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 夕方時特有の強い西日が弓道場に差し込めていた。

 漆塗された木材の匂い、木の床から伝わる冷たさ、瞼を閉じていても明るさを感じる太陽の光、その全てがどこか懐かしくて心が落ち着く。


 弓道は大きさ36cmの的を28mの距離から狙う。狙うと言っても当たるかどうかは弓道ではあまり関係ない。

 正射正中という言葉が弓道にはある。正しく射てば、必ず当たるという意味だ。弓道という競技が目指すのは当たるかどうかではなく、『正しく射つ』ことなのだ。

 一度大きく深呼吸をして、一瞬動きを止める。そして、できる限り自然に矢から手を離す。すると、矢は無理やり引っ張られていた蔓の力を一身に受けて、前に勢いよく放たれる。放たれた矢はタンッという音を立てて、一の黒といわれる的の真ん中の方に当たった。

 弓道はアーチェリーと違って、的の真ん中だろうが、外だろうが点数に違いはない。だから、真ん中に当たることに特に意味はないのだが、それでも気持ち的に嬉しいものだ。


「古橋先生」


 突然後ろから声がして振り返ると、そこには水瀬 香織が立っていた。水瀬は俺が顧問を務める弓道部の一年生だ。


「もうホームルーム終わったのか水瀬」

「はい。そんなことより久しぶりに射を見てくださいませんか?」


 彼女の言葉に少し固まってしまう。

 正直にいうと、俺はこの水瀬 香織が嫌いだ。この少女はあまりにも純粋で、俺のような適当に生きてきた人間には、鋭すぎる刃物みたいなものだからだ。

 あれは一年ほど前、弓道部の仮入部体験できた新一年生たちに簡単に弓の弾き方を教えていた時、俺は初めてこの水瀬 香織という人物に出会った。



 ***


「弓道には8つの基本的な動作がある。足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残心だ。それぞれ大雑把に説明するからよく見といてくれ」


 新入生たちにそう言い終わると呼吸を整えた。いくらデモンストレーションとはいえ、顧問の先生が矢を外しては示しがつかない。


「『足踏み』でまず、顔を的に向けて矢を射る基本姿勢を作る」と言いながら生徒たちにわかりやすいように足を開いた。生徒たちは興味深そうに俺を凝視している。

「『胴作り』で、弓の端を左膝に置き、弓を正面に据える。『弓構え』で、矢を弓まで持ってきて落とさないように左手で支える。次に『打起こし』で、矢をセットした弓を一度を掲げる。そして『引分け』で打起こしで掲げた弓を引きながら肩と並行になるまで下ろす」そこまで言い終わってもう一度深呼吸をする。

「『会』は打つ前の最終調整だな。そして、『離れ』で矢を放つ」


 説明しながら矢を射ると、飛んでいた矢はギリギリ的に当たった。すると一年生たちからオーという歓声が上がった。

 その歓声に心から安堵しつつ説明を続ける。


「最後に残心。これは打ち終わった後余韻を残す感じだな。以上でかなり大雑把にだけど基本の射法8節と呼ばれる動作を終わる。まあ、後は上級生に教わりながら、実際に矢を射ってみてくれ」


 言い終わって、改めてはぁと息を吐いた。緊張のせいで変に力が入っていたのか肩甲骨のあたりが痛かった。


「先生、聞いてもいいですか?」


 新入生たちの射を弓道場の後ろで見ていると、横から声をかけられた。声のした方を見ると黒髪、凛々しい顔立ち、真っ直ぐに伸びた背筋をした、学級委員長ぽい雰囲気の少女が立っていた。


「どうした?」

「何故わざわざ変な動作をするんですか?普通に打つのはダメなんですか?」

「ああ、それは弓道は的当てじゃないからだ」

「的当てじゃないなら、この競技は何を競うのですか?」


 少女はそのクリッとした大きな目で俺を見つめた。


「正しい射ち方だな」

「それは何を基準にするのですか?」

「どうだろうな。俺にもわからない」

「わからないのに生徒に教えてるんですか?」


 思わず苦笑いをしてしまう。少女には悪意がないように見えた。単純に気になっているだけなのだろう。


「弓道をやれば皆んな、正しく射つことの難しさに躓く。人それぞれ体格も性格も違うのだから正しい射ち方が違って当たり前だ。仮に100%の確率で的に当たっても、正しい射ち方とは限らない。それを教えるというのは無理だよ」

「正解がないなら、先生いらないじゃないですか」

「君はこの弓道という競技をやったことないだろ?わからないことをわかってないんだよ。知りたいと思うなら自分自身で弓道の世界に飛び込んでみればいい」

「いいです。わたし、正解が明確に決まっていないことは嫌いなんです」


 なんだコイツ面倒くさいな、それが正直な感想だった。先生にここまで反論してくる生徒には、今まで会ったことがない。しかもそれが悪意が無さそうのだから、よりタチが悪い。


「人生、生きてれば正解のないことだって幾らでも出てくる。大事なのはその妥協だ」

「妥協は私が一番嫌いな言葉です」


 少女は若干のドヤ顔で俺を見据える。思わず手を出しそうになるのを我慢して、俺は少女から目を逸らした。


「無視ですか」

「弓道には興味がないんだろ?もうお前と話すことはない」

「そうですか」


 そういうと少女はスタスタと弓道場から出て行った。その姿を見て胸を撫で下ろした。

 あんな問題児をうちの部に入れたら大変なことになるにだろう。それに他の先生から監督責任を押し付けられでもしたら……考えたくもない。だから心の底から安堵した。

 後日、何故か入部することないだろうと思っていた例の少女が入部届を出しに俺のとこにやってきた。少女、水瀬 香織はやはり若干のドヤ顔で「私が正しい射ち方を見つけます」と言い放った。


 ***


 回想を終えても水瀬は相変わらずその大きな瞳で俺を見つめていた。初対面の印象が最悪だったのもあって正直関わりたくない。しかしこの状況で、「お前のことが嫌いだから教えない」だなんて言えるわけもない。


「……わかったよ」

「そんな嫌な顔されて言われても困ります」


 文字に起こせばどこか冗談めかして聞こえるが、実際はそこに笑いのニュアンスは微塵もなく、水瀬はほぼ真顔で言っていた。


「すまない。ちゃんと教えるよ」

「当たり前ですよ。教えてくれなかったら先生の存在価値は無いですから」


 こういう生意気なことを言ってくる生徒は他にもいる。しかし、水瀬 香織はこれを悪意なく、なんの屈託もなく言ってくる。だから怒るに怒れない。


「一回、射を見せてくれないか?」

「はい」


 水瀬は頷くと、足踏みの動作から始める。弓道は流れが大事だ。離れだけを重点にやっても意味はない。そのことを彼女は言われなくてもわかってるのだろう。

 水瀬は1つ深呼吸をすると矢を2本持って、一本をつがえる。それから、もう一本を右手の小指と薬指の間に挟んで持った。そして、弓を上に掲げてから、ゆっくりと肩のラインまで持ってきた。ここまではとても自然で綺麗なフォームだ。

 しかし、水瀬は、会で弓を引いたままの状態で止まった時に違和感に気付いた。妻手(右手)の位置が前方にズレている「前収まり」という状態で、十分に弓を引き切れてない。案の定、水瀬の放った矢は的から20cmほど右にずれた。


「典型的な緩み離れだな」


 水瀬は首を傾げる。彼女の後ろに束ねられた黒髪がそれに合わせて揺れた。


「ユルミハナレ、ですか」

「離れの時、水瀬は何をイメージしている?」

「イメージですか?……古橋先生の離れをイメージしてます」

「……それだけか?」


 正直嫌われてると思っていたので、まさかの返答に少しだけ言葉に詰まる。


「それだけかと言われても、何か他にあるんでしょうか?」

「質問の仕方が悪かった。何か意識してることはないのか?例えば、肩線とか」

「そういうのは雑念だと思ってるので、考えないようにしてきました」

「そうか。なら真辺あたりに協力してもらって、一度スマートフォンで離れを撮ってもらえ」


 この手の悪癖は、どれだけ意識して改善するかだ。他人から言われるより自分で自分の射がどうなっているか知る方が早い。


「……古橋先生は何もアドバイスしてくださらないのですか?」


 と水瀬はやや不満そうな顔をする。


「自主性は大事だ。今日の部活終わりに何がダメなのか聞きに来る。その時までに癖を探し出せ」

「そうですか」

「じゃあ、俺はこれから職員室でやることがあるから行くな。その旨を鳴海たちにも伝えておいてくれ」

「わかりました」


 水瀬が承諾したのを受け、俺は逃げるように弓道場を後にした。


 やはり、女子高生はよく分からない。職員室へと続く廊下を足早に歩きながらそんなことを考えていた。

 いや、そもそも俺は分かろうとしていないやかもしれない。

 思えば、俺が高校教師になったのは成り行きだった。少なくともそれが夢だったわけではない。

 特に目指してる職業など無しに地方国立大学に入学し、ゼミの先輩に勧められるままに政治経済の教員免許を取得した。せっかく取得したのだから、将来に活かさない、と母親にせっつかれて大学3年生の秋頃から勉強を始めた。倍率は10倍ほどだったし、自分みたいな適当に受けた奴が受かるわけないと自分でも思っていた。しかし予想に反して合格していた。

 それから2年ほどその公立学校に勤務していた。そんなある日、当時の同僚に新設される私立桜花林女子高等学校の面接を受けないかと誘われた。正直、やましい気持ちもあって俺はそれを快諾した。女子高生に興味があったわけではない。女子校ということは、女性教諭も多いということを見越していたのだ。結果から言えば、たしかに女性教諭は多かったが、高齢のベテラン教師ばかりで自分の対象外ばかりだったのだが。そういう感情を抜きにしても給料や手当を考慮して、それまで通っていた公立高校を退職した。新しくこの桜花林高校に通い始めたのが4年ほど前のことだ。


 職員室に戻って、書類の整理をしていると、同じ政治経済担当の長谷川に話しかけれた。


「古橋先生、どうですか弓道部は」

「ボチボチと言ったところです」

「そうですか」


 長谷川は鷹揚に頷いて、こちらをチラッと覗き見た。何かを期待してる目だ。


「長谷川先生のバスケ部は順調ですか?」

「うーん、今年はあまり期待できないかもです。3年生が抜けて、どうも気が抜けてるようで」

「そんなことを言って、どうせ今年も決勝まで行くんでしょ?」


 長谷川が期待している言葉を言ってやった。コイツは自分の担当するバスケ部を褒められたくて褒められたくて堪らないのだ。

 案の定、長谷川は満更でもないという表現をする。別に悪いやつではない。ただ自身が教師だということになぜか誇りを持っている。こんな休みの日を子供の部活動の為に消費する仕事のどこに価値を感じているのか全く俺にはわからない。


「いやあ、厳しいですよ。優勝候補と言われながらウィンターカップ予選も負けちゃいましたし。ま、ベストは尽くしますけど」

「そうですね。互いにーー」

「古橋先生のところの水瀬 香織はどうにかできないのですか!?」


 突然、女性の声が俺と長谷川の会話に大声で割り込んだ。恐る恐る声がした方を向くと村上 

 村上は、厚化粧をした30代後半の倫理担当の女性教員だ。そして彼女は生徒指導部で、人一倍生徒に厳しい。


「どうにか、と言いますと」

「だからあの舐めた態度ですよ」

「何かあったんですか?」


 俺が早くこの話を終わらせようと謝罪の言葉を口に出すよりも早く、長谷川が尋ねた。

 村上は怒りで体を震わせる。ただでさえ一般女性よりふくよかな体型がトトロのように震えてるのは少し面白かった。


「アイツ、私が膝掛けを使用してるのを注意したら、『校則に膝掛けを使用してはいけない、と書かれていません』とぬかすんですよ」

「そんな膝掛けぐらいで……」

「でも、膝掛けなんて私たちの時代にはなかった。そうでしょ?」


 それはただの私怨ではないか、と思わず心の中で呟いてしまった。

 同じことを思ったのか、長谷川も少し苦笑いを浮かべて「時代は変わっていくものですから」と言った。


「古橋先生と長谷川先生は男だから甘いんですよ!もっと私みたいに公平な目で見ないと!本当に甘い!」


 村上はバンと近くにあった机を叩いて、俺と長谷川を指差してヒステリックに叫んだ。

 ーー始まったよ。村上の発作だ。この人は俺たち男性教諭をどこか下に見てる節がある。それに加えて、アラフォーで未婚であることを気にしているのか、やたら生徒たちに厳しい。


「わかりました。私から水瀬には言っときます」


 これ以上波風を立てないように俺は頭を下げた。周りいる先生方の視線が痛かった。


「そう言って、何度目ですか!?」

「本当に申し訳ないと思っています」

「謝罪はあの生徒にさせてくださいよ!」

「するように言っときます」

「そう言ってされた覚えがないんですよ!」

「今度は厳重に言っときます」

「アイツのことを庇いたいだけなんじゃないですか?」

「いえ、そんなことは」


 そんな生産性のない会話を数分交わした末、「……本当に頼みますよ!」と言い放って村上は大股で職員室を去った。

 嵐をやり過ごした後のように、職員室中から安堵の声が漏れた。かくいう俺もふーと息を吐いた。

 なんで俺がこんな目に合わなければいけないのか。そもそも、この学校では生徒と男性教諭の距離が高くなりすぎないように、男性教諭は担任の先生になれない。つまり俺は水瀬の担任ではない。村上は、成績も学習態度もいい水瀬に直接文句が言えない鬱憤を俺にぶつけてるのだ。

 心の中で悪態をつきまくっていると、「なんで学校側はあの人を受け入れたんですねぇ」と長谷川が額に滲んだ汗をティッシュで拭ぐって言った。

 これ以上、村上の話はしたくなかったので、俺はその言葉を独り言と判断して無視した。長谷川がジッとこっちを見ていたが、村上を怒らせた恨みもあったのでこれも無視した。



 2



「古橋先生、大丈夫ですか?」


 弓道場へと続く廊下をフラフラと歩いてると、後ろから声をかけられた。振り返ってみると、件の水瀬 香織が立っていた。


「大丈夫だ」


 お前のせいで散々な目にあったよ、という言葉は飲み込んだ。


「そうですか。なら、いいですけど」

「ああ、なんか用か?」

「はい。先生が5時半になっても来ないので誰かが呼びに行くことになって、仕方なく私が」


 言われて腕時計を見ると、時刻は17時36分だった。この時期の下校時間は18時なので、確かにギリギリだ。お嬢様学校なので、帰りが少しでも遅くなると保護者から電話がかかってきてしまう。だから下校時間は絶対遵守だ。


「すまない。これから行こうと思っていた所だ」


 そう言って今度はしっかりとした歩調で歩き出した。水瀬もそれに続いて俺の横を歩き始めた。

 なんとなしに気まずさを感じて夕方の件を尋ねる。


「そう言えば、自分の癖わかったか?」

「はい。ナオに言われてわかりました。弓を引ききれてないんですね」


 ナオ、というのは水瀬と同じ学年の真辺 菜緒のことだ。水瀬とは違って、愛想のいい生徒だ。なぜ正反対とも言える性格をしてる2人の仲がいいのかよくわからない。


「そうだ。でも、それを意識しすぎると全体のフォームが崩れる。治すのは相当難しいぞ」

「分かってます。競技会までには治して見せます」

「頑張れ」

「他人事みたいに言いますね」


 頑張れという言葉は基本的に他人事だろう、と思ったが口には出さない。


「そんなつもりはない。ただ、緩み離れは2年以上治らないこともある。正しいフォームを徹底的に身体に染み込ませるしか矯正方法がないからだ」

「わかってます」

「それと、村上先生がお前に関して小言を言っていたぞ」


 本当は小言なんて生温いものではなかったが、生徒に愚痴を零すほど落ちぶれてもないので過小に伝える。


「膝掛けの件ですか?」


 水瀬は露骨に顔を顰めた。


「そうだ」

「でも、校則には書いてないですよね?」


 水瀬はお得意のドヤ顔で言った。本当に、水瀬 香織は正論で殴ってくる。しかもそれを正論だと信じて疑わない。


「まだ新設されたばかりだから、校則にも不備はある」

「まさか古橋先生も膝掛けはダメだと言うんですか?」

「いや、俺としてはどっちでいいんだが……とにかく村上先生と争うのはやめてくれ」

「嫌です」


 水瀬はキッパリと俺の目を見て言い放った。

 この少女は楽に生きるという言葉を知らないらしい。俺だったらあのおばさんと喋らなくていいなら、膝掛けぐらい即座にゴミ箱にぶち込む。


 そんな会話をしていると、いつの間にか弓道場の近くまで来ていた。ビュッという矢が放たれた時特有の音とタンッという的に矢が的中した時の小気味いい音が聞こえた。

 俺と水瀬は弓道場に入って、上座に一礼をしてから中に入った。それは俺が生徒たちに課した数少ないルールだ。

 弓道場の中では10人ほどの生徒が弓を持って構えていた。俺が入ってくるのに気づいた生徒たちは軽く頭を下げる。

 全員が一度射ち終わるのを待って、俺はパンと一回手を叩いた。それは集合の合図だ。生徒たちは弓を壁に立てかけて、集合した。


「もう時間的にギリギリだから練習は終了してくれ」

「えー、まだ射ちたりないですよ」

「そうですよ」


 2年生を筆頭に生徒たちが不満を漏らした。


「今日から11月だろ?最終下校時間は18時だからもう終わりだ」

「そんなぁ」

「遅れると親御さんが心配されるだろ?文句言ってる暇あったら片付けをしてくれ。ということで解散」


 生徒たちは、はーいと覇気のない声で返事をして、蜘蛛の子を散らすように各々の片付けに向かった。しかし、部長の鳴海 佳奈だけは俺の下に留まった。

 残った鳴海を見て、夕方のように嫌な気分になった。この鳴海 佳奈という少女を水瀬 香織とは違う意味で苦手としているからだ。

 鳴海 佳奈は学校でもトップクラスに美人だ。長身で、伸ばした黒髪、端正な顔立ち、本当にモデルみたいな生徒である。その噂を聞きつけて他校の生徒が校門前で出待ちしてることもある。

 そして、その女子高生離れした容姿が、彼女が高校生であることを忘れさせてしまい、稀に見惚れてしまうことがあった。そんな自分が嫌いで俺は、鳴海を避けていた。


「どうした?」

「えっと、あの、相談が」


 そこで鳴海は何故か言い淀んだ。それはいつも快活な彼女からすれば珍しい光景だった。


「相談?どうした?」

「あの……」


 やはり鳴海は言いづらそうに俺の目を真っ直ぐ見据えた。その目は察してくれ、といっているような気がした。


「ここじゃ言いづらいなら、今度進路相談室で相談に乗るぞ」

「……そうします。おつかれさまでした」


 鳴海は頭を下げて他の部員の元に去っていった。

 鳴海が去った後も俺は鳴海のことを目で追っていた。自分のことをロリコンだとは思わない。むしろ女子高生のような小便くさいガキは嫌いで、同い年ぐらいの女性の方が好みだ。

しかし、鳴海に異性として魅力を感じてしまっている自分がいる。28歳のおじさんが17歳のガキに異性の魅力を感じているのは、教師とか抜きにしても気持ちの悪いことだ。だからこの感情は偽物なんだと思うようにしている。


「センセー、はやく出ってよー」


 部員の誰かが言った。弓道部の部員は、弓道場で着替えるからだ。本来は学校側が用意した更衣室があるのだが、そこはバスケ部などの強豪に占拠されている為、彼女たちは弓道場で着替えているらしい。


「わかった。戸締りはしっかりしてくれ。それと冬は変質者も多いから気をつけて帰るように」


 はーい、という彼女たちの声を聞き届けて弓道場をあとにした。

 高校教師の夜は遅い。これから授業で使うテキストの準備だ。しかも18時以降は残業代が出ないというのだからやる気が出ない。村上と同じ空間にいなければいけない。

 思わずため息を吐くと、息は白く染まった。1本格的な冬の訪れを感じた。


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