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15.本質

「落ち着いた?」

【ええ。いつも心配をかけてるわね、ごめんね】

「バカね、そんな事気にしなくていいのよ。あんたはあたしの、可愛い妹なんだから」


 ここは魔導具を保管している部屋だ。

 借りている客間に戻ろうかとも思ったが、この部屋に向かった方が早いとロザリアは判断した。途中すれ違う文官にもオリヴィアの顔色の悪さを心配されたが、軽く流して足早にこの部屋に逃げ込んだのである。

 解呪中はいつも結界を張っているから、内緒話をするにしても怪しまれる事もない。


「それで……さっきのキリルの事なんだけど」

【特定の何か、誰かを妬んだり恨んだり、嫌っているんじゃない。あの人の本質が悪意そのもの】

「そんな事ってあるの……?」

【わたしもこんなの初めてよ】


 部屋に据え付けられているソファーに並んで座った二人は、どちらからともなく肩を寄せた。頭も寄せて、手を繋ぐ。触れあう温もりに、オリヴィアは安心したように吐息を漏らした。


【あの人にはあまり近付かない方がいいわ】

「そうする。それにしても、人は見かけによらないわね。あんなに明るく見えるのに」

【そうね。わたしも靄が見えなければ、明るくていい人だと思っていたもの】


 ロザリアはオリヴィアの頭を軽く撫でてから、そっとその場を離れた。壁際に設えられたミニキッチンでマジックバッグ(空間収納)からガラスポットを取り出す。既に水出しでアイスティーが出来上がっていて、美しい琥珀色の水面が揺れた。

 背の高いガラスのグラスも二つ取り出すと、魔法で氷を生み出してグラスを満たした。そこにアイスティーを注ぐとカランと高い音が響く。


「侍女達もいつも通りだった?」


 再度ソファーに戻ったロザリアは、手にしていたグラスのひとつをオリヴィアに渡す。オリヴィアはそれを一口飲んでから、サイドテーブルにグラスを置いた。代わりに魔法黒板を手にすると文字が浮かび上がる。


【美味しい。ありがとう】


 ロザリアが頷くと文字は消える。


【侍女の人達なんだけど、少し気になることがあるの】

「気になること?」

【わたしだけじゃなくて、姉さんにも少し悪意が向いていたわ。今まではそんな事が無かったのに、何か侍女の間であったのかもしれない】

「そう……悪意を向けられてもあたしは構わないわ。あんたの分まで受け止めたいくらいだもの」


 ぐいとアイスティーを呷ったロザリアは、気にしていないとばかりに肩を竦めた。


【それから、もうひとつ】


 結露で濡れたグラスを指先で拭っていたロザリアは、オリヴィアの紡ぐ言葉に目を瞬いた。首に角度を持たせて先を促すと、応えるように文字が消える。


【わたしが他国にお嫁に行くって】

「はあ?!」


 大声にオリヴィアは一瞬肩を跳ねさせた。

 ロザリアはその美しい(かんばせ)を鬼の形相に変えている。目を吊り上げてサイドテーブルにグラスを叩きつけた。幸いにして割れる事はなかったが、氷が破片となって飛び散ってしまった。


【落ち着いて】

「落ち着いてなんていられるものですか! あんたが嫁ぐ?! そんなの聞いてないわ!」

【わたしもよ。だからリベルトに聞いてみようと思って】

「あの男っ! 何が任せておけよ! どうせあの狸親父(ルーゲ)が侍女達に何か吹き込んだんでしょ!」


 あまりの剣幕にオリヴィアは苦笑いするしかなかった。結界のお陰で中の会話が外に漏れる事はないが、外にこの声が響いていないか心配になるほどだ。


【そうだとしても、わたしの同意もなしに嫁がせるなんて出来ないわ。わたしは魔女だもの】


 魔女は何者にも跪かない。

 魔法を使えないとはいえ、オリヴィアとて魔女の端くれだ。婚姻を強要させる事など出来はしない。


「そうだけど、あたしは勝手にそんな話が進められている事にも怒っているのよ。何で勝手に嫁ぐだの何だの……ああもう! 本当にろくでもない国だわ。仕事なんて受けなきゃよかった」

【だめよ、それは。どんな仕事でも受けるのがうちの家訓でしょ】

「こんなのを聞いたら母さんだって父さんだって激怒するわよ。あの人たちはあたしより過激だもの」


 オリヴィアはそれも否定できなくて、ただ笑って流す事にした。


「やっぱり関わるべきじゃなかったのよ。あんたが黒竜を助けたのはいいとしても、いや、本音を言うならそれだって良くないけど。……さっさと終わらせて、出ていきましょう。ペースを上げるわ」

【無理をするのはだめよ。姉さんに何かあれば、わたしが耐えられないもの】


 魔力が尽きるまで一気に解呪に励もうかと思っていたロザリアは、オリヴィアの心配そうな視線に言葉を詰まらせた。


「……でも、ここに居て何かにあんたが巻き込まれるなんて、あたしは嫌なのよ」

【分かってる。わたしだって深入りするつもりはないわ】

「本当に?」


 ロザリアはソファーの上、オリヴィアに向かい合うよう座り直した。真っ直ぐに碧の瞳を見つめると、オリヴィアは少し困ったように笑った。


【仕事を終えて、去り間際に悪意を伝える。それだけよ】

「……分かった。でもまぁ、できる限り早く仕事を終わらせましょう。あんたにも魔力をもっと貸してもらわないといけないかも」

【それはもちろん。いくらでも使って】


 オリヴィアは魔法黒板をサイドテーブルに置くと、両腕をロザリアの背に回してぎゅっと抱きついた。伝わる温もりや確かな鼓動に自分のそれが馴染んでいく感覚。

 ありがとうと感謝を込めて。大好きだと想いを乗せて。


 ロザリアは表情を和らげると、自分からもオリヴィアの背に手を回した。宥めるように背中を撫でると擽ったそうにオリヴィアが肩を震わせた。


「さて、それじゃあもうひと頑張りしましょうか」


 ロザリアの明るい声にオリヴィアは頷くと、まだ積み上がったままの魔導具に目をやった。悪意の残滓がうっすらと立ち上っているのが見える。

 それでもキリルの悪意を思えば、こんなものは恐ろしくも何ともなかった。


 窓の向こうは綺麗な青空。

 夏の始まりを予感させる深い青。流れる雲を三つ数えて、オリヴィアは意識を解呪へと向け直した。

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