37.ピーチミントティー
大きめのテーブルと椅子を五脚。
オリヴィアが中央にパラソルを張ると、ロザリアが魔法を展開させる。風と氷を上手く組み合わせたその魔法のおかげで、パラソルの下は涼やかな風が優しく吹いている。
太陽は相変わらず照っているのに、このテーブルの周りだけは別空間のような涼しさだった。
トレイに載せたガラスポットはアイスティーと、カットした桃とミントで満たされている。
オリヴィアがガラスポットを軽く揺らすと、ふわりとミントの清涼な香りが鼻を擽った。遅れるように桃の甘やかさが広がって、オリヴィアは思わず表情を綻ばせた。
トレイに一緒に載っているのは、持ち手に蝶が羽を休ませているガラス製のティーカップ。可愛らしい蝶を指先でつついてから、オリヴィアは姉が家から運んできたお茶菓子のトレイを受け取った。
ロザリアが選んだお茶菓子は桃のロールケーキだった。既に綺麗に切り分けられているそれをテーブルの上に並べて、準備は完了。
オリヴィアとロザリアは共に満足そうに頷いて、お互いの様子にくすくすと肩を揺らして笑った。
森で鳥が鳴いている。
何かを警戒するわけではなく、寧ろ歓迎しているようなそんな朗らかな声だった。
その声に送られるようにして、森から現れたのはリベルトだった。その後ろには補佐官のディーターと騎士姿のパトリックが控えている。
「よう、元気だったか?」
「おかげさまで。あなたも元気そうね」
「それなりにな」
リベルトは早足でオリヴィアとの距離を詰めると、オリヴィアの腰を抱いて髪に唇を寄せる。オリヴィアは羞恥に顔を染めながら、リベルトの胸に両手をやって押し返そうとしていた。
「そこの竜王も早く席に着きなさいよ。あたしのオリヴィアが可愛くて仕方ないのは分かるけど」
「お前も相変わらず元気そうだな」
ロザリアの言葉に肩を竦めたリベルトは、オリヴィアの腰に手を回したままテーブルへと近付く。椅子を引いてオリヴィアを座らせてから、その隣に腰を下ろした。
ディーターとパトリックは既に席についている。その様子に、今日は『王と臣下』としてここに来たのではなく、『幼馴染み』の間柄として過ごしているのだとオリヴィアは思った。
ロザリアがティーカップにアイスティーを注いでくれる。
立ち上る芳しさに皆一様に表情を綻ばせていて、それを見たオリヴィアとロザリアは嬉しそうに笑った。
「おもてなしをありがとうございます。これは私共からです。テーブルの端にでも」
「ありがとう、ディーターさん。早速頂くわね」
ディーターから手土産の箱を受け取ったロザリアは、断りをいれてからそれを開いた。中には生クリームと果物が綺麗に飾られたプディングが入っていて、ロザリアは嬉しそうにそれを切り分けている。
「む、この紅茶はとても美味いな。しかしもう少し甘味を加えても?」
「それならこのシロップをどうぞ。結構甘いから少しずつ入れた方がいいわ」
陶磁器で出来た小さなミルクピッチャーにはシロップが用意されている。ロザリアはそれをパトリックに差し出した。パトリックは味を確かめながら少しずつシロップを足していき、結局殆どのシロップをいれてしまった。
その甘さを想像してロザリアが唖然としていると、パトリックは気恥ずかしそうに緑の瞳を細めた。
「すまない、自分は甘党でな」
「こんな厳つい顔に似合わないよね」
「それは自覚しているが、甘いものはいいぞ」
ディーターの軽口も幼馴染みの気安さだ。笑い声の広がる朗らかな雰囲気に、オリヴィアは口元を綻ばせた。
「嬉しそうだな?」
「そうね、嬉しい……楽しい、かしら。こうして賑やかに過ごせるのがとても楽しいの」
テーブルの下でリベルトはオリヴィアの手をしっかりと握っている。見えないところだから、とオリヴィアもそれを拒むことはしなかった。
何よりもこの温もりを自分も欲していたのだと、思い知らされてしまったのだ。久しぶりにリベルトに会って鼓動が高鳴った。触れられると心が震えた。それでもそれを隠すだけの自制心がまだ仕事をしてくれたようで、オリヴィアは内心で安堵していた。
「鬼蛇族との件は落ち着いたの?」
ロールケーキを大きくフォークに乗せたロザリアが、それを一口で食べながら問いかける。
「ああ。元々、鬼蛇族は穏健派と過激派で対立していたらしい。穏健派が力を増してきたのに焦った過激派が起こした事件って事で、過激派の殆どが粛清されたそうだ」
「過激派の長は証拠がないと逃げようとしましたが、唯一生き残ったあの少年兵が洗いざらい証言してくれたおかげで、認めざるを得なかったんです。穏健派から少年兵に恩赦があったのも大きいかもしれませんけどね」
リベルトの言葉をディーターが繋げる。
オリヴィアはカップを片手に持って、口元に寄せた。未だリベルトが手を離してくれない為だ。口元のカップから立ち上る桃香に誘われて、一口味わった。
「族長は娘に代を譲るらしい。娘も穏健派だから、今回のような事は起きないだろう。起こさせないとの言質もあるが、まぁ……んなもん無くても、起こさせねえが」
「あの、神様は? 鬼蛇族は生贄を神様に捧げて、力を得ていたんでしょう?」
オリヴィアの問いに、リベルトが小さく頷いた。
「もう鬼蛇族は十分過ぎるほどの力を持っているってのが、穏健派の考えだ。これ以上力を求めるのは身を滅ぼすと。神は変わらずに信仰するが、供物にするのは動物か魔物になるだろうな。他種族を害する事は二度とないし、もしそんな事があれば竜族の全てをもってして鬼蛇族を滅ぼすと通告してある」
絶対的な強者である竜族。
その頂点に立つ竜王がそのつもりなら、鬼蛇族は滅びの道を辿るだろう。それを分かっているうちは、きっと大丈夫。オリヴィアはそう思って、安堵の息をついた。
気持ちを切り替えるように、フォークを手にする。リベルト達が持ってきてくれたプディングを一口食べると、ほどよい甘みと果物の瑞々しさが口の中いっぱいに広がった。美味しいと呟いて、今度は生クリームを多めにフォークに掬う。
ふと見れば、ロザリアとパトリックも甘さを味わうようにフォークを動かしている。その表情はふたりとも穏やかで、なんだか似ているような気さえして、オリヴィアは笑ってしまった。




