【第一章】第八部分
家が近所の光葉と鰯司は夏祭りに行くため一緒に出掛けていた。
光葉は祭りを楽しんでいた。横にいる鰯司を見て、ちょっとムクれた。
「鰯司、しゃんとして歩いてよ。おじいちゃんのように、腰が引けてるよ。」
「そ、そんなこと言われても、難しいよ。」
鰯司は光葉から何かイジメを受けるのではないかと、ビビっていたのである。
夕方から夜に変わる時間帯で、暗くなっていたので、走ってきた車が急にライトを点けて、それが眩しくて、ふたりはねられそうになった。
刹那のことで、『危ない!』と警告を発する時間すらなかった光葉。
小さい頃から光が苦手だった光葉であるが、鰯司が横にいることで、眩しさを感じることがなかった。光の中でも鰯司が見えて、鰯司だけでも助けようと突き飛ばした。その反動で自分も後ろに飛ばされて事なきを得たのであった。
以上の顛末を鰯司は、光葉から車に投げ出されたと思ったのである。
「はっ。勉強しないと、一位が取れない!自分にあま~い。」
光葉は口の中をガムでも噛むようにモゴモゴしている。
「口がネバネバしてきたよ。辛いもの、辛いもの、辛いものが足りない。ムカムカ~!」
急に怒り出した光葉は鬼の形相である。
『カチ~ン。』という音が部屋にこだました。
光葉のからだは、黒ずんで、固くなり、マッチョに変化していった。さらに頭には白い二本の短い角が生えていた。
「また鬼になっちゃったよ!辛いが足りない!」
光葉は、部屋の小さな冷蔵庫から赤黒く染まった、『どっから辛子明太子』を取り出した。『どっから』とは、辛子明太子の最高辛さを示す博多弁である。
「これはスゴい激辛!」
光葉のからだは元に戻った。
「辛いものが切れるとこうなるんだよ。いったいどうなってる、わたしのからだ!」
ゴリラのように、胸を叩く光葉の顔は、憂いに抱かれていた。