失踪、そして……
軽装だった。
見るからに手ぶらの彼はいくら登山道があるとは言え、登山するにはあまりにも軽装だった。
「……ふぅ、かなり登ってきたな。」
人気の少ない登山道上で彼は一人呟いた。
「登山道を登るだけじゃ駄目だよな……、どこかで道を外れて……獣道はないだろうか。」
死んでしまいたい。彼の頭の中はそれだけしかなかった。今まで自分を育ててくれた両親、彼らに恩返しをするために、親孝行するために就職して、貯金して旅行に連れて行ったりできたはずなのに全てがダメになった。
会社を解雇された今、生きるには次の職を探すしかない。しかし彼には次の職を探す気力はなかった。彼が自殺を選ぶのは簡単だった。
「よし、ここなら……。暗くなってきた、もう、後戻りはできないな……。」
登山道のすぐ横に道のような、しかし舗装されていない奥に続く道。獣道。これを進めば元の道に戻ることは困難だろう。
其の上会社勤めだった彼は普段身体を動かすことはなく、体力も人並みにあるか怪しい。
普段身体を動かすことの少ない人間が登山するとどうなるか想像することは容易い。既に息は絶え絶え、足取りも重くなっている。
このまま夜になれば遭難することは確実。彼としてはそうなることを望んでの行動だが。
やがて日は落ち、静寂の夜に包まれる……。
ここはどこだろうか、獣道に入りどれ程の時が経っただろうか。先の見えない夜の景色をどれだけ進んできたのだろうか。ここまで来たらもう、誰にも見つからないだろうか。
夜の獣道を進み続けた彼は、遂に音を立てて倒れこむ。
「もう駄目だ……疲れた。寒い、日が落ちたからな……このまま、眠ってしまおうか……。」
視界が霞み、手足の感覚が麻痺していく。全身は凍え、立ち上がる気力も尽きた。
「父さん、母さん、もう……すぐ、そっちに逝く……よ……。」
「な、なんでここに人が!?大丈夫ですか!?」
『幻聴まで聴こえ出した。死ぬ直前ってこんな感じなのかな?ここで終わるんだな。』
「夜に灯りも持たずっ!?しっかりしてください!!」
『ああ、静かにしてくれ。最期くらい、静かに眠らせてくれ。』
「―――な―――ね、こ―――何も―――い――連れ――き――!!」
彼の意識は途切れた……。
読んでいただきありがとうございます。
初めて書いてみました。
不定期更新になりますがお付き合いいただけると幸いです。