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9.見つからない手掛かり

 新学期が始まって一週間もすると、アルベルトの豹変は学園中の噂の的になっていた。

 言葉遣いや歩き方、姿勢に至るまで、立ち居振る舞いすべてが別人としか思えないほど違う、いや、実際に別人なのだから当然だろう。もともと目立っていたアルベルトのそんな大きな変化が、注目を浴びないはずがなかった。

 記憶喪失だという話は瞬く間に学園中の皆が知ることとなり、ルチアやフリオはミナトのフォローに追われていた。


「どうして俺が魔法なんて…。大体、暁には魔法なんてなかったんだぞ。突然魔法を使えって言われても、できるはずないだろ」

 ぶつぶつと文句を言うミナトを宥めながら、休憩時間の度に空き教室で密かに魔法の特訓をする毎日。

 記憶喪失だからといって、生活に関するあらゆることまで忘れてしまい、自分でできないとなると、さすがに無理がある。最低限のことは自分でできるよう、身につけてもらう必要があった。

 アルベルトは魔力量も多く、その身体には魔力が満ちているはずなのに、これまで魔法のない世界で生きてきたミナトは、その力を操る術を知らない。ルチアやフリオが見本を見せたり、コツを教えたりしても、簡単には魔法を使えるようにならなかった。


「でも、魔法が使えないままじゃ、生活に支障が出るよ。この世界では魔力が動力になっているものばかりだし、夜灯りを使うこともできなかったり、好きな時間にシャワーも浴びられなかったりじゃ、不便でしょ?」

 ルチアに指摘され、文句を言っていたミナトが押し黙った。

 学生寮では、同室のフリオがつきっきりで世話を焼いている状態だと聞いている。いつまでこの入れ替わり生活が続くのかはわからないが、これから先も最低限身の回りのことぐらいは魔法でできないと不便だろう。


「僕たちは生まれた時から魔力があって、言葉を覚えるのと同じように魔法を覚えていったけど、ミナトはそうじゃないんだもんな…。魔力を知らない人に魔力を操る感覚を教えるのって、どうにも難しくてさ…」

 フリオが疲れた顔で髪をかき上げ、溜息をついた。学園のみならず、寮でもミナトの世話を焼いているフリオの負担も相当なものだろう。

「ごめんね、フリオ。練習にまで付き合ってもらっちゃって」

 申し訳なさそうなルチアに、フリオが首を振った。

「いや、たとえ練習のためといえど、ミナトとルチアを二人きりにするわけにはいかないからね。いくら身体はアルベルトとはいえ、中身は他人なんだから。親友に後ろめたいことはしたくないっていう、僕の勝手な矜持だから気にしないで」


 二人のやり取りを聞いていたミナトが眉を釣り上げる。

「俺がそんなに信用ならないなら、早く元の世界に戻る術を見つけて送り返せよ!そもそも、こんなとこに召喚されなければ、こんな目に遭うこともなかったんだ!他人の身体に魂が入ってしまったから、そいつのふりをしろ?そんなの無理に決まってんだろ。俺はいつ自分の身体に戻れるんだよ」

 フリオがむっとした表情でミナトを睨む。

「ルチアは連日、睡眠時間を削って懸命に調べてるんだ。ルチアを責めるな」

「フリオ、いいの」

 ルチアはフリオを制止するように首を振った。

「ごめんねミナト。この世界では、婚約者以外の未婚の男女が二人きりでいるのは問題があるから、ミナトが信用できないとかじゃないんだよ。――それと、元の身体に戻る方法…時間がかかっちゃっててごめんね。アルがあの日使ってた実験メモやノートはほとんど残ってなくてね。資料や研究ノートはたくさんあるんだけど、私、アルみたいに頭よくないから、まだ手掛かり全然見つけられていないの。あの日アルが作っていた薬が、何を使って調合したものなのか」

 ルチアは申し訳なさと悔しさを綯い交ぜにしたような表情で、ミナトに頭を下げた。

「別に…ちゃんと進めてくれてるならいいが…」

 ミナトは、ルチアに頭を下げられてちょっと気まずそうに目を逸らす。つい、苛立ちをルチアにぶつけてしまっているという自覚はあるようだ。

「ミナトが元の世界に戻る方法は、召喚術を行った研究員さんたちが一生懸命調べてるらしいから、そっちは研究員さんたちの報告を待ってる状態。でも、何百年も前に召喚された人も、元の世界には戻らなかったみたいだし、今のところ戻り方について記載されてる文献は見つかってないみたいで、私の方と同じように、時間がかかるかもしれない…」

 そう話すルチアの目元には、うっすら隈ができている。アルベルトの事故からこちら、ルチアは目に見えて痩せた。連日食事の時間や睡眠時間を削って調べ物をしているのだから、当然だろう。

 そんなルチアの変化には、さすがにミナトも気づいている。それでも、どうしてもきつい言葉を浴びせてしまう癖があるようだ。ミナトは居心地悪そうに頭を掻いた。

「簡単じゃないことくらい、わかってるよ…」

「僕ももっとルチアを手伝えたらいいんだけど…ごめんね」

 ルチアを庇うようにしてフリオも申し訳なさそうに俯いたが、フリオも相当に多忙だ。

 アルベルトは万年首席なだけでなく、生徒たちから成る学園自治会でも役割を担っていた。現在、アルベルトに代わりフリオがその役割を担っているため、放課後自由になる時間がかなり少なくなってしまっているのだ。


「アルベルトはあれだけいろいろこなしながら、毎日ルチアの帰る時間にはすべてを片付けて寮まで送ってたんだから、本当にすごいよ。そのうえ、休日には研究だもんね。とてもじゃないけど、アルベルト以外の奴には務まらないと思う」

 表情を翳らせて溜息を吐くフリオに、ルチアが慌てて首を振った。

「でも、フリオだって、まだアルの役割を任されたばかりなのに、もうほとんど問題なくこなしてるって聞いたよ。慣れてきたら、きっともっと早く処理しちゃうんだろうなって思う。フリオも本当にすごいよ。アルのためにありがとう」

 温かく労うような笑顔を向けられたフリオは目を細める。ルチアこそ、誰より辛いはずなのに、それを周りに見せない強さと気遣いが眩しかった。

「ありがとう。ルチアは偉いね」

「あはは、フリオこそ、優しいね。ミナトも、不慣れな環境のなか、アルやこの世界のために頑張ってくれてありがとう。私も、ミナトが早く自分の身体に戻れるように、そしてアカツキに戻れるように、頑張るね」

 辛さを綺麗に隠した朗らかな笑い声に、つんと顔を背けたままのミナトの口元も僅かに綻んだ。

「余計な話はいいから、早く魔法教えろ。授業が始まっちまうだろ」

「うん!今夜は灯りに困らないように、頑張ろう!」

「そうだね、点灯と消灯くらいは自分でできるようになってくれると僕も助かるよ」

「チッ、うるさい奴らだ」

 三人はまた、魔法の練習に戻った。



(今日も研究、何の進展もなかったな…)

 研究所から寮へと戻る馬車の中、ルチアは頬杖をついて嘆息した。窓に映るその表情は、学園でフリオたちに向けていたものとは違い、疲れが色濃く影を落としている。

 ルチアの学園と研究所との行き来に常に同行しているカルロが、心配そうに問いかけた。

「ルチア、だいぶ疲れてるんじゃないか?学園の方は大丈夫か?」

 ルチアは慌てて笑顔を作る。

「大丈夫だよ、お兄様。ただ、今日も何もアルに繋がる手掛かりが見つからなかったなって、ちょっと落ち込んだだけ」

(暗い表情はできるだけ見せたくないのに、お兄様の前だと駄目だなあ…)

 ぽりぽりとこめかみを掻きながら、はぐらかすように窓の外を見た。

 寮に申請し門限を最大限延ばしてもらっているため、窓から見える街並みにはもうすっかり夜の帳が下りている。

 早くアルベルトを取り戻したいのに、なかなか思うようにいかないのが歯痒い。

 学園が終わった後、毎日研究所に通っても、時間がまったく足りなかった。

 もとより簡単なことではないとよくわかっていたつもりだが、アルベルトに会えない日々のなか、不安や寂しさと戦いながら手探りで答えを探すのは、覚悟していた以上に辛い。

(一分でも一秒でも早く、アルに会いたいのに。今までもっともっと、勉強頑張っておけばよかった)

 学園では6年間なんとか特Aクラスに在籍し、魔法薬も基礎は学んではいたが、幼い頃から魔法薬に触れてきたアルベルトの知識量には遠く及ばない。努力はしているが、あの日アルベルトがどんな薬草を使って調合を行っていたかを、僅かに残された情報から推察するのは並大抵のことではなかった。


「明日は俺も一日研究所にいられるから、俺の方でも資料をあたっておく。お前は学園もあるんだし、あまり無理するな。お前が身体を壊したら、それこそアルベルトが悲しむぞ」

 カルロは悔しさを滲ませるルチアの頭を撫でた。

 カルロにとってルチアはいくつになっても可愛い妹だ。その妹が苦しんでいれば、どんなことでもしてやりたいと思っていた。もちろん、それは両親も同様で、ルチアを全面的にサポートできるように、カルロを王都に留まらせている。

「ありがとう、お兄様。明日も私、学園が終わったらすぐに行くね」

 そんなカルロの思いが痛いほど伝わり、ルチアの心はじんわり温かくなった。

 こうして周りの人たちの優しさを感じることができるから、ルチアの心はぼろぼろになっても折れずにいられる。感謝で胸が熱くなり、少し涙が滲んだ。


 馬車が学園寮の前に到着し、ルチアが馬車を降りる。

「今日はできるだけ早く寝るんだぞ。体調がよくないと頭だって回らないんだ。早くアルベルトを取り戻したいなら、尚更だ」

 カルロはルチアを寮の入り口まで送り届け、わしわしと頭を撫でた。

「わかった、早く寝る。お兄様もね」

 ルチアは髪をくしゃくしゃにされて苦笑いしながら、カルロに手を振った。



「ルチア、おかえり。今日も遅かったね。身体大丈夫?」

 部屋に戻ると、ベッドで本を読んでいたルームメイトのミアが、がばっと起き上がった。心配そうにルチアに駆け寄り、顔を覗き込む。

細身で背の高いミアは、落ち着いたチョコレートブラウンのストレートヘアと涼やかな目元も相まって、きりりと凛々しい印象を与える。運動神経もいいので、女生徒にもファンが多い。

「アルベルトの記憶を取り戻すための方法を調べてるんだっけ?大変そうだね」

 ミアにすべての事情を話すわけにもいかず、最近帰寮が遅い理由をそのように説明していた。

「うん。私が毎日遅くまで灯りをつけているから、ミアも寝づらかったらごめんね」

「それは全然大丈夫。ルチアが遮断魔法を使ってくれてるから、私の方には光も音も漏れていないよ。それよりルチアだよ。疲れた顔してる。まあ、アルベルトがあんな状態じゃあ、無理もないかもしれないけど…」

 4年までクラスが同じだったミアは、以前のアルベルトの様子も知っている。

「心配かけてごめんね。今日は早く寝ようと思ってるよ」

「うん。そうしなよ。私にできることがあったら、何でも言ってよね」

 ミアの優しさに、思わず泣きそうになる。

(今日は皆に気を遣われちゃう。私、よっぽど酷い顔してるんだろうな。こんなんじゃ駄目だ)

「ミア、本当にありがとう。ねぇ、お言葉に甘えて、ちょっとだけ、ぎゅうってさせてもらってもいい?」

「もちろんよ!さあ、どーんとおいで!」

 ルチアのお願いに、ミアがにっと笑って両腕を広げ待ち構える。

「ふふ。じゃあ遠慮なく」

 ルチアはミアにぎゅっと抱きついた。ミアもルチアをぎゅっと抱きしめ返してくれる。誰かに抱きしめられるのは、久しぶりだった。

 アルベルトとは違い、柔らかなミアの身体。温かくてお風呂上がりのいい香りがする。母親に抱きしめられているかのような安堵感が、心を落ち着けてくれた。


「ミア、いい匂いがするー。ああ、癒やされる…」

「癒やされた?それじゃこれからも、毎日たくさんハグしてあげる」

「うん。ありがと」

 ルチアはミアからそっと離れると、頬を緩ませた。ミアも優しく笑うと、ルチアの頭をぽんぽん、と撫でる。

「さ、早くお風呂に入って、さっさと寝なよ?可愛い顔にこんな隈を作ってたら、アルベルトの記憶が戻った時に悲しませちゃうぞ」

「そうだね。お風呂入ってくる」

「私は先にベッドに入るね。おやすみ」

「うん、おやすみ」

 ルチアはルームメイトの優しさに救われながら、久しぶりに早めの床に就いた。

読んでくださり、ありがとうございます!

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