ゆきません
少女Aは夜の電車に揺られていた。塾が終わって帰宅の最中、立ちながら、うとうとしかけていた。
しかし、とある駅で乗り込んできたスーツ姿の男性に、少女Aは釘付けになった。
その男、顔が逆三角形なのである。これほどまでの顔があるかと思いたくなるほどの正三角形で、この人は本当にサラリーマンか、日本人か、いや、そもそも地球人かと少女Aは疑った。
男は黒い鞄を両足に挟んで、吊り革に片手を突っ込み、大人しく経っている。見たところ、会社帰りのようだ。疲れ顔もあいまって、さながら宇宙人がサラリーマンやっているようだった。顔色も少し青黒い。
あの人、宇宙人?
電車を降りても、その疑念が頭から離れない。宇宙人を見てしまった自分は、正体を見破ってしまったということで、アブダクションされるんだろうか、そんな恐怖さえ浮かんでくる。
少女Aの歩みは無意識にゆっくりとなり、もともと遅い足が、さらに遅くなっていく。
マンションの明かりが見えてくる。その明かりに照らされて、枝とにんじんをはめ込んだ剽軽な雪だるま一世がベンチに鎮座していた。ベンチは人間ごときが座っていいものではなく、雪だるま様の座るところなのだろう。
生活の一コマからうかがえるヒエラルキーを考察していると、突然、
「ねえねえ」
と人懐っこい猫のような声が降り注いだ。いつの間にか、少女Aの2倍の背丈を持ったお兄さんが隣にいた。
「ほら、雪あるよ、一緒に遊んで行かない?」
少女Aの堅実な歩幅に合わせて、横から延々と話しかけてくる。
遊ぶ……。
少女Aはその可能性について検討した。そして、
「(眠いし暗いし寒いから)ヤダ」
と簡潔に断った。
「ちょっとだけでもいいから、さあ、ね?」
見知らぬお兄さんは妙にしつこい。年齢のかけ離れている私とわざわざ遊ぼうなんて、あの人、遊ぶ人がいないのかなと、少女Aは本気で思った。しかし、自身の睡眠時間確保を優先した少女Aは、未だについてくるお兄さんを無視して、帰宅業務を完遂することにした。マンションのエントランスに入り、手慣れた様子で暗証番号を入力し、中に入る。
「ただいま〜」
家に帰ると、母親がパソコンでメールのチェックをしていた。
さあ、お風呂に入って寝るぞ、なんて思っているうちに、ようやく少女Aは気づいた。
さっきの人、もしかして、もしかすると、不審者かもしれない。
そういえば学校で習った不審者のシチュエーションに当てはまる。知らない人に声をかけられて、「一緒に遊んで行かない?」と言われる。遊ぶという選択肢を選ぶと、車に拉致される。怪しいサングラスをかけ、白い歯を煌めかせて、というものではなかったが。もし遊んでいたら……少女Aは今更ながら背筋が凍った。
「えっと、えっと」
こんな時、どうすればいいんだっけ。
少女Aは混乱した。とりあえず目の前にいる母親に報告するべきだろう。しかし忙しそうに画面と向かい合っている母親を見ていると、その作業が終わってから……と遠慮したくなった。
そのため、最初の一声をかけるのに、ものすごく勇気が要った。
「えっと……」
「何?」
確実性のないことは、不用意に広げるべきではない? その疑念が子供心に浮かんでいたが、事の重要性を判断できないならば、一度耳に入れてみてもいいだろうと、少女Aは判断した。そして自信なさげに、母親に伝えた。
「不審者に、会ったかも」
「え?」
とある雪の日のことである。
お読みいただき、ありがとうございます!
実話をもとにして、書いてみました!
何故かいつも、ホラーになりそうでシュールになるんですが、これはどうしてなんだろう……(笑)
いつか真面目にホラー、書いてみたいですね。でもこの前、ホラーを書こうとして幽霊が脅されていたので、あんまり書ける自信がない(笑)