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――幕間―― 研究

(これも駄目か…)

 アルベルトは机の上を埋め尽くすように広がった研究資料や薬草を見下ろし、大きな溜息を吐いた。


 夏を迎える前に訪れる雨の季節のとある休日、アルベルトは朝から魔法学研究所にいた。

 雨は昨晩からしとしとと降り続いており、時折雨粒が風に煽られて窓を打つ音が聞こえている。

(ルチアも今頃、寮でレポートに励んでいるだろうな)

 週末も会いたいのは山々だが、お互い向き合うべき課題から目を逸らす訳にもいかない。それに、アルベルトが会いたい気持ちばかり全面に押し出してしまえば、きっとルチアは自分の存在がアルベルトの研究の妨げになっていると気にすることだろう。ルチアの気持ちを健やかに保ち、彼女の笑顔を守ることが、アルベルトにとって最も優先されるべき事柄なのだ。

(ルチアに辛い顔はさせたくない)

 その矜持がアルベルトをアルベルトたらしめている。


 父親が不幸な事故により植物状態になってしまった知人から、どうにかして魔法薬でそれを改善できないかと相談を受けたのは、もう半年も前のこと。脳の損傷を治療する薬を考案してみたり、弱った体力を増強させる薬を考案してみたりしたが、どれも状況を改善できはしなかった。

(今回の薬も駄目だったということは、別の方向からのアプローチが必要なのかもしれない)

 何度目かの改良を施した脳に働きかける薬も、結果は同じだった。改良如何の問題ではない可能性が高い。アルベルトはどかっと椅子に座ると、その背にもたれかかり目を閉じた。そのままの体勢で腕組みをして思案する。

(そもそも植物状態の患者の魂は、どのような状態なんだろう?身体の中で眠っているのだろうか?)


 人が植物状態に陥る原因は、脳の思考や行動を制御する部位の損傷だ。植物状態では、生命維持に必要な機能を制御する部位は機能しているため、魂もその身体に留まっている。つまり、思考することはないが生きているのだ。

(だが、身体の生命力が失われていけば、身体と魂の結びつきは弱まり、やがて死が訪れる…。では、脳の損傷が薬によって改善し、さらに魂と身体の結びつきが強くなったらどうか…?)

 アルベルトはぱっと目を開けると、がばりと身体を起こした。

(よし、今度は魂の方面からアプローチしてみよう) 

 確か、研究所には魂に関する研究をしている者もいたはずだ。まずはその者に話を聞いてみることにしようと、アルベルトは立ち上がり研究室を出た。


 薄暗い研究所旧棟の廊下は、ひんやりと静まりかえっている。ここ旧棟に残る研究室は少なく、ほとんどが数年前に建てられた新棟へと移転済みだ。設備が古く、少しカビ臭い旧棟だが、アルベルトは歴史を感じるこの場所が嫌いではなかった。

 雨がつたう窓の外に何気なく目をやると、新棟との間にある中庭に紫陽花が咲いているのが見えた。

(学園の庭の紫陽花も咲き始めていたな)

 紫と水色が混じった紫陽花を、きれいだね、と見つめていたルチアの横顔を思い出して、ふっとアルベルトの表情が緩む。


 学園を卒業する前に研究をひとつ形にしたいと思っているのは、目に見える実績を示したかったからだ。

(実績や名誉のようなものなどなくても、ルチアは僕を愛してくれる。だけど、僕は、僕以上にルチアに相応しい人間はいないと胸を張れる材料を、いくらでも集めたい。ルチアを誰にも渡したくない、いや、渡さない。ルチアは僕のすべてだ)

 自分のルチアへの思いが異常なほどに重いことは十分理解している。ルチアを独占したい。ルチアの瞳に映るのは自分だけでありたい。他へは僅かな注意も向けさせたくない。これまでルチアに向けられる他者からの恋情はすべて遮ってきた。そしてこれからも、誰にも邪魔はさせない。

(ルチアは可哀想だな。僕のような人間に捕まってしまって)

 口元を歪め、天を仰ぐ。目に映る冷たくくすんだ仄暗い天井が、自分の荒んだ本質のように見えて、少しぞっとする。

(だが、ルチアを手放すことは絶対にできない。――大丈夫。ルチアは僕が必ず幸せにする。だからルチアは不幸にはならない)

 再び前を見つめ、アルベルトは歩き出す。

(ああ、早くルチアに会いたい――)

 魂の研究をする研究者の元へ、アルベルトは足早に向かっていった。

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