――幕間―― 大切な友人
「フリオ、今週末、一緒に観劇はどうかしら?」
アルベルトとルチア、そしてフリオの三人が談笑していると、フリオの後方からやってきたマリアローザが、フリオの袖口を意味深に掴みながら上目遣いで話しかけてきた。
「ああ、マリアローザ。――今週末はごめん。先約があるんだ」
フリオが、綺麗な笑顔を申し訳なさそうに歪めながら応える。
「先約?どなたと?」
途端にマリアローザの表情が険しくなった。
「うん、先週お誘いをいただいたご令嬢だよ」
フリオはにっこり笑いながらも、お相手に関してそれ以上のことを話す気はないのだとはっきりわかる声音で答えた。
「その約束はお断りできないの?」
マリアローザが食い下がるが、フリオは少し困ったような表情を浮かべながら、柔らかく否定する。
「うん、ごめんね?そうだな、再来週なら空いているよ?」
「再来週…。仕方がないわね。じゃあ、再来週は私と出かけましょう?」
渋々といった顔で、マリアローザが頷いた。フリオは誰に対しても平等で、家格で約束事を優先することは決してしない。これまでのフリオの態度からそれが揺るがないことをマリアローザも知っているはずだが、彼女はいつもそれが面白くなさそうだ。
「わかった。じゃあ、再来週迎えに行くから。何を観るか考えておいて」
マリアローザが不満を持っていることは百も承知だろうに、フリオはまるで何も気づいていないかのようにいつもの艶麗な笑みを浮かべている。
(まったく、こいつは何度言っても…)
その笑顔を見て、アルベルトは心の中で溜息を吐く。
「観劇の前にお買い物もしたいのだけど…」
まだ話し足りなそうなマリアローザの気配を察し、アルベルトは心配そうな顔でフリオとマリアローザを見つめているルチアの手を取ると、フリオに「先に行ってる」と小さく声を掛けてその場を離れた。
「フリオ、大丈夫かなぁ?」
ルチアがそうっと二人を振り返る。
「大丈夫だろう。あいつにとってあんなことは日常茶飯事だから」
アルベルトは安心させるようにルチアの手を握る指先に力を込めた。
「それならいいけど…」
ルチアはまだ少し心配そうにしながらも、アルベルトの言葉への絶対的な信頼感からか、もう振り返りはしなかった。
(マリアローザか…。確かに彼女は他の令嬢たちに比べてフリオへの執着が強そうだな…)
ちらりとまだ話をしている二人を見遣り、アルベルトは再び胸中で溜息を吐いた。
(フリオはもっと自分を大切にすべきだ。あれほど優秀で人目を惹く存在なのに、自己肯定感が低い。令嬢たちの求めに最大限応じているのも、自分を否定されることが怖いからなのではないだろうか)
アルベルトにとって、幼馴染みのフリオは心を許せる大切な友人だ。表立って気遣うようなことはしないが、何かあればいつでも手を差し伸べたい。
(僕にとってのルチアのように、フリオのすべてを包み込んでくれる存在に出会えるといいが…)
隣を歩くルチアをそっと見下ろすと、ルチアも視線を感じたのかアルベルトを見上げた。
「アル?」
どうかしたの?と、そのきらきら輝く大きな瞳で問いかけてくる。
「いや?僕にはルチアがいて、幸せだな、と思っただけだよ」
正直な気持ちを言葉にすると、ルチアの頬がみるみる赤く染まった。恥ずかしそうに俯く横顔が、堪らなく愛しい。
「もう、アルったら…」
アルベルトの視線を感じて耳まで赤くなっていくルチアから、アルベルトはいつまでも目を逸らせない。
「あれ?お邪魔だったかな?戻ってこない方がよかった?」
不意に背後からフリオに声を掛けられ、ルチアがびくん、と飛び上がった。
「フリオ!もうお話は済んだの?」
「そう、済んじゃったの。せっかくいいところだったのに、早く戻ってきちゃってごめんね?」
「フリオ、ルチアで遊ぶな」
焦り顔で振り返ったルチアをにやにやしながらからかうフリオに、アルベルトは形だけの苦言を呈す。
「いつか、見つかるといいな」
ぽそりと小さく、友を思う言葉がこぼれた。




