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【第一章】第五部分

その夜。湖線は自分の部屋で、窓の外を眺めていた。

「不思議ですわ。あんな無能な幼馴染みがいるだけで、ワタクシの苦手が克服されるなんて。」

光葉は狭い部屋で、机に向かっていた。その日の復習と翌日の予習を欠かさないのが光葉のルーティンである。

「わたしには努力しかない。でも光だけは努力で乗り越えることができない。それを鰯司がいると、何故かスムーズに事が進んでしまう。世の中にはわからないことがあるものだ。」

ふたりとも瞳に、わずかだが深い潤いを湛えていた。


鰯司は月明かりが煌々と照らす明るい部屋で、いつもの通り、机に突っ伏していた。

「今日もあのふたりからイジメられたよ。毎日毎日、僕をイジメ続けるなんて、警察に逮捕してほしいよ!ふたりとも成績がすごくよくて、僕を超絶見下してるのは間違いないよ。だから、虫けら同然の扱いをしてくるんだろうね。僕たちの間では、昔から3人で遊びというイジメが始まっていたんだよね。」

鰯司は一日のイジメを振り返るのを日課としていて、その都度、小さい頃のことを反芻するのだった。

「僕は物心ついた頃から、まっすぐな線を引くのが好きだった。運動は苦手だけど、外で光を浴びるのが好きだった。光の中だと自分の人間らしい部分に、陽の目が当たる、そんな気がしていた。」

これは幼稚園に通っていた時のこと。

文京区にある幼稚園の敷地はことのほか狭い。運動場に走るトラックを作るために、曲がった白線をひくというのが、先生からの言い付けだった。白線をひくために、ライン引きをコトコトと引っ張っていた。

『ドドド!』

女の子がスゴい勢いで走ってきた。湖線さんだった。

幼稚園児だと、男子は女子を、ちゃん付けで呼ぶのがフツーだけど、僕は、さん付けで呼びなさい、と湖線さんと光葉さんには命令されていた。

湖線さんは、僕に激しくぶち当たって、曲がろうとしていた僕の軌道を直線にしてしまった。結果、先生にはなぜか僕だけが叱られた。

大金持ちの特権なのか、湖線さんはお咎めが無いようで、僕はその頃から格差社会を身にしみて感じていた。


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