインクが目に入る。

(私の瞳と同じ色…)

 さすがに自分の瞳の色のインクは贈りづらく、その隣に置かれた夜の帳のような濃紺のインクを手にする。

「ルチア?何か見つけたの?」

 会計を終えたアルベルトが、後ろから覗き込んできた。

「あ、アル。ねえ、このガラスペンをお誕生日に贈らせてもらいたいんだけど、いいかな?研究所で使ってもらえたら嬉しいなって」

 ルチアは翡翠色を閉じ込めたガラスペンをアルベルトに見せる。

「ああ、綺麗なペンだね。そうか、研究所のペンはみんなもう使えなくなってしまっているよね。ルチアが選んでくれたペンなら、研究が捗りそうだ」

 アルベルトが嬉しそうに目を細めたのを見て、ルチアは満足気に頷いた。

「ふふ、気に入ってもらえそうでよかった。じゃあ、これにするね」


 ガラスペンとペンスタンドを包んでもらうよう、店主に声を掛ける。

「あ、あと、一緒にこのインクも…」

 と、濃紺のインク瓶を渡そうとすると、アルベルトがすっと手を伸ばし、瑠璃色のインク瓶を手に取った。

「インクはこの色がいい。これは僕が自分で買うよ」

「え…?」

「ルチアの瞳の色のインク。研究所では、いつもこれを使ってたから」 

 ルチアは驚きに目を見開き、アルベルトを見上げる。

「ふふふ、目がまん丸。可愛い。――ね?ほら、同じ色」

 アルベルトはルチアの瞳の横にインク瓶を並べて微笑んだ。

(ずっと前から私の瞳と同じ色のインクを使ってくれていたなんて、気づかなかった。そういえば、アルが残したメモの字、瑠璃色だったかも…)

 アルベルトを取り戻すために必死だった頃は、インクの色を気に掛けている余裕すらなかった。


 ルチアは火照る頬を押さえながら俯いた。アルベルトはそんなルチアの髪を優しく撫でる。

「ルチアの色が身近にあると、何だか安心するんだ。変かな?」

(私の知らないところでも、そんな風に考えていてくれたなんて、嬉しいな…)

 ルチアはふるふると首を振り、恥ずかしそうに小声で告げる。

「私も同じ。アルの色のリボンとか、ハンカチとか、実はたくさん持ってる…」

「うん。知ってる。ずっと前からそうしてくれてたよね」

「えっ!?知ってたの?」


 驚いて顔を上げたルチアに、アルベルトがにっと笑いながら顔を近づける。

「僕がルチアの持ち物を見落とすはずないでしょ?嬉しいなって思いながら見てたよ」

 目の前で翡翠の瞳がきらきらと輝く。ルチアの持ち物に散りばめられた、大好きな色。

「こっそり使ってるつもりだったのに…。ばれてたなんて、恥ずかしすぎる…」

「こっそり使ってたつもりなんだ。ルチアは本当に可愛いな」

 小さな手で顔を覆ってしまったルチアを、アルベルトが愛おしげに抱きしめた。

読んでくださり、ありがとうございます!

もう少しの間、幸せな毎日を取り戻した二人にお付き合いください♡

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